魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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道のりは遥か先に

 悠元とエリーの会談。子どもに対する扱いは既に決まっているし、悠元としては定期的に顔見せはすることとした。

 

「事情は分かりましたが、何故自分にその役目を?」

「私の恋愛感情もあるけど、私の祖父がお師匠様と約束をしていたみたいでね」

 

 エリーの祖父こと先々代国王は千姫と知己であり、『孫同士をくっつけて曾孫の顔を見れるようにしたい』と話していたらしく、悠元は日本を出れないためにこんな方法と相成った。正直、結婚の法的な合法範囲に含まれていないのに、やっていることが倫理的にアウトすぎる。

 

「エリーのことは魅力に見れても、法を積極的に犯す気にはなりませんよ」

「私が法律よ」

「それは独裁者の台詞です」

 

 大体、同年齢か一回り上程度までは許容していた。魔法師の特性を考えれば若作りの領域など広すぎるからだ。

 だが、いざ蓋を開けてみればいきなり三人と婚約し、次々と増えるだけでなく専属使用人兼愛人まで増えてしまった。結果的に自分の心の平穏は消失してしまったわけだ。しかも、夜の戦闘まで突入している訳なので、こうなると色々複雑な心境を抱くことになる。

 せめて倫理的な問題となるような事態は避けてほしい……というのは、養母の時点で無意味なのだと気付くには時間が掛からなかった。

 

「ここまでハーレムを築いたら、男子から羨ましがられそうだけれどね」

「俺からすれば、気が重いんですよ」

「その生活ですらお師匠様に『足りない』と言われていても?」

「相手を潰す前に俺の精神が逝きかねません」

 

 原作世界からかなり乖離した存在がいるだけでも、それだけで大きな影響を及ぼす。転生直後に固有魔法を会得した時点で片足を突っ込んでいたのは認めるが、気が付いたら体ごと沈んでいたようなものだ。

 過去に泉美との婚約解消を聞かされた時も、元の表情は複雑だったのを覚えている。元々家督や家業を継がない宣言をしておいての十師族直系との婚約。泉美から好意を持たれていたのは知っていたし、自分としても見知らぬ相手よりはマシだと思っていたほどだ。

 

『そうですか、泉美ちゃんとの婚約が……父さんは大丈夫?』

『義父から散々愚痴を聞かされたよ。詩歩がキレて義父にハイキックをお見舞いしていたが』

『……本当に仲が良いんですかね?』

『あれで義父もケロッとしているのだから、スキンシップだと諦めたよ』

 

 神楽坂家を継いだ時に千姫から聞いたが、悠元の婚約を神楽坂家と上泉家が進めていたのは戦略級魔法師クラスの実力を国外へ出さないためでもあった。

 けれども、肝心の悠元本人は名誉やプライドに拘らないし、金を無駄遣いせずに堅実な生活を送る始末。両家が色々考慮した結果、周りの思惑を叶える意味で複数の婚姻を認めさせることとし、人の縁で囲うことに決めたらしい。

 

「というか、エリーも良く認めてくれましたね?」

「この国の皇族の血筋を引くことも大きかったみたい。父は深い溜息を吐いたし、母は『孫はよ』って急かしてきてたし」

「お兄さんたちに頼めばいいでしょうに」

「兄たちも『いい加減結婚しろ』って口煩くてね。だから、君の子を妊娠して遠距離の事実婚にしようって思ったの」

 

 過去の件を考慮すれば、エリーに対して強硬な態度を取ったとは思えない。エリーの兄たちと連絡先を交換しているので、当然当人たちからも連絡が入るし、彼らの妻からもお詫びのメールがきたりする。   

 今回の押し掛けにも謝罪の文面が並んでおり、エリーからすれば長兄の皇子曰くこんな文面となっていた。

 

『あのバカな妹を素直に応援したくはないが、本人が強く子供を希望している以上は止めきれなかった。メディアへの説明や養育などの責任はこちらで負うので、どうかバカ妹の願いを叶えてやってください』

 

 次兄の皇子からも似たような文言でエリーに仕込むことを渋々ながら許可してくれた。無論、悠元側に問題があるというよりは、英国女王としての権限を振り翳して我儘を通した妹に呆れたようなものだが。

