魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦出発当日④

 会場エリアは国防軍の管轄―――同じような治安組織といえども、毛色が違う者同士では色々な柵が存在する。なので、寿和は本来警察官としてここには来ていないのだが、念のためにと警察手帳などを携帯していたのが幸いしていたし、バスの中には十文字家の人間もいて、スムーズに事情聴取ができたことに寿和は内心ホッとしていた。

 一高の技術スタッフが臨時で“事故”による車線変更の誘導を手伝ってくれているお蔭で、現状大きな混乱になっていないのが幸いだった。事故車両は車線横のスペースに移動され、運転手はバスにあったブランケットで顔を含めた上半身を隠している。

 尤も、寿和は別の方面で頭を悩ませているわけだが……そこに稲垣が姿を見せた。

 

()()、到着時間は15分ほど掛かりそうです」

「ま、九校戦も控えてるんだから妥当なラインか……しっかし、これは事故と思えんな」

 

 本来横浜方面を担当している筈の寿和と稲垣がここにいるのは、三矢家現当主から“九校戦に出場する第一高校の警護”を頼まれたことに起因する。とはいっても、出発自体が遅れて一高の後を追いかけるような形になったが、それが逆に功を奏したともいえる。

 元々千葉家としては、九校戦の補助もとい家の“売込み”ということで、異母妹で末子のエリカが駆り出される手筈となっていた。そこに三矢家と上泉家からの依頼で寿和と稲垣に数名の上段クラスの人間が警護に入り、そして寿和の弟である修次も九校戦の外部補助スタッフとして駆り出されていた。

 

「偶然にも無傷で飛び越えてきた、ではないと?」

「普通に考えてブレーキ痕も残らない事故なんて有り得るか? まあ、仏さんが心臓発作などで急死したなら解るんだが……おまけに、ガード壁の破損状況や車側面の塗装剥がれの少なさもおかしい」

 

 状況から、稲垣の述べた事態と推測するのは無理もない。だが、そうではないと寿和は断じた。

 単に運転手の加害事故なら、車を制御しようとブレーキを試みるのが普通の人間の心理。

 しかし、対向車線にその痕跡がないことに加えて、ガード壁側に衝突した側と思しき車の側面には、ガード壁との衝突で生じるであろう塗装の剥がれなどがほぼ最小限で済んでいることに疑問を持った。

 

「言われてみれば……では、これは魔法が使用された可能性―――“事故に見せかけた一高への妨害行為”と?」

「可能性は高いな。稲垣君、他の八校で同様のことは?」

「聞いた限りでは無かった筈です。ですが、一高だけというのも」

 

 九校のうち今年三連覇が掛かっている一高だけを狙った行為。まるで『一高に総合優勝してほしくない』とでも言いたげな妨害行為であると寿和は感じつつも、その先は自分の領分ではないと述べる。

 

「ここから先はお偉方の仕事だ。会場には“閣下”もいる以上、余計なことはないと思うが」

「それはないでしょうね。頭領のような疫病神がいるにしても」

「稲垣君、それは選手である彼らの前で絶対に言わないでくれよ?」

 

 その言い方だと自分の存在が一高の生徒に迷惑をかけた、みたいな意味に聞こえるため、寿和は稲垣にそれだけは公に言わないでほしいと懇願しつつ、一高の選手が乗ったバスを見やっていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 バスの車内では、先ほどの混乱も収まっていた。だが、どこか気まずさがあったのも事実だろう。何せ、起こり得るはずのない出来事に遭遇して、下手すれば自分の命に直結するような出来事だったのは間違いないだろう。

 その辺を察しつつも真由美は皆に向かって声を掛けた(なお、本人はバスが止まる直前までぐっすり眠っていた)。

 

「みんな大丈夫? 十文字君もありがとう」

「いや、自分は最後の抑え程度だった。三矢、司波、六塚が各々連携して、適切な処置で車を停止させたからな。寧ろ感心させられたと言うべきだろう」

 

