魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦出発当日⑥

 九校戦の部屋割りは本来二人一組を基本とする。とはいえ、今年は達也という存在もあって、一人はみ出す形となっていた。加えて、技術スタッフなので選手と一緒にするのは拙い。なので、その埋め合わせを他の1年男子に背負わせようとなった結果、悠元がその貧乏くじを引く羽目になっていた。

 

「でも、そのお蔭で誰かを招いて内緒話もしやすいわけだけど……そっちの都合は大丈夫か?」

「ああ、うん。まだ時間はあるからね」

 

 悠元は先ほどの反応から幹比古が何かを掴んでいたと見破り、あのような言葉で強引に話題を断ち切ったのだ。幹比古のプライベートアドレスはこの前の実験棟の一件で交換していたので、難なく呼び出すことができた。

 

「で、幹比古は多分あれがとんでもない代物だって気付いたんだろうが……その製作者は俺だ」

「ほ、本当かい!?」

「ああ。でも、そうなった原理は分からない。何せ、腹いせで作った代物だから、何がどうなってああなったかまでは説明できない」

「は、腹いせで精霊標を作るって……」

 

 悠元の言葉に愕然とする幹比古。そもそも、霊木でない普通の木から彫りあげた代物だ。それがあんな力を持つ代物になるだなんて想定もしていなかった。不幸中の幸いなのは、あれがそういった機能を十全に発揮するには悠元が近くにいないと発揮しない。

 幹比古だけに話したのは、彼が精霊魔法の使い手だからということに起因するし、顔見知りだから彼の口が堅いことも知っている。

 

「でも、俺が近くにいないと力が発揮しないようになってるみたいだからな……多分、無意識的に陰陽道の秘術を使ってた可能性はあるけど」

「陰陽道って……それって、上泉家の秘術だよね?」

「まあ、母が上泉の人間だからな。これでも新陰流の師範代だし……幹比古、ここ半年俺やエリカを避けていたのは、お前の実家にかかわる話か?」

 

 古式魔法には各々の儀式というものが存在する。それは言わば“力の誇示”―――伝統民族における成人の儀式で様々な試練を行う風習があるように、そういった儀式が吉田家にも存在していたりする。恐らく、その儀式によって本来幹比古が持っていたはずの魔法力が二科生レベルにまで落ちたと見ている。

 

「……どうして、そう思ったんだ?」

「お前との付き合いは、親父さん絡みの紹介でかれこれ7年だぞ? 人が変わったような性格の変化をしたら嫌でも気付く。そうなると、考えられるのは吉田家の『星降ろしの儀』ぐらいしかないからな」

 

 幹比古の表情が変わったことを悠元は見逃さなかった。どうやら推測は的中していたようだ。恐らく、今までの感覚とその儀式の時の感覚に大きなズレが生じて本来発揮できる魔法力を発揮できていない。

 それだけでなく、幹比古はどうやら達也を比較対象にしている節がある。二科生で風紀委員に抜擢され、誰の目から見ても確実な実績を上げている。しかも上級生だけでなく、既に卒業した優勝経験メンバーからの太鼓判で九校戦の技術スタッフに抜擢される……目標にしてもおかしくはないだろうが、それは違うだろう、と悠元は思う。

 

「なあ、幹比古。お前はお前で、俺は俺だ。当然魔法特性も違えば主体とする戦い方も違う。それを一緒くたにして同じ杓子定規で測れると思うか? 両方を修めているからこそ分かるが、ようは使い方だろう……ま、その先はお前自身の問題だし、“バイト”にも支障が出ちゃ拙いだろう? あ、あのことは二人だけの秘密にしてくれると助かる」

「え、あ、うん……深くは聞かないんだね?」

「聞いたところでお前が怒るだろうからな。それに、エリカのことだから、幹比古を無理矢理ウェイターあたりにでも仕立て上げそうだが」

 

 「有り得そうだから困る」という幹比古の言葉を聞きつつ、時間は大丈夫なのかと尋ねると、そろそろ時間だと幹比古は言いつつ“バイト”に向かった。部屋を出て幹比古を見送ったところで、悠元は別の方向から歩いてくる人物に目を見開く。

 

「これは驚きましたね……お久しぶりです、葉山さん」

「悠元様もお久しぶりでございます。かれこれ“4ヶ月ぶり”というべきでしょうか?」

「その辺はまだ内緒ですので」

 

 少し茶目っ気を出すような口調で話した人物は四葉家の執事長こと葉山であった。というか、九校戦の一高選手が宿泊するエリアに堂々と出てきたのは少し驚きであったが。

 

