そうして迎えた藤林家との会談。会場は伊豆高原の別荘ということで、烈には話し合いの立会人として同席してもらうが、彼は『私は許可を貰うまで何も話さない』と述べていた。
話し合いには悠元と長正、各々の随伴として深雪と達也に水波、長正の随伴は響子のみだった。更に、驚くべきだったのは長正がすっきりと剃髪して坊主頭になっていたことだった。これに対して真っ先に驚いたのは響子だった。
「お父様!? 何故そこまでのことをしたのですか!?」
「妻の実家とはいえ、私は咎めるべき時に咎められなかった。これは私自身に対するけじめだ」
そんな言葉から始まり、長正は悠元と達也に対して深く頭を下げた。
「神楽坂殿に司波殿、此度は申し訳ありませんでした」
「それは、何に対しての謝罪なのかをハッキリさせて頂きたい。此方としても身に覚えがない状態で頭を下げさせる気など有りませんので」
「それもそうでしたな。では、ご説明させて頂きます」
長正の説明では、昨年の九校戦スティープルチェース・クロスカントリーにおいてパラサイドールの実験を敢行したことについての謝罪。本来なら女子だけで済ませる予定だったが、悠元の存在で更に脅威度を跳ね上げ、実験中の強化体まで持ち出して差し向けたこと。
藤林家は九島家のパラサイドールに関する事を知ったものの、調査は続けていたが結局黙認することとなった。悠元自身は後片付けを剛三と千姫に丸投げしたので、報告は聞いていたものの、その後の周公瑾に関する対応を進めていくうちにあまり考えないことにしていた。というか、面倒になって放置した。
響子にとっては実家だし、達也との関係を考慮しても遺恨になることは避けたい。達也にもこの辺は話したが、『互いに面倒事となることはしない』ということで決着して、藤林家への制裁は無しで決まった。
「本来であれば、黙っていた私も罰せられるべき立場でした。ですが、お二方は私を含めた藤林家への制裁はしないと娘から聞きました」
「ええ。親友の妻となるであろう同僚の実家を必要以上に困らせる必要も無いと感じましたので。ならば何故今になって会談をしたいと申し出て来たのかが気に掛かります」
「謝罪に加え、実は同じ上忍の一族である服部家と百地家から、光宣君へ嫁を送りたいという申し出を受けまして。その際にパラサイドール看過についての叱責も受けてしまったのです」
恐らく、服部家と百地家は独自に調べて藤林家の行いを知ってしまったのだろう。パラサイドールの件では八雲が態々叡山を訪れていたこともあるので、彼が意識していなくてもどこかしらで不審点が出てきてもおかしくはない。
両家が求めているのは光宣へ嫁を送ることと、現当主の引退。次期当主については普通なら響子へ移譲されることになるが、これについては響子が拒否した。当人もパラサイドールに関与していた側ということも有るし、達也との結婚を控えている状態で実家へ出戻りするわけにはいかない。
悠元は伊勢家からその事実を把握し、藤林家がその案を呑むと神楽坂家の案が実行されなくなることを考慮して、この会談前に対処しておいた。
「……お話については分かりました。実は、服部家と百地家に対しては私の方で話をさせていただきました。今回に関する賠償はこちらで立て替えましたので、その対価として藤林家には神楽坂家の管理下でお仕事を依頼したいと考えております。異論はございますか?」
「いえ、ございません。下手をすれば取り潰しも覚悟しておりましたので、寛大な対応に感謝を禁じ得ません」
管理という言い方をしたが、実際的には“部下”という言い方に近いだろう。衣食住についてはきちんと保証するし、賠償の支払いも仕事報酬からの天引きで数年程度あれば完済できる額にしている。別に恨みもないし、九島家はこれから罰を受けるので藤林家に咎を背負わせる気など無い。
神楽坂家で光宣の婚姻相手を取り決める旨を伝えると、服部家と百地家は丁重に申し込んでくれた。結局千姫と同じことをやっていることに内心で呆れる羽目となったわけだが。
「それと、九島閣下よりお話を聞いているとは思いますが、光宣を新たな九島家当主として定めることで再興させ、十師族の“十三番目”として近畿方面の守護を担っていただきます。なお、監視については古式魔法師の件もございますので、神楽坂家が全面的に責任を負います」
「……異存はございません。その旨は義父にも全てお伝えしております」
長正が悠元の発言に対してそう述べたところで、悠元は視線を烈に向けた。烈はそれが発言の許可と受け取った上で、長正に対して話し始めた。
「これから、君は光宣の父親として責任を果たしてもらいたい。私は娘に酷な事をさせる愚かな父親だが、光宣のことは九島家全体の責任でもある。無論、私も例外ではない」
烈が強化措置に成功してしまったがために、様々な人の人生を狂わせてしまった。身内のみならず、彼が関わって来た人間まで多大な迷惑をかけてしまったのだ。
