九校戦出発当日①
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悠元も彼の父親と面識があり、その縁で彼とも知り合った。尤も、その時の彼は天才風を吹かせており、傲慢ちきな面があったのは否定しない。だが、今年の始めからまともに会うこともなくなってしまった。
その彼は第一高校に入学していたのだが、二科生。しかも、達也と同じ1年E組の人間として入学していた。少なくとも彼の魔法力に影響する何かが起こったとみるべきだろうが、今述べたいのはそんなことではなかった。
「達也、とうとう仲人でも始めたのか?」
「お前は出合い頭に何を言っているんだ……というか、いつの間に来ていたんだ……」
放課後、実験棟から強烈な
首を傾げる美月に、どこか落ち着かないような様子の幹比古。これは自分の家柄のことだろうと察しつつ、悠元が幹比古に話しかけた。
「別に説教するつもりでも脅すつもりでもないのに何ビビってるんだ、幹比古。そんなに俺が本当の名字を明かさなかったことに不満があるのか?」
「え? 悠元さんは吉田君と知り合いなんですか?」
「こいつがエリカと知り合う以前の話だな。尤も、その時のこいつは」
「そ、それは言わないでくれ! ……全く、エリカの言う通り変わってないね」
悠元が続きを言おうとしたところで幹比古からのストップがかかった。達也に事情を尋ねると、幹比古が精霊魔法の練習をしていたところに美月が邪魔をして、偶々近くにいた達也が対処をしたという話だ。
「成程ね……これでも頻繁にE組は行っていたのにすれ違わなかったのは、俺のこともあるけどエリカのこともか。ま、こればかりは本人の問題だけれど……偶には一度呼吸を置いたほうがいいと思うけどな。魔法は本人の精神状態をダイレクトに反映させるいわば“心の鏡”だ」
「っ……本当に、敵わないな」
「深くは聞かないけどな。ま、名前の呼び方は変わらないから、それで呼んでくれ。守らなかったらエリカと同じ呼び名を使う」
「善処するから、それだけはやめてくれ……改めてよろしく、悠元」
ともあれ、魔法の練習はいいがあまり迷惑のかからないところでやるといい、と一応の注意をしたところで解散となった。悠元は達也と美月の二人と共に、他の面々と合流するため移動していた。その最中、達也が問いかけてきた。
「ところで悠元、お前の使える古式魔法に精霊魔法はあるのか?」
「ああ。新陰流の秘術・
「陰陽道に精霊、ですか? 式神を使役するという印象が強いんですが…」
陰陽道と聞くと式神を使役して悪霊を退治するというイメージがある。実際のところ自分もそう思っていたが、陰陽道は思ったよりも奥が深い代物だった。
万物は陰と陽の二気から生ずるとする陰陽思想と、木・火・土・金・水の五行からなるとする五行思想を組み合わせ、自然界の陰陽と五行の変化を観察して瑞祥・災厄を判断し、吉凶を占う実用的技術―――というのが陰陽道の基本概念となる。そのため、属性の概念を持ちうる精霊魔法の気質を保持している形だ。
新陰流剣武術の精霊魔法は、その開祖である人間が京都に赴いた折、その道に詳しい公家から陰陽道を学んでいたと信綱が遺した手記に書かれていた。尤も、これは口伝の部分が多いために門外不出の“秘術”という類となっている。
それ以外の真言宗や天台宗などから取り入れた術については、現存しているものも多いために「外に出しても問題ない」とする“外典”という位置付けになっている、という訳だ。
「本来はそういう類の触媒が必要なんだが、現代魔法の形式も取り入れることでCADを使えば発動できるようになった。新陰流はそういう柔軟さも兼ね備えているからな。尤も、人様の前でホイホイ使えるものじゃない」
秘術も色々ヤバいものがあるわけだが、この類は一番ヤバい。何せ、それこそファンタジーで起こすような『手から炎を出す』とか『地形を変形させる』とか『洪水を起こす』とかの災害レベルの話だ。そら門外不出になると思った。
この系統の陰陽道を考えた人は一体誰なんだと遡ったら、その人物の名前―――『
「成程。師匠も外典に属しているものならと言った訳か」
「そういうこと。新陰流の忍術はいわば古式魔法の図書館というわけさ」
「えっと、何が何だか凄い話ですけど……聞かなかったことにしておきますね」
