魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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高校最後の九校戦②

 8月11日、大会二日目。

 団体クラウド・ボールは個人戦の関係でペアのみとなり、男子は修司と十三束、女子は由夢とエリカが出場。ロアー・アンド・ガンナーはバトル・ボードの都合で予選から決勝まで試技が行われるが、男子はソロが燈也でペアは五十嵐鷹輔と森崎駿、女子はソロがセリアでペアはリーナと英美が出場する。

 そして、アイス・ピラーズ・ブレイクペアは最終的な調整の結果、男子はレオと幹比古、女子は雫と泉美が出場する運びとなった。

 個人戦は会場の都合で午後からの出場となる為、午前中が丸々空いた。それでも悠元には仕事が生じる。それは、多忙となるエンジニアのフォロー役だった。

 

「調整が終わったから、感触を確かめてくれ」

「……やっぱり、悠元はズルい」

「そこでズルいと言われても、俺には何も出来ないんだが?」

 

 後輩が育っていても、肝心な部分は達也に負担が生じる(これまで達也がエンジニアとしての仕事を全うした結果とも言えるが)ため、フォロー役として悠元がピラーズ・ブレイク女子ペアのCAD調整を担当していた。

 流石に競技の関係で午前の予選までしか関与できないため、決勝に関しては他のエンジニアにすべて引き継ぐことになってしまう訳だが。

 

「泉美ちゃんはどうだ?」

「本当に素晴らしい調整です。出来れば泉美自身の調整」

「泉美?」

「な、なんでもありません、あはは……」

 

 奇しくもこの二人は同じ悠元の婚約者だが、序列の力関係には流石の泉美も逆らえず、言いかけた言葉を呑み込んだ上で苦笑を浮かべた。その光景を見た悠元も苦笑を滲ませた。

 

「予選は作戦通りに事を進めれば問題ないだろう。午後の決勝リーグは関与できないが、そこは許してほしい」

「寧ろ、こうやって手伝ってくれただけ感謝してる。深雪へのフォローはするけど、ガンバ」

「何かあることを確定事項にしないでくれ」

 

 言っても無駄なことはある。それは幾らでも味わってきた。その状況を甘んじて受けている時点で自分も『まだ甘い』のかもしれない。その意味で気を引き締めようと心の中で思った悠元だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 午前の競技が終わり、団体クラウド・ボールは男女共に優勝。アイス・ピラーズ・ブレイクペアも両方が午後の決勝リーグへ進出、ロアー・アンド・ガンナーも男女ペア全てが優勝となった。

 現時点で一高が600点まで伸ばす形となり、三高がロアー・アンド・ガンナーで七高に苦戦を強いられたために340点と260点差がついている格好だ。

 

「……滑り出しが良ければいいとは思ったが、流石に良すぎると思うわ」

「まあ、それは確かに」

 

 常勝を掲げている一高からすれば上出来すぎる結果だが、あまり出来すぎて後の競技で手を抜くような行為はして欲しくない。とはいえ、こうまでなってしまった片棒を担ぐ身として悠元が呟くと、それに同意する形で燈也が述べた。

 

「さて、次は俺の番だな」

「悠元なら心配はしていませんが、頑張ってくださいね」

「おうよ」

 

 深雪は達也と共に会場へ向かっており、悠元は部活連会頭として本部テントに立ち寄ってから会場入りする関係で別行動となっていた。燈也に軽く声を掛けつつ、彼の励ましに軽く手を振ってからテントを後にしたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 試合の観戦となると、知り合いが複数出ている場合は別々の観戦となってしまう。ピラーズ・ブレイクはエリカや佐那が見に行くということで、修司は由夢や姫梨の三人で男子個人戦クラウド・ボールを見に来ていた。

 既に試合は予選リーグ第二試合まで進んでいるが、そのスコア差に競技経験のある修司や由夢ですら引き攣った笑みを見せていた。その理由はスコアボードに表示された得点にあった。

 

「さ、300点差って……どんな回転を掛けたらそんなに稼げるのか聞いてみたいよ」

「多分、聞いたところで由夢の思考回路が焼き切れるだろうな」

「否定できませんね」

「二人とも、酷いよっ!?」

 