 あの想子の嵐が起こった状態で無秩序に発動した魔法式を吹き飛ばした悠元。適切な威力バランスで自動車を消火した深雪。そして、減速魔法を使いつつも摩擦による熱エネルギーを全て奪うという芸当を見せた燈也。それらをお互いに干渉させることなく、しっかりと連携しきった三人を克人は率直に評価した。

 悠元が魔法式を吹き飛ばしたことには必要以上の追及が飛ばなかった。何せ、一部の面々は克人との模擬戦を見ており、[ファランクス]を破壊できる以上は通常の魔法式も同様に破壊できるだろうという推測を抱いていたことだろう……尤も、悠元が使ったのは[術式解散(グラム・ディスパージョン)]であるが。

 

「三人もありがとう。素晴らしい魔法だったわ」

「ありがとうございます。ですが、燈也の声に気付いて市原先輩が減速魔法を掛けてくれたお蔭で魔法を選ぶ余裕ができただけです……な?」

「ええ、悠元さんの言う通りです」

「市原先輩、ありがとうございます」

 

 三人のお辞儀に対して鈴音は無言で会釈をし、その様子を見た花音がポカンとした表情で背もたれ越しに深雪らの方を見ていた。これには摩利も驚きを隠せなかったが、納得できていた。確かにバスのブレーキによる制動距離を考えればすぐに止まれない。何かしらの要素がなければ……その意味で誰かが減速魔法を掛けていたと考えるのが自然である。

 あの危機的状況でしっかりと状況を見据え、適切な対処を取る。迫りくる危険を予知した燈也の凄さもそうだが、的確に判断して対処した鈴音の行動力にも驚くとともに、鈴音の行動を把握できていた悠元、深雪、燈也の才能は恐るべきものと言えた。

 

「それに比べて、お前は!」

「いたっ! 何するんですか、摩利さん」

 

 花音は摩利に頭を叩かれ、抗議の声を上げた。だが、摩利は更に説教の言葉を投げつけるように言い放った。

 

「森崎や他の面々は1年だから仕方ない部分はあるだろうが、2年のお前が真っ先に引っ掻き回すとはどういう了見だ。無秩序に魔法を発動させたら、相克を起こしてまともな効果が出ないことぐらい知っているだろう。相克を起こした時点で魔法を解除しなかったのは、冷静な判断力を欠いていた証拠だ」

「……すみませんでした」

 

 あの危機的状況において、一番求められるのは冷静な判断力。とはいえ、花音のような天才肌の人間には中々理解できないことだろう。

 それ以上の才能を持っているであろう悠元、燈也は真由美や克人と同じ十師族である以上、修羅場を経験している可能性は高い。それに勝るとも劣らない深雪も修羅場を経験しているのだろうかと摩利は推測する。

 

「そういえば、燈也君。あの時、車がガード壁を飛び越えることを見越したような言葉だったが……何か見えたのか?」

「え? ええ、まあ……ごく短時間ですが、魔法式が見えました」

 

 燈也は小声で摩利にそう告げた。その音量の関係で亜実と花音にも燈也の言葉は聞こえていて、燈也の発言を悠元は自身の聴覚でしっかり聞き取っていた。無論、それだけではない何かが燈也の眼に見えたのだろうと推測される。

 この言葉に摩利は神妙な表情を浮かべ、真由美は一体何があったのかを燈也に尋ねようとしたところで、バスが走り出す準備が整ったと連絡が入り、彼女はその対応に追われることになった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 “事故”の後、偶然通り掛かった寿和と稲垣の協力もあり、30分ほどの時間ロスで済んだ。出発の遅れなども合わせて、宿舎には昼過ぎに到着した。

 九校戦の性質上、そこで活躍した選手が軍関係に進むことは珍しくない。寧ろ多いと言えるほどだ。国防軍としても優秀かつ即戦力になり得る魔法師を一人でも多く確保したいという思惑から、九校戦には全面的に協力している。

