USNAや日本で再訪日の会談が進む中、南アメリカ連邦共和国は国内にある国際空港の名称を変更したと発表。名称は『エルンスト・ルーデル国際空港』で、表向きの理由は退役後にこの地で暮らしていた英雄の名と、ミゲル・ディアスの後を継ぐ形で[十三使徒]となったハンス・エルンスト准将の名から捩った。
そして、新空港名の記念式典に際してハンス・エルンストがミゲル・ディアスの後継者として[十三使徒]の地位を継ぐ、とディアッカ・ブレスティーロ南米連邦大統領が公表。大統領の親族から戦略級魔法師が出たことも有り、SSA国内のみならず世界各国のメディアの話題は一気に持ちきりとなった。
ミゲル・ディアス自身はまだ戦略級魔法師として健在なものの、巳焼島での戦闘を経て自身の魔法師としての限界を認識し、日本の魔法教育を現地に持ち帰って後進育成に充てるべく[十三使徒]の任を辞して日本へ数年滞在することを決めた。
彼の家族も日本へ行くとのことだが、ハンスと婚約した娘だけはSSAに残り、面倒はブレスティーロ大統領一家が見ることを公言。年齢の関係で結婚までの時間が必要となるものの、正妻となるであろうレオニード・コントラチェンコの孫娘とは仲が良く、時折共謀してハンスに襲撃している光景も見られるようになった。
「エルンスト准将、すまないな」
「もう諦めたことです。寧ろ妹がやったことに比べたら、俺なんてまだマシだと思っておきます」
ハンスはナーディアからのメールで『日本で夫を見繕って結婚することにしたから』と聞かされ、盛大に頭を抱えた。しかも、相手は日本の由緒ある古式魔法師の一家の人間らしく、一連の事件で仲が良くなった悠元とのメールで確証を得る羽目になった。
二人の両親は母親が押し掛け女房的な感じで結婚に至ったらしく、良くも悪くも母親の気質を妹が受け継いだということなのだろう。そう言われてしまうと、押し掛けられた父親の気質を継いでいるという点で『血は争えない』と深い溜息を吐いていた。
「兄妹共に[十三使徒]の仲間入りとは、何かの因縁めいたものもあるのだろうね」
「……俺は“コイツ”に会うまで落ちこぼれの魔法師でしたが」
「それもそうだな。おっと、本題に入るとしようか」
ディアッカは日本への再訪日に関する日程を説明。その際にディアス一家も同行するが、トライローズ・エレクトロニクスに雇用される形で日本へ滞在することが決まっている。彼の素性を考慮して住居は神楽坂家が用意し、彼と家族の就職や就学については上泉家で面倒を見ることが決まっていた。
「ディアス中佐が戦略級魔法師とはいえ、受け入れ先も随分大盤振る舞いですね」
「剛三殿が仲介に入っているからな。それを聞かされたら、私でも首を横には振れんよ」
考えてみれば、先代のシリウスもといリーナや将輝の存在、更には劉麗雷が出るまで[十三使徒]の年齢は一部を除いて壮年や老年の域にあった。世界群発戦争の影響とはいえ、当時次世代と持て囃された人間たちが引っ張っていたわけだが、それにも限界が来ていることは確かだった。
その一人は間違いなくレオニード・コントラチェンコだろう。尤も、今は孫娘を可愛がる優しい祖父でありながらも『保護して貰ってばかりでは、儂の立つ瀬がない』と訴えたため、現在は連邦軍魔法師部隊の戦技教導顧問として後進の育成に当たっている。
コントラチェンコは悠元によって飛ばされた際、悠元が内密に治療していた影響で杖無しでも歩けるようになっていた。コントラチェンコ本人はその影響を及ぼした人物を察しつつ、『祖父と孫に助けられるとは、儂も随分老いた』と零したらしい。
「それに、[恒星炉]の技術提供も絡んでいるからな。USNAとは水素ガスに関する国際的な取り決めを交わすことで合意したが、[恒星炉]の稼働は我が国の方が早くなりそうだからな……雇用支援策まで提示されては、流石に断れない」