 悠元のブロックは四高と九高が対戦相手だが、初戦が第1セット終了時に350-0という大差をつけ、相手のギブアップで試合終了。そして続く九高との対戦も第1セット終了時点で335-0の大差をつけている。

 体をストレッチしている一高側の悠元に対して、九高側は選手が疲労困憊の状態を見せており、作戦スタッフが審判団と話している様子が見られた。その数分後、審判団から九高の試合棄権が宣言され、悠元は計2セットで決勝リーグへ進出を決めた。

 

 悠元の調整は達也の担当だが、達也には深雪の調整に意識を向けてほしいという理由で個人戦の細かい調整は悠元自身で行っている。予選は全て小銃状のCADで切り抜けたが、決勝リーグは魔法とラケットの()()()()で試合を進めるつもりだ。

 予選での感覚を基にラケット型CADに調整データを打ち込み終えたところで控室の扉が開き、セリアとリーナが姿を見せた。

 

「お兄ちゃん、愛しの妹が応援しに来ました」

「邪魔するなら帰れ」

「酷い一言!? でも、お兄ちゃんの言葉なら受け入れちゃう」

「……ごめんなさいね、悠元」

 

 普段はセリアが主導権を握るのに、悠元のこととなると正反対になってしまう有様にリーナが溜息を吐きながら悠元に謝った。

 

「コイツの言動は今に始まった事じゃないからな。というか、リーナたちは深雪の応援に行ってたんじゃなかったか?」

「丁度休憩の合間ということで来たのよ。それに、深雪の決勝の相手が相手だから、達也の邪魔をしちゃいけないと思って」

「成程。まあ、こっちも試合の準備は終わったから、暇になってしまったが」

 

 リーナは傍で深雪の実力に加えて愛梨の実力も見ている為、深雪のフォローをする達也の邪魔をしてはいけないと悟ったのだろう。

 

「そういう悠元も三高の[クリムゾン・プリンス]と二高の選手が相手でしょう? 問題は無いと思ってるけど、勝てそう?」

「将輝のことだから、クラウド・ボール対策は考えてきていると思うが……こちらも全力で勝ちに行く」

 

 昨日の個人戦の成績を考慮すると、将輝はクラウド・ボールで優勝しなければ悠元を逆転する方法が無くなる。なので、懇親会に出席せず真紅郎と話していた作戦を実行するのは目に見えていた。

 

「長期戦になれば不利となるのは一昨年の新人戦モノリス・コードで将輝自身が理解している筈だ。だが、裏を掻いて長期戦に持ち込む可能性も捨てきれない。だから、短期決戦に持ち込む」

「……お願いだから、コートは破壊しないで欲しいわ」

「どっかの誰かさんみたく訓練施設を壊すことはしないと思うのですよ」

「セリア!!」

「やれやれ……」

 

 なんだかんだ言って息抜きになったのは事実で、最後はリーナが諦め気味にセリアを引っ張る形で控室を後にした。すると、彼女らと入れ違いに入って来たのは技術スタッフ用ユニフォームであるブルゾンを着た達也だった。

 

「悠元、邪魔したか?」

「彼女らなりにの応援を貰っただけだよ。深雪の方はいいのか?」

「CADの調整は終わらせたからな。それに、深雪から『様子を見に行ってくれませんか?』と言われると、どうにも断れなかった」

「……さいですか」

 

 彼女なりの我儘と兄離れが組み合わさった有様に、流石の達也も断り切れずに職務を全うする方向へ舵を切った。それを聞かされた悠元は若干呆れ気味に言葉を返した。すると、女子個人戦の方向から歓声が聞こえたので、女子の決勝リーグが始まったのを悟った。

 

「男子の決勝は二高と三高だが、問題は後者だな」

「昨日の成績を考えると、ここで仕掛けてくるだろう。短期決戦を仕掛けてはみるが、場合によっては想子切れを起こさせるまで長期戦も想定しておく」

 

