魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦出発当日②

 さて、本来なら既に会場へ向けて出発している筈のバスが未だ第一高校にいて、悠元と達也、それに摩利が立っているのはこの3時間前に遡る。

 悠元は既にバスに乗り込んでいたのだが、ここでポケットにしまっていた携帯端末に連絡が入り、音声通話モードで繋げると聞こえてきたのは真由美の声だった。

 

『もしもし、悠君?』

「珍しいですね。どうしました?」

『実は、急に家の用事が入って集合時間に間に合わないの。……あんのタヌキオヤジ……』

 

 後半のほうに呟いた言葉を聞かなかったことにしつつ、悠元は通話状態のまま立ち上がってバスを降りた。これには隣に座っていた深雪が少し寂しそうな表情をしたことにほのかが気付いたが、隣の席にいる雫も不機嫌になっていたのでそれを諌める側になった。

 

「悠元君、どうしたんだ?」

「会長が間に合わないそうで……現地で合流するとは言っているのですが」

 

 バスを降りた悠元は外に立っている達也と摩利に事情を説明。ここで既に乗っている克人に相談しなかったのは、彼なら同じ立場として真由美の意見を尊重するだろうと踏んでいたからだ。

 摩利と達也もその意見を尊重したかったが、代表メンバーの半数以上が下手に反発するのを避けて待つ方針に転換。真由美にもその意向を伝えたところ、溜息交じりに了解の意思を伝えて通話が切れた。他のメンバーにも真由美が遅れるため、それを待つということも伝えられたお蔭で特に大きな混乱はなかった。長時間待つということに不貞腐れる面々がいたのも無理はない。

 

 真由美が告げた家の用事に関してだが、七草家当主だって第一高校のスケジュールぐらいは把握している筈だ。彼の子どもは兄が二人いるのに、3番目である真由美を無理やり呼び止めてまでそれに対応させた時点である程度の予測は付く。七草家は十師族でも社交的な部類なので、悠元の実家である三矢家が余裕をもって出発の3日前に呼び出したのに、その辺の気遣いをできない訳がない。

 つまり、『七草家現当主ですら配慮せねばならない相手であり、尚且つ九校戦に出場する真由美にも面識があって損はない人物が急に来訪した』と考えるのが妥当。それに該当しうるのは3名だが、うち2名は既に現地入りしていると連絡があった。そうなると、残るは一人という訳だ。

 

 というか、これで原作通りのことが起こったら『その人物と七草家現当主が一高の代表メンバーが接触事故に巻き込まれることを知って、真由美の安全だけを確保しようとした』という疑惑を持たれる可能性に気付いていないのだろうか? 

 その辺を十師族の力と七草家お得意の情報操作でどうにかする算段なのだろうが……この時点で七草家現当主と『かの人物』が接触していたとしても不思議ではない。この辺りは上泉家の領分なので、そちらについては全面的に任せるつもりだ。

 まあ、九校戦を楽しみにしている“あの人物”のご機嫌をみすみす損ねるようなことは率先してする必要もないだろう……なので、この可能性はないに等しいと考えておくことにする。

 

 大分話は逸れたが、その遅れている人物である真由美を待った結果、今に至るという訳だ。そして、その当人はサマードレス姿で軽快に鳴るサンダルのヒール音をBGMにするかのごとく走ってきた。

 

「ごめんなさーい!」

「遅いぞ、真由美」

「ごめんごめん。2人もごめんなさいね」

「いえ、お気遣いなく。悠元、後は任せた」

 

 集合時間から1時間半の遅れで真由美が姿を見せた。達也は参加者一覧が表示された端末にチェックを入れると、悠元にそう言って技術スタッフの作業車両に向かって歩いて行った。彼の言った台詞は真由美のことや深雪のことだけではない、というのは当人同士にしか解らないが。摩利が日傘を畳んで乗り込み、真由美も乗り込もうとしたところで悠元のほうを向いた。

