服部のメンタル面に関して指摘したところ、真由美の放言に悠元は思わず溜息が出そうになったが、なんとか堪えた。
「魔法師はメンタル面が大きく影響します。先輩も選手全員が会頭クラスの強心臓の持ち主じゃないって理解してますよね?」
「悠君、十文字君はあれでも繊細なんだけど」
「解ってますよ、それぐらいは。でも、競技となれば自分の役割をしっかりと弁える人です。そういうタイプの人間はそうそういないので……っと、失礼」
悠元は真由美に一言断りつつ、携帯端末を取り出した。どうやらメールだということは真由美も理解できたようだが、端末の画面を見ていた悠元が、何だか「ご愁傷様」とでも言いたげな表情だったことに首を傾げた。
「悠君? 何かあったの?」
「えー……うちの長女こと
「……まさか、詩鶴さんの
その言葉に思い当たる節があった真由美は、表情が青褪めたまま凍り付いていた。
悠元の姉達は各々変わったところがある。三女の美嘉の場合は関節技、次女の佳奈の場合は整体マッサージ(先日、真由美が気絶していたのはこれを食らったため)、そして長女である詩鶴の場合は……ヨガだ。
その効果は抜群だが、その反面どんな人間も気絶する、というハイリスクハイリターンを地で行く代物。なお、それをやっている詩鶴は一回も気絶したことがない。悠元も数回ほどやっているが、最初の方は気絶していた。真由美も以前やったことがあり、効果は凄いと感心していたのだが、その反動として受ける痛みに軽くトラウマを感じていた。
どうやら、詩鶴が落ち込んでいる服部と偶然会ったらしく、彼の部屋に案内してもらった上でメンタルトレーニングの一環でヨガをやらせた。そのついでという形で同室の桐原も巻き込まれたようだ。
そのメールを見た上で、悠元はこう結論付けた。
「結果で見れば、大丈夫になったとみていいですね。折角なので、会長も受けたらどうです?」
「いやー、私は遠慮しておくわ。懇親会に出れなくなりそうだし」
余談だが、その詩鶴のヨガを受けて家族で気絶しなかったのは、母である詩歩と最近の自分と最初から気絶しなかった詩奈だけであった。母は言うまでもないが、うちの妹が元からハイスペックとしか言いようがなかった。
なお、詩鶴はよく侍郎を捕まえてヨガを受けさせている……妹絡みで付き合わせているのは言うまでもないが、平然としている詩奈に気遣われるのは侍郎も悔しいと思っているのか、鍛錬に一層熱が入っているようだ。その辺の線引きは兄や姉の領分なので関与する気にはならないが。
◇ ◇ ◇
その頃、荷物の整理を終えたほのかは同室である雫に視線を向けた。
九校戦フリークともいえる雫の熱の入れようは、親友であるほのかから見ても圧倒されるようなものだった。そんな彼女は、九校戦の出場選手のみに配られる大会要項の紙冊子に目を通しているのだが……それを見たほのかは指摘した。
「雫、上下逆になってるよ?」
「え? ……あっ」
それにやっと気付いたという感じで、雫は思わず冊子で自分の顔を隠す。だが、耳まで真っ赤だったために、今の状態がどんな様子かを悟るのにあまり時間はかからなかった。
そんな恋い焦がれる様子の友人に、ほのかは自分も気になっている“彼”に対してはこういう気持ちなのだと、この時ばかりは客観的に見つめることができていた。なお、実際その当人が目の前に現れたら、ほのかも今の雫のようなことになるのは言うまでもないが。
「……ほのか、からかってる?」
「そんなことはしてないんだけど……でも、ちょっと意外だったかなって」
小学校からの付き合いであるほのかと雫。いつも物静かだけど、自信無さげな自分をいつも励ます側の雫が、自分のような立場にいることを“意外”だとほのかは呟いた。
期末考査終了後、指導室に達也が呼び出された際に、雫が悠元への好意を口にした。その後、カフェテリアでその経緯を聞いたのだが、4年前の時点でどこかしら好意的に見ていた、と雫は呟いた。そして、雫とほのか、さらに英美が巻き込まれた襲撃で助けに入った悠元の姿に、雫は彼に対する好意を自覚したと話していた。
