九校戦は終わり、学生としては夏休みに突入するわけだが、既に働き始めているも同然の悠元は本来ならグループの決裁案件を見なければならないわけだが、その辺については手を打った。というか、積極的に根回しをしたのは千姫だった。
『悠君は世継ぎを作る仕事もありますし、代わりに仕事が出来る人を置くべきでしょう』
この一言で決まり、誰がその役目を引き受けるのかと思っていたが、その役割を担うことになったのはダリヤだった。彼女曰く『何も返せずに依存するのは私の性分ではありませんので』とのことで、昔は十文字家の家業である建設会社の経理を担当していたそうだ。
よくよく考えれば、その時点では『
なお、一応勤務記録などと言った証明は会社側に残っていたので、すぐに確認することが出来た。これについてはアリサの親権調査の過程で調べたものでもある。
で、ダリヤが実質生き返ることで生じそうな問題も同時に浮上することになる。
アリサの親権に関する問題となった際、慰謝料などの請求は一切せずにダリヤの遺言状をベースとして手続きを進め、十文字家に対しては直接釘差しをした。これは自身や神楽坂家に膨大な資産を有していることもそうだが、金銭の支払いによって十文字家の家族問題が表面化する可能性も孕んでいたためだ。
一般的な家庭なら別に気にしていないが、十文字家の置かれている役割を鑑みると、問題の表面化によって十師族ひいては師族二十八家の評判、更には日本魔法界への波及は必至。結論として、十文字和樹が三矢家ひいては悠元に対する責任を取る形で克人へ家督を譲ったことと、婚約した美嘉による改善への期待を鑑みて金銭要求はしなかった。
一番の理由は、悠元一人でも使いきれる見込みのない資産が塩漬けになることへの抵抗が最も大きい訳だが。子や孫世代を考えればあるに越したことはないが、将来の子どもの嫁ぎを考えただけで頭が痛くなりそうだ。
似たような立場のヴィルヘルミナに関しては近親者(主にジェラルドとバランス大佐)が生きていたため、USNA大統領を通じる形で戸籍を一時的に復活させたのち、帰化して日本人となった。引き取り先は九重家で、八雲の養女となったのでセリアとは戸籍上の姉妹になった。
だが、ダリヤの場合は出生がややこしい。何せ、彼女の出自が『既に亡くなったイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフのクローン』という事実が出て来たとき、迂闊に変なところへ話を持っていくことが出来ない。
とはいえ、絶賛混乱中の新ソ連政府が知れば、喪った戦略級魔法師の穴埋めとして狙ってくることは簡単に予想がつくし、こんな情報をおいそれと渡せるほど甘くない。
そこで、千姫はとんでもない案を持ち出してきた。それは自分の護衛である支倉佐武郎の養母という形で縁組をするという手段に打って出たのだ。
支倉は現在十文字家次女の十文字和美と結婚前提のお付き合いをしており、相手が学生なので表向きは家庭教師兼護衛の体裁を取っている。なので、結婚が成立するとダリヤと和美は義理の嫁姑関係となる。
支倉家は完全に神楽坂家の管轄なので、自由に縁組が出来る強みを生かしてのものだったし、魔法使いとしては新参者の部類となるため、変に目くじらを立てられなくて済む利点も大きい。
尤も、家族構成がロシア人のダリヤに中国人(身体的な意味で)の支倉、そして日本人の和美というあまりにもチグハグすぎる有様なのはツッコミ不可避なのかもしれないが。
実際のところだが三人の関係は良好で、ダリヤは支倉と和美に自身のことを包み隠さずに話したそうだ。それを聞かされた和美の反応は『私だったら、一発殴ってます』と述べており、同席していた支倉は苦笑を滲ませていた。
ただ、十文字家ではその話を一切せず、秘密にしてくれているようだった。この辺は和美にも何か思うところはあったのかもしれない。
一度“亡くなった”と認められたダリヤの戸籍修正は本来厄介な手続きが多いものの、仕方ないので四大老の権力で面倒な手続きを全て合法的に処理させた。そして、伊庭家から支倉家へ縁組した手続きを完了したことで伊庭ダリヤとしての戸籍は再び眠りに就いた。
権力を揮ったとは述べたが、具体的にはダリヤに関する手続きを総理に相談しただけで、それを聞いた政府側が僅か一日で死亡扱いを取り消してくれたのには苦笑してしまったが。
