個人戦女子クラウド・ボール決勝リーグ第三戦。
第一高校代表:司波深雪と第三高校代表:一色愛梨。前評判では一昨年新人戦で準優勝した愛梨と圧倒的な魔法力を有する深雪ということもあり、評価が完全に拮抗していた。なので、大方の予想では魔法返球主体の深雪とラケット返球主体の愛梨の試合は実質的な決勝戦という見方だった。
だが、その大方の予想を崩したのは深雪が持ち込んだラケット―――正確にはラケット型CADだった。そして、彼女の左手にはブレスレット型の競技用CADが装着されている。九校戦の全競技に当て嵌まるが、ルール上複数のCADを持ち込むこと自体ルールに干渉しない。
そもそも、CADの同時使用自体が“現行の現代魔法の特性”―――魔法発動時に魔法行使の余剰想子が波長として発生してしまうため、同時の魔法行使では威力が極端に低減する―――に引っ掛かってくるため、大概は一つの競技に一つのCADしか持ちこめない。
魔法行使の簡略化ツールとして思考操作型CADの存在もあるが、九校戦では“使用の推奨”がルールとして明文化されている。
思考操作型CAD使用に伴う『魔法行使の簡略化自体による時間の短縮』という点はさて置くとしても、より魔法師らしいパフォーマンスを十全に発揮してもらうことで将来魔法科高校への入学を目指している中学・小学生へのアピールにも繋がるし、魔法の競技性を高めることでエンターテイメント性の向上にも繋げるのが狙い。
話を戻すが、深雪は無論ペンダントタイプの思考操作型CADを装着している。だが、それでも態々ラケットタイプを選択する理由は本来ない。だが、愛梨はその意図をきちんと理解していた。
「愛梨。向こうはやる気みたいだけど、大丈夫?」
「ええ、いつものようにやるだけですわ(深雪、これは私に対する挑戦状なのですね)」
同じ悠元の婚約者と言う立場があろうとも、同じ十師族直系という関係があろうとも、今は一人の選手としてライバルと戦う。意図を悟った愛梨の感情は昂っていた。
そうして、審判の合図で双方が定位置に付き、ラケットを構える。試合開始と同時に1個目のボールが射出され、互いにラケットでの返球でポイントはほぼ互角。20秒毎に追加されるボールによって応酬は更に増していく。
第一セットは30-32で愛梨が先取したものの、愛梨の表情は晴れなかった。何故ならば、序盤から[稲妻]で攻勢を掛けたものの、終わってみればポイント差はたった2。どこかで小さなミスをすれば逆転されかねないのは確かだった。
(少なくとも、ベストな返球は出来ていたはず……どこかで見逃していた?)
愛梨が試合内容に疑問を浮かべる一方、深雪の傍には美月と千秋がいた。深雪の体調は万全で、とても3分間打ち合っていたとは思えないほどに涼しげな表情を見せていた。
「深雪ちゃん、惜しかったですね」
「いえ。寧ろ、
(確かに、大仰な魔法は使ってないのよね……)
積極的に深雪のフォローを担当している美月の傍では、冷や汗を流しつつも端末で深雪の状態をチェックしていた。
第一セットは『体術のみで行く』―――これは深雪の我儘によるものだった。達也はどうしたものかと悩んだ結果、体術を指導している悠元の判断を仰いでの結果が深雪の試合運びに繋がった。
結果としてセットは落としたものの、相手がかなり本気の状態でたった2ポイント差に収めてしまった。これだけでも深雪のスペックの高さが窺い知れる有様だ。尤も、深雪当人としては婚約相手兼武術の師匠である悠元のお陰だと隠すことなく言いのけてしまう訳だが。
すると、インターバル終了のブザーが鳴ったので、深雪は立て掛けていたラケットを手に取って立ち上がった。
「では、次は2ポイント差で勝ってきますね」
「頑張ってね、深雪ちゃん(ああ言ったら本気でやりそうなところは達也君とそっくりだよね……)」
「……もう何も言えないわ」
「千秋ちゃん!?」
深雪と愛梨がコートの定位置に立ち、第二セットが開始と同時に射出されるボール。再びラリーの応酬となるが、深雪は一分経過―――四個目のボールが射出された時点で自陣に魔法式を投射。
無論、この動きを[稲妻]発動中の愛梨でもハッキリと捉えていた。
(一体何を? でも、ただ返ってくるボールを打ち返せばいいだけ!)
そうして深雪のフィールドから飛んでくるボールを返球しようとラケットを振る愛梨。だが、今までにない違和感が愛梨を襲う。
(ぐっ!? 何これ、ボールが重い……!)
