―――西暦2095年7月19日。
国立魔法大学付属第三高校は石川県金沢市の外れにある。
いや、この世界においては広域行政区となった以上「元・石川県」というのが正しい。けれども、今まで使い慣れていたものが抜け切れるわけでもなく、その土地柄の特性なども相まって旧都道府県制度に基づいた呼び名で呼称することが多い。
マスコミでも「石川行政区(旧石川県)」などという表記を未だに使い続けているあたり、人々の間での認識は都道府県という単位なのだろう。
十師族の一角を担う一条家はそこから徒歩で30分ほどの距離にある。この二つの立地の因果関係は単なる偶然に基づくものであり、十師族の力によって第三高校の立地が決められたわけではない。
偶々学校を設立するだけの広い敷地がそこに合致して建設された、というだけの話である。
その一条家の座敷で、一条家現当主である
「将輝、九校戦の準備は進んでいるか?」
「ああ、勿論だが……何か気になることでもあったのか、親父?」
「なに、今年の九校戦は私も見に行くからな。息子の晴れ舞台を見に行く程度のことだ」
これには将輝も珍しい、と言いたげな表情を見せていた。何分、一条家当主である以上様々な案件の仕事で忙しい身分だから、現地での観戦は難しいだろうと思っていた。
将輝としては、初参加となる九校戦は幾分気が楽だったところに、まさかの父親が来るという事態。一条の名を持つ者として無様な戦いは見せられないというプレッシャーが心なしか憎く感じた。
だが、そんな心境を見透かしたかのように剛毅は話を続ける。
「美登里や茜、瑠璃も観戦しに行く。その為に九校戦全体の予定は既に空けている。緊急の用件が入らない限り、問題はないと踏んだ」
「なっ……そんな話、初耳だぞ!?」
「言わなかったからな。それに、お前に対してどうこう言うつもりはない。不服か?」
「いや、不服ではないが……単に俺が九校戦に出るというだけで会場に赴こうという気質でもないだろうに、親父は。まさか、三矢悠元の存在か? ジョージたちとも話したが、実力がまるで読めないと言っていた」
三高は一時期、他校の偵察も兼ねて数人の人間を一高の周辺に送って探らせていた。だが、その悉くが失敗に終わっている。撮ったはずのカメラの画像は全てピンボケであり、偵察に行った人間もその目標の人物を捉えられなかったらしい。
それを耳にした将輝は一高の人間にそこまでできる人間がいるとするなら、多分目の前にいる父親が気にしている人物―――三矢悠元ではないかと踏んでいた。
「将輝、うちのデータベースに九校戦の全ての試合の映像データが残っている。その中で三矢の人間が出たものを全て見てみろ……私から言えるのはそれだけだ」
どれか一つ、ではなく“全て”? 剛毅の言い放った言葉の意味を将輝は掴み損ねていたが、剛毅は瞼を閉じて黙り込んでいた。仕方なく将輝は座敷を後にし、自室に戻って端末から一条家のデータベースにアクセスし、過去の九校戦メンバーから出場種目を絞り込んでその映像を目にする。そして、将輝は剛毅の言っていた意味と彼が悠元を気に掛ける一端に触れることとなった。
◇ ◇ ◇
その翌日、三高の参謀を担っているツインテールの女子―――
「奈々枝……見るからに落ち込んでいますわね」
「……そりゃ落ち込むよ。私の魔法でも見破れないって、相手が普通じゃない」
奈々枝は金沢魔法理学研究所に両親が務めており、その縁で訓練がてら遊びに行っていた。愛梨や栞とはその時に出会ってからの付き合いで、将輝にとっての真紅郎みたいな存在に近い。彼女は新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する。
その彼女の魔法―――遠くのものをまるで近くにあるように認識する知覚系魔法『
既に九校の代表メンバーの名前が記載されたパンフレットは各校に配られている。彼女はそれを基に新人戦メンバーの調査を行ったのだが、男子メンバーの大半、女子メンバーの一部以外は空振りに終わっていた。
「ゴメン、愛梨。私でも、もうお手上げ」
「奈々枝が無理なら、他の人に頼んでも無理でしょう。寧ろ、半分は調べられたのですから上出来です」
「うう、やっぱり愛梨は優しいね……」
優しい、という言葉に愛梨は少し引っ掛かりを覚えつつ、奈々枝がチェックを付けたパンフレットを見やる。男子で調べられなかったのは三名、女子が七名の10名。その人物の中には男子二人が名前を挙げた「三矢悠元」もいた。
(三矢に六塚に五十嵐……十師族と百家ですか。お父様に聞けば教えてくれるのかもしれませんが……)
女子は司波深雪、北山雫、光井ほのか、明智英美、里美スバル、滝川和美、春日菜々美の七名。彼女は知らないが、その殆どが達也の担当する女子メンバーである。ものの見事に調べられなかった理由も彼女たちが知るはずもない。そこにとある人物が大いに関係していることにも……。
◇ ◇ ◇
「……どうしたの、将輝?」
「ん? ああ、ジョージか……ちょっとな」
