魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

535 / 551
高校最後の九校戦①

 2097年8月10日。いよいよ最後の九校戦が開幕する。今年は昨年の競技変更に伴う各種目の運営要領が用いられている部分が多い。

 一昨年までの実施競技だったスピード・シューティングとクラウド・ボール、バトル・ボードが復活。スピード・シューティングとバトル・ボードの性質を併せ持つロアー・アンド・ガンナーは“バイアスロン要素”という理由で継続が決定。

 昨年の実施競技だったシールド・ダウンとスティープルチェース・クロスカントリーは実施競技の種目数という理由で廃止となった。昨年も実施したアイス・ピラーズ・ブレイク、モノリス・コード、ミラージ・バットについては継続。そこに新団体競技としてマギテクス・ボールが加わり、計8種目で優勝を競うこととなる。

 

 スピード・シューティングとクラウド・ボール、バトル・ボードは各学校から男女各一名ずつで三校ごと3ブロックの予選リーグ(新人戦は新規校がいるため、3・3・4校構成)を行い、各ブロック1位と各ブロック2位の中から成績優秀者一名の四名で決勝リーグを実施する。

 ロアー・アンド・ガンナーとアイス・ピラーズ・ブレイクはソロ・ペアの各校三名で、ロアー・アンド・ガンナーは予選リーグ3ブロック制の1位のみ通過、決勝は命中率および走破タイムによる採点方式で決着をつける。ピラーズ・ブレイクは三名・三組による予選トーナメント方式と総当たりの決勝リーグ方式。

 

 ミラージ・バットは昨年の各校三名選出による四名ないし五名一組の抽選方式から変更なし。飛行魔法の連続使用時間も1分間の制限は解除されていない。それ以外のルールについては昨年と同様のルールとなっている。

 モノリス・コードについては、新競技や個人戦も加味されて一昨年の変則予選リーグ・決勝トーナメント方式が採用。昨年の本戦モノリス・コード優勝校である一高と準優勝校の三高は別々のリーグに割り振られている。一種のシード権みたいなものだが、どちらかに偏って割を食う学校が出ないだけマシだと思ってほしい。

 マギテクス・ボールは新規団体競技の関係上、モノリス・コードやミラージ・バットの後に設定されている。こちらは3ブロック制予選リーグで各ブロック1位と勝点・得失点差が最も高い2位以下のチーム一組の四組で決勝トーナメントを戦う方式。

 

 昨年はスティープルチェース・クロスカントリーが全員参加(に等しい様なエントリールール)の関係で複数競技への参加は出来なかったが、スティープルチェース・クロスカントリーの廃止でエントリールールも一昨年のものを基本とした形となった。

 ただ、競技の掛け持ちは2種目が上限であることと、個人戦出場選手は時間の都合で団体戦の出場競技が制限されてしまう。エンジニアへの負担も考慮すれば、こればかりは仕方がないことだ。

 

 大会一日目は団体が本戦スピード・シューティングの予選・決勝と本戦バトル・ボードの予選。個人戦はスピード・シューティング予選・決勝が実施される。

 これまで以上にエンジニアの負担増加が否めないため、ここにルール変更が加わっている。これまでのエンジニアに対する枠は八人だったが、個人戦を考慮して更に四名の上限で追加を認めている。

 一高はこの枠を最大限に使うことで達也の負担増加を抑え込んでいる。

 

「悠元、問題はなさそうか?」

「しっくり馴染んでる。流石の仕事だわ」

 

 一高ではエントリーギリギリまで参加選手の人選を行った。その結果、団体の男子スピード・シューティングは七宝琢磨、女子スピード・シューティングは明智英美という組み合わせとなった。

 個人戦は本戦・新人戦に準える形となる為、本戦組に該当する2・3年男女の四名―――悠元と光宣、深雪と理璃が出場する。個人戦は各学年代表戦の形式になる為、スケジュール自体で言えば一昨年レベルの忙しさとなる。

 

「達也のほうは、今日は深雪とほのかの担当か」

「そうだな。二人の時間が被らないから楽はできるが」

 