「そこまでしても、彼らが払った損など駄賃にしかならなそうですね」
「全くだ。私には白旗を掲げて降参する意志しか出て来そうにないよ」
普通ならば海外に対する雇用支援や技術指導も含めて日本が被る損は大きい。だが、[恒星炉]の基幹技術は全て神楽坂悠元が関与している。彼を怒らせればどうなるかなど、今までUSNAを以てしても揺らがなかった新ソ連の凋落を見れば一目瞭然だ。
大漢を滅ぼした上泉剛三。その血を継いだ孫が大国を潰したに等しい所業を聞かされると、大半の人は夢物語だと一蹴するだろう。だが、その物語を信じる者は少なくない。ディアッカも彼らの所業を見てその認識を持つに至った一人なのだから。
「准将は知らないだろうが、この国が成立前の状態の時は君も多少は聞き及んでいるだろう」
「それは勿論であります。こんな国が成立する羽目になるとはだれも想定しておりませんでしたので」
南アメリカ連邦共和国成立前の南米大陸は、ブラジル以外の国々が国家としての体裁を成しておらず、地方政府が乱立するだけでなくゲリラ戦による紛争が後を絶たない状態だった。当時中学生だった悠元が剛三とともに訪れた際、地方政府のゲリラ部隊によるテロに巻き込まれた。
ブラジル軍が現場に急行すると、現場には関節部分を押さえて痛みを訴えるゲリラ部隊と、その一人を地面にめり込ませて訊問する悠元と剛三の姿があった。更には、周囲の住民が縄で部隊の兵士を縛り上げていたほどだった。
「当時、鎮圧部隊の副官として出向いた際、驚いてしまった。魔法によるものなのかは分からなかったが、銃を持つ相手など歯牙に掛けないほどだった。事情聴取に協力してもらったが、報酬について尋ねたら『美味いご飯が欲しい』とな」
「……食べ物の恨みなら、仕方がないですね」
「……そうだな」
折角観光気分で昼食を楽しもうとしたところに水を差された格好の為、二人と周辺住民の怒りを買ってしまった部隊のみならず、その背後にいる地方政府軍の拠点が次々と謎の落雷によって焼失。それを聞いて焦った地方政府がブラジル政府に助けを求め、ブラジル側の要求を全て吞んだ上で南アメリカ連邦共和国として南米大陸が統一された。
一つの国を生み出した奇蹟に対し、表向きは剛三を“英雄”と称える名誉を与え、実の部分は悠元が全て受け取った。
「本人にも一応確認したが、彼は『「こんな所業を成した」と説明しても一般常識からかけ離れていますし、反魔法主義という火にガソリンを注ぐような行為など、総じていい結果を生まないでしょう』と言い放っていたからな。彼が聖人君子だと言われても納得できてしまうよ」
「それと、下手に依存されるのを避ける為でもあると思われます」
いくら彼が突出した実力者であっても、彼に頼らないと国家が成り立たないようならば、それは最早国家として存在する意味すら失うことになる。個人だけに限った話ではないが、傑出した存在に頼らなければ体裁を安定させられない組織ほど、体裁の要を喪った時の反動は凄まじいものとなる。
「自らの立場を誰よりも理解しているからこそ、何らかの形で関与はしても統治はしない―――その気持ちは今の立場になったからこそ痛感するほどです」
「成程な……」
だが、この世界は魔法という存在によって、戦略級魔法師―――特定の個人に依存せざるを得ない状況となってしまった。その筆頭となり得るであろう悠元は日本政府公認の魔法師となったが、戦略級魔法師と公言されていない。とはいえ、世界各国の首脳陣は彼の祖父や養母を知るからこそ、悠元に対する配慮は決して怠らなかった。
「本来、USNAが支払うべき代償はそれこそ国家予算規模の賠償金を支払っても済む問題ではありません。現に、彼の勘気を受けたオーストラリアは積極的外交政策への転換を余儀なくされたようですので」