 

「ところで悠君。これ、どうかしら?」

「お似合いだと思います。チームリーダーとしてアイドル的役割を買って出るとは、流石というべきでしょう。尤も、当校のメンバーだけでなく他校のメンバーまで引き寄せそうな気はしますが」

「……ふふ、ありがとう」

 

 真由美はそう言って指を絡めた両手を腰の前に持ってきて、上目遣いですり寄る。低い身長とそれに合わせた腰回りに対して、同年代の平均より大きな胸によってハッキリと谷間が見えている。そういうのは婚約者相手にやってください、と悠元は内心で溜息を吐いた。

 

「さて、時間も押していますので、早く乗り込んでください」

「え? なら」

「あいにく自分の席は決まってますので、お気遣いなく。それに、会長も朝早くから“閣下”とお会いになられたようですから、恐らくお疲れでしょう。バスの中なら少しは休めるかと思われます」

 

 どうせ自分の隣に座らせようとしたのだろうが、悠元の席は既に“指定席”である。そこからずれたらバスの中が一気に極寒の世界に包まれかねないと理解しているからこそ、有無を言わせず真由美をバスの中に乗せたのだった。

 その真由美はというと、彼が言い放った単語に対してなぜ家の用事としか言っていない筈なのにどうやってそこまで理解したのか、ということに目を白黒させていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「―――もう、悠君ってば私のことを何だと思ってるのかしら。せっかく隣に誘おうと思ったのに、深雪さんの隣に座っちゃうし」

 

 走り出したバスの中で、真由美は先ほどの驚きを忘れるかのごとく頬を膨らませて怒っていた。その様子を通路側の隣席に座る鈴音が生暖かい目で見ていた。その発言は受け取り方次第で深雪を“恋敵”―――ライバル視しているような風にも受け取れるだろう、と思いつつ淡々と呟く。

 

「的確な判断かと」

「リンちゃん? 今なんて言ったの?」

 

 鈴音の言葉に対して朗らかな声ではあるが、明らかに目が笑っていない怖い笑顔を浮かべる真由美。だが、その程度のことに動じることもなく鈴音は断じるように言い切る。

 

「会長の餌食を避ける、という意味において的確な判断だと申し上げましたが?」

「ちょっと!? それは酷くない?」

「尤も、彼の渾名である“手品師(マジシャン)”の如く、会長の『魔顔(まがん)』も綺麗に躱されて通用しないでしょう」

 

 口で発言されただけなのだが、真由美は何故か鈴音の言葉を「魔眼」ではなく「魔顔(まがん)」で認識して、憤然とした様子で反論する。

 

「リンちゃん! ……もう、知らないっ」

 

 どうこう言おうとも平然とした友人の様子を見て、不貞寝するように目線を窓の外に向けた。すると、彼女の様子を心配してなのか、手にブランケットを持っている服部の姿に鈴音が気付いた。

 

「会長、やはりご気分が悪いんですか……?」

「はんぞーくん? ええっと、そういうんじゃないんだけど……」

「他の生徒に心配を掛けたくない、という会長のお心を尊重すべきと思いますが、体調を崩されては元も子も……」

 

 服部の言葉に周りからそういう風に見えたのか、と思いつつも真由美は返したが、チームリーダーである真由美を心配してかやや強気な部分も見え隠れする服部が視線を下の方向に向けると、真由美がやや乱雑に座っていたせいか、サマードレスがめくれて太ももの一部が見えていた。これを見た瞬間、頬が赤くなっていって言葉のトーンが落ちていく服部。ここに鈴音が割って入る。

 

「服部副会長。どこを見ているんです?」

「え!? あ、いえ、そ、そうだ、会長にブランケットをと」

「そうですか……では、遠慮なくどうぞ」

(何をやってるんだ、あいつらは……)

 