それでも返球できないレベルではないため、これを何とか返し続ける愛梨。一体何が起きているのかを殆どの人間が認識できていない中、試合の様子をモニター越しに見つめている悠元が呟く。
「……[
「あの魔法を一から設計したお前が言うとはな」
深雪が使っているのは[
これだけならば深雪側へ減速された時点で失速して手前に落ちてしまうが、この対策としてごく短時間の飛行魔法を付与することで減速による飛距離の低下を防いでいる。飛行魔法の断続的な連続使用を伴ってしまうが、そもそも飛行魔法に慣れている深雪からすれば『飛行魔法を使いながら他の魔法を使っている』という認識でしかない。
「あの魔法は地味に難易度が高いからな。今のセットは[ベクトル・エクスチェンジ]だけしか使っていないようだが、これだと第三セットは荒れるな」
魔法の同時使用は、九校戦での歴史で見れば現在悠元しか見せていない。だが、その技術を深雪も使えると踏んで、武術の鍛錬と並行して修得させた。その事情を知っている悠元や達也の見つめているモニターでは、第二セットが50-48で深雪が取り返し、次の最終セットにもつれ込む格好となった。
双方の点差は第二セット終了時点で同点。泣いても笑っても第三セットの点数で優勝が決まる。この勝負の行方がどう転ぶか分からないとみているものが多い中、第三セット開始のブザーが鳴り響く。
互いにラリーの応酬が繰り広げられている様子を観客席にいたスバルは思わず息を呑んでいた。
「……凄いね。相手の一色選手も一昨年から格段に速くなってるのに、深雪はそれについていってる」
「寧ろ、人間という領域にいる動きじゃないような気がする」
「ななみん、それは本人たちの前で絶対に言わないでね」
スバルの言葉に人間離れを示唆した春日菜々美に対し、釘を刺すように述べたのはようやく回復した英美だった。その上で、菜々美が話を続ける。
「でも、深雪の実力なら第一セットから飛ばしても行けてたような気がするけど……やっぱり警戒してたのかな? 一色選手は序盤からかなり飛ばしてたし」
「それはあるだろうね。けど、司波君あたりならそれも見越して作戦を立ててると思うよ」
「寧ろ、それに加担してそうな悠元が何をしたのか次第なのよね……」
第三セットは中盤に差し掛かり、深雪のリードが段々と広がっていく。明らかに深雪の優勢が見えて終盤に差し掛かった時、突然愛梨がコート上に倒れ込んだ。その反動でラケットがコート横に転がるようにして飛んでいき、透明のフィールドに当たって止まった。
すぐさま審判団が駆け寄り、一色選手の状態を確認。当人の意識喪失状態に伴い、深雪の優勝が決まった。だが、深雪の表情は晴れなかった。
「……何が、起きたの?」
「分からない。ボクの目にも一色選手が突然倒れ込んだようにしか見えなかった」
「うーん……司波君あたりに聞いてみれば分かるかな?」
一方、その様子をモニター越しに見ていた悠元。出来ればすぐに駆け付けたいが、自身の魔法がバレるリスクは最小限に止めるという観点から、大人しく控室にいる選択を取った。
「悠元、良かったのか?」
「生命に直結する事態でないのは読み取れたからな。察知されないように応急処置程度の魔法は掛けておいた」
本来、精神と肉体の間に神経ネットワークや脳が存在するのは、五感を通して得られた情報をフィルタリングすることで過剰な情報が行き交わない様にするためのリミッターでもある。愛梨の[稲妻]はそのリミッターを解除することで全ての伝達情報を直結させている。
言い換えれば、肉体が本来出してはいけない領域の力を発揮させるということにも繋がる。一例では危険な状況下で爆発的な力を発揮する『火事場の馬鹿力』があるが、その現象を魔法で疑似再現したのが愛梨の[稲妻]に他ならない。
本来短時間での決着用に使うべき[稲妻]を愛梨は感情の昂ぶりからフルセットで使用したのだ。いくら悠元との関わりで強くなっていたとしても、悠元の見立てでは“8分”が使用限度とみていた。
そして、使用限界に達したがために愛梨は意識を失って倒れた、という事態に繋がった。
「俺でも人体のリミッターを無暗に外すことはしない。それをするぐらいなら自己身体強化で疑似的に[稲妻]並みのスピードを出すだけで事足りるからな」
「それを出来る人間が世界でも指で数えるぐらいなんだがな……」
会場は一時騒然となったが、競技自体は数分の遅延が発生した程度で個人戦男子クラウド・ボール決勝が実施される。愛梨は念のためにセンター近くのメディカルセンター(正式名称は国立魔法医療大学付属富士山麓医療センター)へ運ばれたことは男子の試合終了後に知ることとなった。
◇ ◇ ◇
愛梨は瞼を開けるが、覚醒はとても緩やかなものだった。
意識が朧気で、正確な状況が把握できなかった。
何とか意識を手繰り寄せて視界が開けると、そこは白い天井が見えていた。自分が女子クラウド・ボールで深雪と戦っている際に意識を失ったところまでは覚えているわけだが、そうなると自分がどういった状況なのかも自ずと把握できてしまった。
「目が覚めたか、愛梨」