「そのご様子ですと、ご当主様直々のお呼び出しでしょうか?」

「ええ。何分、ここには既に数名の十師族の当主の方々もいらっしゃいますゆえ、直々に出向く方がよろしいと判断したまでです」

 

 下手に連絡をして三矢家と四葉家のことを七草家に勘ぐられたくない、というのは理解できる。それに、堂々としていれば葉山をホテルの従業員かVIPルームの応接役だと勝手に勘違いする者が多い。葉山の姿を見たことがあるのは、四葉家を除けば十師族でもかなり限られている。

 

「まあ、暇でしたし構いませんが、達也と深雪(あのふたり)がこの場にいなかったことは幸いですね……もしかして、狙ってました?」

「その辺はご想像にお任せいたします」

 

 ともあれ、少し身なりを整えてから、葉山の案内で本来高級士官の部屋として宛がわれるVIPルームの一室に通された。すると、そこにいたのは紛れもなく四葉家現当主こと四葉真夜の姿であった。そこまではよかったのだが、悠元は内心溜息を吐きたくなった。

 

「お久しぶりです。相も変わらずのお姿で少し驚きですが……何故に自分は抱きしめられているのでしょうか?」

「だって、悠元君に会うのは4ヶ月ぶりだもの。少しでも補充しとかないと」

 

 補充って何を? と問いかけたかったが、諦めたように悠元は真夜の好きにさせていた。というか、年齢的に自分の母とほぼ同い年の女性がこうやって甘えてくるという違和感……いや、実を言うと、悠元の母である詩歩の溺愛のレベルに近かった。多分詩奈のブラコンは母の子ども達に対する溺愛の影響だろうと思う……多分。

 葉山に視線を向けるが、当の本人は「私は四葉家の執事ですので」と言わんばかりの視線を向けていた。数分ほどすると、満足したのか真夜はもともと座っていたソファーに腰かけた。その招きで悠元は向かい側のソファーに座る。喋り方も当主らしいものになっていたが、あえてツッコミを入れるようなことでもない、と判断してスルーした。

 

「それで、自分に用件があるとのことでしたが」

「そこまで大した用事ではありませんよ。姉さんもいたく気に入っている子だから、顔を見せないのは失礼でしょうし」

「必要以上に買い被られている気もしますが……しかし、他のご当主の方々もいらっしゃるというのに、大胆ですね」

 

 これでも三矢家の人間であることは一応周知の事実。この後の懇親会で“鞘当て”ともいえる他校の生徒との顔合わせがある。そうでなくとも他の十師族の当主と面識を持っている身分。話を聞いた限りでは、真夜以外だと既に一条家当主と五輪家令嬢、上泉家当主、九島家先代当主といったVIPクラスが会場入りしており、この後実家である三矢家当主、それと七草家当主も会場入りする手筈となっている。

 

「だから、この時間にしたのですよ。七草家は三矢家(そちら)四葉家(こちら)が接近していることぐらい掴んでいるでしょうから、放置しても問題ないと判断しました。閣下や剛三殿とも既にお話は済んでいます」

「そうでしたか。とはいっても、現状婚約などは父と祖父に任せていますし、そこまで考える余裕がありませんので」

「構いませんよ。学生は学ぶのが本分でしょうから。九校戦での活躍、楽しみにしていますよ」

 

 本当に最初の抱きつき以外は四葉家当主らしい対応だったと思う。抱きつきに対して冷静な対応だったのは“前例”があったからだ。尤も、その時のことを口に出すことはしたくないので、控えておくことにする。

 その後、真夜と世間話程度のことと達也と深雪の学校生活について話し、部屋を後にした。とりあえず自分の部屋に戻って仮眠でも取ろうかと戻ると、そこには奥側のベッドに腰掛ける真由美がいた。懇親会のこともあるので、制服に着替えていたが。

 

「何故にいるんです? というか、部屋の鍵は?」

「マスターキー持ってるからね」

「プライバシーの権利を行使しますよ? ……で、本当は何しに来たんですか?」

 

 どうこう言っても聞く気がないと思ったので、諦めつつ手前側のベッドに腰掛けた上で尋ねた。単に自分に構ってほしくて来たとは思えない。真由美は九校戦代表のチームリーダーである以上、その辺も仕事もある。無論、自分も新人戦メンバーのリーダーみたいなものなので、人の事は言えないだろうが。

 

「あ、うん。あの事故のことだけど……燈也君から何か聞いた?」

「一応聞いてますが……そういえば、直前まで寝てたんですよね」

「それは言わないで! で、どうなの?」

 

 どうせ、言い繕っても他の人から聞き出そうとするだろう。そうなると、可能性があるのは燈也に達也と深雪の3人だ。そうなれば七草家当主の疑惑も深まりそうなので、諦めたように話す。

