魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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高校最後の九校戦⑦

 吉祥寺真紅郎は悩んでいた。四高との準決勝は何とか勝利を収めることに成功したものの、一高と三高の決勝フィールドは草原―――奇しくも一昨年の新人戦決勝と同じ構図になった。

 

(こちらもベストメンバーといえばベストなんだけれど……一高の三人目があの九島退役少将の孫とはね)

 

 真紅郎からすれば、昨年の論文コンペで優勝した当人が九校戦に出場してきた―――それも相応の実力が求められるモノリス・コードに出てきたことだけでなく、これまでの試合結果を見れば実力は明らかだった。

 尚、昨年については真紅郎が発表者でなかったため、達也や悠元ほどの因縁は抱いていない。それを差し引いても、一高側は将輝と真紅郎の実力を把握している。少なくとも[インビジブル・ブリット]は確実に対策されているとみていい。

 

(一昨年のように将輝を悠元にぶつけるとしても……ダメだ、これじゃ勝てない)

 

 実を言うと、真紅郎も自分なりに術式の改良を試みていた。それで行き詰っていたところに一条家経由で技術提供を受け、将輝の戦略級魔法を完成させた経緯がある。[チェイン・キャスト]を更に改良された技術とはいえ、真紅郎の魔法演算能力では厳しいということも理解していた。

 一応形にこそなったが、この術式を使えば『一発でも使えば、僕は確実に気絶してしまう』と演算結果から弾き出した答えを得ていた。まさに自滅覚悟の魔法の為、真紅郎は使うべきかどうか悩んだ。

 

 結局、恥にならないための方便も込めてCADにインストールしたわけで、これを使わずに決勝へ行けたのは大きい。だが、相手は元も含めて十師族直系の三人チーム。

 色々悩む真紅郎のところに、将輝が姿を見せた。

 

「ジョージ、まだ悩んでたのか?」

「将輝……そうだね。正直、僕の頭脳でも相手が本当に読み切れない」

 

―――歴代の九校戦で数々の不可解な強さを見せつけてきた三矢直系の三男。

―――世界に悪名を轟かせた四葉の系譜を継ぎ、不敗神話を打ち立てたエンジニア。

―――九島烈の孫にして、昨年の論文コンペで二高を優勝に導いた立役者。

 

 もはや攻略法が息をしていないレベルで見いだせないのは、後にも先にも彼らぐらいなのだろう……と真紅郎は正直に思う。だが、目の前にいる親友が未だに諦めていないという部分だけを見れば、『棄権』の進言を口に出すことも極めて難しかった。

 

「仕方がない……当初の作戦通りに将輝が悠元を抑えてくれ。残りは僕らで何とかするよ」

「ああ、分かった」

 

 どうせなら、真紅郎が思いついた術式を使う暇などなく派手に負かしてほしいと思ったのは……彼なりの“諦め”であったが、それを口に出すことや表情に示すことを避けたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 九校戦を締めくくる本戦最終種目―――モノリス・コード決勝は第一高校と第三高校の対決となった。しかも、双方の3年生は一昨年の新人戦モノリス・コード決勝で対戦した者同士の再戦。

 当時は達也が四葉家の人間であることを隠し、悠元は三矢家の人間だった。だが、二年という月日は人々に驚愕を齎した。日本政府から認められた三人の魔法師が、ルールの制約こそあれども激突する。

 

 その様子を観客席から見つめていた真由美だったが、隣には克人が座っており、反対側の隣には摩利が座っていた。一昨年の試合をモニター越しとはいえ目の当たりにしていたからこそ、三人は直に試合の様子を見ていた。

 

「流石に前の様な小細工はしないようだけれど、悠君たちが負けるビジョンを抱けないのよね」

「真由美……でも、あたしも同意見だな」

 