聞こえてきたのは男性の声。だが、愛梨のことを名前で呼ぶ男性となると、家族か自身の婚約者しかいない。愛梨が視線を向けると、そこには自分の父親である一色義道が椅子に座っていた。
「お父様。すみません」
「なに、命に別条が無くて何よりだし、魔法師としての活動にも支障は無いようだと言ってくれたからな……お前は司波さん相手に精一杯頑張った。神楽坂殿からも『今はゆっくり休め』と言付かっている」
「悠元さんが……」
そこでふと愛梨の視線の先に時計が映る。時間としては既に夕方で、個人戦男子クラウド・ボール決勝も予定では終わっている。愛梨が何を聞きたいのか悟った義道は横になっている愛梨の頭を撫でた上で説明をする。
「個人戦男子クラウド・ボールは神楽坂殿が圧勝した。一条君相手に1200ポイント以上の大差をつけた上でのストレート勝ちだ」
「……お父様。それは御伽噺の類なのでしょうか?」
「私もモニター越しに見ていたが、最早人智の範疇に無いものを見させられた気分だったよ」
何せ、超高速でボールが行き交っているのに悠元の姿がコート上から“動いていなかった”のだ。正確には悠元の動きが速すぎて残像による影響で動いていないように見えただけなのだが、現代魔法や古式魔法の知識でも補えない範疇の戦いに、義道の話を聞かされた愛梨は目を白黒させていた。
「言い忘れていたが、医者の指示で大事を取って明日のピラーズ・ブレイク個人戦は棄権扱いとなる。悔しいと思うが、その悔しさはミラージ・バットで果たすといい」
「……お医者様の言い付けならば仕方がありませんわね。三高の皆には迷惑を掛けてしまいますが」
愛梨も悔しい思いはあるが、自身の魔法師としての活動に支障が出る可能性は排除しておきたい。なので、大人しく目を閉じたのだった。
なお、愛梨が不在となったことで沓子が栞に弄られる回数が増えてしまったのは……ここだけの話。
◇ ◇ ◇
二日目の全日程も終わり、食事の後は作業車に集まって談笑していた。個人戦女子クラウド・ボールで愛梨が倒れたことは気掛かりだったが、今後に支障が出ないという説明を聞いて深雪も安堵の表情を浮かべていた。
「これで、深雪の優勝は堅いね」
「雫、まだ二種目残っているのよ。私としてはまだ安心できないもの」
「慢心していないというのが怖いな……」
3年代表組は悠元と深雪が揃って1位をキープし、2年組も光宣と理璃が1位を保っている。ただ、2年代表戦は男女共に三高が苦戦を強いられていて、両方ともに2位となっているのは四高。その理由は四高に在籍している黒羽文弥・亜夜子の姉弟であった。
「明日はピラーズ・ブレイクがあるけど、悠元はどんな作戦を取るの?」
「いつも通り速攻で片を付ける。予選の魔法はこれまでに使ったもので事足りるだろうから、それの使い回しにする予定だ」
今年からのルール変更では、個人戦の絡みでミラージ・バットの得点配分がモノリス・コードと同様に1位100ポイント、2位60ポイント、3位40ポイント(新人戦はその半分)となっている。理由は飛行魔法の登場によるエンターテイナー性の向上にある。
なので、深雪が気を抜けない理由はここにある。
「それじゃ、決勝リーグは?」
「予選通過前提で話をするなと言いたいが……魔法構成自体は大幅に変えるとだけ言っておく。達也にだけは調整の観点で話してあるが」
「そうなのか?」
「ああ。とはいえ、誰が聞いているかも分からないから迂闊に話せないが、悪知恵が働いていると感心したほどだ」
これまでアイス・ピラーズ・ブレイクでの大戦で将輝に対して使用したのは天神魔法の[
「あの程度で悪知恵なら、まともな策が神算鬼謀の類になりそうだけどな」
「……つまり、将輝の[爆裂]に対しての策は一昨年や昨年と変えるってことか?」
「ああ。同じ手だけで完封しても観客は面白くないだろう?」
「他校の対策よりもそういう理由で変えるのは悠元ぐらいですよ」
今回の将輝に対する手法を考慮した際、念を入れてルール確認はした。そして問題ないことが確認できたため、魔法構成を組み立てた上で達也にだけ伝えている。その時の感想は『こんな単位で精密な魔法が出来るのが異常すぎる』と言われたことには遺憾の意を示した。
「それに、考え方自体は雫が使ったことのある魔法を参考にしているから、そこまでの目新しさはないんだけどな」
「……成程、大方の予想は付きました」
「え? 深雪は分かったの?」
「ええ」
目新しさが無くとも、既存の技術や知識を応用して新たな戦術を組み立てる。それを平然とやってのけている悠元に対して、大半の人間は冷や汗を流していたのだった。
漫画では平然としていましたが、視覚で得られる情報全てを身体の運動神経に伝達するとしても、そのフィードバックが全部視覚に返ってしまうリスクを負うことになりますし、愛梨自身もそれは理解しているでしょう。
系統は違いますが十文字家の[オーバークロック]もリスクがある以上、こういったリミッター解除系術式のリスクはあって然るべきだと考えての展開に仕上げました。
まあ、それを治すことが出来る婚約者がチートなだけですが(ぇ