正直、この程度のことなど同じ類の古式魔法使いなら知っていて当たり前の情報なので、とりわけ隠すほどのことでもない。それに、悠元が古式魔法を学んだのはあくまでも知識という“保険”の意味合いが強い。使うとは言っても、精々認識阻害ぐらいでしかない。
なお、悠元が近づいてきたことに直前まで三人が気付かなかったのは、5年の集中修練で無意識に刷り込まれた“人に気付かせない歩き方”をしているせいで、悠元自身が意識しないと周囲に気付かれなかった。これもある意味問題かもしれない。
◇ ◇ ◇
九校戦本番まで2週間にも満たない練習期間ではあったが、各々のテコ入れは完了した。
本戦組のほうだが、女子スピード・シューティングと女子クラウド・ボールで真由美の気合は十分。真由美本人は新人戦組の手伝いもしていたが、あれは昨年の腹いせも含まれているのだろう……摩利から鉄拳と説教を受けていたことからして、まず間違いないと思う。
その摩利が出ることになる女子バトル・ボードも、美嘉から教わった手法を持ち前の貪欲さで習得。とはいえ、それを使うのは七高相手の時だけとなる。ミラージ・バットも準備はできているらしい。他のバトル・ボード組はというと、服部が大分仕上がっていると美嘉直々に褒めていた。
女子バトル・ボードでは五十嵐亜実も出る。一応あずさ経由で亜実の適性に合わせた起動式は渡しているので、大丈夫だろう。空気で水面に干渉というのも中々に面白いと思う。
男子クラウド・ボールでは桐原が気合十分といった感じだ。紗耶香にいいところを見せたいという気持ちなのかもしれないが、本戦は3年生もいる以上油断はできない。女子クラウド・ボールに出る真由美は先に触れたので省略。
男子アイス・ピラーズ・ブレイクの克人、女子アイス・ピラーズ・ブレイクの花音も問題はなし。啓の技量が原作よりも上がっているので、花音が後れを取ることはないだろう。本戦モノリス・コードも克人がいる以上下手を打つことはないと思うが。
続いて新人戦組。
スピード・シューティングでは男子の燈也と森崎、女子の雫と英美、和美もほぼ仕上がっているようだ。懸念は三高の男子に「カーディナル・ジョージ」がいることと、女子の十七夜栞あたりだろう。その辺は達也も認識しているし、作戦は立案済みだ。
バトル・ボードでは男子の鷹輔を美嘉が摩利の練習の合間に鍛え、女子のほのかについては達也がしっかりフォローしていた。普段通りの走りができれば結果も期待できるだろう。女子のほうは三高の四十九院沓子が強敵となりうる。
クラウド・ボールについては、男子の燈也に敵う相手がまずいない。体力面で燈也のような芸当(富士山頂往復ジョギング)ができる人間などまず皆無に近い。女子ではスバルと菜々美が出ることになるが、彼女らにもテコ入れは済んでいる。アイス・ピラーズ・ブレイクの関係上達也はフォローできないが、啓とあずさがフォローに入ってくれるので問題はないだろう。
そのアイス・ピラーズ・ブレイクなのだが……準備は数回の練習で既に感覚を掴んでいるので問題はないと悠元は判断している。なお、同じ競技に出る深雪から「私の着る衣装を選んでください」と言われ、無難に原作知識から白の単衣に緋色の女袴をチョイスした。
あの身なりなら巫女と言われても遜色ないだろう。本人は凄く喜んでいたのでこれでいいか、と納得した。達也からは「まあ、いいか。深雪が納得してるし」と諦め気味に呟いていた。
女子の深雪、雫、英美も準備は万端だ。で、深雪から『私も新しい魔法が使いたい』ということで(達也から[アクティブ・エアーマイン]改良の件が伝わったため)振動加減速系統の起動式を一つ渡している。
雫にはスピード・シューティングの件があるため何も渡していない(雫本人が固辞した)が、英美には彼女の魔法特性に合わせた[インビジブル・ブリット]の起動式を渡している……完全に「カーディナル・ジョージ」泣かせである。
そういや、俺が着ることになる衣装はどうなるのか。いや、目立つことは覚悟してるけど変なのはやめてくれよ? マジで。何とか三矢の良心が働いてくれることを切に祈る……今更ながら、うちの家の良心って母親と長男だと思う。あと、侍郎をはじめとした矢車家の方々。
ミラージ・バットは達也がエンジニアを担当することになるので問題なし。
で、残るはモノリス・コードなんだが……三人全員2種目組なので、成績次第では変に引き摺りかねない。自分自身も気を引き締めるが、森崎と鷹輔の問題が依然として大きい。運よく勝ち残れたとしても、三高相手は……かなり自発的に動かないと無理だろう。
