魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦懇親会②

 悠元に声を掛けてきた女子生徒―――第三高校1年の四十九院沓子。まるで幹比古と別れたタイミングを見計らったような登場だったため、これには悠元も思わず苦笑する。

 

「しかし、蟠りは既にないんだろうが、彼が吉田家の人間だって解ってたんだろ?」

「直接の面識はないがの。まあ、直感みたいなものじゃったが」

 

 四十九院家の人間は直感力―――いや、敢えて言うなら『未来予知』に近い能力を有している。これは白川家がかつて朝廷の祭事を担っていた名残とも言える。

 そういった類に関わる巫女は神託や未来を予見する能力を有していたなどという伝説も残っているし、水というのは人を映し出す鏡でもあり、人を清める源でもある。その力が強い沓子は四十九院一族の中でも有力な人物に数えられるだろう。

 

「それで、顔見知りに会えたから、(かこつ)けて敵情視察でもしてるのかな?」

「お主、相も変わらず意地が悪いの……む? 一条の御曹司の様子がおかしいの?」

「将輝の? ……ああ、成程」

 

 悠元の言葉に沓子が引き攣った笑みを零したが、ここで沓子は遠くに見える将輝が誰かに見惚れていることに気付く。これには悠元も気づいてその視線の先を見たところ、そこには確かに一人の女子生徒―――深雪の姿があった。

 

「聞いた話だと、将輝の親衛隊なるものが同学年の女子で形成されてるんだろ?」

「誰から聞いたんじゃ?」

 

 悠元が一高の制服を着ているので、その彼が三高の事情に詳しいことに沓子も首を傾げた。

 

「お前たちのところのショタ参謀(カーディナル・ジョージ)から……でも、騒いでる様子はないな?」

「普通なら親衛隊が荒れるんじゃろうが……寧ろ落ち込んでおるな」

 

 将輝とはあまり連絡を取っていないが、真紅郎とは特に蟠りもないので、偶に連絡を取っていた。聴覚強化でこっそり聞き耳を立てたところ、「あれは勝てない……」と零しながら涙目になっている親衛隊(一部を除く三高1年の女子メンバー)の面々。

 すると、何かを感じ取ったのか、その一部の女子メンバーである2人―――一色(いっしき)愛梨(あいり)十七夜(かのう)(しおり)が深雪ら一高の女子メンバーに近付いて挨拶をしていた。深雪の容姿を遠目ながら見た沓子も、彼女の整った美貌に目を丸くしていた。

 

「あの者……何者じゃ?」

司波(しば)深雪(みゆき)。一高1年女子では実技と理論でトップの成績を誇るエース格。出場種目は新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイクとミラージ・バットだ」

「ほほう……って、話してよいのか?」

「既に大会要項で出ていることだし、その程度で実力が外に漏れるわけでもないからな」

 

 沓子は司波という名字に疑問を浮かべているようだが、魔法使いの家系では新参の扱いのために知る者は少ない。なので、愛梨も「一般の方」という呼称を使った。これが本当の名字である「四葉」だったら、愛梨も血相を変えるのだろうな、と思う。

 

「というか、愛梨の奴から無駄に避けられてるのは気のせいか?」

「あー……それは、あやつの自業自得じゃの」

 

 真由美や達也に深雪と話す前、先日の事も含めて将輝と真紅郎に挨拶しに行ったところ、愛梨は挨拶もせずに避けていた。一色家の人間としては、話すこともないということかもしれないが、それにしたって些か露骨すぎた。すると、沓子は苦笑を禁じ得なかった。

 曰く「ホワイトデーのプレゼントに対する返事で、あんな宣戦布告に近い文章を送ったことに後悔していて、謝るにも愛梨の性格上素直になれないデフレスパイラルに陥っている」とのことだった。それ、競技に支障が出ないか? と投げかけたところ、沓子も少し心配していたのは言うまでもない。

 

「栞も珍しく『それは愛梨の責任なんだから、自分で解決して』と言っておったからの。わしも同意見だったから放置じゃ……にしても、佑都。大会要項の代表選手にお主の名前が見当たらなかったが、スタッフでの参加か?」

「技術スタッフの補助程度ぐらいだよ。メインはエンジニアの仕事だし」

 

 三高の1年の面々に対しては、これまで魔法を一切披露したことなどなかった。そもそも、九校の1年メンバーの顔写真は個人情報に抵触するために出場競技に出る段階で判明される形となっている。現状は中学時代から知名度のあった人間に限定される、というわけだ。

 沓子も悠元のことを「長野佑都」として認識した上で話しかけているため、悠元も無難な答えを返した。確かに悠元(ゆうと)という名前なんて、普通に考えたら分りづらい部類だ。これが「人」とか「斗」ならまだそうじゃないかと推測できるだろう。

