というか、今更思い出したことがある。西暦2092年8月―――つまり追憶編だ。原作通りに進めてもいいとは思うが、祖父である剛三も元造の子である深夜と真夜を可愛がっていたと聞き及んでいる。この世界における修正力は不明だが、三矢家がここまでなっている時点で原作ブレイクを考慮するとか今更だろう。
ただ、自分はあくまでも三矢家の人間であり、原作主人公たちは
せめてもの救いはと言えば、自分自身が国防軍に関与しているということだが……この辺については、機会があれば述べることとする。
父が仕事の関係で国防軍というか十山家を嫌っていることは知っている。自分も実際に十山家の人と面会している。原作を見ているから知っているが、欲を出して捕まえようとか不届きなことを考えないでほしい。
真面目な話、自分たちがまともだという前提で“試し”とか“再教育”などと宣っていることが魔法師に対する嫌悪を助長させかねない、と理解してほしいものだ。言って解るなら誰も苦労なんてしないけれど。
「その真田中尉から悠元も連れてきてほしいと言われたんだ。君の技量なら軍で開発を進めている特化型CADも形になるだろう、ってね。まあ、これは理由の半分かな」
「半分?」
「残り半分は
その人物の名に聞き覚えがある。四葉家の分家の一つである黒羽家当主だ。祖父である剛三の縁から招待されたのだと元治は説明したが、まさかこんなに早い段階で彼らと接触することになるとは思いもしなかった。そんなことを考えていると、元治はこう述べた。
「それで、悠元は『今使っている名』を名乗ることになる。僕もビジネスネームで同行することになるね」
「でも、自分はともかく兄さんは飛行機に乗った時点でばれますよ? 本人の名前が必要ですし」
未だに三矢の姓を表立って名乗っていない悠元はまだしも、次期当主である元治は既に三矢を名乗っている立場。その二人が揃って搭乗したとなれば、悠元が三矢の人間ではないかとバレる危険性がある。その部分については『問題ない』と言わんばかりに元治が断言した。
「そこは剛三さんが手配してくれることになった。パーティーに出る服装も準備してくれるそうだ」
「そうですか……でも、詩鶴姉さんだけじゃなく、佳奈姉さんと美嘉姉さんが落ち込むよなあ」
「そうだね。父もそこは相当悩んだと思うけれど」
そう、今年も九校戦の応援に行く予定だった(その際も三矢の名前を出さないように違う名前を使っている)。とはいえ、ここから本来の原作に介入して流れを変えるのだ。そのための準備はこの5年で考えうる限りの対策は施した。修正力による敵性勢力の増加は否めないが、最悪どうにかする方法はある。
残る問題は、身内が出場する九校戦の応援に行けないことによる対処だが、これについては二者択一である以上どうしようもない。
「今回ばかりは父さんと爺さんの差し金ですから、姉さん達のことは父さんに丸投げしましょう。最悪、爺さんの腰が犠牲になるだけで済みますから」
「悠元って、時々容赦ないことを平気でやるよね」
悠元の容赦ない言動を聞いて放たれた元治の言葉に、二人揃って笑ってしまったのだった。尚、本当に剛三の腰が犠牲になるとは、元治はおろか悠元ですら予測しなかったのであった。
◇ ◇ ◇
武術の関連で上泉家を訪れるようになってからというものの、上泉家と三矢家を行き来する生活というよりは、上泉家に住み込みで剛三からの教えを乞う形となっていた。
いや、あれは教えというよりも無理難題を押し付ける様な鍛錬だっただろう。だが、強くなるためなら前世の平和ボケを払拭するぐらいやらないとダメと腹を括っていたし、あの『お兄様』だって経緯こそ違えど幼少期から鍛え上げられていたのだ。
尤も、こんなことを幼少期から考える時点で子供らしからぬ性分だと理解はしている。