 

「どうやら普通の事故じゃないと察したようです。自分もバスから出て現場を見ましたが、ガード壁の損傷が余りにも少なすぎました」

「それって……あれは、事故じゃないと?」

「……一般道ならともかく、高速で走る自動車専用道路のガード壁に自動車をぶつけたら、普通は無事じゃ済みません。オフロードタイプとはいえ、自動車の原形自体ほぼ残っていることがおかしいです」

 

 正直に言えば、一般論からの問いかけだ。

 高速走行の状態を維持したままガード壁に衝突したら、下手すればガード壁との摩擦によって火花が生じ、燃料に引火して大爆発を起こしかねない。そうでなくとも、接触によって自動車の破片が周囲に飛び散るだろう。だが、それが少ない状態でバスに迫ってきた。

 この時点で、自動車とガード壁の間に()()()()()()()が生まれていないと、車の原形がほぼ残る現象が成立しない、という訳だ。それを聞いた真由美も一つの可能性に至ったようで、表情を暗くしている。

 

「ねえ、まさかとは思うんだけど……ブランシュの一件の続きなの?」

「それとは別口みたいですよ。詳細は不明ですが」

 

 というか、遅れてくるということを一体どこから聞いてあのような自爆攻撃に至ったのかを考えると……ここから先は言うまでもないだろうが、間違いなく大会運営に『無頭竜』の息が掛かった人間がいるのは確定だろう。

 

 仮に、これが衝動的な犯行なら、同じ車線の側からバスに追突を試みるだろう。その方が一番早いし、ブランシュの残党なら非魔法に拘って後方から自爆テロをする可能性が高い。

 だが、今回は反対車線から飛んできた形だ。しかも、本来の出発時刻から1時間半遅れて出発している一高選手の乗ったバスに対して的確に自爆攻撃をするとなったら、それこそ九校戦の大会運営スタッフ―――それも連絡を受け持てるだけの役割を課せられている人間と何らかの関わりを持っていなければ、確実に成功などしない。

 

 何せ、お互いに高速走行している状態から確実に成功させるのは至難の業。タイミングを誤れば単なる自爆になりかねないし、後続の作業車両に衝突する可能性が高い。加えて魔法使用の痕跡を残さないために瞬間的な出力ができる人間(プラス自動車)を平気で捨て駒にできる勢力となれば、自ずとアンダーグラウンド側か、それに準ずる勢力だと察しが付く。

 てか、オフロードタイプって前世でも最低200~300万円以上はする代物だ。それを平気で“必要経費”にできる時点で相当の資金力がある。そして極めつけは父からの闇カジノの情報……一高に妨害をして一番得をする組織が胴元をしている。当然、『無頭竜』の工作員か彼らに弱みを握られている関係者を大会運営に紛れ込ませている可能性が高い、というわけだ。

 

「ただ、これで九校戦を中止したらそれこそ魔法協会―――ひいてはこの国の魔法師の面子を潰しかねません。なので、選手である自分たちとしては、九校戦を全力で戦うことに神経を集中させるべきかと」

 

 いくら十師族と言えども、国防軍の基地内で勝手に動くのは拙い。ならば、それを正当化するための理由があればいい。その為に国防軍方面の人脈に強い千葉家の人間まで動かした……残るは最後の詰めだけだ。

 

「なので、新人戦の統括役として早速の指摘なんですけど……服部副会長のフォローは競技開始前までにすべきかと」

「はんぞーくん? 確かにどこか不安な様子は見えてたけど、そこまで深刻という風には見えなかったわよ?」

「それ、本気で言ってます?」

 

 彼女もそうだが、現3年の三人(真由美、克人、摩利)はどこか基準点をおかしい位置に持っていきがちなのだ。確かに、自分たちでも難しいことに対しては、正当に評価できるだけの器の大きさを持っている。

 では、そうでない部分……例えば、この場合だとメンタル面の強さが該当する。その辺をカバーリングするのはエンジニアの務めだろうが、彼を担当するのが達也、あずさ、啓以外のエンジニアとなると厳しいだろう。

 原因はここに来る途中の自爆攻撃による自分たちの行動なので、こちらからもフォローは入れるつもりだ。だが、ここはリーダーである真由美とサブリーダー的存在である克人、それと摩利にもフォローは入れてもらう。

 折角自分の姉によって大分仕上がったのに、それを無碍にしていいのか、と。

 




 闇カジノの賭け金の総計(億単位は下らないでしょう)からしたら、自動車(彼らが自前で用意したかどうかは不明ですが)の購入金額なんて“小銭程度”なのかもしれません。

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