最早世界規模で深い傷を残した以上、それが完全に修復されることはない。烈は自分の年齢で老い先が短い事を承知しているからこそ、それを誰よりも痛感してしまった。真一から聞いた“もう一人の九島烈”の存在が、まるで鏡合わせのように思えてならなかったようだ。
「来月末を以て私は国防軍の顧問も引退する。残る人生は剛三に誘われていてな。だから、私のことはもう気にすることなく各々の人生を生きるがいい。もし死んだときは密葬にして欲しいこともこの場で宣言する」
来月末で別荘も引き払うようで、その手続きは既に終わらせているらしい。元々上泉家管理の物件だったので、その手続きも早く済んだのは納得がいく話だった。
「神楽坂君に司波君、昨年の周公瑾に関する件で改めて謝罪させてほしい。そして神楽坂殿には『伝統派』との和解を旧第九研出身者として謝罪させて頂きたい。本当に申し訳なかった」
周公瑾に関する件は、パラサイドール製造だけでなくその後の逃亡劇も含めてなのだろう。そして、悠元には敬称を変えた上で『伝統派』に対する謝罪を口にした。それを聞いた悠元は達也と顔を見合わせ、互いに頷いた上で烈に視線を向けた。
「閣下、頭をお上げください。周公瑾の件については光宣君も頑張ってくれましたし、『伝統派』については周公瑾を追い出すために大掛かりな仕掛けの副産物でしかありません」
「……積年の遺恨解消を副産物と述べるのは、君は間違いなく剛三や千姫の血を引いた魔法師だ。私が嘗て名乗っていた[トリックスター]も君に相応しい称号だと思うよ」
悠元は軍関係や学校関係で散々色んな渾名を付けられているわけだが、烈から[トリックスター]の渾名を継承してほしい様な言葉には苦笑を浮かべた。この分だと剛三経由で広められそうな気もしたので、断ることを諦めた。
◇ ◇ ◇
会談を終えた後、食事会ということで穏やかな空気で話が進んだ。長正としては達也が義理の息子となるので、娘が粗相をしないか親馬鹿な一面を見せたことに響子が頭を抱え、それを見ていた烈も微笑ましそうな表情を見せた。
食事を終え、VTOLで巳焼島に移動した四人を出迎えたのはリーナだった。
「あら、おかえり三人とも。話は済んだ?」
「俺や深雪に水波はほぼ付き添いだったからな。全て悠元に任せる格好となったが」
「こっちは大体済んだ話を再確認するだけだったからな」
正直『自分は結婚斡旋所ではないのだから、そういうことは当事者同士でちゃんと決着しろよ』と述べたくなったが、自分の複雑怪奇すぎる婚姻関係もそういう経由で成立した手前、あまり強く言えるはずも無かったし、専属使用人兼愛人についても殆ど咎められなかった。
その代わりとして加速している愛情表現のオンパレードなわけだが、容姿に加えて多彩な収入を得ていて、更には社会的地位も確立している始末。ものの見事に男性としての好条件を兼ね備えている形となった訳だが、もうこれ以上女性を囲うのは勘弁してほしい。
「でも、世界がこれで落ち着かせてくれるとは思えんわけよ。とりわけ俺や達也の存在は下手すると脅威にも成り得るからな。面倒事は金輪際断りたい」
「……そうね。私が言うのもどうかと思うけど、そういう輩って絶対出てきそうだし」
「困ったことだな、本当に」
「あはは……」
悠元と達也に加えてリーナもそう零したことに対して、彼らに近しい実力を有する深雪は苦笑を浮かべていて、水波も困惑したような表情を見せていた。
彼らを抑え込むために力を欲しても、その力を疎んで排除してこようとする輩は絶対に出てくる。画一的な思考を持つロボットではない以上、人間故に生じる問題はどうあっても切り離せないだろう。
「とはいえ、見て見ぬ振りも出来ない事象がある……と言ったら、信じてくれるか?」
「悠元が言うと嘘も真実になりそうで怖いんだけれど」
「何の得にもならん嘘なんて吐けるか」
悠元は[
「明らかに不自然すぎる産物だな。悠元はどこでそれを?」
「中学時代、爺さんに連れられて世界横断をした話は知ってるだろう? その拾い物の一つがコレだ」
丸太を投げ飛ばして太平洋横断を成功させたまではいいが、着弾地点がシャスタ山だった。先住民の聖地に到着するのはどうかと思ったが、丸太が着弾した際に巻き上がった岩に紛れて純白の石板が出てきた。
剛三にも見せたが、彼は『コイツの処遇はお前さんに任せる』と述べていて、このまま放置するとよくないことが起きると考えて回収することにした。
「で、流石に石板一枚だけというのはおかしいと思ったから、あの近辺を虱潰しに探して計16枚の石板を回収した。その保管場所は俺と爺さんしか知らないところにある、と言ったら……何かしらヤバい代物だというのは理解してくれたか?」
「それだけでも十分伝わるわよ。で、まさか戦略級魔法に相当する代物とか言わないわよね?」
「……単純なヤバさで言えば、俺の戦略級魔法である[スターライトブレイカー]に相当する代物だ。そして、石板から解析した結果から、魔法師を使い潰す前提なら理論上誰にでも出来かねない魔法が存在するという事実も判明した」