 自分としては、この名前をいたく気に入っているので文句はない。

 

 話を戻すが、悠元は確かに「長野佑都」という名前で登録していないため、その名前の選手として競技に出場しない。技術スタッフの補助も実際に頼まれた仕事なので、嘘は言っていない。

 屁理屈に聞こえるかもしれないが、「カーディナル・ジョージ」がいる以上、使えるカードは何でも使う。将輝の繋がりから恐らく知っているであろう真紅郎が喋っていないのは、その話が十師族の中で止められている話だからなのかもしれないが、こちらとしてはそれが知れたところで何の痛手もない。

 他の十師族のように特筆すべき秘術の類の魔法を持っているわけでなく、7人の兄弟姉妹全員が異なる得意系統の使い手ということも秘匿に繋がっている。

 

 余談だが、どうせならと三矢家の本分である『多種類多重魔法制御』を生かした秘術を一つ作った。作ったというか、偶然の産物で披露するつもりはなかったのだが、今年の正月に国防軍の連中が自分を攫おうとしたので、その腹いせにぶっ放したら相手の装備(防弾スーツを含む)だけを綺麗に吹き飛ばした代物。反射的に急所を蹴り上げて、遠くに放り投げたのは言うまでもない。自分に男性の裸をじっくり見る趣味はないので……時期が時期とはいえ、死んではないだろう。

 

 熱量操作・気流操作・重力操作・密度操作・空気抵抗操作・慣性運動操作によって、あらゆる温度の空気を超高密度に圧縮してそのまま相手にぶつけたり、強制的に炸裂させて相手を吹き飛ばしたりする複合制御術式―――固有名称は『エアライド・バースト』。

 ただの空気弾と異なるのは、この魔法で生成される空気弾が最高温度3000度、最低温度-273.15度(絶対零度)の振れ幅を持っていること。この空気を術者に対して影響を与えないようにするため、気流操作が必須となる。超高温と超低温の『エアライド・バースト』をそれぞれ展開し、一か所でぶつけ合うように炸裂させることで急激な温度変化による質量物破壊を可能とする。

 更には空気弾自体を数枚の想子の膜で包み込んでいることから、擬似的な想子弾のようなものでもあるため、着弾・炸裂時は『術式解体(グラム・デモリッション)』に近い効果を発揮する。

 

 威力自体も多様に変化させられるため、七草家の秘術である『魔弾の射手』と同じく、殺傷性ランクは事後的評価となる。その魔法を近くにいた美嘉と詩奈に見られたため、秘術として元に起動式を教え、三矢家の人間だけがそれを習得した形となった。傍から見ればただの空気弾と勘違いしてもらえるため、『スピードローダー』や『ライトニング・オーダー』を表とするなら『エアライド・バースト』は裏の秘術というべきだろう。

 

 閑話休題。

 

 沓子とそんな会話をしていると、深雪が二人に近付いてきた。深雪は明らかに笑顔なのだが、どう見ても別の感情が込められているようにしか見えない笑顔であった。その怖さに沓子も思わず冷や汗が流れるほどだった。

 

「悠元さん、このようなところにいたのですか……もしかして、逢引きですか?」

「そういう言い方はご法度だろう。三高の方に失礼じゃないか、深雪」

「あ……失礼しました。第一高校1年、司波深雪と言います」

「第三高校1年、四十九院沓子じゃ。まあ、よろしく頼むぞ」

 

 深雪と沓子が自己紹介を交わした後、沓子が三高の生徒が固まっているところに戻っていくのを見届けてから、深雪に向き直った。

 

「彼女は爺さんの全国行脚の折に知り合っただけだよ」

「それにしては、大分親し気だったような気がしますけど……?」

「恋愛感情とかは一切ないから」

 

 百家の人間としては割りと話しやすい部類だったので、友人として仲良くなっただけだ。偶に上泉家経由で手紙が来るのだが、数年前から胸の大きさを気にし始めたと書かれていた……誰か好きな人でもできたのかと思い、それ以上は聞かないことにした。というか、何故に男性である自分に対してそういう悩みを書くのか、という不明瞭な部分があったのは否定しない。

 すると、深雪が徐に悠元の腕を掴んだ。

 

「悠元さんが他校の生徒を引き寄せかねませんので、行きましょうか?」

「人のこと言える立場とは思えないけど……まあ、いいよ」

 

 周囲―――他校の生徒から向けられる視線の中に、将輝から羨望やら嫉妬やらを含んだ感情もとい視線を向けられていることに気付くが、気付かない振りをすることにした。

 どうせ、深雪に対してカッコいいところを見せてアピールしたい、という思惑がバレバレなのは見るに堪えないレベル。そんな思惑というかフラグ、粉々どころか『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』してやろうかと思ったのは、ここだけの話である。

