魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦出発当日③

 花音が許婚である啓と一緒にバス旅行できないことを摩利に愚痴っているその一つ前の席では、燈也と亜実が揃って苦笑していた。後ろがこんな状況なので、下手なことは出来ないとお互いに惚気ないよう努めていた。

 

「えと、ごめんね? 私の我侭で……」

「いえ、お気遣いなく。というか、副会長さんが会長さんにあそこまで狼狽えるのは、初めて見ました」

「あー……3年の中では割とよく知られてることだよ」

 

 その情報の発信源は言うまでもなく真由美。亜実自身は人伝でしかないが、燈也と付き合うようになった一件以降、真由美とも交友を持つことになった。尤も、燈也とのことを根掘り葉掘り聞いてきて、その度に摩利が鉄拳と説教を食らわして帰るのがお約束みたいなことになっている。

 服部のことは入学当初、山岳部の部長から聞いた程度の情報しかなかったが、その後に交友を持った3年の三巨頭組や色々な先輩から話を聞けるようになった。そして、燈也は2年の沢木に連れられる形でマジック・マーシャル・アーツ部に顔を出すことになったのだが……そのことを思い出して亜実が苦笑した。

 

「いきなり勝負を吹っ掛けられるとは思いもしませんでしたよ……あの後で会頭が担いでいったのは悲壮感が漂ってましたけど」

「私は騒ぎになってるって真由美が言い出したから覗きに行ったけど」

「あの時の先輩の表情は忘れませんよ。まあ、気持ちは分かりますが」

 

 それは、約3ヶ月前のこと。

 燈也はいつものように山岳部へ向かうと、部長と話す沢木の姿があった。燈也は風紀委員の先輩だと新入生勧誘週間の時に見ていて、挨拶をした。そして山岳部部長の話を聞いた沢木が彼をマジック・マーシャル・アーツ部の見学に誘ったのだ。

 部活動を複数掛け持ちすることは認められているが、燈也自身格闘技はあまり好きではない。あくまでも体を鍛えるという範疇で空手を習っている程度。加えて、最近街中で出会った“面白い和尚”の勧めで週末の夜中に体術の稽古をつけてもらっているぐらい。

 

「部長から入部初日で上級トレーニングコース完走した、と聞いたからでしょうけど、入部はしないっていう条件で見学だけさせてもらうことになった……そこまではよかったんです」

 

 そこにはトレーニングの一環ということで他の部員と模擬戦に近いスパーリングをしていた服部がいた。そこに同学年では名立たる実力者である沢木が燈也を連れてきたのだ。それを見やった服部が鋭い視線を燈也に向けた。

 元々見学のつもりだったのに……と内心で呟きつつ、沢木からの説得で服部と模擬戦という名のスパーリングをする羽目となったのだ。気が付けばギャラリーまでできている始末に燈也は「見世物じゃないのに……」とぼやきたかった。

 だが、2年で名立たる実力者と1年の十師族の直系が模擬戦で戦う。このネームバリューに見たいと思う人間がいてもおかしくはないと思いつつ、燈也は納得して気を引き締めた。

 

「最初見たときは心配だったよ……真由美に摩利、十文字君は静かに見てるし」

 

 だが、試合展開は亜実が予想したものとは丁度逆の展開。部活動の模擬戦なので、近接戦闘のみに特化した戦い。服部は自己加速術式を使って切迫するが、燈也にとって熱量を持つものが相手なら見えているも同然の動き。その悉くを紙一重で躱し切った。

 そして、服部の視界に真由美が入って気を取られた瞬間、燈也の寸勁擬きが服部の鳩尾に決まり、気絶した。明らかに実力で勝ったとは言えない結果に、燈也は深い溜息を吐いた。

 その後、「気合を入れ直さないと駄目だな」と言いながら克人が服部を担いで行った(真由美の許可は既に取っていた)。その後、一体何が起きたのかを知っているのは……当人同士だけだろうと燈也は思った。

 

「他の人は気付いてなかったから良かったものの、真っ当な勝負をして勝った、なんて言えませんよ……というか、後ろのお二人も聞いてるんでしょう?」

「あ、ばれてた」

「まあ、あの時は私も花音も見ていたからな。しかし、亜実のあの狼狽えようは今でも思い出せるな。今にも飛び出しそうだった訳だし」

「ちょっと摩利? それ人の事言えるのかなぁ?」

 

 花音、摩利、そして亜実。偶然にも同じ「百家」と呼ばれる家柄の人間で、全員恋人以上の彼氏がいる。その内花音と亜実は許婚の立場であり、同じ学校の生徒に婚約者がいるという所も一緒のため、亜実と花音は学年の垣根を越えて仲良くなっていた。

 

「亜実なら解ってくれるよね? 私のこの想い!」

「勿論だよ、花音。私たち、友達でしょ?」

「……燈也君も大変だな」

「流石に慣れましたよ」

 