「意外?」
「うん。悠元さんとは私も面識はあるけど、雫が何の躊躇いもなく面と向かって話している同年代の男子って、それこそ数えるぐらいじゃないかな?」
「……言われたら、そうかも」
魔法科高校に入ってからはそれなりに増えているが、大抵の人は深雪に話しかけるのが大多数。そんな中で燈也や達也、レオといった男子とも関わりをもつようになった。それ以前となると、打算的なことを抜きにして雫と対等に話していた人間は、それこそ悠元ぐらいしかいない。
彼自身、十師族の直系という立場があるからこそ、一定の線引きはしていたのだろう。でも、雫からしたら北山家の娘ではなく北山雫その人を見ていた男子は……ほのかが知る限りにおいて、高校入学まで悠元しかいないだろうと思っていた。
なので、その好意に気付かなかったことにほのかは「意外」という言葉を用いた。
「応援、してくれる?」
「それは勿論、と言いたいけど……」
「うん、まあ、そうだよね。こういう時はお互い様ってことで」
正直、ほのかも自分のことで大変なのは雫も理解しているので、そこまで協力に無理強いはしない。それと、ほのかが好意を向けている相手は、雫にとって一番のライバルに成り得る人物の兄。ともあれ、そのライバルに「負けたくない」と雫は静かに闘志を燃やすのだった。
◇ ◇ ◇
パーティーというものは柵が多い。とりわけ、何かしらの力を持つということは、それにすり寄ってくる目聡い輩もいる。それを躱す為の術は見たり盗んだりして会得していた。
これでも伊達に「長野佑都」という仮面を被り続けてきたわけではない。自慢ではないが、現在の十師族の全当主をはじめとした魔法師社会の要人と面識があり、そこから話術を磨いていた。同年代の十師族の中でも、その振る舞いや話術は卓越していると四葉の筆頭執事からお褒めの言葉を頂いたほどだ。
「―――面倒ですね」
「悠君もそう思う?」
無駄に磨かれた品性というものは人々を惹きつける。こういう場で気配を消すというのもおかしな話だし、十師族である以上は意識しての立ち振る舞いを要求される。周囲の人間―――他校の女子生徒から興味津々で見られていることに、溜息を吐きたかった。それを見た真由美も同意するような言葉を吐いた。
九校戦の前々日に出発した理由が、この日の夕方に行われている懇親会。談笑するというよりは、これから勝敗を競うことになる他校の生徒と一堂に会しての立食パーティーは“鞘当て”の側面が強く、プレ開会式と言っても過言ではない。
その十師族の人間である二人が揃いも揃って「面倒」と言いたげな表情を浮かべていることに、達也はスルーすることに決めた。
技術スタッフは本来裏方なのだが、競技場内で活動するメンバーという枠組みの一員。よって、自ずとパーティーに参加しなければならない。パーティーとかレセプションの類を苦手とする意味では、二人の意見に内心同意した。
「達也は……どちらかといえば、隅っこにいるタイプかな」
「間違ってはいないな……」
ドレスコードは各学校の制服なので、あれこれ考える暇が省けたことに感謝している。とはいえ、こんな時だけのために態々一科生が着るブレザーを注文することになろうとは思いもしなかった(発注自体は深雪が担当していたので、断り切れなかった)。それが本人にとって若干ネガティブな様相を見せていた。
「ん? 悠君は達也君や深雪さんとパーティーで出会ったことがあるの?」
「プライベートなパーティーで一度だけですよ。尤も、その時は今の名字を名乗っていませんでしたが」
「そうですね。お兄様もどこか余所余所しかったですので」
「深雪は、時折辛辣だな」
ちゃんとした面識を持ったのが沖縄で開かれた黒羽貢の個人的なパーティー。それ以前に空港で出会っていたが、その辺りのことは七草家辺りで調べはついているだろうと推測する。確かに嘘は言っていないのでボロが出る可能性は低い、と達也も判断していた。
