魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦懇親会③

 三高1年女子のエースである一色愛梨。その彼女から一言目に謝罪が飛んできたことは驚きつつも、特に怒りなどといった感情はお互いにないだろうし、何か琴線に触れる部分もあったのだろうと言い含めると、彼女はすっかり機嫌を取り戻していた。

 その反面、背後にいる深雪の機嫌が反比例して悪くなるという有様で、これには流石の愛梨も「悪いことをしたかしら」と少し反省したのは言うまでもない。彼女が三高の集まっているところに戻った後、そのストッパー兼フォロー役である達也に詫びを入れると、達也は壁際に戻っていった。

 

「もう、悠元さんも悠元さんですが、お兄様もお兄様です」

「どう返せばいいのかわからないが……あれは、一種の職業病だな」

 

 達也が深雪のガーディアンであるという以上、その役割を果たそうとしてしまうのは長年積み重なってきた彼自身の苦労と努力の結果だろう。

 悠元は結局、深雪の傍にいる形でパーティーに参加続行となった。それを羨望の眼差しで見ている同校の1年や他校―――特に三高の生徒からも目立っていた。これには思わず溜息が漏れた。

 

「嫉妬するんだったら品性を磨けよ……下心とか下らないプライドなんて、実戦を経験したら綺麗に吹き飛ぶんだが。というか、燈也は……あそこか」

「どうやら、お兄様のフォローをしてくれるようですね」

 

 今まですれ違わなかった燈也は亜実と一緒にいた。今は達也の近くにいて、彼が深雪のストッパーになっていたことを労っているようだった。雫とほのかは丁度“お花摘み”ということで会場から離れていた。すると、一人のウェイトレスが飲み物を持参してきた。

 

「お飲み物はいかがですか?」

「いただこうかな。にしても、様になってるな、エリカ」

「ホント? ま、達也君よりは褒めてくれてると思ってたけど……にしても、モテますなあ」

 

 ウェイトレスもといエリカからグラスを受け取りつつ、率直な感想を述べた。すると、エリカは意地が悪そうな口調で悠元に小声で話しかけた。

 

「要らぬ気苦労を達也にも掛けたから、暫くは料理でも食べながら大人しくするけど」

「悠元さん。その、来賓の方の挨拶もありますけど…?」

「特定の人以外なら全員面識があるし、何も余計なことなんてしないだろう。エリカ、それ以上言ったら“八分”どころか“尾根伝い”に変わるけど?」

「あはは……じゃあ、私はこれにて。ごゆっくりー」

 

 悠元の言い放った“八分”とは総本山のある群馬から富士山の八合目まで走っていき、そこで稽古する方式。“尾根伝い”は赤石・木曾・飛騨山脈全ての山の頂上を行きながら稽古するという常識外れのレベル。

 なお、一番厳しいのは九州最南端から与那国島まで「走る」という“琉球走り”。気分はさながら武術の達人とか某巨大ロボットアニメの悪の組織みたいなノリだ……つまり、人間卒業試験と言ってもいい。自分はこれをやらされた……出来たことに驚いたし、やらせた側の爺さんも驚いていた。俺は、人間になりたい(もう遅い)。

 悠元の言い放った言葉にヤバいと察したのか、エリカはその場から逃げるように去って行った。そして、入れ替わる形でほのかと雫が戻ってきた。雫は先程の悠元の言葉を聞いていたようで、それについて尋ねてきた。

 

「ところで悠元、誰かそういうことをする人がいるって感じに聞こえたけど……お祖父さん?」

「爺さんは有り得る。そして、同じようにそういうことを平気でしそうなのはもう一人いる」

 

 壇上では魔法界の名だたる名士が挨拶をしていた。流石に十師族の当主が壇上に立ったら大変なことになるだろう……面白そう、とか言ってしでかしそうなのは一人いるが、その人に関しては執事の人が抑えに回ってくれている筈。