 態と胸元を手で隠しつつ期待の眼差しを向ける真由美。完全に悪乗りして遠慮なく掛けてくださいと言い放った鈴音。そして、両手にブランケットを持ったまま緊張のあまりフリーズしている服部。……最早茶番ともいうべき光景に摩利が溜息を吐く。

 真由美がああやって服部を弄り、服部はそのストレスを二科生に向けて必要以上に見下す態度をとり、そんな様子を真由美が見て思い悩むという完全な悪循環を起こしているのだと摩利は睨んでいた。というか、昨年度後半の段階で美嘉が卒業する際にそのことを指摘していた。

 ただ、悠元の存在によって真由美が服部を弄ることは減ったものの、服部としては悶々としてストレスを溜めているような節が見られる。そして悪循環は若干続いているような節がある……結果的に服部自身が割り切れていないのだな、と摩利は自分の中で結論付けた。

 

 とは言うものの、真由美が自分よりも遥かに大きな気苦労を常日頃抱えている、ということも、摩利は知っている。

 摩利の実家である渡辺家は家系こそ古いものの、あの渡辺綱(わたなべのつな)の末裔から一度は衰退したが、魔法使いの家系として百家の支流の一つに名を連ねた家柄。

 その中で摩利は一種の先祖返りともいうべきか、親類縁者の中で突出した魔法の才能を発揮していて、家族からの期待も大きい。ただ、立ち位置的に百家の末流なので、魔法師社会においてはそこまで話題にならないだろうと摩利は思っていた……3年前までは。

 

 大亜連合による沖縄侵攻阻止の2ヶ月後、家に30歳前後ぐらいの女性がやってきた。

 その隣には前に摩利が通っている剣術の道場で見たことのある男性―――上泉(かみいずみ)剛三(ごうぞう)と名乗る人物が彼女―――桜井(さくらい)穂波(ほなみ)を渡辺家の養女として迎え入れてほしいと願い出た。上泉家は新陰流剣武術で名を馳せた古式魔法の名家。名立たる魔法使いの家系でありながら数字を持たず、それでいて十師族に多大な影響を与えることから『零番目の十師族(ソーサリー・オブ・ゼロ)』とも言われた一族。

 

 その申し出を渡辺家当主は快く引き受け、この8ヶ月後に剛三から穂波が三矢家長男である三矢(みつや)元治(もとはる)と婚約したことを発表した。つまり、摩利の実家はこれで十師族と義理の血縁関係を持ったということになり、百家支流の中における地位は高くなった。

 尤も、摩利が同じ百家である千葉家の人間と恋仲だということは剛三も知っており、彼の取り成しで見合いの話が一切来ていないことを父親から聞いて内心安堵していた。

 

 それに対して、現在、四葉家や三矢家と並んで十師族のトップに君臨している七草家の、跡取りでなくとも長女である真由美には、高校在学以前から縁談が舞い込んでいて、現在は同じ十師族である五輪家(いつわけ)の長男と婚約関係にあると本人から聞いた(最近は良い関係と言えなくなってきているらしいが……)。

 それでなくとも彼女自身、十師族の中で見ても「傑出した」と言えるほどの魔法の才能を持つ、将来の魔法界のサラブレッドだ。加えて生徒会長であることから要らざる気苦労を背負い込んでいる。いくら芯がタフと言っても、楽なことではない。なので、多少は見逃してやるべきだ、と摩利は思っている。

 

 真由美で「傑出」という言葉を使ったが、では、三矢家の人たちはどういう評価を受けているのか、ということになるだろうが……「埒外」という言葉しか出てこない、というのが魔法界の偽らざる評価だ。

 公表されている6人の現当主の子達のうち、長男以外の5人が突出して魔法の才能を発揮している状況(ここには新入生総代という形で才能を示した悠元も入る)。他の十師族の同年代から見てもあり得ない、といえるほどの力を持っている。