 一昨年は幹比古が出ていたが、今回は2年から光宣が選抜されている。三人の中では真由美が光宣と面識を有している為、彼の雰囲気からして『出来る』人間だと察していた。そして、それは実戦経験の点で抜きん出ている克人も頷いていた。

 

「三高も一昨年から成長しているのは確かだが、神楽坂と司波の成長は群を抜いているだろう。俺から見ても神楽坂は間違いなく世界最高峰の魔法師に過言などない存在だし、その影響を間近で受けている司波もそれに準じているとみるべきだ」

 

 克人がそう評し終えたところで試合開始を告げるサイレンが鳴り響き、三人の視線は草原フィールドに向けられる。すると、開幕直後に一高から攻撃魔法が三高のモノリスを急襲する。

 目立った威力を起こすものではなかったが、その直後に草原フィールド全体が濃い霧に覆われる。将輝が圧縮空気による砲撃を前方へ向けて撃ちこむが、発生した霧は圧縮した空気に寄って吹き飛ばされるどころか、圧縮空気を“打ち消した”。

 

「霧が全く晴れない……魔法か」

「間違いなく悠君ね。こんな不可解な霧を生み出すなんて、悠君にしか出来ないものの」

「それと、どうやら[ファランクス]の技術も応用されているな。圧縮空気を打ち消したのはそのせいだろう」

 

 明確な形を有さない[ファランクス]―――克人は理解したのと同時に冷や汗が流れた。

 フィールドに展開された霧は悠元の意思で形を有している。以前、アイス・ピラーズ・ブレイクでピラーの水素結合を応用した硬化魔法の行使を考えれば、原子単位で相対固定をすれば一定の空間内に障壁の役割を持たせることは理論上可能。

 だが、それに掛かる演算規模が現代魔法において戦略級魔法クラスとなってしまうため、とても現実的な魔法ではない。だが、大会に持ち込めるレギュレーションをクリアした上で悠元は魔法を行使している。

 

「相手の姿が見えない以上、攻撃する手段を喪う。現代魔法では最早対処できないだろう」

「真由美なら行けるんじゃないか?」

「無理言わないで。傍から見ても桁外れた事象干渉力が働いている状況なら、此方が狙って攻撃した時点でアウトよ」

 

 真由美が摩利からの問いかけにこう返したのは単純明快で、魔法の練習台として度々悠元に付き合っており、今回悠元がモノリス・コードで使っている魔法も練習台として付き合ったことがあった。

 物の試しに[ドライ・ブリザード]や[魔弾の射手]で悠元をスナイプしようとしたが、あっという間に戦闘不能へ追い込まれて降参した。なお、それで不機嫌となった真由美が下着姿で悠元を襲撃した……結果は鎮圧された格好となったが。

 そして、数分経過後に霧が晴れていくと、草原に倒れ込んでいる三高メンバーに対し、平然と立っている一高メンバーの姿がそこにあった。

 

「まあ、これで悠君が完勝の恰好ね。というか、悠君に意識を向けている深雪さんが心変わりする筈なんて無いのよ」

「つぐみんから話は聞いていたが、やっぱりそうだったのか」

「……」

 

 そもそも、将輝が一昨年の時点で失態を演じただけでなく、謝罪の言葉すら口にしていない以前に、深雪は悠元以外に異性への強い興味を有していなかった。

 生徒会を通して悠元や深雪の一番近くにいたからこそ理解している真由美の言葉に、摩利は納得したような台詞を呟く一方、将輝にチャンスを与える様進言したことのある当事者としては『藪蛇でしかなかった』と内心で反省していた克人であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 観客席の別のところでは、微笑む女性―――神楽坂家前当主・神楽坂千姫と、笑みを零す偉丈夫の男性―――上泉家前当主・上泉剛三、そして更にはジョーリッジ・D・トランプ大統領が試合の様子を見つめていた。

 ジョーリッジは魔法師でこそなかったものの、特異的な体質を買われて超法規的国際部隊の一員として活動したことがあった。その縁で千姫や剛三と知り合い、奇しくも孫世代同士で婚姻を結ぶことになった。