真紅郎は普段なら訓練をしているであろう将輝が図書館にいることが不思議だった。彼の呼びかけに将輝は軽く答えつつも端末で映像をひたすら見続けていることに首を傾げ、好奇心からのぞき込むと……端末の画面に映っていたのは昨年の九校戦の映像―――本戦女子クラウド・ボール決勝のものだった。
「へぇ~、正道を貫く将輝にしては余念がないね。というか、惚れたの?」
「そういうんじゃないよ、ジョージ……昨日、親父から“三矢の人間が出た試合を全て見てみろ”と言われてな」
真紅郎も剛毅とは面識がある。あの人に限って冗談を言うとは思えない……きっと、それを通して将輝を一条を担う人間として育てようとしているのかもしれない。尤も、その親心を目の前にいる人間が理解できるかどうかというのは不明だが。
「それで、訓練もしないで映像を見てたってわけか……で、収穫はあった?」
真紅郎の問いかけに将輝は首を横に振った。その上で将輝は呟く。
「親父が言っていることも分からなくはない……彼らが使っている魔法技術は既に高校生のレベルを超えていた。そこから学ぶこともあるんだろう。けれど……それだったら“全てを見ろ”とは言わない筈だ」
将輝としても吸収できる部分があったのは事実。三矢家の凄さを痛感したのも事実。だが、それだけなら剛毅の出した課題の答えにほど遠いと将輝は感じていた。真紅郎はその画面に目を落とすと、あることに気付いた。
「ねえ、将輝。実は僕もちょっと調べたんだけど……この三矢美嘉って人、1年の時の成績とそれ以降の成績が乖離してることに気付いた?」
「え?……本当だ」
美嘉の記録を見た場合、1年の時点でも十師族に相応しい実績なのだが……2年、3年に上がるにつれてその記録も伸びていたのだ。つまり、3年前の敗戦を機に実力を伸ばしたと解釈できるわけだが……真紅郎はもう一つの事実を指摘した。
「それと、彼女の傾向だとその試合以外は圧倒的点差による2セット決着。決勝の後にクラウド・ボールの試合がないとはいえ、同じ十師族の人間相手に6セット前提の戦略なんて最早普通じゃないんだよ」
「……普通じゃない、か。ジョージ、それだともし三矢の出てくる競技に当たったとしたら……」
「まず普通の戦略なんて通用しない。三矢家は『多種類多重魔法制御』をより実戦的に組み込んでいるといってもいい。最悪、
尤も、目立った功績のあった出場種目が男子1の女子3という比率のため、男子の情報はほぼ皆無と言っていい。兄がモノリス・コードに出たからと言って弟が同じ種目に出るとは必ずしも言えないからだ。なお、元継はモノリス・コード以外だとクラウド・ボールに出場していたぐらいだ。結果は語るまでもないだろう。
「なあ、ジョージ。三矢の人間が同じ十師族の人間に思えなくなってきたんだが」
「……大丈夫だよ、将輝。それは既に僕が通った道だから」
将輝と真紅郎がそんなことを言い合った同じ頃、その渦中の人物は「……ん? どっかのヘタレコンビの悪口を聞いたような気がする……」と零していたことを二人は知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
「スピード・シューティングの練習の付き添い?」
「うん。ダメかな?」
生徒会の仕事でスピード・シューティングの練習場に来ていた悠元は、練習中だった雫からそうお願いされた。元々そのサポートのつもりで来ていたので、雫のお願いを了承することにした。
練習場では本番会場のような大型モニターこそないものの、スコア測定器と対戦者の名前表示ぐらいは備わっている。本番と同じ大きさ・形・重さのクレーを同等の速度で射出して、予選時のタイムアタックや対戦用のモードといった本番さながらの仕様となっている。
それが2レーンもあり、レーンの間には壁で仕切られているために隣のレーンの音が入ることはない。なお、もう片方のレーンでは燈也と森崎が対戦形式で模擬戦をしている最中だった。時間割り当て的には新人戦メンバー組であり、雫以外の女子二人は休憩中とのこと。
「それじゃあ、始めてくれ」
「うん」
そう言って雫はライフル型CADを構える。本番さながらのシグナル音の後、得点フィールド内を囲むように雫の魔法が発動する。そして、射出されたクレーを振動破砕していく。それは達也が雫用に組んだ魔法―――『
実は達也からもこの魔法の改良点がないか見てほしいといわれている。とはいえ、達也の理論的なアプローチと悠元の感覚的なアプローチでは魔法に対するニュアンスも大きく変わってくる。なので、まずは雫がその魔法をどれだけ使いこなせているかを見るべきと考え、タイムアタックをしてもらっているという訳だ。
実際にそれを見つつ、悠元は達也が実際に組んだ『アクティブ・エアーマイン』の起動式を持ち込んだ折りたたみ型端末で確認する。その無駄のない起動式に悠元は感嘆していた。
(スピード・シューティングの競技特性を生かして『本人が引き金を引くだけで処理する』……これ、どこに改良点を見出せと?)