十文字和樹がダリヤを妊娠させ、ダリヤは北海道でアリサを産んでいた事実が14年間も放置されていた―――これは彼女の意向もあったため、十神家(当時は遠上家)もその意向を叶える形でダリヤとアリサを見守っていたし、ダリヤの死後はアリサを遠上家で住まわせていた。
遺伝的な面で強制されたとはいえ、十文字和樹が親からの婚約を受けることになった最中でダリヤの妊娠が発覚。彼女が北海道へ逃げたのは、当時国防軍の影響が強くて師族二十八家からの追及が無く、かつ遠上家が居ることが大きかったのだろう。
実は、千姫はダリヤが東京から北海道へ帰る際に力を貸していた。実姉である奏姫から相談を受けており、彼女の意向を汲み取った上で遠上家へ事情を話し、アリサと茉莉花の養育費として5000万円も支払っていた。
曰く『奏姫姉さんが「彼女の子どもや引き取り先となる遠上家が不自由することなど無いよう、将来の縁戚の嫁候補として囲っておきましょう」として提案したので、全力で後押ししておきました』とのことで、悠元が快復して三矢家から婚約の権限を貰った際、剛三にも事情を話して然るべき時まで北海道で暮らせるようにしてたそうだ。
彼女の子が順調に育つかも分からないのに、そこまで買っていた時点で先見の明が優れていたという証左なのだろうし、仮にそれが頓挫しても神楽坂家はダリヤやアリサ、ひいては遠上家との繋がりを得ることで、政府に冷遇された魔法使いの家を真っ当な人間として扱うようにしていた。
そこに加えて、神楽坂家と九島家の確執の点で九島烈が『
政府の都合で捨てた魔法使いの一族を古来から続く古式の大家が拾い上げることで、政府にとっての“弱点”を握る。元々神楽坂家は尼送りになりそうだった皇族を迎えていたので、その意味で当時の権力者と言えども下手に逆らえない一族と言えた。
更に、悠元が『伝統派』を和解させたことで、日本政府は神楽坂家に対して逆らうことが出来なくなった。自分たちの過失で迷惑を掛けた以上は異論など出るはずもない。尤も、それを成した悠元や『伝統派』の交渉を引き受けた千姫はさして気にしていない。
その静かさが逆に二人への畏怖を強化する羽目となっているのは言うまでもないが。
話を戻すが、泉美との一度目の婚約時点ではアリサに加えて茉莉花との婚約まで既に視野に入れていたということになる。結局は深雪と雫、姫梨との同時婚約になったものの、どう転んでも手始めに三人を囲うと聞かされた時は驚きを通り越してドン引きした。仮に十文字家が探偵を雇おうとも、矢車家に頼んで誤魔化す形にしていたあたり、本気度がガチでヤバかった。
ダリヤの社会復帰に伴って問題となるのは、十文字家に発覚した場合の問題。こちらとしてはバレたところで別に問題ないが、十文字和樹がどんな行動をするのかが分からない。下手をすれば内縁の妻として復縁を求めてくる可能性もあった。
なので、話を持っていった先は克人と婚約している美嘉だった。彼女は既に十文字家へ引っ越しており、今年のクリスマスイブに入籍するとのこと。曰く『慣習のイベントを記念日にすれば、相手が絶対忘れることはないからね』とのことで、悠元の誕生日がバレンタインと被っているのを参考にした結果らしい。
結婚式は大学の春休みに合わせて行うそうで、貰った招待状は既に返信している。
九校戦が終わった翌日、悠元は十文字家を訪れた。美嘉は悠元を自室に通すと、悠元好みとなるようにカフェラテと茶菓子を用意してくれた。そうして談笑しながら本題を真剣に聞いてくれた。
「……悠元って、人妻に好かれるよね。お
「寝取る気など毛頭ない。やったら地獄しか見ないし」
「それは理解してるよ。むしろより取り見取り放題だから、夜は困らないでしょ」
「ちゃんと自制はしてるけどね」
美嘉へ話を持ち込んだのは、彼女が十文字家のことを贔屓目に見ないことが大きい。夫となる克人に対しても臆せずに発言するが、それはあくまでも『誰が見ても真っ当な意見』を口にするだけ。自分が我儘を言うにしても、まずは身内を含めた他人の利益を鑑みてから妥協できるような範囲に収めている。
それに、困ったことがある時は極力自力で解決できる手段を取ることが多く、誰かの助けを借りるのは最終手段のスタンス。学生時代もそんなスタンスを貫いたからこそ人付き合いも多く、交友関係の広さで言えば三矢家直系の子女では一番だろう。