 摩利と燈也が仲良くなったのは、同じように学年が2つ離れた人間と恋愛関係を結んでいることから、いわば先輩でもある摩利にアドバイスを聞くようになったからである。尤も、付き合う前から両想いの摩利のアドバイスがどこまで生きるかは不明瞭だが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんな光景を若干呆れるように見つめていた悠元。席は摩利の一つ後ろの通路側で、窓側に深雪が、通路を挟んだ向かいには雫とほのかが座っている。そして、悠元のすぐ後ろの席には克人が座っている。

 これは真由美を待っている間に、他の男子生徒がお近づきになろうと何かにつけて声を掛けてきた結果である。深雪の隣にいる悠元に対して羨ましさや妬ましさを込めた視線が飛び交うが、それを見た悠元が特定の人物(同じく代表である1年の男子生徒)に向けて殺気を飛ばして沈黙させた。

 

「やれやれ……落ち着く暇ぐらい欲しいものだ。で……いつまで機嫌を直さないのかな?」

「……別に、お兄様も悠元さんも外で待っている必要なんてありませんでしたのに」

 

 その深雪は不満げだった。悠元が隣の席だということで嬉しいことに変わりないのだが、それ以上に、真由美一人のためだけにこの炎天下を過ごしたということに怒っているのだ。それを見た悠元は一息吐いた上で深雪に話した。

 

「俺は連絡役、達也はメンバー確認のため、いつ来るか分からなかった人を待っていただけのこと。それにな、深雪。この程度の事なんて俺も達也も苦労だなんて思っていない……まあ、倒れるようなら深雪に看病を頼んでたかもしれないけど」

「そうなったら誠心誠意看病します! ……分かってはいます。悠元さんもお兄様もそういう人間だって」

 

 理解はできても納得できない、と意味を込めつつ呟く深雪。それを見た悠元は深雪の頭を撫でつつ呟いた。

 

「それに、達也のあの誠実さというか生真面目さは染み着いたようなものだ。それはアイツの妹として誇っていいと思う」

「悠元さん……」

「……で、雫は何故に俺の脇腹を抓る?」

「……鈍感」

「あ、あははは……」

 

 その言葉と頭を撫でられる気持ち良さにうっとりしたような表情を浮かべる深雪。

 機嫌が直ったかと思いきや、今度は脇腹に痛みを感じて視線を向けると、悠元が座る席の肘掛けに腰掛けつつその痛みを与えている雫が、不機嫌そうな表情を隠すことなく悠元に毒舌のような言葉を吐き、それを見たほのかが苦笑していた。

 だが、そんな場面を打ち破ったのは花音の言葉だった。

 

「危ない!」

 

 その視線の先に映るのは、対向車線を走っている運転手側の前輪のタイヤがパンクしたオフロード車。他の生徒たちには「危ないなぁ……」「こんなところで……」といった言葉が聞こえてくる。だが、同じように窓側に座っていた燈也がここで声を上げたのだ。

 

「あれは……バスを減速させてください! ()()()()()()()()()()()!!」

 

 一体何を言っているのかと思う他の生徒たち。だが、その車は燈也の予想通り中央のガード壁に接触した直後、上方向の力が掛かって走行車線を隔てる中央分離帯を飛び越えてきた。

 その瞬間、バスが急激に減速する。その影響で雫が体勢を崩して悠元に圧し掛かる形となったが、何とか支えた。バスは止まったが、その車は道路上を滑りながらバスに向かってくる。

 

「吹っ飛べ!」

「消えろ!」

「バカ、止めろ!」

 

 だが、ここで更に状況が悪化する。花音と森崎をはじめとした数人の生徒が、飛んでくる車に対して無秩序に魔法を発動させようとしたのだ。原作なら雫も加わるのだが、彼女は悠元に支えられた状態から立ち直ったばかりなので、そこまで気を回す余裕がなかった(心なしか頬が赤く染まっていたのは言うまでもないが)。

 結果、キャスト・ジャミングを放ったような状態―――想子の相克によって嵐のような状態を引き起こしていた。この状況で高い事象干渉力を持つ人間となれば……摩利は十文字に声を掛ける。

 

「十文字!」

「防御だけなら可能だが、想子の嵐が酷い。消火までとなると…」

 

 この状況は自分だけで乗り切るのは難しい、という克人の滅多に見せない焦りの表情を見て摩利はどうするべきか、と考えたところに提案したのは深雪だった。

 

「私が火を消します。悠元さん!」

「ああ。燈也、減速を頼めるか?」

「それぐらいなら!」

 

 悠元は深雪の言葉を聞きつつ、燈也に向かってくる車の減速を頼む。この状況なら克人が障壁魔法を使ってくれることも織り込んだ上で、懐から『ワルキューレ』を取り出す。躊躇うことなく引き金を引き、向かってくる車の無秩序に発動した魔法式を綺麗に吹き飛ばした。

 それを見た深雪が魔法で自動車を凍らせるわけでもなく、ドライバーを空気窒息させるわけでもなく、常温へ冷却することにより消火させる魔法を発動。その後、燈也がその消火した自動車を、魔法で摩擦によって生じる熱エネルギーを全て空気抵抗のエネルギーに変換させる形で速やかに減速。念のためと克人は障壁魔法を展開しておいたが、それに届く前で自動車は完全に停止した。