『ほう……試しとはいえ中々やるではないか。遅めとはいえ、木刀を白羽取りするとは気に入ったぞ』
『それはどうも……(我慢だ、我慢。折角武術を教わるのだから、ここで文句を言っちゃだめだ)』
来訪した時に剛三から試しと言われていきなり木刀を投げつけられて、危うく死ぬかと思ったのは……今後もいい思い出にしたくないことの一つだ。
その後の修行も所謂“
尚、上段者である門下生の先輩からは肩に手を置かれて同情されてしまった。解せぬ。
沖縄への出発前日。荷造りの準備のために上泉家の本屋敷を訪れていた悠元は、広間で一人座禅を組んで意識を整えていた。
何も事情を知らぬ人が見れば、精神統一の修行と見られるかもしれない。その部分は間違っていないが、悠元が今行っているのは自身の力の一つである[眼]の制御訓練。
今、悠元の脳裏には色彩が排除された
現代魔法は、事象の付随情報にして。存在と表裏一体のエイドスに干渉する技術。それを使うものはイデアの中にある個々のエイドスを認識している。
だが、それを
自身の[眼]の訓練とはいえ、悠元は別に上泉家の秘密を探りたくてやってるわけではなかった。この力のことは剛三も気付いていたが、『屋敷の中では使うな』とかなり念を押されていた。似たような力を持つ佳奈にもかなり念を押していた。その理由は『詳しく話せぬが、この家はそういう家だからの』という文言で精霊魔法も絡んでいると予想した。
結果として、奧伝になってから入ることを許された上泉家の魔法関連の書庫に精霊魔法は存在したわけだが、屋敷内に張られた結界術式とおぼしきもの以外に精霊や
(……ん? 何だ、これは……)
すると、悠元から見て上斜め前方にある額縁に何かが入っているのが視えた。それは、若かりし頃の剛三が友人や幼い娘と五人で映っている写真なのだが……剛三に聞いてもその詳細を教えてくれなかった。よく見ると、額縁が僅かに傾いており、最近動かしたような形跡が見られた。
この広間を訪れることのできる人間は限られている。剛三に彼の家族、元継に詩鶴、そして自分。だが、三矢家の人間がこれを動かす理由などない筈だ。
何はともあれ、気付いた以上は見過ごすこともできるが……自分の中の直感が、それではダメだと囁いていた。最悪剛三から叱られることも覚悟の上で、大気操作の魔法で自身を浮き上がらせ、額縁の裏蓋を外して目的の物を素早く取り出すと、額縁を戻してゆっくりと着地した。
悠元が手にしたものは色褪せた二通の手紙。そして、そこに書かれた差出人と渡す相手の名に驚愕することとなった。
「
どう考えても四葉家の先々代当主、現当主とその双子の姉の名。該当する人物の原作知識から察するに、元造が死ぬ直前に娘たちへの手紙を剛三に託した、ということなのだろう。額縁に映っている五人の内、一人は剛三でもう一人が
(最近動かした形跡があるとすれば、時折額縁の外に出しているのだろうな……武術に関して即決即断の爺さんにしては、優柔不断にも程があるわ)
常々『生涯現役を貫き通す』と豪語している祖父だが、そんな決意があるのならばこの手紙ぐらいさっさと渡せばいいと思った。だが、剛三もあの四葉の復讐劇に参加していたというのは噂ながら聞いたことがある。額縁に映る剛三の笑顔を見る限り、相当仲が良かったのだろう。
その親友を失って、自分だけがおめおめと生き残ったとするならば……真夜と深夜が剛三を責めるかもしれない。そう思うと、手紙を渡せずにいたのも納得がいく。
「……だが、それは違う」
勝手な憶測かもしれないが、元造は剛三に真夜と深夜の未来を見届けてほしかったのだろう。これはあくまでも“四葉”の復讐劇であり、親友とはいえ本来部外者の剛三を巻き込みたくはない。だが、責任感の強い剛三はきっと塞ぎ込んでしまう。せめてもの思いとして、元造は娘への最期の手紙を剛三に託したのかもしれない。