 スピード・シューティングは団体・個人の同時並行で試合が展開される。午前中までに予選、午後から決勝に入る関係で悠元と深雪の試合が被るのは避けられない。その意味で悠元が単独で調整できるのは他にない強みでもあった。

 

「すまないが、新人戦に入るまでは基本寝ることになるから、細かい調整や修正は任せた」

「それは構わないが……お前が多少だらけても、誰も文句など言わないだろうに」

「無断でやるのも失礼だからな」

 

 別にそこまでせずとも勝てなくはない。だが、万全を期すために時間が惜しい。なので、団体戦の方針や調整は全て丸投げする、と悠元が達也に伝えると、聞かされた当人は溜息が出そうな表情を滲ませていた。

 

「それじゃ、開幕ぶちかましてくるわ」

「ああ。罷り間違って一条を撃つなよ?」

「俺は癇癪持ちの子どもかい」

 

 互いに分かっているからこその冗談を言い合うと、悠元はCADをケースに仕舞い込んだ上でそれを持って本部テントの外へと出ていった。ちなみに、この場に深雪が居なかったわけではなく、二人の調整の様子を見てうっとりしていたからであった。

 

「……深雪、最終調整をしようか」

「はい、お兄様」

 

 最早何度思ったことか分からないが、こんな妹(正確には従妹だが)の手綱を握っている悠元に尊敬の念を送りたくなった達也だった。

 手綱を握っているというよりは“押し付けられた”と表現するのが一番正しいのだろうが、それを指摘しようとする気概のある者は誰一人としていない事実も添えて。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 スピード・シューティングの予選リーグは3つのシューティングレンジを用いて3回の試技で決勝進出者を決める。もし1位のスコアが並んだ場合は最後の得点から時間切れに至るまでの残りタイムから算出する形式となる。

 悠元の試技は高校順ということで一番目。今までの慣例ならばライフル形状のCADを使用することが多い訳だが、悠元が選択したのは拳銃サイズの砲身型照準器を備えたタイプ。無論、既定ではオーバースペックとなる[セラフィム]や[ラグナロク]ではなく、競技用に調整された[シルバーホーン]を持ち込んだ。

 悠元が[シルバーホーン]を構え、試技開始のシグナルと共に射出されるクレー。そして悠元がトリガーを引くと、得点有効エリアを挟み込む形で左右に展開される二つの長方形。クレーがその長方形のエリアを通り抜けようとした瞬間、クレーが粉微塵へと化した。

 観客の中からは感嘆にも近い声が漏れており、それは各校の本部テントにおいても他校の驚愕が詩奈の耳に聞こえてくるほどだった。

 

「……やっぱり、お兄様は凄いです。あれは振動系魔法でしょうけれど、少なくとも見たことが無いです」

「詩奈でも悠元兄の魔法を見てたわけじゃないの?」

「はい。お兄様が中学生の途中までは殆どお祖父様のご実家に居ましたし、魔法の訓練は高校に入ってからもあまり見たことが無かったので」

 

 三矢の人間というよりは上泉の人間として生活していたためか、詩奈は悠元の魔法を殆ど見たことが無かった。魔法や聴覚制御の訓練に付き合ってもらったことはあるが、それでも悠元が魔法を詩奈に披露することは殆どなかった、と詩奈は話す。

 

「達也さん。あれって[能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)]を改良した魔法かな?」

「ああ、悠元からはそう聞いている。名称は[氷鏡機雷(マッチング・ミラーマイン)]だそうだ」

 

 スピード・シューティングの性質上、射出されたクレーが得点有効エリアの外側を通過する仕組みになっていない。そこで、悠元はポイント管理ではなくエリア管理の方法を取った。1辺15メートルのエリアの左右から各1メートルほど内側にエリアを設置することで、どの軌道を描こうとも大半のクレーが設置されたエリアを通ることになる。

 山なりに飛んできたクレーに対しては無力だが、その軌道が飛んで来ても対策は取られている。設置されたエリアの内側には疑似的な電子の網が張られており、設置エリアを通らずに通過したクレーが入ると、電撃を発生させてクレーを粉砕する仕組み。