 

「お二人の縁者は実に強いな。私も実際に会っているが、あの[クリムゾン・プリンス]すら完封するとは……うちのジェラルド君も友人として認めているわけだ」

「鍛えたのは儂だが、よもや儂がやった鍛錬全てを乗り越えたのは間違いなくあやつの才能よ。美味しい所は隣の義妹に持っていかれたが」

「別に掻っ攫ったつもりはありませんよ。ジョーはお孫さんが嫁に行って寂しくないですか?」

「喧噪が無くなった時は流石に寂しかったがな」

 

 ジョーリッジにしてみれば、セリアが暴れた影響こそ大きかったものの、図らずも政敵を一人残らず排除してもらう格好となった。なので、彼女が除隊する際に名誉准将の勲章を大使館経由で送っていた。

 

「だが、悪魔を祓ってくれただけでなく、負の遺恨となっていたものを全て浄化してくれた。誰しもが無視できない功績を打ち立てた彼に対して、私は今後の政権に対して『日本を決して侮るな』と念を押すことにした」

「そう述べるということは、引退でもするのか?」

「任期は全うするよ。その後は九島将軍のように俗世から離れたところで隠居生活でもするさ」

 

 剛三は元継に家督と家業を継がせ、千姫も悠元へ段階的に家督と家業の譲渡を行っている。その流れを見たジョーリッジも、残る任期を全うして政治の世界を去る腹積もりだと明かした。

 

「いっそのこと、日本へ移り住むことも考えている。そうすれば孫たちの顔が見られるからな」

「その気がおありなら是非声を掛けてくださいね。お安い値段でいい物件をご紹介いたしますので」

 

 大きな戦争を駆け抜けてきた世代は、遅かれ早かれこの世を去ることになる。次の時代を担う若者たちの存在は、三人にとって大きな財産だった。

 

「っ!?」

「どうしたの、お姉ちゃん? 突然身震いして」

「今、身内が私の近くに来るんじゃないかって悪寒が走って……」

「……お祖父ちゃんならやりかねないのが困るね」

 

 そんな会話を何故か悪寒という形で感じ取ったリーナと、その予感が強ち的外れとは思えないセリアであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 九校戦後夜祭の合同パーティー。高校生の身分でスポーツ競技のように『ノーサイド』と踏まえられるものではないにせよ、十日間の激闘を終えて各校の選手やスタッフたちは和やかな雰囲気だった。

 これまではダンスの前に大人たちが話しかけてくることも有った訳だが、今回の開催に合わせて悠元は事前に後夜祭への関係者以外の立ち入りを大幅に制限している。理由は色々あるが、会場が神坂グループの敷地内であり、加えて国内最大級の財閥グループを敵に回す理由を考慮した時、財界のみならず政界やメディアも及び腰となった。

 尤も、最大の理由は『将輝との清算をする』という我儘に集約されてしまうが。

 

 とはいえ、学生やその親御・親族のみとなっても、悠元に対して話しかけてくる者は多い。現師族会議議長という魔法界のトップなのだし、悠元もそれを認識しているからこそ嫌とは言わなかった。

 最大の驚きは公の場へ姿を見せた四葉家当主・四葉真夜の登場であり、悠元へ親し気に挨拶を交わしていた。それを見た深雪が拗ねて、達也とリーナが宥めるという一幕まで起きていた。

 

「深雪さんや、拗ねないの」

「単に挨拶するだけなら拗ねていません。叔母様のあの目は悠元さんに色目を使っていましたから」

 

 深雪とて真夜が悠元の愛人となることに一応理解を示している。とはいえ、実際に深雪の眼前で色目を使われるのは感情的に堪えるものがあるのだろう。

 