 それはともかく、ここにいる大半が全国各地から魔法師の資質があると認められたエースクラスの存在。それを試す意味合いで悪戯を仕掛ける人間のことをよく知っている。

 「尊師」こと上泉剛三、そして「老師」こと九島烈。この二人、顔を合わせる度に孫談義でヒートアップするわけで、偶に魔法のぶつけ合いをするわけだが、部屋のものを一切壊さずに相手を気絶させるルールで戦うという摩訶不思議で非常識なハンデ戦を繰り広げることがある。ともあれ、本質は同じ悪戯好きで若者を試したくなる性分なのだ。

 何せ、烈との初対面において、彼は九島家の秘術である[仮装行列(パレード)]を使っていた……それは何とか見破ったが。

 殆どの魔法師からすれば十師族のシステムを構築した人物であり、かつて世界最強の魔法師と言われたほどの実力者。その彼に会えるのを楽しみにしているものは多い。彼と剛三は生ける第三次世界大戦の語り人みたいなものだからだ。そんな彼らの期待を壊してやる必要もないため、悪口は言わないように努めた。

 

 そして、九島烈の番となり、会場は暗くなって壇上に視線が集まる。

 壇上にスポットライトが照らされるのだが、登場したのはドレス姿の女性。いや、正確にはその女性の後ろに「老師」こと九島烈の姿がある。

 

「あれ? 女性の人?」

「『老師』は男性って聞いてたけど……」

 

 ほのかと雫のように気付いていない人間が大多数だろう。何せ、これは効果が薄いものの魔法だ。それも彼女らぐらいの魔法知覚力でも気付かないほど威力が小さいものの会場全体を包む精神干渉系魔法を行使している。

 真っ暗な壇上に自然と視線が集まり、何らかの人影が壇上にあると認識できる者もいるだろう。そしてスポットライトが当たれば、そこにいるのは九島烈だと思い込んでしまうが、実際に出てきたのは女性ということで混乱してしまう。この手法も一種の“視線誘導”を巧みに使った手品みたいなものだ。

 

「悠元さん、これは……」

「悪戯好きな人だな、閣下も」

 

 精神干渉系魔法に得手のある深雪は発動時に気付き、悠元も精神干渉系の魔法を使うことがあるために発動した段階で気付いた。なので、事象干渉力を少し上げたうえで雫とほのかの周囲に対精神干渉系の障壁魔法を展開する。すると、二人も女性の後ろに誰かがいることを認識できた。

 まるで悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている烈は女性に耳打ちをすると、女性は舞台袖に去っていく。そして、会場が一気に明るくなると、壇上の中央に烈が姿を見せたので、障壁魔法の展開を解除した。

 殆どの人間には烈が突然姿を見せたようにしか見えないだろう。烈から視線を向けられたので、悠元は目立たぬよう目礼で返した。深雪にも向けられていたようで、彼女も目礼で返していた。

 

「まずは、この悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のは魔法というよりちょっとした手品の類だ。だが、手品のタネに気付いたものは、私の見たところでは七人だけだった。更に付け加えるなら、私の手品に対して的確に対処したものは一人だけだった」

 

 そう言いながら烈は目線を再び悠元に送った。「そこまでのことはしていない」と悠元は目礼で返した。会場の人々は烈の言葉に聞き入っていた中、彼はこう言い放った。

 

「もし、仮に私がテロリストで爆弾などを持ち込んでいた場合、それに気付いたものは七人で、的確に対処できたのは一人だけということだ」

 

 烈の手品という名の魔法に気付くだけの魔法知覚力プラス精神干渉系魔法に対しての耐性が必要になる。七人の内、悠元と達也、深雪は確定として、残る四人の内の一人は真由美だろう。それ以外の三人は分からないが。

 そうなると、これは悠元に対してというよりも、深夜の子どもである達也と深雪を試したものだろう。彼は一時期真夜と深夜の教師をしていたのだから、彼女らに似た感覚を二人から感じ取っていても不思議ではない。