戦略・戦術面については鈴音と数回の打ち合わせで確認済みだが、森崎がプライドに引き摺られて独断での行動を取られたら厳しくなる。まあ、草原エリア以外ならどうにでもなる算段は付けた。
これに加えてCAD関連も万全に整えた。例の術式に関しても対策は講じた。その意味で爺さんの知識は非常に役立ったといえる。さて、後はなるようになれ、だな。
◇ ◇ ◇
―――2095年8月1日。
一高の代表メンバーは、九校戦の会場である富士演習場南東エリアに向けて出発することになる。九校戦の前々日入りは、遠方からの学校に練習場割り当てが優先されるためと、懇親会がこの日の夜に予定されているため、それに合わせての出発である。
尤も、一高の場合は自前の練習場を持った形なので、そこまで目くじらを立てるほどでもない。寧ろ他校から嫉妬の対象になっているかもしれないが。
「にしても、委員長はよく不満を漏らしませんでしたね? 千代田先輩あたりなら平気で言いそうなものなのに」
「立場が違うというのは理解しているさ。君もいずれ分かるだろう」
「魔法使いの柵も大変なものだな」
どう考えても達也が言っていい台詞じゃないだろう、と内心で毒づきつつ、悠元は達也や摩利の三人で代表選手が乗り込んでいるバスの乗降口付近にいた。厳密には達也がメンバーの出席確認のため、悠元は遅れている人物との連絡役、摩利は二人の付き添いという形だ。
流石に摩利は日傘を差しているが、二人は日傘ではなく、その上に浮かんでいる障壁のようなかなり薄い何かで日差しを遮っていた。
「しかし、器用なものだな。光波振動系か?」
「それと障壁魔法の併用ですね。光の屈折度を意図的に変化させて太陽光をシャットアウトしてます。これで単一工程術式よりも想子消費は少ないですが」
「単一工程よりも想子消費が少ない複合術式ってだけでおかしいと思うぞ?」
「……まあ、美嘉もこんなことを連発していたから今更だが」
練習期間の後、摩利が美嘉のことを呼び捨てになっていた。三矢家と渡辺家の関係に加えて美嘉の性格を考えるならおかしくはない。
その繋がりから一つ。長男の元治と婚約相手である穂波についてだが、昨年6月に身内だけ(三矢家とその使用人たち、それと渡辺家の方々)で結婚式を挙げた。その時穂波が投げたウェディングブーケを受け取ったのは摩利だった……既定路線かもしれないが、
◇ ◇ ◇
他の十師族にはその結婚報告だけ書状で送るという形をとった。近隣諸国の状況もあるため、各々の事情に配慮してご挨拶だけという建前も添えて。
その中で内密ながら四葉家現当主である真夜がお祝いの書状を返事として送った。その使いを頼まれたのは黒羽家の人間―――
三矢家の人間で彼らを知っているとなれば、当然の流れともいえた……尚、文弥は尾行の関係上女装していた。無論、向こうは驚いていた。何せ、以前出会った人間が同じ十師族の直系だとは思わなかったらしい。
四葉家現当主はその事情を知っているはずなのに伝わってないということは、彼らの父親で情報が止まっていたのだろうと推測できる。そこにどんな思惑があるのかまでは読めないが。
「驚きました……まさか十師族の、それも三矢の一族だとは」
「あの時は訳あって隠していたからな。まあ、今後も友人としていい関係は持っておきたいと思ってるよ。家柄とか難しいことはあるけれど」
「そうですか。では、今後もよろしくお願いします。悠元さん」
文弥の女装については敢えて触れなかったが、そこで亜夜子が『よく文弥と分かりましたね?』と爆弾を投下した。慌てる文弥の肩に手を置きつつ、『仕方ないと分かっているから触れなかっただけだよ。本人も嫌がるだろうし』と返しておいた。
そしたら文弥から『お兄さんと呼んでいいですか!?』と言われてしまった……その提案は断りつつ、友人としての付き合いならと言い含め、男(の娘)を愛でる趣味はございませんと断言しておいた。亜夜子は笑いを堪えるように顔を背けていたが。
こういう役割って達也の専売特許の筈なんだけどね。理解できぬ。
準備期間のエピソードも含んでいますが、タイトルは当日の流れということで。
感想に対する返信はするように変更しましたが、ネタバレなどのこともあるので、簡潔な文面が多くなります。ご了承ください。