「にしても、悠君も深雪さんに負けず劣らず、他校の女子の視線を集めてるわね」
「あまり目立ちたくはないですけど、これでもそういう立場である自覚はあります……深雪は何故に脇腹を抓る?」
「いえいえ、モテて何よりですね、と感心してるだけですよ?」
それは単に「ヤキモチ」ではないのか? と達也は言いたかったが、今の妹にそのことを言ったら、今度は自分に対しての文句が飛んできそうだったので、口を噤んだ。すると、深雪の態度を見た真由美が意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「そうね、うちの妹も『お兄様』と悠君を凄く慕っていたわね。あと、一条家の妹さんもだったかしら?」
「……悠元さん。懇親会が終わったら、少しお話ししましょうか?」
その問いかけに悠元は項垂れるしかなく、十師族の柵も決して楽ではない、と達也はそう感じていたのだった。
◇ ◇ ◇
他校の生徒会役員(主に3年)と話しに行くということで、真由美はその場を離れた。おそらく克人や摩利も同席するのだろうが、その3人が並び立って挨拶を受ける方は「ご愁傷様」という他ないだろう。十師族2人に、摩利は支流でも百家の人間で、三矢家と親戚関係にある。つまり実質的に師族クラス3人が並び立っている、と他校の人間が解釈しても過言ではない。
九校戦に出場する全ての代表選手・スタッフがこの会場にいるわけではないが、それでも300人から400人の大規模なものとなる。当然、それだけの規模なのでホテルの専従スタッフや基地からの応援で賄いきれるはずもなく、アルバイトと思しき給仕服を着た若者が行きかっていたりする。
悠元は二人と別れて、少し用を足しに会場を出た。会場に戻ってきたところで、知り合いの姿と出くわしたのは意外、というほどのものでもなかったが。
「あれ、幹比古じゃないか」
「あ、悠元……えっと」
「案の定、誤魔化されてウェイターに抜擢されたか……ま、いいんじゃないか? 幹比古の容姿なら物事も頼みやすいし」
「それは褒めている、と解釈していいのかな?」
幹比古の衣装は白いシャツに黒の蝶ネクタイ、黒のベスト。他のウェイターも似たような恰好なので、そこまでおかしくはないと思いながら声をかけると、幹比古の方は苦笑をにじませていた。彼としては裏方に回りたかったが、恐らくエリカが発破を掛けようとしてウェイターに仕立て上げたのだろう。
「変に強面のウェイターよりは話しかけやすい、だろ?」
「それ、レオのことを地味に貶してないか?」
「あれで強面だったら、それこそヤクザやマフィアは一種の化け物になるぞ」
しかし、幹比古の態度がどこか自意識過剰になっている面は否定できない。これでもエリカよりは長い付き合いなので、その辺の機敏を読み取ることは出来ると思っている……恐らくだが、父親から何かしら言われて渋々スタッフのバイトをしに来た、と解釈していいだろう。
「っと、バイトの途中だったっけ。仕事中に話しかけてすまないな」
「いや、気にしないでくれ」
そういって会場内をまた忙しなく歩いていく幹比古を見送った。すると、そのタイミングを計ったかのように一人の女子生徒が話しかけてきた。その女子は三高の制服を着ていたが、その顔に悠元は見覚えがあったので、直ぐにその人物のことを思い出した。
「―――久しぶりじゃの、佑都」
「久しぶりだな、
沓子の実家である四十九院家のルーツは、かつての神道の大家であり、既に断絶した
四十九院家は、上泉家と伯家神道の部分で繋がっているのだが、更に言うと先程会っていた幹比古の実家である吉田家も浅からぬ因縁がある。
白川家は、古代からの
尤も、これに関しては既に決着した過去の因縁であり、お互いに蟠りを持ってなどいない、と補足しておく。
桐原は犠牲になったのだ。服部のメンタルケアの犠牲にな。
後半のほうの設定(吉田家関連)はオリジナル設定となります。