西果新島の件で強制帰国を受けたジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・ジャクソンに持たされた親書。その中身は公表されていないが、東南アジア同盟への加盟を余儀なくされたのはその親書が原因だった。
中身はそっち系の台詞で簡潔に述べると『お宅の政府が余計なことをした挙句、お宅らの魔法師のせいでうちは迷惑を被ったんだ。どう落とし前付けてくれるんだ? ああ?』と、剛三と悠元が以前被害を受けた件や横浜事変において大亜連合軍の偽装船に対する船籍貸与も含めて莫大な賠償金を請求したのだ。
請求額は9000億ステイツドル―――約100兆円規模の請求額に上り、この請求対象は“親元”のイギリス連邦や構成国家にまで波及した。当然、イギリスのみならずカナダを含むUSNAやIPU、SSAやアフリカ連邦すら巻き込んでいた。
USNAに対しては国債の買取増額や兵器の押収、IPUやアフリカ連邦に対しては[恒星炉]の水素ガス発電に伴う権利などの交渉、SSAに対しては[恒星炉]の技術交渉のカードとして利用した。
別に『現金一括で支払え』などとは言わず、それだけの損失を補填するだけの交渉材料を持ち込めば柔軟に対応することとなった。ただし、当事者であるオーストラリアに対してはその半分の4500億ステイツドル(約50兆円)を45年分割で支払う形にして合意させた。
「彼とは度々相談事もあって連絡していますが、曰く『有って困るものじゃないが、程度は考えてほしかった』とぼやいておりました。その気持ちは何となくわかってしまったほどですよ」
普通ならそこまで吹っ掛ける事案ではないのかもしれない。だが、旅行中の二人を追跡した際にオーストラリア陸軍はおろか海軍や空軍まで動員していた事実まで発覚した。エアーズロックに突き刺さった軍艦らは当然のこと、戦闘機がその周辺に不時着する事態にまで発展していたのだ。
オーストラリア政府は何とか誤魔化そうとしたものの、親書に加えて日本政府が公表した賠償内容によって黙秘が禁じられた形だ。
「それは、君ほどの魔法師であってもか?」
「俺は力を求めて足掻いていましたが、いざ力を持つと別の意味で苦労してしまうことに気付かされました。彼ほどの実力は無いにせよ、自制したくなる気分は分かってしまいます」
ハンスはドイツ軍に在籍していた時、周囲や身内の才能に嫉妬していた。周りが成長していく中で取り残されて、自暴自棄になろうかと思ったことも有った。だが、そんな彼を救ったエースの存在によって戦略級魔法師へと上り詰めた。
そのエースが時の独裁者ですら制御できない存在であったための副産物なのだろうが、程度を考えてほしかったと心の中でぼやいたことは数え切れないし、魔法訓練では何度も天国を垣間見ている状態だった。
“彼”曰く『私についていけてるだけで、君は相棒たち以上の傑物だよ』と評価されたことに対し、ハンスが本気でブチ切れた結果、人喰いサメが海面に姿を見せた上で謝罪するような光景を多くの人々が目撃する羽目となった……当人は休暇として海釣りに来ていただけであったが。
「時の総裁ですら匙を本気でぶん投げた人物に憑かれたのは幸か不幸か……自分でもよく分かりませんよ。それで、大統領閣下にお伺いしたいことがあるのですが」
「何かな?」
「俺の部屋に届けられる大量の見合い写真は何ですか?」
「……妻が乗り気でね。私には止められなかった」
戦略級魔法師としての力の継承―――喫緊の課題として各国が抱える問題であるのだが、ディアッカの妻はハンスの伴侶を複数決めるための見合い写真を持ち込ませていた。大統領夫人ということで無作為とはなっておらず、身辺調査で問題ないこととナターリヤ・コントラチェンコを正妻とする条件を呑める女性だけを写真にして持ち込んでいた。
中にはハンスがドイツで暮らしていた時の知己も含まれており、ハンスが偶々開いた写真に幼馴染が映っていた時は顔が引き攣っていた……なお、その彼女の大叔母にカーラ・シュミットが居る事実を彼は知らない。
