魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦出発当日⑤

 さて、この九校戦に向けて表向きの準備を進めている中、裏の準備も進めてきた。いや、正確には3年前からスタートしていた。

 大亜連合が世界各地の諜報機関にばら撒かれた沖縄侵攻のデータ(自分や達也のことは綺麗に消去済み)で奔走している間に、国内のメディアの膿を一掃した。

 具体的には、“内情と公安からの内部告発”という形で魔法師支持派の国会議員に大亜連合のスパイのリストを一斉に送った。その中からは意図的に周公瑾とその関係者のデータを削除した上でだ。

 

 これを見た議員たちはこれを機にとスパイ防止法の制定を急がせ、その2年後に施行となる。

 その間に逮捕を恐れて大亜連合のスパイがこぞって出国を試みたが、その悉くが七草家と十文字家の包囲網に引っ掛かる形となった。他国のスパイも無論いるのだが、この辺は順序立てて行うのが妥当と判断した。スパイ防止法についてはUSNAが問い合わせてきたようだが、この辺は“同盟国”という枠組みで回避しているためにそこまで強い抗議は出なかったようだ。

 それを悪用した場合の対抗策も既に練られているので、一応問題はない。

 

 ここまでやれば将来の師族会議や二十八家の若手会議にも影響が出てくるかもしれないが、その時はその時だ。今やるべきは確固たる地盤の形成であり、その為の余計な横槍は勘弁願いたい。そのために必要以上の排除を行わないと決めた。

 

 そこまでメディアの膿を出し切った理由は単純明快。この九校戦を誰の眼にも止まる位のメディア規模にまで拡大させること。九校戦のメディア規模はそれなりだが、実際のテレビ放映はケーブルテレビによる独占状態。この辺は会場が国防軍の基地内ということも含んでいるのだろうが……。

 そのケーブルテレビ局に対して、全国にキー局を持つ放送局に放映権を売るという手法を取らせた。民放のテレビ放送だとスポンサーのコマーシャルや試合のハイライトなどを挟むため、フルで見たい場合はケーブルテレビを契約すればいいだけだ。

 加えて、会場となるエリアからは離れているが、東京に各種メディア向けの多目的プレスセンターを開設。その中からほぼリアルタイムで競技内容や出場選手の情報を得られるようにした、というわけだ。この辺は“国防軍の好意的な世論形成”ということで風間少佐に入れ知恵をした結果である。

 

 流石に自分が出るのは拙いので、剛三経由で七草家を動かした。あの家の現当主なら十師族としての地位向上のために動くだろうし、メディア工作は十八番だ。無論、誰が入れ知恵したのか探ってくる可能性はあるだろうが、そんな痕跡は一切残さない。というか、上泉家の逆鱗に触れたら、責任問題ということで七草家の現当主は間違いなく強制引退を迫られるだろう。

 剛三としても勢力の大きい七草家に今抜けられては困る、ということから上泉家と七草家の相互監視状態になっているが、これは既定路線である。

 

 加えてもう一つ。この先に出てくる七宝(しっぽう)琢磨(たくま)小和村(さわむら)真紀(まき)の二人に対しての“釘刺し”も込められている。魔法師の地位向上のために動くのは問題ないが、変な足の引っ張り合いはこちらとしても願い下げである。

 そのための餌ということで、魔法協会(実際には七草家)から彼女の父親が経営している会社に“九校戦のリアルタイム配信”の話を持ち掛けさせた。そして七宝家当主に“魔法師全体のイメージアップ”ということで琢磨を芸能界デビューさせてしまうという手法を提案。

 ある意味前例を作るようなやり方だが、野心家の琢磨なら七宝家の価値を上げるためと言えば断ることもない。真紀の口添えもあって、琢磨は秋に銀幕デビューを飾ることが決まっている(恋愛関係になるのは琢磨が大学生になってからの方がいい、と真紀に吹き込んでいるため、恐らく問題はない。俗に言う『逆光源氏(ひかるげんじ)』みたいなものだが)。

 

 琢磨が同じ師族二十八家といえども、遠慮するつもりは毛頭ない。

 三矢家は『与える家』だが、それは相手に少しでも誠意が見られると判断した場合に限られる。敵対した場合は苛烈に出ることも辞さない。この世界に転生した以上、自分もそうあると決めて生きてきた。そしてこれからもだ。