気が付けば、悠元は剛三がいる本道場の扉を力強く開いた。門下生の姿はなく、丁度走り込みや裏山の鍛錬で出払っていた。剛三も悠元の姿に驚くが、彼が持っているものに気付いて滅多に発することのない怒りを露わにした。
「悠元……お主、禁を破ったな!」
剛三は目にも止まらぬ速さで木刀を掴み、悠元に振り下ろした。まるで触れられたくないものと言わんばかりに。だが、怒りのせいで鍛錬の時よりも遥かに精彩を欠いた木刀の速度は、悠元が見た中で一番遅かった。
その木刀を二本の指で挟みこんで左足で打ち払い、その足を勢いよく床に叩きつけた上で剛三の裾を掴み、強引に右腕だけで投げ飛ばした。床に叩きつけられる音と木刀が床に落ちて転がる音が続けて響き渡り、剛三は呆然としていた。
「爺さん。人に散々約束を守れとか言っておいて、自分のことは棚上げですか? この手紙は託されたんでしょう? ……他でもない四葉家の先々代当主、
「……それは」
「なら、渡す相手が生きているうちに届けてください。部外者の俺に言えるのはそれだけです。もし届けなかったら……俺は爺さんを一生軽蔑します」
ともあれ、約束を破ったのは事実であるため、悠元は手を翳して[
「……悠元。先程の魔法は魔法演算領域を修復する魔法か?」
「まあ、そんなものです。有機物干渉なのでおいそれとは使えませんが……理解したのですか?」
「わしを誰だと思うておる。よーし、これで元継と最低でも半日は戦えるぞ……おっと、忘れていたな」
剛三はそう言うと、悠元の頭に手を置いた。いつになく優しい笑顔を向けつつ、悠元へ大事なことを述べた。
「ありがとう悠元、いい喝を入れてくれた。凡そ30年は些か寝坊しすぎじゃがな」
「いえ、爺さんがそう決意したのはいいのですが……寝坊による説教コースは確定のようです」
「それはどういう……ハッ!?」
そう、悠元は気付いていた。確かに門下生の姿はなかったが、剛三の補佐として詩鶴の姿があった。その彼女はと言うと、先程剛三が持っていた木刀を握りしめていた。それこそ、柄の部分がひび割れそうなぐらい軋みの音が聞こえるほどに。
剛三は悠元の言葉に訝しむが、その言葉の真意に気付いたときには……既に『後の祭り』であった。
「チェストォッ!!」
「うぼあっ!?」
まるで日頃の恨みと言わんばかりの超音速を想起でもさせるかのような太刀筋に、剛三は床に突っ伏して脇腹と腰を押さえて蹲っていた。自分は倒れるのを抑えようかと思ったが、詩鶴から『逃げなさい』と言わんばかりの眼力を感じたため、後ろに飛び退いて躱す格好となった。
「……詩鶴姉さん。いくら何でもやり過ぎなんじゃ」
「いいえ、これぐらいで十分です。いくらお祖父様でも武術の鍛錬以外で身内に殺す気で木刀を振るうのは常軌を逸しています。その罰として暫く反省してください」
「し、詩鶴よ……腕を上げたのう……」
色々ツッコミどころしかなかったため、悠元はこれ以上何も言えなかった。
結局、手紙については剛三が渡すと約束してくれたが、その際に深夜宛の手紙を託されたのだ。この先の展開を読んでいたとは思えないが、流石に他家の人間とそう簡単に接点など持てないであろう……この時の自分はそう思っていた。
◇ ◇ ◇
経緯はどうあれ、元治と悠元は三矢家を離れて飛行機で沖縄入りすることとなった。悠元は「
別にノーマルクラスでも問題ないと思ったが、ここら辺は剛三の孫に対する可愛がりの結果だろう。仮にノーマルクラスで騒ぎが起きても魔法を使わずに鎮圧することは一応可能だが、元治のことを考えれば妥当だろう。