 無論、既に上泉家へ嫁いだ次男は無理だが、長女から三女の3人に加えて悠元にも縁談の話は来ている。それだけの力ということと十師族としての立場から彼らを欲しがる家は多い。無論、他の十師族からも縁談の話は来ているが、丁重に断っている。理由は『本人たちが前向きではない』というのが元の言い分だった。

 自身が第三研のオーナーである上泉家の人間を妻に迎え、長男が間接的に四葉家と縁を結び、次男が上泉家へ婿に行った。この時点でかなりのアドバンテージを得ている以上、元からすれば無理をする必要などない。

 加えて自身の子ども達が常識外れの実力を手にした以上、三矢家として言うなら当分十師族の座は固いだろうとみている。

 

 閑話休題。

 

 摩利はそんな光景から窓の外に目を向ける。摩利の席は通路側なので、自ずと窓側に座る女子生徒―――2年生、千代田(ちよだ)花音(かのん)が目に入る形となり、その視線に花音が気付く。

 

「どうしましたか?」

「いや、窓の外を見ようと思っただけさ」

 

 花音は摩利が次の風紀委員長にしようと目論んでいる人物であり、そのため達也に引き継ぎ資料を作らせていた(悠元もその一部を手伝う羽目となった)。

 

 花音の実家である千代田家は()()()()()()()「百家」―――その本流を担う家系の一つである。「十の位の次は百の位」みたいな洒落ではあるが、十師族・師補十八家に次ぐ家柄という意味を持つ。

 

 十師族自体も10の師族だけで構成されているわけではなく、師補十八家と呼ばれる18の家と合わせて28の師族から、その時代に“強力な”魔法師を有する家を選出し、「十師族」としている。

 現状、真由美の七草家は特に優秀な魔法師を輩出することによって、四葉家は現当主である四葉真夜が当代において世界最強と目される魔法師であることから。更に悠元の三矢家は現当主の子らが同年代でも十師族トップクラスの実力を発揮しており、その代において世界トップクラスになりうると目されていることから、十師族の三巨頭とまで言われるほど。

 現在の十師族は「一条(いちじょう)」「二木(ふたつぎ)」「三矢(みつや)」「四葉(よつば)」「五輪(いつわ)」「六塚(むつづか)」「七草(さえぐさ)」「八代(やつしろ)」「九島(くどう)」「十文字(じゅうもんじ)」であり、数字並びが綺麗に揃っているのはこのシステムが成立してから初めてのこと。大抵は数字の重複や欠番が見られるほどだった。

 十師族とその補欠ともいうべき師補十八家、そしてその次に位置しているのが本物の「百家」。その一つに名を連ねる千代田家の人間である花音はそれに相応しい魔法力を有している。尤も、その彼女は元気なさげな様子なのだが、それは彼女の家の事情などという面倒事からくるものではなかった。

 

「宿舎に着くまで、たかが2時間程度だろうに。そのぐらいも待てないのか?」

「あっ、それ、酷いですよ! 私だってそれぐらいは待てます! でもでも、今日は啓と一緒にバス旅行できると思ってたんですから。大体……」

 

 そう、花音と彼女が口にした五十里(いそり)(けい)は許婚の関係にある。そして啓が絡むと花音はかなりヒートアップする。親同士が決めたこととはいえ、恋愛関係を隠しもせず悪びれもしない。余計なことに首を突っ込んだな、と摩利は内心で若干後悔した。

 

 尤も、花音がここまでヒートアップしているのには、摩利たちの一つ前に座っている一組の男女―――3年生の五十嵐(いがらし)亜実(つぐみ)と1年生の六塚(むつづか)燈也(とうや)の存在もあるのだと推測できた摩利であった。

 




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そこまでは良かったんですが……

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(゜ロ゜)…

不定期更新で稚拙な文章だらけですが、頑張ります。

教えてくれ、五飛。九校戦編は一体何話で終わるんだ。ゼロハナニモコタエテクレナイ

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