 

 これとは直接関係ない話だが、この前、アメリカ大使館と上泉家経由でUSNAの大統領直筆の手紙が届いた。国家元首という立場上、差し出した相手以外誰も読むことが許されないからって、愚痴を呪詛のように書き連ねるのはいかがなものかと思う。

 九校戦出発の3日前に三矢本家から呼び出しがあったのはこの手紙を受け取るためだった。なお、その手紙は本屋敷自室の金庫に厳重保管されている。流石に司波家に持ち込むのはアウトだ。

 高校入学までは明確に魔法師だとばれない様に偽装していたため、一般人と変わりなく渡航できていたのだが、その折に剛三の紹介で知り合った。その際、『そうだ、九島将軍の孫娘は私の孫娘でもあるのでな。その子と婚約させよう』とか言い出した瞬間に剛三のGOサインが出たので、大統領を関節技で気絶させた。

 紛れもない国際問題案件だが、その場に居合わせた副大統領から謝罪された。理由は孫娘のことになると暴走しがちになるらしい。大統領は非魔法師であるにも拘らず、止めるにも職員総出になるらしいので、それを一人で止めた手腕を高く評価された……自分、日本国の人間ですけどね。

 一応その孫娘のことについて聞いたのだが、なんと双子の姉妹らしい……あれ? 彼女に姉か妹なんていたか?

 将来、このことが厄介な問題を起こしそうで、内心溜息を吐いたのは言うまでもない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「―――では、あれは事故ではなかったと?」

 

 九校戦の選手たちが宿泊するホテルの前で、深雪は周りの視線や他人の耳も考えて小声で問いかけた。それに対して達也は小さく頷きつつ小声で答えた。

 

「あの自動車の飛び方は不自然だったからね……燈也はどうやって気付いた?」

「“2回目”を偶然見たときですね。あの状況から車を横回転(スピン)させる魔法を使った時点で、こちらの車線に飛んでくると予測したんです。そしたら、案の定“3回目”で綺麗に飛んできたって訳ですが…」

「私には何も見えませんでしたが……悠元さんは?」

「燈也と同じくらいかな。事象改変の痕跡はあったから間違いないだろう」

 

 「事故」を最初から見ていた深雪からすれば、魔法発動の形跡を知覚しなかった。だが、ここにいる三人は魔法が使用されていたとハッキリ述べていた。達也と悠元はともかく、燈也もそれを見抜いたことに驚きを隠せなかった。これには燈也も苦笑を浮かべていた。

 

「僕の場合、六塚家の特性もあるのですが……僕の家は『熱量干渉』を得意としているのは悠元なら知ってるでしょうけど、その影響で瞬間的な魔法の感知や熱量を持った物体の運動予測を認識できます。車が中央分離帯を飛び越えると判断できたのは、その能力のお蔭です」

「成程、一種の『予知』みたいなものか」

「そんなところです。尤も、六塚家でこんな芸当ができるのは僕しかいませんが」

 

 あっさりと話してしまう燈也だが、そこまで話さないと達也が納得しない、と判断しての言動だった。ここまで話すのは「悠元と達也、深雪さんを信頼してますから」と付け加えた上で言い放った燈也に三人は揃って苦笑してしまった。

 

「しかし、車のタイヤをパンク、車体のスピンに加えてガードレールを乗り越える……それを瞬間的に最小出力で行う高等技術ができる人間となると、つまり運転手の仕業ってところだろうな……ようは自爆攻撃ってことだが」

「卑劣な……!」

 

 深雪の怒りは同情ではなく、そんな攻撃を平気で命じた憤りによるもの。それを察した上で悠元が宥めるように深雪の背中を撫でると、深雪の怒りも次第に収まっていく。……最近、深雪のストッパー役をやらされているようであまりいい気はしないな、と悠元は思うが、達也はそんな光景を満足げに見ていた。

 

「元よりテロリストの取る手段はそのような非人道的な手段も辞さない。命じた側が命を懸けるなんて事例は稀さ」

「にしても、4月の一件に続いてこういうのは勘弁してほしいですね」

「違いない。ほれ、燈也は彼女のところに行った方がいいんじゃないか?」

「ですね。それじゃ、三人とも」

 