石板からして、間違いなく魔法文明時代の産物だと思われる。しかも、この石板には何故か神代日本語が使われていた事実からすると、この石板が日本を経由してアメリカに流れ着いたという事実にも繋がる。
「これを考えると、勾玉やアンティナイトなんてまだ可愛げがある部類だと思ったよ。今はまだいいが、この先これ絡みの件が起きないとも言えない。とりわけ[恒星炉]を本格的に世の中へ出せば、間違いなく良からぬ連中が仕掛けてくるのは火を見るより明らかだ」
「それは確かにそうですね。では、悠元さんが[恒星炉]の事業を早めに固められたのは、これがあったからですか?」
「その通り。全ての経営体制が整ってしまえば、俺や達也の動ける時間は大幅に増える。魔法大学に通う時間も考慮しなければならないが、その時はその時だ」
図らずも石板を見つけてしまった以上、見て見ぬふりは出来ない。とはいえ、迂闊に話せる内容でもない。悠元が選んだ選択肢は、この石板を悪用させないために厳重な封印を施すことだった。
だが、封印しても誰かが偶発的に発見する可能性もあるため、悠元自身に加えて達也が動ける時間を確保するために[恒星炉]の事業化と株式会社設立を大幅に前倒しした。どうせ石板絡みでなくとも悠元や達也を狙おうとする輩の可能性が完全に消えない以上、身動きが取れなくなる要因は全て排除できるように尽力した。
「一応、この事実は真一にも話そうと思う。杞憂に終わればいいが、向こうの世界に[エターナルポース]のトリガーが存在している以上、無関係とは言い切れない」
「確かに、可能性がある以上は話さないというわけにもいかないか。それにしても、お前は色んなものを呼び込んでいるな」
「俺がそう望んでないのに、勝手に飛来している側なんですが? 災難投げてくる奴ら全員に慰謝料か損害賠償請求したい気分だわ」
「……そのとばっちりを
大本が闇鍋状態の様相を呈した世界だからこそ、何かを治すだけでも一苦労では済まない。何せ、万夫不当の実力を有する剛三や千姫、それに準ずる実力を有する奏姫ですらも手を焼いた問題なのだ。彼らには戦争を終わらせた功績を以て表舞台から引退してもらうのが、次世代としての役目だと考えている。
それに、石板や[エターナルポース]、それとピラミッドの一件で魔法文明や当時の魔法も修得している以上、当事者として厳重な管理が必要だと悟った。
悠元は島に滞在している真一に連絡を取ると、すぐに来てくれた。そして、悠元が今までに得た情報を全て真一に伝えると、彼はとても驚くような表情を見せていた。
「そこまでの代物が……僕の世界にも存在していると?」
「可能性は極めて高いと考えている。レリックが存在している以上、お前が目覚めてからの役割も必要になるだろう」
可能性としてはゼロであってほしい。だが、僅かでも可能性が残っているとしたら無視できない。真一にはシャスタ山に眠っている石板の存在と、見つけたポイントを全て伝えておいた。この世界と変わっている可能性は否定できないが、虱潰しに探すよりは効率的に出来ると参考程度に伝えた。
「とりわけ[恒星炉]の存在が世に出れば、その秘密を掴もうと動く連中は多岐に渡るだろう。無いに越したことはないが、この世界の事象でない以上は確証なんて言えない。なので、真一の役目はそれを真実かどうか見極めて行動する役割になってくる」
「……僕の責任は極めて重大ですね。伝えて頂いて感謝しています。何分、僕自身の考えや周公瑾の知識だけではどうにもならない分野ですので」
問題なのは、こういった遺跡が世界各地に点在しているという事実があるということ。単に[シャンバラ]だけならばまだしも、その敵対勢力を仄めかす様な存在まで浮上している。
もしかすると、剛三が無理矢理にでも世界横断旅行へ連れ出したのは、その存在を伝えたかったのかもしれない。剛三らが戦争への介入で世界各地を飛び回ったと聞いている為、その折に魔法的な力を感じていてもおかしくはない。
自分達では寿命的な問題でカバーしきれない。ならば、存在を示唆することだけでも伝えるべきだという心遣いだと思えば、態々世界を渡って苦労した甲斐もあるというものだった。
「当分は[恒星炉]で掛かりきりになるだろうし、真一も向こうに帰ったところで自由に歩けるわけじゃない。必要ならば魔法知識は与えるから、遠慮せずに言ってくれ」
「……達也さん。こんな人物を敵に回せる人間の思考が知りたいです」
「真一、それは俺が最も知りたい欲求の一つだ」
「お前ら、夏の新作スイーツの刑な」
一難去ってまた一難、という言葉が存在しているが、平穏な未来を築かせてくれない人間の欲深さには若干呆れる始末だ。だからこそ、人間は衰退することなく文明を永らえさせ続けることが出来たのだろう。
未来は未だ来たらず、と見事に名で体を示しているものだと思う。
続編要素をひとつまみする形にしました。まあ、書くかどうかすら未定ですが(ぇ