 

「今の時点で20人と関係を持っているだけでも満腹感を遥かにオーバーしている気分ですよ」

「そんなことを言いながらも、関係を持った相手に責任を果たしているからこそ、悠元君がモテるってことだよ」

「責任を果たさなかったら、ただのクズ野郎じゃないですか……」

 

 そもそも、アリサの件であそこまでやっておいて、自分が同じ穴の狢になることは避けたかった。いや、そもそも複数の婚姻関係を結んでいる時点でもっと悪いかもしれんが。

 剛三に連れられて世界を飛び回った時は自分の恋愛感情の希薄さが念頭にあったので、言い寄られても丁重に断っていた。一昨年の九校戦後に神楽坂家を継ぐことになった折、いきなり複数の婚姻関係を持ち出されて反対したい気分はあった。

 

 千姫はおろか、一夫一妻を貫いた剛三にまで反対はされなかった。十師族当主であっても法の柵から逃げれなかったのに、それはいいのかと訝しんだ。政府との取引で一体何を支払ったのかと思ったが、先日総理大臣と話したことで、当時の交渉記録を開示してもらうことが出来た。

 

 交渉材料で持ち出されたのは、世界群発戦争における超法規的国際部隊派遣の報酬未払い分。そして四葉の復讐劇に際して生じた四葉真夜を含む四葉家への損害賠償請求権。

 前者は世界規模の戦争となったことで支払の目途が立たなかったため。後者も35年も経てば消滅する代物だが、千姫は事前に生前の元造から代理請求に関する書類を預かり、真夜や深夜を含む四葉家の請求権を一元化して管理していた。当時の政府に対して『請求権に関する時効の永久放棄』を持ち掛け、誓約書にサインまでさせていた。

 

 悠元に深雪が恋慕している事実を知り、更には雫や姫梨の心情を叶える意味で千姫は二つの請求権放棄と引き換えに、戦略級魔法師クラスやそれに準ずる実力者の遺伝存続を叶える意味で民法における重婚の適用除外事項の新設を要求。

 

「その生活をしていてケロッとしている君は十分大物だと思うけど」

「別に好き好んでこんな立場を選択したかったわけじゃないですよ。元々十師族という立場にいたくなくて家の相続を放棄したのに、気が付けば柵の鎖まみれですから」

「あー……その気持ちは分かるかも」

 

 エリーは年齢でいえば二人の兄に国王の継承の面で劣る。だが、先代国王である父親が国内情勢を鑑みてエリーに継承を決め、兄たちは反発するどころかエリーを喜んで女王となるよう背中を押していた。

 

「兄さんたちに王位継承を迫って、無事に済んだら悠元君のところへ愛人として転がり込むつもりだったのに、父さんが『それをしたら、悠元君に頼む話を無しにしてもらう』と脅したから、泣く泣く了承したの。年に一回は日本に来るつもりだから、私を愛してね」

「……」

 

 余談だが、エリーの父親からは丁重に謝罪を受けるだけでなく頸飾まで受け取ることとなり、イギリス王室から感謝状を受け取る羽目になって、神楽坂本家に飾られることとなるのは……また別のお話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 九重寺では、達也やリーナが八雲の指導を受けていた。体術のみとされていた約束だったが、九校戦後に再開した朝練後、達也に話しかけた。

 

「達也君。これまで体術を教え込んできたわけだけど、古式魔法を覚える気はないかい?」

「……師匠、何か気を狂わせるようなものでも食したのですか?」

「これは手厳しい」

 

 達也もそうだが、九重寺に通っているリーナや燈也についても、あくまで体術の面倒を見る(プラス魔法の訓練のために地下訓練場を貸している)程度のもので、忍術をはじめとした本質に関わるものは『弟子ではない』という理由から教わることはなかった。

 

「訝しむ理由は当然だね。僕も自ら学んだ忍術を弟子でもない人間へ教えるのは道理に反してしまう。けれども、そう言っていられない事情が出来たとしたら?」

「後継者の問題に首を突っ込む気はありませんが」

「そんなことをしたら、君の母上に風穴を開けられてしまうよ」

 