 燈也が向こうで待っている亜実に向かって走り出すのを見送り、三人もホテルの中へと入っていくのだが……そこでまた足を止める形となった。まるでリゾートビーチに着ていくような露出の高い格好をした少女が壁際のソファーに座っていたが、ロビー内を歩く三人に気付いて声を掛けてきたのだ。

 

「やっほー、三人とも。1週間振りだね」

「ええ、まあ……それよりエリカ、どうしてここに?」

「何って、もちろん応援だけど?」

「二人とも、先に行ってるぞ。エリカ、また後でな」

 

 競技の応援、にしては前々日から宿泊するということに疑問が浮かぶ。達也は他の技術スタッフとの打ち合わせもあるため、台車をスタッフの作業用に確保した部屋に運びこむため、足早に去って行った。それを軽く返しつつもやや不機嫌になっていた。

 

「あ、うん……挨拶ぐらいさせてもらってもいいのに」

「仕方ないだろ、技術スタッフとの打ち合わせとかもあって忙しいから。で……エリカ、お前がここにいるということは親の都合絡みと受け取っていいか?」

「……あはは、悠元は気付くよね。ま、そんなところ」

 

 千葉家の事情は悠元も元から聞き及んでいて、その関係で幹比古やレオ、美月達も巻き込まれる形となったのは聞いている。とはいえ、深雪や他の生徒がいる手前で聞かせるわけにもいかないので、軽く触れる程度に止めた。エリカも悠元の配慮に感謝しながら軽い口調で返した。すると、そこにもう一人の女子―――美月が走ってきた。

 

「エリカちゃん、お部屋のキー……悠元さんに深雪さん?」

「こんにちは、美月」

「こんにちは……って、悠元さん?」

 

 美月は挨拶をしつつも、悠元が珍しく美月を凝視していることに首を傾げた。何せ、彼女もそれなりに露出が多めで、下手すると扇情的に見られかねない服装だったからだ。それに気付いた悠元は謝罪しつつも、彼女の露出が多めな服装を勧めた人間に視線を向けた。

 

「いや、すまない。普段大人しめな美月にしては派手な服装だと……成程、そこにいる奴の仕業か」

「え? ええ……エリカちゃんに、堅苦しいのは良くないって言われたので……」

「美月、悪いことは言わないから着替えた方がいいわ。とても可愛いし似合ってるけど、TPOにあってないと思うから」

「えー、そーかなー?」

 

 ちっとも悪びれもしてないエリカに対し、やっぱり派手だったのかと呟く美月。あまり服装でどうこう言うよりも本題という形で悠元が問いかけた。

 

「ところで美月、先ほどの台詞からするにここに泊まるのか?」

「はい」

「ここ、軍の関連施設……ああ、成程。お前の家のコネだな、エリカ」

「ビンゴ。ま、十師族である悠元なら解っても無理ないけどね」

 

 エリカの実家である千葉家のことは悠元も自分の実家絡みで聞き覚えがあるし、千葉家の人間と直接面識がある。加えて悠元からすれば母方にあたる上泉家―――新陰流剣武術から派生した千刃流を編み出した一族でもある。千葉家の人脈は警察や国防軍に広く浸透しており、白兵戦技に特化したスタイルと育成ノウハウを千葉家は持っている。

 

「でも、珍しいわね。エリカはご実家の後ろ盾を使うのが嫌いだと思っていたけれど」

「嫌いなのは千葉の娘だって色眼鏡で見られること。コネは使うものよ」

「成程、そういう考えは分かるな。俺も似たようなものだし」

 

 悠元がエリカと仲良くなったのは、お互いに家のことを抜きにした友人関係を持ちたいと考えていたからに他ならない。尤も、エリカからすれば悠元は「自分とは別次元で生きているような運命の人間」とのことで、それを聞いた時は深い溜息が出た。

 まあ、別の世界から来たというのは間違ってもいない事実だろうとは思う。

 

「けど、試合は明後日からでしょう?」

「今晩、懇親会でしょ? あたし達も関係者だから」 

「大体は察した。そしたら、そろそろ荷物の整理もあるし……」

「悠元さん? ……って、木彫りの熊?」

 