 それは会場だけでなく宿舎も同様で、視察の文官や会議のために来日した諸外国の高級士官とその随行員を宿泊させるために使用しているホテルを、生徒と学校関係者の為に貸切の形で提供している。この辺は魔法科高校が国立の教育機関だからこそできる芸当なのだろう。

 とはいえ、軍の関連施設である以上、民間の高級ホテルのような専従のポーターやドアマンはいない。本来は基地の当番兵がそれを担うのだが、高校生の大会ということもあって、荷物の運搬は自分たちですべて行うのが原則となる。

 

 作業車両に積まれた大型機器は降ろさないが、小型の工具やCADは微調整の関係もあるので、台車に乗せて運んでいくことになる。その作業をしている1年の技術スタッフと、彼を囲むようにしつつ談笑する三人の男女。その様子を服部は視界に収めたが、振り払うように振り返ったところで服部の次に降りてきた桐原から声を掛けられる。

 

「どうした、服部? 少なくとも、好調って顔には見えないぜ?」

「桐原……ちょっと、自信を無くしてな」

「おいおい、明後日から競技だぜ?」

 

 桐原は2日目のクラウド・ボールのみだが、服部は1、3日目のバトル・ボードと9、10日目にあるモノリス・コードに出場する。その意味で服部の発言は、総合優勝にも影響しかねないような発言であることは、桐原にも理解できていた。

 服部は2年でも指折りの実力者―――3年のトップにいる三人に次ぐ実力者である。魔法力主義による主張や二科生に対する態度は桐原でも弁護できないが、才能だけでなくそれに見合った努力もしてきている。そう簡単に自信を無くすような人間でないことは理解している。

 

「一体何を悩んでるんだ? そんな様子じゃ先代会長から関節技(サブミッション)が飛んでくるぞ?」

 

 まるで「悪い子がいたらお仕置きに来る」と言わんばかりに服部の前を通り過ぎる桐原の言葉に、服部は練習期間中に美嘉だけでなくバイアスロン部OGの面々から鍛えられたことを思い出しつつも、歩き出しながら喋り始めた。

 

「さっきの事故……」

「ああ、ありゃ危なかったな」

「もしかしたら、死人が出ていたかもしれなかった」

「ま、その辺はきっちり対処していたから結果オーライでいいだろ。そんな現実にならなかった被害で悩むのは『たられば』の一種だろうに」

 

 桐原は、気休めのためだけに発言したわけでも、楽観視しているわけでもない。九校戦という大事なことが控えているのに、別のことでゴチャゴチャ悩んでいては競技に支障が出てくる、ということを含んだ言い分だった。無論、服部も桐原がそういう意図を持って発言したのだと理解しつつも、納得はできていなかった。

 

「あの時、俺は何もできなかった」

「下手なことをして収拾がつかなくなるよりは、遥かに良かったと思うぜ。その意味で立派な判断力と自制心を働かせたと評価できると思うが?」

「だが、三矢、司波さんに六塚は正しく対処して見せた。自分たちのできることをしっかり把握していたからこそ、会頭がもしもの時の抑えに回れたし、しっかりと声を掛けあっていた」

「得意と不得意の違いだと思うがな。司波妹は冷却系が得意と聞いてるし、六塚は加速系統に得手があるらしい。三矢の魔法式破壊は流石に驚いたが」

 

 服部の言葉に桐原は立ち止まって、冷静な事実分析に基づく発言を投げかける。悠元が魔法式を破壊した事実は驚きであった。しかし、服部がそのことを追求しないあたり、彼の放った魔法に心当たりがあるのだろうと思いつつ、魔法使いとしてのマナーとして聞かないように努めた。

 

「―――魔法師としての優劣は、魔法力の強さだけで決まるものではない。三矢と六塚はまだしも、魔法の才能だけでなく()()()()()()まで年下の女の子に負けたとあっては、自信を失わずにいられんよ」