 正直なところ、悠元の保有想子量がどこまで伸びているのか分からない部分がある。悠元の使う魔法自体が現代魔法と比べて消費魔法力に大きな隔たりがある為、試合がどう転ぼうとも瞬時に対策を打てる時点で将輝の勝ち目は極めて低い、というのが達也の率直な感想だった。

 

「俺から言わせれば、一条は喧嘩を売る相手を間違えすぎた、としか言えないな」

「達也、それが一番酷い言葉だと思うぞ」

 

 尤も、この先の“見え過ぎている”試合結果について異論を唱える者は……殆ど存在しないに等しい、という残酷な現実が待っていることを付け加えておくこととする。それが誰に対してのフォローなのかは……察してほしいと思う。

 

「達也はこのまま戻るのか?」

「そのつもりだったが、美月と千秋に気を遣われてしまってな」

 

 彼らに関わった者たちの成長面は魔法師としての実力に留まらなかった。

 達也と同じ魔工科にいる美月や千秋も完全マニュアル調整を行えるまでに成長しており、決勝リーグで両方を見ることに苦でなかった達也でも千秋から『私じゃ司波君の代わりは務まらないの?』と投げかけられ、困った達也が同席していた美月に助け舟を求めた結果として深雪の調整は美月と千秋がフォローすることとなった。

 

「そういうわけで作戦の打ち合わせをしておこう。二高は予選で使った魔法のままで十分だろうな。問題は一条だが……CADの魔法構成を見た時、お前もあくどい事を考えるものだな」

「別に使っちゃいけないなんてルールに無かったからな。想定できない運営側が悪いし、そういう作戦を考案したのは達也だろうに」

 

 元々作戦自体は達也の立案だが、その作戦に即した魔法を準備したのは悠元。さながら要求したプログラムに即したハードウェア作製を行ってきた[トーラス・シルバー]で培った経験が今も生きている証左だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 四葉家直系世代の子女―――司波深雪と、三矢家直系世代の子息―――神楽坂悠元。両方ともに祖父世代の“悪名”が根強いこともあり、観客の中には政府関係者や軍関係者が私服姿で紛れ込んでいる。

 そして、その一人であるUSNA魔法師部隊『スターズ』総隊長ことジェラルド・メイトリクス・シリウスもといジェラルドは深い溜息を吐いていた。その最大の理由は彼の隣で熱狂的なファンばりに観戦している隣席の人物―――私服姿のジョーリッジ・D・トランプUSNA大統領だった。

 

「溜息を吐いてどうしたのかね、ジェラルド君。こういう時位楽しまねば損というものだよ」

「分かってはいるのですが……(両親が色々苦心してた話は伯父母経由で聞いていたが)」

 

 本来ならばVIP席にいるべき人間が九校戦の観戦をしている。この時点でバレれば大騒ぎになること間違いないが、当の本人は気にする素振りを見せていない。堂々として居ればバレにくいだろうが、周囲の人間が観客に扮した護衛のため、最悪そっくりさんで通すことも出来たりする……護衛からすれば胃薬案件でもあったりするが。

 

 というか、国内事情は大丈夫なのかと思われるだろうが、そもそも司法手続き自体がお役所仕事の為に時間が掛かるし、ジョーリッジの滞在期間は1か月を想定している。外遊にしてはあまりにも長いだろうが、他の諸外国も相次いで日本へ来日することを考えれば、日本で首脳会談を持った方が掛ける労力を軽減できる。

 

 なお、その裏で……次期大統領候補とも呼び声が高いリアム・スペンサー国防長官による暴走劇がペンタゴンで繰り広げられている。理由はエドワード・クラークがやらかした買収劇の後始末やら日本への兵器譲渡手続きに関する忙殺が原因だったりする。

 なお、そんなジェラルドの周囲はスターズの同僚で固められている為、万が一の対応も完璧だったりする。

 

「しかし、クラウド・ボールは中々面白い。帰国したらスターズの訓練メニューに取り入れてみるかね」

「……」

 

 尤も、ジョーリッジ相手だと魔法を無効化されてしまう(彼の手に持ったもの経由でも魔法の無効化が働いてしまう)し、彼の身体能力は政治家に転身した今でも健在。この前に[パラサイト]へ侵食されたスターズの兵士を説教した時は、一等星級(スター・ファースト)レベルの人間でも疲労困憊に陥っていた。