「ナターリヤちゃんが正妻となる条件を呑み、尚且つうちの妻が認めたものしかリストアップしていない」
「伯母さんの目利きは信用しておりますが、母がまた倒れかねませんよ」
戦略級魔法師を含めた魔法師の重婚については民法上の議論も出てくるだろうが、それにしたって敬虔な教徒である義伯父があっさり認めているのはいいのか? とハンスは訝しんだ。それに気付いたディアッカが口にした。
「一教徒としては不満や不平はある。だが、南アメリカを統べる国家元首である以上は、国家としての体裁を保つために判断せねばならない。個人の宗教的感情で国家を陥れる事などあってはならないのだ」
「それは、確かに……」
「それに君が子を成せば、張り切っている妻の捌け口としても機能してくれるからね。私の娘も嫁がせるから、子どもは遠慮せずにつくってくれ」
「個人的な感情と家庭環境の改善を俺に押し付けないでください」
特定の感情に拘って国家の舵を握れば、間違いなく破綻することは目に見えていた。今の時勢に限らず、過去に存在した国家の衰退原因に人間の感情が左右していたのは言わずもがなである。
「それに、教皇猊下からあのような手紙を頂いた以上、私に妻を止める理由が無くなったも同然だ」
「……俺からすれば、とんだとばっちりですよ」
ローマ教皇は世界各国の国家元首に手紙を送付した。戦略級魔法師に対する婚姻に関して『世界規模の宗教の権威として喜ぶことは出来ない時勢だが、世界の平穏を願うために秘する覚悟を遂げる』という内容を綴っていた。
聖書に反する内容を論ずることは簡単だが、キリスト教の範囲に及ばない宗教を軸としているに強要することは出来ない。仮に実行した場合、欧米諸国に影響を及ぼせたとしても日本や大亜連合をはじめとしたアジア諸国が対象から外れることになり、世界のパワーバランスが著しく崩れてしまう。
当人も物凄く悩んだのだろう……ということは文言の端々に表れていた、とディアッカは口にした。
「世界の平穏を取るべきか、宗教の権威として叱責すべきか……だが、宗教を政治に持ち込めばどうなるか、という結末は歴史が証明してしまっている。それに、反魔法主義も元を糺せばキリスト教の一派が尖兵化したようなもの。そんな人間に政治を口にして欲しくなどない」
「手厳しいですね」
「同じ神を崇拝しているとは思えんからな。ちなみにだが、摘発した組織は今度の海賊船爆破と共に消えてもらうこととなった。処分はディアス中佐に任せた」
戦略級魔法のデモンストレーションで反魔法主義者を消す―――彼らにとってはこれ以上ない程の屈辱を味わわせる。
「[恒星炉]の導入で、非魔法師でもライフラインの確保という恩恵を受けることになる。君には長らく貢献してもらうことになるが、出来る限りの配慮はする」
「でしたら、せめてナターリヤが子を産んでも問題ない年齢まで婚姻関係は保留にしてください……」
ドイツにいた時点でナターリヤを妻に迎えることは確定していた。なので、子や孫のことについては彼女の身体を慮ることで問題を先送りにした。それがどの道諦めてくれないとしても、今だけはまだ青春を謳歌したいというハンスなりの足掻きだった。
『軟弱者め。だが、気遣いをするということは覚悟したのかね?』
(今更投げ出したところで、妹が全力で追跡してくる未来しか見えねえんだよ。アイツにかくれんぼで勝てたことがねえからな)
変に塞ぎ込んで精神を病むか、規格外に振り回されて生きる道か……なってしまったものはどうしようもない、とハンスはルーデルからの問いかけに対して妹を持ち出す形で答えたのだった。
「ん? 今、お兄ちゃんが私を褒めてくれた気がする」
「あ、あの、少し休憩を」
「だーめ」
「ああっ!?」
そして、そんな妹は夫となった少年を絞り上げていたのだった……“そういう”意味で。