 古式魔法と言っても、八雲が達也に教えたいのは自ら学んだ叡山の忍術ではない。過去に家が断絶したことで魔法の継承が出来ずに倉庫送りとなった古式魔法を教える、と説明した。

 

「これは神楽坂家と上泉家からの依頼もあってね。特に四葉家は古式魔法に近しい気質を有しているから、君なら修得できると踏んでのものだ」

「自分からすれば有難い申し出ですが、強くなることに対して懸念はされないのですか?」

「君が将来背負うことになる名の力―――名の意味を戦略級魔法以外の手段で示せるのは、君にとっても都合がいいと思う訳だよ」

 

 八雲の提案にどこまで関与しているかは不明だが、多かれ少なかれ悠元が関与しているのだろう、と達也は推察していた。

 

「悠元に頼まれたのですか?」

「彼からは頼まれていないよ。まあ、風間君から拝み倒されるほどに頭を下げられたのは事実だけどね」

 

 九校戦が終わった次の日、九重寺を訪れた風間は八雲と対面して素直に頭を下げた。彼の気質を考えれば、おいそれと頭を下げる性分ではなかったからだ。そんな疑問を抱いた八雲に対して、風間は素直に胸の内を明かした。

 

「一昨年や昨年の九校戦は色々あったからね。当事者だった達也君ならすぐに思い出せる案件だとは思うけれど」

「確かに、自分が色々対処したのは事実です。しかし、それならば何故風間中将が師匠に頭を下げるのですか? 謝罪の時機を逸しているとしか思えませんが」

「僕もそれは気に掛かってね。語気を強めて尋ねてみたのさ」

 

 昨年にせよ、一昨年にせよ、謝罪を受けるにしても時機が遅れすぎている。昨年の場合は数か月後に周公瑾絡み、その一月後に実家絡みで国防軍の襲撃を受けてしまった。更に付け加えると今年は情報部や佐伯少将の件で要らぬ迷惑を被った。

 ここまでされると、流石の達也も切り捨てようかと迷った。それでも付き合いを切らなかったのは、悠元への義理立てと響子との婚約関係による部分が大きい。

 

「色々話を聞いて、直ぐに氷解したよ。風間君の奥方は鳴瀬家の人間で、ようは神楽坂家からの勧告と防衛省からの要請で僕に依頼を持ち込んだという事なんだ」

「師匠への依頼が自分に古式魔法を教えることである、と?」

「平たく言えばね。僕としても師である先代殿の顔を立てないと、太平洋上を走って横断させられる羽目になるからね」

「……」

 

 自分の元上司が親友と縁戚であることも驚いたが、八雲が言い放った人間卒業コースの訓練内容には、これまで血生臭い鍛錬をこなして生き残って来た達也であっても押し黙るほどに引いていた。

 

「それに、僕は以前達也君に『古式魔法の方が気質に合っている』と言っていたのは覚えてるだろうけど、それは世辞じゃなく僕の本心だよ」

「師匠が仰りたいことは理解しました。しかし、何故今になって?」

「寧ろ、今だからこそというのもあるのだろうね」

 

 この数日前、八雲の許を剛三が訪れていた。引退したとはいえ四大老の一角の為、八雲は粗茶と羊羹を出したところ、質素なものを好む彼は美味しくいただきながら話し始めた。

 

『八雲。儂や義妹のところで腐っている古式の術式を提供したい。それをお前が稽古をつけている奴に教えてやってくれぬか?』

『御前様の頼みとあらば、拙僧に断る理由がありますまい』

『元ではあるがな。門下生への衣食住もある故、寄進という形で支払っておく』

 

 剛三は、悠元が見つけていた古代文明のアーティファクトについて説明し、その上で悠元に並び立てる実力者として達也に白羽の矢を立てた。老い先が見えている剛三や千姫でも、次世紀のことまで面倒を見切れることなど出来ない。

 

「僕も詳しいことは聞いていないんだ。けど、剛三殿の表情を見て察してしまってね。達也君なら心当たりがありそうだけれど、どうかな?」

「そうですね……師匠であっても話すことが出来ない節は存在しますが」

「つまり、そういうことだと思うよ。僕は敢えて聞かないことにするけど、困った時は悠元君に相談するといいし、僕も相談に乗ろう。安寧な日常の継続は僕としても有難いことだからね」