 セリアの非常識さは祖父を鑑みれば妥当だ、とジェラルドはそう納得していたほどに。

 

 会場では個人戦女子クラウド・ボールの決勝リーグが開始しており、第一試合の一高と二高の試合は二高側が途中棄権したために一高の勝利。続く二高と三高の試合は第一試合の影響でドクターストップが掛かったため、三高の不戦勝。

 15分の休憩を挟む形で第三試合の一高と三高の試合が始まる。一高側は司波深雪、三高側は一色愛梨。十師族直系子女同士の対決であり、一部しか知らないが悠元の婚約者同士の対決。

 

「ジェラルド君はどう見るかね?」

「そうですね……この際、試合の有無のハンデは無いと考えますが、予選と同様の戦い方を取った場合は第一高校側に有利となるでしょう」

 

 深雪は魔法による返球を主体とするのに対し、愛梨はラケットによる返球スタイル。どちらがいいというには一長一短あるが、ジェラルドは冷静に分析した上で呟く。その言葉に反応したのは、ジェラルドの右隣に座る女性―――アニエス・ヴィンセント・ミルザムだった。

 

「ジェイ、その根拠は?」

「三高の彼女の試合を見ていたが、アレは恐らく視覚と運動神経を疑似的に直結させることで超人的な反射を実現させているのだろうとみている」

 

 愛梨の魔法技術は理論上可能だし、相手が短時間で倒せるのであれば身体への負担もそう重くはならない。だが、それは『愛梨よりも下の実力者』が前提になる、とジェラルドは含みつつ呟いた。

 

「普通ならば神経が焼き切れますが、十師族の中には有機物干渉を得意とする魔法師の一族もいると耳にしたことがあります。それに、彼女こと一色愛梨の数字(ナンバー)を鑑みた時、同じ数字を冠する一条家と同じく有機物干渉に長けているのでしょう」

「成程な。彼女が魔法での返球に切り替える方法は取れないというわけか」

「無論それもあります」

 

 ジェラルドは司波深雪と直に会ったことがあり、偶々魔法訓練を見させてもらうことがあったわけだが、実際に戦闘を行った司波達也や神楽坂悠元に比肩すると感じつつも、その報告は出さずにジョーリッジへ直接口頭による報告で済ませた。

 理由は『ただでさえ強いのもそうだが、その婚約相手が世界最高峰の戦略級魔法師であり、彼女の兄もそれに準ずる実力者。彼女を襲えばUSNAという国が歴史から抹消されてもおかしくない』というもので、ジョーリッジもその理由に納得して神楽坂家・上泉家・四葉家に対する箝口令を敷いた。

 それに、彼らがいれば大亜連合や混迷している新ソ連方面の抑えになる側面もある為、ジェラルドは同盟国の心ある友人としての道を選択した。尤も、彼の気遣いは自分の母親を娶る羽目になった友人に対する詫びの気持ちも含んでいる。

 

「司波深雪の魔法力はこの九校戦出場選手の中でも群を抜いています。自分の予測が正しければ、ルールの範疇でその全てを出し切るのは極めて難しいでしょう」

「そ、そこまでなの?」

「でなければ、婚約相手に彼が選ばれないだろう」

 

 一部の一高生のレベルが明らかに人間離れしている事実は確かだし、それを皮切りにする形で日本の魔法教育学はますます進歩している。

 尤も、それを知ってスパイを送り込むぐらいならば、素直に頭を下げて教えを乞うべきだと提言したところ、娶る嫁の数が増えて頭を抱えたのは……政府でもごく一部の人間しか知らない公然の秘密。

 

 ローマ教皇ですら『女性を泣かさないよう励むことです』と匙を完全にぶん投げた手紙を送り付け、更には側室候補として教皇の孫娘まで送り出した始末。USNA政府としては受け入れざるを得ないため、ジェラルドの逃げ場が完全に消滅したのだった。

 




 逆にこう考えるんだ。『堂々としていれば案外バレない』のだと。
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