 何で、北海道から飛ばした木彫り熊が此処にあるんだよ。しかも、綺麗な台座まで整備されて、説明用のプレートまで完備されている始末。

 徐にその木彫り熊に近づき、プレートに彫られた文面を読み取る。そこに刻まれている文章に絶句した。これには深雪、エリカ、美月、そして荷物持ちをやらされていたレオと幹比古まで釣られる形となり、そこで幹比古と深雪がお互いに自己紹介した。

 

「なになに、この熊は『ハルノブ』といって、触った者が幸せになるという幸運の熊……どういうこと?」

「悠元さん、何か知ってるんですか?」

 

 真実を言える訳がない。入学式に出れなかった腹いせで、倒れていた木から木彫り熊を魔法で彫って、質量物体長距離射撃魔法の訓練で富士演習場に飛ばした代物だなんて……真実に触れるだけで軍事機密レベルというおまけつきだ。というか、怒りとか妬みとかのマイナスの感情込めたらプラスになるって意味不明である。

 

「知り合いの軍人から話を聞いたって程度だよ。突然富士演習場に落ちてきた、とか言ってたし」

「なんだそりゃ……どれどれ……」

「レオ?」

 

 悠元の言葉にツッコミを入れつつ、レオが徐にその木彫り熊に手を触れると、ほんの一瞬だけレオの想子に反応して光った感じがした。思わず呆然とするレオに幹比古が問いかけた。

 

「え? あ、いや、何でもねえ。思わず肌触りが良かったからな」

「なによそれ、そんなことあるわけ……」

「エリカちゃん?」

 

 すると、今度はエリカの想子に反応して光を発していた。あまりにも微弱なため、深雪には気付いていないのだろう。美月が首を傾げて問いかけると、エリカは我に返ったように取り繕った。

 

「な、何でもないわよ? 気分がすっごく落ち着いたような気がしただけよ」

「じゃあ、私も幸せにあやかりたいし……えっ」

 

 美月は軽い気持ちでその木彫り熊に触れると、確かに一瞬だったが美月の想子に反応した。思わず出た言葉に周囲の人間は美月を心配するように声を掛けてきたが、美月自身特に変化はないと話した。すると、エリカが幹比古に問いかけてみた。

 

「ねえ、ミキ。この熊を視てみるってことはできる?」

「僕の名前は幹比古だ! ……やってみるけど、あまり期待はしないでくれ」

 

 幹比古が古式魔法の一つである精霊魔法の使い手であることを簡潔に説明された後、幹比古は周囲に気付かれないように一枚の札を取り出して意識を集中する。すると、幹比古にはその熊を取り囲むように全ての属性の精霊が飛んでいることに気付く。

 

「(……これは驚いた。精霊標(せいれいひょう)がこんな所にあるだなんて)……いや、特に反応はないようだ。きっと、別の力が働いているのかもしれない」

 

 幹比古がその場で真実を口にしなかったのは、周囲の目や耳もあったからだろう。だが、それ以上にその木彫り熊が全ての属性を担う精霊標(せいれいひょう)―――精霊の道標とも言われ、俗に言う「パワースポット」と呼ばれる代物に変化していた。

 精霊魔法の使い手はこの精霊標で各々の修業を行うことになるのだが、大抵は一つの属性しか持たないはずの精霊標の常識を覆しかねない代物が目の前にある。加えて、この近くには霊山ともいわれる富士山の存在がある。その力も受け取っているようで、レオたちが反応したのはその影響だろう。

 けど、これを一人占めしようとは幹比古自身考えていなかった。今の自分の実力では、この力を制御できるかも分からないからだ。

 

「そしたら、俺と深雪は荷物の整理があるから、またな」

「あ、うん」

 

 悠元の言葉に幹比古は我に返り、そう簡単に返すことしかできなかった。

 だが、そこにいた彼らは気付いていなかった。その木彫り熊が如何なる力を起こしたのか……こればかりは、それを作り出した悠元にすら分からなかった。

 




このペースで行くと、懇親会だけで数話は平気で使いそうな気がしてきました(今更感)

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