 

 出来る事ならば、平穏な日常が一番望むべきもの。だが、魔法に限らずとも大きな力の存在は人々を狂わせる麻薬みたいなもの。それを巡って争いが起きないとは言えない。図らずも古今東西の歴史がそれを証明してしまっているのだから。

 

「そう仰るということは、師匠も何かしら経験を?」

「こう見えて僕も五十代だからねえ。人生経験は達也君よりも多いという訳さ。当然、人に言えないことは経験しているから」

 

 『九頭龍』の長という立場こそあるものの、八雲は先代の九重から厳しい教えを受けていた。四葉の復讐劇の時は青年だったが、千姫からの要請で樫和氏や東道氏の件にも携わっている。

 

「剛三殿から四葉家での君の扱いも聞いたよ。普通の子どもなら逃げ出しそうな環境なのに、君はやり遂げてしまった」

「……そうですね。今になって思えば、不器用ながらも親に認めてもらいたいという想いがあったのかもしれません」

 

 封印された魔法力を得たことで、それまで大幅に掛けられていた激しい情動も達也の中に芽生え始めている。それを発露させたらどうなるかなど分かり切っている為、自らへの戒めという形で鍛えることは止めていない。

 八雲から魔法と体術で“お役御免”と言われるまで鍛錬に通うことは止めない。大学生活やトライローズ・エレクトロニクスでの仕事で忙しくなるとは思うが、都合を付けて通うことぐらいは八雲も嫌とは言わないだろう。

 

「ただ、そんな俺からしても悠元は異常かと」

「まあ、彼は教わった相手が相手だから。剛三殿の無茶ぶりに対して、愚痴は零しつつもやってのけてしまった。終いには本気の剛三殿相手に打ち負かしたぐらいに極まっている」

「師匠なら、どれぐらいで勝てますか?」

「……正直に言って、彼に殺意を向けられた時点で僕が死ぬ確率は九割を超えるね」

 

 巳焼島での一件を風間伝手に聞いており、その際に八雲は風間に『君なら悠元君に勝てるかい?』と尋ねたところ、次のような答えが返って来た。

 

―――実は、先日霞ヶ浦基地で対峙した際、本気の[天狗術]を使ったにも拘らず、一瞬で看破された挙句に一撃で沈められました。彼が本気を出せば、一瞬で基地そのものが無くなっていたでしょう。その意味で、私では彼に勝てません。

 

 事実上の降伏宣言。そして、独立魔装大隊は悠元の指揮下に組み込まれた。歴戦の猛者でもある風間でも分が悪いとなれば、それ以上の実力を有する八雲でも勝てる見込みはない。それを確かめるために表向きは“達也君へ仕掛ける試し”として悠元に度々テストしていた。

 

「敵対しなければ報復はしない。けれども、一度でも敵に回れば容赦しない―――良くも悪くも剛三殿の薫陶を受けている。そんな相手は僕でも嫌という他ないね。仮にそんな依頼が来ようものなら、依頼主を徹底的に潰すぐらいには」

「成程。その点は師匠に同意できます」

 

 達也でも勝ち切れないレベルの人間ですら『勝つか負けるか以前』と述べてしまうだけでも、悠元の異常さには感心すら覚えてしまう。奇しくもその点で八雲と同意見だったことに達也は溜息を漏らした。

 

「では、残る一割未満で勝てるとお思いなのですか?」

「それこそまさかだよ。彼の妥協点を探って僕が無抵抗で降参する確率でしかない」

「……」

 

 妥協点という意味においては、達也は深雪というカードによって命を救われた形となる。寧ろ、深雪が先走って悠元に見初められたからこそ、却って達也の立場と状況もそこまで悪化しなかった。

 尤も、そのことを深雪に述べたところで、その夜に悠元へ押し掛ける未来しか見えないため、達也に出来ることは悠元を労う事ぐらいしかなかったのは……ここだけの話にしようと思ったのだった。

 

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