 

「よし。深雪、ちょっと失礼」

「え、悠元さん!?」

 

 そして、悠元が深雪に声を掛けつつ、窓を開けて外に飛び降りた。『ワルキューレ』で燃料系統の“凍結”を行ったうえで、ドアの接続部だけをピンポイントで“融解”させる。ドアを取り外して運転手を引っ張り出し、地面に寝かせた上で安否を確認するが、既に息絶えていた。

 

(免許証は……やっぱり『例の連中』絡みか)

 

 前もってある程度の情報は自分でも調べていたが、まさかそれに当たるとは……と悠元は内心溜息を吐きたかった。

 転生特典の一つである『天神の眼(オシリス・サイト)』の特性には“瞬間記憶能力”の側面もあり、一度見た情報は忘れずに保持される特性がある。そのため、『八咫鏡(ヤタノカガミ)』によって得られた情報を一々読み返す必要がない。免許証に書かれた名前は情報収集の過程でふと目に入った「関係者」であることはすぐに理解できた。

 更に自身の記憶や魔法から必要な情報を電子情報に複製・変換する魔法―――電子変換魔法『情報編纂(メモリーライズ)』によって先ほど見た現象を映像のデータとして落とし込むこともできる。この魔法は感応石のような魔法ができないかと考えていた時に組み上がった偶然の産物で、3年前の時に風間少佐(当時は大尉)へ見せた航空写真映像は『万華鏡』による瞬間記憶から変換して端末のデータメモリに落とし込んだもの。

 別に軍事衛星ぐらい『八咫鏡』で乗っ取ることは出来るが、そこまでする必要もないと思ったから回りくどい手段を使っているのは言うまでもないが。

 

 とりあえず、このままでは後続の車の渋滞になりかねないため、自動車を重力制御術式で持ち上げて移動させる。厳密には引っ繰り返っている自動車に飛行術式を使用しているのだが、手を添えておけば持ち上げているようにも見えるだろう、という目論見があったのは否定しない。

 すると、バスの後ろに止まっていた作業車両から達也が駆け寄ってきた。達也には悠元が使っている魔法の正体がわかったようで、諦めた様な表情を向けていた。

 

「悠元……いや、それなら持ち上げているようにしか見えないか。で、運転手は?」

「即死だな。ま、事故だなんて言えるものじゃないし……気付いたのは“3人”だな」

「俺とお前は分かるとして、誰だ?」

「燈也だ。アイツが真っ先にバスを止めるように声を上げた。多分、残留想子が検出されない最小出力の魔法行使に気付いたんだろう」

 

 詳しいことは本人に聞かないと分からないが、流石は十師族の一人というべきだろう。そのお蔭で本来よりもスムーズに減速することができていたと思うし、車をほぼ原形のままで残すことに成功した。

 ドアを外したのは運転手の救助を優先しての事なので、咎められることは恐らく無いだろう。

 

 反動で雫の胸に顔を埋めるという状態となったが……そのあと、雫から「ほのかみたいに胸がなくてゴメン」と言われた。引き合いに出されたほのかは顔を真っ赤にして俯いていた。

 それで謝られてもどう返せばいいか困った結果、「雫が悪いんじゃなく、飛んできた車が悪い」と返しておいた。事実だから間違ってないと思う。

 

 すると、2人に話しかけてくる男性がいた。その男性に達也が警戒するが、悠元にとっては知己であったため、ゆっくり自動車を降ろしたうえでその男性に向き直った。

 

「そこのお2人さん、いいかな?」

「お久しぶりです、寿和(としかず)さん。達也、警戒しなくても大丈夫だ。エリカのお兄さんだから」

「成程、千葉家の……自分は、司波達也といいます」

「言われちまったが、千葉寿和だ。ま、本来は職務外なんだが、遭遇しちまったものはしょうがねえって気分だ」

「また稲垣さんとエリカにどやされますよ……」

 

 想定よりも早い、というか偶然通りかかった寿和に達也は頭を下げる。千葉家現当主の長男で警察省の警察官。加えて千刃流の免許皆伝を受けている人物ということは達也も無論知っている。彼のやる気のなさそうな言葉に悠元は辛辣な言葉を言い放った。

 

「分かってるさ。稲垣君にはバスの乗客に話を聞いて貰ってる。悪いんだが、車と仏さんを車線の脇に動かしてほしい」

「それぐらいなら……達也に運転手は任せていいか?」

「ああ、その方がいいだろうな。俺が車を動かすとなると力業だからな」

 

 達也の場合は動かすというよりも『分解』で消し飛ばす方が早いため、自ずと悠元がその役目を担う形となった。

 

 しかし、出発自体遅れていたにも拘らず、それに“合わせた”時点で大会運営に『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』の息が掛かった人間の可能性を危惧しなかったのだろうか? いや、多分諜報員が動いていたことから“二段構え”という可能性を取り除いていたのだろう。

 尤も、今後出てくる連中を考えれば何段構えになるか見当もつかないが……悠元はそう思いながらも自動車を再び浮かび上がらせ、車線横まで速やかに運んだのだった。

 


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