 この仕組み自体は戦略級魔法[シンクロライナー・フュージョン]を流用したものとなっているが、殆どの人間はその事実を知らない。達也はエンジニアとして魔法の仕組みを聞かされたが、戦略級魔法を競技用に仕上げる発想は流石の達也でも脱帽ものだった。

 

 そして、最後のクレーが粉砕されたところで悠元はCADを下ろし、日差し対策用のゴーグルを外した上で観客に対して軽く手を上げてからシューティングレンジを後にした。

 

「文句なしのスコアですね。タイム的に見てもこれを越えるのは難しいでしょう」

「そうだな。これでも本気を出していないわけだが」

 

 悠元が本気を出した時の魔法力を知るからこそ、ルールという上限付きでは流石に本気を出すのが難しいことも理解している。尤も、その事実を敢えて他校に言いふらすつもりなどない訳だが。

 

「さて、俺もそろそろ行ってくる。留守は任せたぞ」

「おう、頑張れよ達也」

「頑張るのは主に選手の方なんだがな」

 

 エンジニアとして尽力せねばならないことは分かっている。とはいえ、用意したお膳立てで結果を残すのは選手の仕事。その意味も含めながら達也は立ち上がって本部テントを後にした。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 1日目の結果は、スピード・シューティングが男女共に優勝。バトル・ボードの予選も男女予選通過。個人戦スピード・シューティングは四人全員が1位と順調な滑り出しとなった。

 

「正直、七宝があそこまで食い下がった上に逆転するとは思ってなかった」

「それは私も思った」

 

 男子決勝は琢磨が三高の吉祥寺真紅郎と対戦。序盤は真紅郎が優位に進めたが、進め過ぎたが故にクレーが狙いやすくなり、その隙を突いて琢磨が[ミリオン・エッジ]でクレーを破壊し、僅差で逆転勝ちを収めた。

 女子決勝はこちらも一高対三高で、しかも達也の婚約者同士となる英美と栞の対決。一昨年の新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク以来の再戦ということもあり、得意な魔法でクレー破壊のRTAのような様相となり、此方も僅差で英美が勝利を収めた。

 なお、英美はこの試合で魔法力切れに陥ってぶっ倒れており、部屋で大人しく休んでいる。

 

「悠元は悠元で一条さんを瞬殺してましたし」

「何と言うか、あまり手応えが無かったかな」

「そんなことを言えるのは悠元ぐらいですよ……」

 

 個人戦男子スピード・シューティングの決勝トーナメントは予選と魔法構成を大幅に入れ替え、[魔弾の射手]に加えて[インビジブル・ブリット]を改良した[ショットガン・ブラスト]を主体に勝ち抜いた。色々言われそうな気がしないでもないが、一昨年に真由美の手伝いをしていた関係で術式を把握しているため、仮に追及が来ても言い逃れる方便は準備済みだ。

 試合の前に将輝から宣戦布告のような言葉を投げかけられたわけだが、何だか相手が空回りし過ぎて拍子抜けに終わっている感が拭えなかった。それでも手を抜くことは一切しないが。

 

「そう言う深雪も愛梨を倒してたし」

「私としては少し緊張しましたが、上手く行って何よりです」

「あれで緊張してたって……」

 

 女子の決勝トーナメントは深雪が圧勝する結果となった。相手が得意分野でなかったという部分も勝因に繋がったのだろう。なお、2年組の光宣と理璃は対抗できるライバルが他校に居なかったため、完全な圧勝に終わった。

 得点としては団体・個人のトータルで一高が300点、三高が180点と続く形となり、大きくリードを稼げた結果となった。

 

「明日は団体・個人のクラウド・ボールに、団体ロアー・アンド・ガンナーの予選・決勝。団体ピラーズ・ブレイクペアの予選・決勝か。ここが一つ目の正念場だな」

「そうだな。尤も、悠元からすれば準備運動にもならないだろうが」

「流石にウォーミングアップが長すぎるわ」

 