「悠元は凄いわよね。こんな深雪の手綱を握っているのだから」

「語弊を生みかねん言い方は止めてくれ、リーナ」

「うん、ちゃんと言うなら悠元はジゴロ」

「やめて、雫さん。それだと俺がプレイボーイになるから」

 

 高校生としては色欲塗れの生活になってしまったが、それでも無差別に襲ったりすることはないし、婚約者や愛人以外との関係は一切持っていない。寧ろ婚約者や愛人たちから襲われて、結局は熱い夜へと発展しているケースばかりだ。

 

「婚約者だけじゃなくて愛人まで囲っちゃう時点でお兄ちゃんはプレイボーイ」

「良い度胸だ。夏の新作スイーツ試食の刑に処する。逃げ出そうとした場合は足つぼ1時間の刑も追加で」

「お、お慈悲を……深雪さん……」

「悠元さん、私にも足つぼをお願いしますね」

「逃げ場はありませんでしたね」

 

 死刑宣告を言い渡された人間のように崩れ落ちたセリア。そんな一幕が過ぎた後、会場は学生だけとなって恒例のダンスパーティーとなった。悠元や達也は各々の婚約者と踊ることになり、そして悠元が深雪と踊るのは一番最後になった。

 意外だったのは、悠元が詩奈と踊る形になったことだ。詩奈曰く『お兄様と出られる最初で最後の九校戦なので』という思い出作りの一環だそうだ。なお、詩奈は悠元や侍郎と踊った後、侍郎に引っ付いて離れようとせず、侍郎の精神が若干死にかけていた。

 

 将輝については、社交辞令という形で深雪と踊り、その後で深雪に『改めて話がしたい』と申し出ていた。それを聞いた深雪は特に断る理由が無いし、ここでしっかり話を付けたいという思いもあったので申し出を受けたようだ。

 

「申し訳ありません、悠元さん」

「まあ、ここでしっかり言っておいて遺恨を残さないのは大事だろうからな」

 

 別に同伴する必要もないし、深雪に[天神の眼(オシリス・サイト)]のリソースを振り分けているので、何かあれば[鏡の扉(ミラーゲート)]で急行することもできる。

 

「それに、俺がいると変に拗れる可能性もあるからな。すまないが、その場は深雪一人で切り抜けてくれ。最悪の場合は駆けつけるから」

「駆けつけるというか、颯爽と登場するヒーローになるね」

「容姿云々はともかく、俺はそんなに清廉潔白な人間じゃねえよ」

 

 今年3月の時点で一度振られていて、しかも手紙などと言った間接的な方法ではなく、直に対面した上で深雪が丁重に断った。おまけに、その事態を一条家側も把握しており、その謝罪の一環として茜を来春から東京方面の中学校へ通わせる、と一条家夫人が公言した。

 こうなると問題は預かっている劉麗雷だが、将輝が魔法大学へ進学するとなれば、自ずと東京へ引っ越す公算が高くなる。新ソ連方面が内部でゴタゴタしている状況を鑑みても、難民対応や小規模の戦闘は国防軍単独でも事足りるし、必要ならば風間へ掛け合って独立魔装大隊を定期的に派遣することも視野に入れる。

 

 話を戻すが、実は3月に将輝が振られた時点で剛毅は神楽坂家と四葉家、妥協案を出してくれた十文字家へ向けて詫びの書状を送付していた。ただ、その中には将輝が未だに深雪を諦めきれていない旨も記されていたため、変にストーカーとなる事態を避けるべく公の批難をしていない。

 

「俺が真っ当なら、燈也や光宣、幹比古が聖人君子の領域へ入ることになるわ」

「いやいや、僕なんかが聖人だなんて烏滸がましいですよ。それでしたら吉田先輩の方が相応しいですよ」

「だそうよ、ミキ」

「やめてくれ。それと、ミキ呼ばわりは止めてくれ……」

 

 特に目立ったトラブルも無く、後夜祭のダンスパーティーの時間は過ぎていくのであった。

 

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