「一度かっちゃんに相談するよ。アリサちゃんのことで結構参ってフォローしたことがあったから、お義父さんが変な事をしないようにしないと、かっちゃんが引き籠りかねないし」
「……楽しそうに聞こえるのは気のせいかな」
「かっちゃんはああ見えて一途で頑固だからね。怖い見た目で勝手に諦めちゃう子も多いけど、心を開いてくれると凄く優しいんだよ」
「弟にまで惚気ないでください」
そして、美嘉は惚れこむと一直線な性格。とは言っても、それで誰かに流されるように浮ついてもいない。克人のことは学生時代から割と好意的に見ており、父親である元のような体格に加えて当人の性格が気に入ったので婚約を受け入れたと聞いている。
美嘉は悠元に断ってから一度立ち上がって部屋を出ていく。数分してから部屋に戻ってくると、十文字家現当主兼婚約相手である十文字克人に加えて、先代夫人の十文字慶子が部屋に入って来た。
二人は悠元の姿を見ると頭を深く下げた。
「これは神楽坂殿。美嘉から大切なお話があるとお聞きしましたが」
「まずはお座りください……と来客側の自分が言うのはどうかと思いますが、流石に長話にもなりますので」
「分かりました。美嘉さん、ごめんなさいね」
「いいんですよ、お義母さん」
そうして四人が座り、美嘉が追加分のコーヒーを二人に差し出してから座ったところで、悠元が切り出した。流石に当事者である以上は自分が説明をするべきだと思ったからだ。
「実は、以前お話していたアリサ絡みの件で更に厄介なことが増えまして。詳しくは話せませんが、魔法的な要素によって彼女の母親である伊庭ダリヤが“蘇った”のです」
「……美嘉、本当なのか?」
「うん、それは本当。アリサちゃんや茉莉花ちゃんにも確認したから」
「あの子が……成程、主人絡みですね」
悠元の言葉に克人は疑問を浮かべ、その疑問に答える美嘉。そして、慶子はダリヤのことを聞かされたことで思い出す様に考え込み、自分の夫絡みであることを察した。
「母さん、知っていたのか?」
「ええ、あの子はうちの会社で一時期働いていてね。とても優秀だったし、気配りも出来て評判も良かったの。突然退職届を出した時は『一身上の都合で辞めさせていただきます』とだけしか言わなかったのよ」
慶子はこの時期に十文字凱から彼の息子にあたる和樹との婚姻を勧められ、それと時期が重なるように辞めていったダリヤのことが気掛かりだったと話した。ダリヤの勤務記録が長期間残っていたのは、もし彼女が頼ってきたときに再就職しやすい判断材料を残しておくのが目的だった。
「あの人はバレてないと思ってるみたいだったけど、彼女が居なくなってからのあの人は凄く分かりやすい位に落ち込んでたもの。まさか隠し子まで拵えていたのは想定を超えてたけどね」
何せ、二股関係までして無責任に妊娠までさせてしまった(当時の慶子はダリヤが妊娠していたことを知らなかったが)のだ。慶子は竜樹を出産後に凱へ和樹とダリヤの交際に関する説明責任を求め、納得のいく条件が得られない場合は離婚まで視野に入れていた。離婚こそしなかったものの、家庭に関する決定権は慶子が握る形となったらしい。
勇人や理璃の引き取りも慶子が決めたことで、どうしても異母兄弟(兄妹)間での諍いを少しでも和らげるのが目的だったそうだ。
「あ、ごめんなさいね。それで、ダリヤさんが今後外へ出て働くことになるから、もしもを考えて夫に釘を刺してほしいというところかしら?」
「そうして頂けると助かります。自分にとっては婚約者の母親となりますし、自分専属の使用人として雇う関係上は警察沙汰にさせたくないので」
「成程……自分からも釘差し致します」
流石に若返った挙句自分の愛人となることは言えなかったし、最早関係を持っている所も言えるはずがない。複数の婚姻を有している身としては、公私混同をしないようにルールを定めていたりする。
権力を振り翳すことは出来るが、それで十文字家との関係を拗らせるのは違うと考えた。元々アリサの件で仲が拗れたのは十文字和樹だけであり、克人とは互いに割り切った関係を構築しているし、自分からすれば血縁上の義兄にもなる。それに、和樹や克人以外の十文字家の人たちとも良き関係を持っているので、既に一線を退いたも同然の和樹と関係を再構築する気も無い。
「私も気を付けておくよ。万が一の時は半殺しにしてでも止めるから」
「美嘉姉さんが言うと洒落にならないんだが」