実際にこれを変数化した術式を既に99個用意している状態。これだけでも戦えなくはないのだが……すると、パーフェクトを告げる音が聞こえ、目線を戻すと魔法を解除して一息つく雫がいた。
「どうかな?」
「計測タイムは問題ない。過去の予選通過スコアから見ても上から数えたほうが早いけど……雫はそれでも不安が残ると?」
「そうだね。対戦形式になったら綺麗に決まるとも思えない。達也さんの腕や戦術は勿論信頼してる。でも、ほのかほどじゃないけど不安はあるかな」
確かに、三高に雫クラスの演算能力を持っている奴がいてもおかしくはない。なので、できることなら勝率を上げたいというのが雫の本音であった。
そこまで言われては知恵を振り絞るしかない。そうなると、既に組まれている起動式を雫の特性に“合わせる”手法がいいだろう。……それをやってほしいから、達也は改良をお願いしたのかもしれない。
「雫、ちょっと見てほしい」
「これって……『アクティブ・エアーマイン』に複数の干渉を追加するの?」
「ああ。その魔法の有無や威力も全部“自動変数生成”させた術式を組む。これでも雫への処理負担は元の起動式より3割もカットできる」
達也が組んだ原型の『アクティブ・エアーマイン』は振動・収束系統の2系統2種。だが、悠元によって手を加えられたこの起動式は加速・加重・振動・収束の複合術式。
本来なら倍以上の負荷が掛かる複合術式だが、負荷を大幅軽減するために通常とは異なるアプローチができる悠元ならではのアイデアがあった。それはこの魔法を“限られた人間しか本来の威力で行使できないようにする”というものだ。
現代魔法は想子波の波長をある程度カバーリングするための汎用性を突き詰めた結果、その分の余計な魔力を消費している。これを専用化記述によって悠元と達也、使用者である雫の想子波特性パターンに絞ることで、余分な想子消費を省いた上でより高速な術式読み込みが可能となった。雫だけでなく二人のパターンも入れているのは、起動式の調整をしやすくするための措置である。
体感的には従来の想子消費を最大約6割削減、約半分の起動式読込時間削減で魔法式の展開作業に移れる計算となり、更には魔法演算領域への負荷も最大4割抑えることに成功した。
その記述処理は一見すると分からないが、処理が施された同一の起動式を同時行使させることで初めてその暗号コードがわかる仕組み。だが、その記述が分かっても解除できるのは起動式開発者の達也に発案者の悠元、使用者の雫しかいない。
何せ、その暗号を解くには特定のアルゴリズムに基づいた復号化処理が必要で、それをアルファベット10万文字分解読する必要がある。特定の想子波特性パターンを登録している人間だけがその暗号コードを無視して調整できるというわけだ。
ようは、古式魔法における術式隠蔽の考え方を現代魔法に応用したやり方、と言えるだろう。
「達也さんも凄いけど、悠元も凄いんだね」
「所詮俺のは達也の猿真似だけどね。大本は達也が組んだ起動式だし……一応達也に見てもらって、採用するか否かの判断はアイツに任せる。雫もそれでいいか?」
「うん、ありがとう」
達也に確認したところ、その術式を決勝リーグ用の起動式として例のライフルと併せて使うことになった。専用化の記述処理技術も一応内密に話したところ、達也は感謝すると言っていた。あれだけの起動式となると『
ちなみに、登録者以外の人間が『アクティブ・エアーマイン』を使おうとした場合、クレーを辛うじて割る程度の威力しか出ないことは自分と達也だけの秘密である。
今回出たオリキャラは三高の参謀・諜報的ポジションみたいな感じです。
それでも、真紅郎には数段劣る感じになりそうですが……登場回数は三高側ならやや多めの予定。
『アクティブ・エアーマイン』の対策も怠りなく。
これが後々に生きてくる形となりますが、今はこれ以上言いません。