 

 その光景をどこか面白くなさそうに見つめる将輝に、それを見て苦笑を浮かべている真紅郎。

 彼らの周囲にいる三高のチームメイトの男子は「何だあいつ、ひょっとして彼氏か?」とか、「一条みたいなイケメンとか、あいつ絶対女から寄ってくるタイプだな」などと口々に噂している光景に、いつもなら楽観視している沓子の口から溜息が漏れた。

 

「あやつら……まあ、男子らしいと言えばそうかのう」

「沓子、どこに行ってたの?」

「栞か。何、ちょっと顔馴染みがいたから挨拶してきただけじゃ……愛梨はどうした?」

 

 沓子は栞からの問いかけに答えつつも、テーブルに置いてあった自分のグラスを手に取っていた。その上で栞に尋ねた。

 

「どうしたって、私の後ろにいるけど?」

「……何をやっとるんじゃ、愛梨」

「仕方ないでしょう……佑都さんと平気で話してる沓子じゃないんですから」

 

 愛梨は栞を盾にするようにしていた。傍から見れば厳しい態度に見えるだろうが、栞と沓子からすれば、彼女が悠元と顔を合わせたくないのがバレバレであった。

 というか、まだ引き摺っていたことに沓子はおろか栞までも若干呆れ顔であった。彼が寧ろ心配するのも無理ないレベルだろう。普段なら自分に厳しい愛梨が……いや、その厳しさが逆に彼女を困らせていた。

 

「わしはあやつと“友人”じゃからな。まあ、愛梨が手を拱いているようなら、容赦はせぬが」

「沓子、それは火にダイナマイトを投げてるだけだと思う……」

「……解りましたわ。言っておきますけど、それはそれ、これはこれです」

 

 この場合は愛梨のプライドを刺激する方がいい……そう判断した沓子の言葉に栞は呆れたが、沓子の目論見通り愛梨は気を持ち直して、悠元の方へと歩いて行った。それを見た三高の男子連中がまたも騒ぎ始めたことに栞は沓子を見やった。

 

「というか、愛梨は薄々気付いてたけど、沓子も狙ってるんだ……七草さんのようなそんな体型(トランジスタグラマー)なのに」

「栞、それは酷くないか!?……自覚はしとるがの」

 

 栞の歯に衣着せぬ容赦ない発言に、沓子は声量を抑えつつも反論し、愛梨と悠元が会話しているところを見やっていた。

 

 沓子が悠元(長野佑都)と初めて会ったのは5年前。その当時は髪を伸ばさずにショートヘアだったのだが、同性のように見られていたことがショックだった。そのあとも何回か会ったのだが、やっぱり女性らしさが欠けていると自覚することになった。

 バレンタインチョコを贈らなかったのは、沓子自身の女性としてのプライドもあった。せめて納得がいく手作りのチョコができるまで、彼には贈らないと決めた。女性らしさを磨くために家の手伝いもするようになり、髪も伸ばし始めた。愛梨や栞と出会ったのは三高に入ってからになる。

 それでも、口調自体は自分のアイデンティティのために残していたが。あと、背丈はもう伸びないと諦めている。

 

 ちなみに、沓子はサラシ派であるが、競技をするときは流石に外している。その時に栞から「ねえ、もいでいい?」と言わんばかりの目線が飛んできたのは言うまでもない。その視線の先は主に胸であるが。これには、流石の沓子も全力で拒否して逃走したのは記憶に新しい。

 

「ところで、二人の会話を後ろで聞いている司波じゃったか……恐ろしいな。彼女の後ろにいるのは、見たことがないな?」

「どうやら抑えに回ってくれているみたい……一高は一高で大変のようね。まあ、三高(ウチ)の男子陣もだけど」

 

 栞の言葉通り、三高の1年男子生徒の面々(将輝は含むが、真紅郎は除く)は嫉妬ともいえる表情を悠元に向けていた。

 悠元と愛梨が話している傍で怖いと思える笑顔を振り撒いている深雪。沓子と栞は知らない男子生徒こと達也が、ほのかと雫に呼ばれて深雪の抑えに回っていた光景を見て、二人は揃って「大変だな」と思った。

 なお、その際に栞が達也を見て「あの人、いいかも……」と小声で呟いたことを沓子が耳にし、それで弄られることになろうとは栞も予想できなかった。

 




優等生キャラを無自覚的に精神的魔改造する主人公ェ…の巻。
この辺は劣等生というより優等生寄りの展開にしました。

嘘みたいだろ? このヒロイン(深雪)、恋愛感情の自覚がないんだぜ?

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