「いやいや、私なんてまだ生易しい方だと思うよ。詩鶴姉さんや佳奈姉さんを怒らせた時のことは悠元も知ってるでしょ?」
「あー……話を聞いたレベルではあるけど」
三矢家の女性陣は母親の気質を主に受け継いだせいなのか、怒らせた時の反動が凄まじい。詩鶴が生徒会長となった際のトラブルでは主に佳奈が対処していたが、詩鶴も『私は生徒会長になる気なんてなかったのに、貴方方が傷害に至るまでのトラブルを起こした』という理由で、魔法抜きでトラブルの加害者全員を病院送りにしたそうだ。
普通なら警察案件とかの類だが、ここで秘かに千姫と剛三が介入したことでお咎めなしになり、病院送りにされた生徒は全員退学扱いとなって普通科高校への編入を余儀なくされた。第一高校としてもこんな大騒動でブランドを傷つけられるのは困るからなのだろう。なお、近況の詩鶴は妊娠したようで、順調に行けば来年初めごろに出産する予定だそうだ。
学校では真由美の権力の濫用が目についた訳だが、まさか自分が入学する前にそんなことになっているとは知らなかった。遥に事情を聞いた後で盛大に落ち込んだのは、その沙汰のことまで聞いてしまったためだ。
一応相手の生徒には示談金ということで各数百万ずつ支払ったとのことで、上泉家が全面的に責任を負ったと剛三から聞いたが、『その程度の端金で済むのなら、治療費を含めてもプラスだからな』と言いつつ、白河グループ系列の不動産会社が管理する物件に引っ越しまで薦めていた。
ある意味マッチポンプ紛いの行動には流石に何も言わなかったし、示談金を家賃を含めた住居費用として回収する発想には若干引くほどだった。
「この分だと、悠元が囲うってことになりそうだからね。実家のお母さんはすごく喜ぶと思うよ」
「アリサのこともあって、既にそうなってるけどね」
「お話は聞いていましたが、大変なご様子ですね。でも、うちの旦那と違ってしっかりされているので、きっとダリヤさんも安心できるのでしょう」
「……とても自分には真似できませんな」
別に無理して真似る必要はない。というか、女性陣が結託して複数の婚姻を結ばれた、というのが一番妥当な気がする。それでも断ろうと思わなかったのは、悠元にとっては最優先となる第一夫人の深雪が許していることに他ならない。
彼女の気質ならば独占する可能性もあった。ただ、深雪を含めた三人の襲撃を受けた翌日の話し合いで、深雪らが更に増える可能性を尋ねたことがあった。つまるところ、その前日の時点で千姫から更に複数の婚姻を結ぶ段取りがあったことを知っていた、ということになる。
本人から聞いたところでは、『ご主人様を引き留めるためには、私如きの力では足りないと判断いたしましたので、ご主人様を好いている女性に協力者が欲しかったのです』と返された。まるで俺が飛翔して遥か彼方へ飛んでいくような表現には遺憾の意を唱えたい。
「一般常識からしたら異常すぎて修羅場案件なのですがね」
「……うん、それは否定できないね。でも、それが悠元の人徳だと思うよ。あの子たちの幸せをちゃんと叶えられるだけの立場と財力も持ってるわけだし」
「程度は考えてほしかったと思うけれど」
何せ、転生した当初は何も目立った権力などなかったし、特典による規格外な資質は在ろうとも見合うだけの実行力も無かった。剛三の下で修行したのだって、達也に伍するだけの実力を身につけるのが目的だった。散々国内外を連れ回される羽目になったが、誰かに入れ込む気はないに等しかった。
どうせ婚約が決められるとしても、元としても変な婚約を結ばせるとは考えづらいだろうし、仮にそうであれば元だけでなく詩歩からストップが掛かりかねない。まさか母方の実家から選定されるとは思いもしなかったわけだが。
「結果的に14人の婚約者って、普通なら精神的に参る案件だよ。比較しちゃいけないんだろうけれど、二股に隠し子がまだ生易しく聞こえるレベルだと思う」
「話は聞いておりましたが、大変なことですね……うちの息子もそれぐらいの甲斐性は見せてほしかったのですが」
「無茶を言わないでくれ、母さん」
そして、神楽坂家で雇った弁護士を通す形で念書を纏め、万が一和樹がダリヤを見つけて復縁を願おうと接近した場合は罰金を科すことで決着したのだった。
九校戦は終わりましたが、色々書きたいエピソードが残っているのでその消化編です。章分けは面倒なのでこのままで行きます。