そこまでは悠元も許容範囲内だった。元治も同意見だったのは言うまでもない。問題は……同じ便に搭乗することとなった人物たちであった。何が問題なのかと言うと、空港のラウンジで搭乗案内を待ちながら情報端末を眺めていると、一人の女性に声を掛けられた。
明らかにこちらを知っている素振りを見せているとなると、親か祖父の繋がりだろうと思ったわけだが……その女性を見た瞬間に内心で驚いてしまった。
「ひょっとして、貴方達が剛三さんの言っていた二人かしら? はじめまして、司波深夜といいます」
その女性の名は
深夜は魔法の影響で体が弱いといえ、無意識下で放たれるオーラが半端じゃない。[
大体、相手は割と親しげに話しかけてきている以上、こちらが下手に警戒する理由はないに等しい。別にこれから戦うというわけでもないのだから。寧ろ達也まで出張ってくる事態になったら逃げるか土下座も辞さない。
「はい、長野佑都と申します。こちらは兄の基晴です。よろしくお願いします、深夜さん」
「な、長野基晴といいます。よ、よろしくお願いします」
傍から見れば、12歳の少年に支えられる22歳の青年の姿というのは不可思議に見えてしまうだろう……そんな様子を見て、深夜は笑みを零した。
「近くに同行者はいないようですが、お一人で旅行ですか?」
「いえ、今回は家族での旅行です。娘は息子に守らせていますから。機会があれば紹介しますので」
「機会があれば是非。こちらとしても、願ってやみません」
そう言って深夜が離れていくのを確認すると、元治はようやく緊張から解放されたように荒く呼吸する。
「す、凄かった。悠元はよく平気だったな?」
「道場で爺さんの殺気を何度も浴びてたせいかな。別にこれから戦うというわけじゃないし、安心していいと思う」
「そ、そうだな……」
そこで話が終わればまだよかったと思う。
何が起きたのかと言うと、深夜の紹介で彼女の子である
普通ならば深雪だけ紹介すると思ったのだが、ボディーガードみたいな立ち位置にいる達也も深夜は紹介した。どちらにせよ兄妹としての振る舞いをする以上はその練習という風にも見られる。
まあ、いくら剛三の知り合いとはいえ“四葉”と名乗るのは憚られる事情も理解できなくはない。彼らからすれば、こちらが(正確には自分だけが)司波家の実情を知っているという解釈など出来ないのだから。
「司波深雪といいます。よろしくお願いします」
「……司波達也です」
達也は深雪のガーディアンということで兄妹なのに妙な上下関係ができていたが、こちらとしては達也と仲良くして問題はない。というか、仲良くしておかないと命が危ない。マジな話で。
俺のそんな思惑を読み取ったのかは知らないが、深夜は悠元に向けて笑みを零していた。曰く『敵対しない限り、誰でも仲良くしようとするのは剛三さんそっくりね』とのこと。武術のことを抜きにすれば、確かに祖父は甘い。でも、なればこそ武術に関しては手を抜くことなく厳しく当たれる。言うなれば飴と鞭のようなものだ。
別に挨拶ぐらいだけならば苦労の内にも入らないだろう、と楽観視していたこの時の自分を後で本気で殴りたくなった。原作の追憶編が近く、しかもこの時期に飛行機へ乗るということは……同じ便に乗る確率が高い、ということを失念していた。
(何でこうなるんですかねえ……)
沖縄行きの飛行機の座席……二人が覆えるカプセルシートで悠元は何故か深雪の隣に座っていた。本来悠元が座る席は交換され、深夜の隣に座る元治が大変な目に遭っている。
隣に座る深雪もそうだが、どうやって乗務員を納得させたのかは聞かなかった。触らぬ神に祟りなし、とも言うが。
それを後目に深雪のほうを向くと、どうやら端末で現代史の勉強をしている。その邪魔をして機嫌を損ねたくないので、機内に持ち込んだ自作の折りたたみ型端末を引っ張り出し、キーボードを叩きはじめたのだった。