「成程な。でも、そういうのは結局“場数”だからな」

 

 ここにきて服部の悩みを理解しつつ、桐原はハッキリと言い切った。それは桐原自身も経験した4月の一件からして、それを目の前にいる服部と比較する方が酷だと思わざるを得ない。

 

「場数? 実戦経験ということか?」

「ま、そんなところだ。あの兄妹はその点で特別だろう……兄貴の方は、ありゃ“()ってる”な」

「なっ……!?」

「実際に見たわけじゃねえが、雰囲気がな。4月の一件についてはお前も聞いているだろう?」

 

 あの場所にいたのは生徒会メンバーでも深雪、悠元の二人だけ。学校に残っていた服部にもその詳細は知らされていない。七草家と十文字家によって学校を襲ったテロリストを掃除した、ぐらいの情報が真由美から伝わっただけである。

 

「俺はあの時現場にいた。司波の兄妹に三矢もな」

「本当か!?」

「事実だぜ。司波兄は、ありゃヤバいな。海軍にいた親父の戦友たち―――いや、それ以上の殺気をまるでコートでも着込むかのように纏っていやがった。妹の方は分からんが、あの場所についてくるだけの胆力を持ってるのは事実だろうな」

 

 名立たる実力を持っている桐原がそう断言するほどの恐ろしさをあの兄妹は持っている。あの程度の修羅場など既に通過したようなものだろうと桐原は断言した。それを聞いて服部は桐原に尋ねた。

 

「じゃあ、三矢は? 司波と同じだというのか?」

「そうだな……強いて言うなら、一高の『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』―――その名に違わぬ恐ろしさ、と言うべきだろうよ」

「……どういう意味だ?」

 

 まるで答えなのかそうでないのか分からない言葉に服部は思わず表情を顰めた。それを見た桐原は余計悩ませたな、とバツが悪そうにしつつも、いつもの様子に戻すような口調で声を発する。

 

「殺気の質のベクトルが司波兄と違いすぎる、と言えばいいだろうな。司波兄の殺気はハッキリと感じ取れたんだが、三矢の場合はその逆―――明らかに殺気を発している筈なのに、殺気が感じ取れなかったんだ。まるで“暗殺者(アサシン)”が目の前にいるかのような感覚だった、と言えば察しはつくか?」

「……有り得るのか、それは?」

「道場の先生に聞いたらこう言っていた。『それは紛れもなく達人級(マスタークラス)の人間が成し得る芸当だ』とな。しかし、魔法師としての優劣は、魔法力の強さだけで決まるものではない、か」

 

 殺気を制御する―――それは、最早剣術において極限の領域に踏み入れたことを示すもの。桐原は、悠元が深雪に新陰流の体術を教えている光景を何度か目撃しているが、その体捌きは紛れもなく自分を遥かに超えている、と確信せざるを得ないほどだった。

 こんな小難しい話から現実に引き戻すため、桐原はからかい半分で服部の言葉を口にした。

 

「何が言いたい?」

「いや、その言葉がお前の口から出たと会長が聞いたら、大喜びするんじゃないか? って思っただけさ」

「っ!?……」

 

 桐原からの爆弾発言に服部は照れていることを誤魔化すように桐原を追い越して歩いていく。その様子にやれやれ、といった感じで彼の後を追うような形で歩いていく。

 

一科生(ブルーム)二科生(ウィード)だなんて言ってるが、たかが入学前の実技試験の結果じゃないか。現に二科生でもできる奴は少なくない。今年の1年は特にな」

 

 桐原はそう言いながらも四人の姿を目に捉えた。恐らく、1年生の中でトップクラスに恐ろしいと言えるのはあの四人だと……燈也に関しては分からないが、他の三人と比較しても遜色ないほどの何かを桐原は感じ取っていたのだった。

 




思ったより筆が進んだので、2本上げました。
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