 スピード・シューティングはどちらかと言えば固定された二点間の射撃に近い。だが、次のクラウド・ボールは魔法師の魔法力だけでなく体力も要求されてくる。一日で決勝まで消化することになる為、消費する体力はかなりのものとなるだろう。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 一高の面子がそうやって話している中、三高の主要メンバーは将輝と真紅郎の宿泊する部屋に集まっていた。面々が集ったところで真紅郎が切り出した。

 

「1日目は誤算もあったけど、概ね想定の範疇に収まった。明日と明後日が正念場だと思ってくれていい」

「そうだな」

 

 新人戦の結果はまだ出ていないが、一高のパワーアップを噂話で聞いていた真紅郎は、間違いなく一高が新人戦の殆どを取ってくると想定し、モノリス・コードやミラージ・バットを除く2日間の本戦競技が正念場だと話し、将輝も同意するように頷いた。

 

「将輝に一色さん。特に一色さんはクラウド・ボールの上位入賞経験があるけど、相手が相手なだけに気を引き締めて頑張ってほしい」

「……ええ、無論全力をぶつけますわ」

 

 愛梨は誰よりも深雪の実力を肌で感じているからこそ、真剣な表情を浮かべていた。それを見た真紅郎は安心しつつも将輝に視線を向けた。

 

「将輝、例の作戦は神楽坂悠元との対戦まで温存する。流石にリスクが高いからね」

「そうだな……ジョージの言うことに従おう。あれが無くとも神楽坂以外なら勝てるだろう」

 

 将輝と愛梨の意識は完全に悠元と深雪へ向けられていた。愛梨の方は純粋なライバルとしてのものだったが、将輝の場合はそうでないために真紅郎は内心で溜息を吐いたのだった。

 そうして話し合いを終えた後、愛梨は真紅郎を呼び出す形でホテルのラウンジへと場所を移した。議題は言うまでもなく将輝のことだった。

 

「一色さん。話というのは……問うまでもないか」

「ええ、他でもない一条君のことです。贔屓目抜きに見たとしても、とてもではありませんが悠元さんに勝てるビジョンが見えないのです」

「……一応作戦は考えたけど、僕も通用するとは思っていない。どんな奇策を用いたとしても、彼がそれ以上の奇策を使われたら詰んでしまう」

 

 一昨年の新人戦では、悠元はアイス・ピラーズ・ブレイク決勝で一条家の秘術[爆裂]を完封し、モノリス・コード決勝では将輝の攻撃全てを無力化せしめた。

 昨年のスティープルチェース・クロスカントリーはさておくとしても、アイス・ピラーズ・ブレイク決勝では[爆裂]を利用された挙句、将輝の戦略級魔法[海嶺爆裂(オーシャン・ブラスト)]の雛型となる[天澪環海(ゼロ・オーシャン・ブラスト)]を使用したことは佐渡沖・能登沖での戦闘前に聞いていた。

 

「将輝から聞いた話だけど、九島閣下は『悠元に全てを譲られた』と仰っていたらしいって」

「ええ、その場に関係者として居合わせた私もしっかり耳にしております。正直、次代の[トリックスター]に恥じないと思ってしまうほどです」

「次代の[トリックスター]にして元[トーラス・シルバー]の片割れ……僕の異名が霞んでしまいそうだよ」

 

 真紅郎は友人としての付き合いを持ってから数年になるが、悠元の埒外さには舌を巻くほどだった。そして、愛梨は悠元と友人関係を持ち、そこから恋愛関係に発展して婚約者の一人に名を連ねた。

 

「金沢の研究所での魔法実験を難なくこなしてしまう時点で、一条君とは天地の差があると思っていましたが……そういえば茜ちゃんから聞きましたが、一条君が悠元さんに喧嘩を売って返り討ちに遭ったそうですね」

「みたいだね。僕は剛毅さんから聞かされたけど、最初聞いたときは本気で頭を抱えたよ」

 

 確かに将輝は戦略級魔法師として魔法界の地位を確立した。だが、いくら同じ高校生と言えども悠元は既に神楽坂家当主として師族会議に参加している。その違いを理解せずに悠元の婚約者の一人が諦めきれないからという理由で行為に及んだ将輝のことを考えると、二人は揃って溜息を吐いたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。