 

「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。

 私が用いた魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。

 だが、君たちの殆どはその弱い魔法に惑わされ、私を認識できなかった。

 魔法を磨くことは大切だ。無論、魔法力を向上させるための努力も怠ってはならない。

 しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。

 使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。

 魔法を学ぶ若人諸君。明後日からの九校戦では、諸君らの()()を楽しみにしている」

 

 烈の言葉に会場は静かなままだったが、すると、会場の中央あたりから反響するように聞こえてくる一つの拍手。そして、烈が放ったのと同じぐらい若い男性の声が、これまた反響するように会場内に響き渡る。

 

「いやあ、流石は『トリック・スター』の良きお言葉だ。にしても、高校生相手に悪戯が過ぎるんじゃねえのか? 烈」

「まったく、大人しいと思えばそこにいたか、()()

 

 見るからに40代ぐらいの男性が烈の視線の先にいたが、次の瞬間、彼の姿が壇上にいた烈の隣にいた。これには会場の人々も騒然とした。これを見た悠元は思わず頭を抱えていて、雫はその人物が誰かを知っているため、ジト目で壇上を見つめていた。

 

「……相変わらず、驚かせるのが好きで賑やかな人だね」

「それは爺さんにとって最高の褒め言葉だな……深雪にほのか、あの人が爺さんこと上泉剛三。外見からそう見えないが、隣の閣下と“同い年”だ」

「え? あの人、パッと見でも40歳ぐらいにしか見えないんだけど?」

 

 ほのかの驚きも尤もだと思うが、事実である。雫もそれは真実であると告げると、ほのかは自分が夢でも見ているのかと思っていて、深雪は身内に年齢詐欺の前例がいるため、苦笑を浮かべていた。剛三の登場に烈は横に移動すると、剛三はマイクの前に立った。

 

「自分は上泉剛三という。まあ、影武者だなんだと言われそうだが、紛れもない本人だ。言いたかったことは綺麗さっぱりと隣のジジイに言われてしまったが……」

 

 年齢からして同い年を“ジジイ”呼ばわりするという失礼極まりない発言だが、それを平気でやってしまう剛三に烈は笑みを浮かべていた。

 

「自分から言えるのはただ一つ。他人を見下す前に、自分に落ち度がないかを見極めろ。勝負である以上、勝者もいれば敗者もいる。その時に見極められない者は早く限界が来る。最後に勝つことができる者は、どこまでも“諦めない”者である。明後日からの九校戦において、その姿()()が見えることを私は期待している」

 

 ある意味武術家らしい剛三の言葉。所々から拍手が起こり、次第に会場全体の拍手へと変わっていく。自身も楽隠居という手段に逃げていたからこそ、その言葉は彼自身にも向けた言葉なのだろう。

 それ以上に烈の放った言葉に対するインパクトを和らげる意味合いも含まれていた。

 彼の言ったことは魔法の等級(ランク)よりも魔法の使い方―――魔法を「道具」として割り切る、という今の魔法師社会の在り方に異議を唱えるようなものだ。そして、彼はそれを的確に実行して見せた、というわけだ。

 「尊師」と「老師」。この二人の存在は非常に大きいと改めて実感したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 懇親会終了後、悠元が一人で泊まる部屋には悠元と深雪がいて、悠元はベッドの上に正座の状態だった。お互いに制服ではなく、いつでも寝られるような楽な恰好ではあったが。

 深雪からの質問によって、沖縄防衛戦前後における交友関係(主に女性関係)を一頻り聞かれる羽目となったのは言うまでもない。そして、それを聞き終えた後、深雪はこう言い放った。

 

「私、今日は悠元さんと一緒に寝ますから」

 

 一つの部屋に男女一組は拙いと思うのだが、更に深雪は同じベッドで寝ると言い出したのだ。まあ、手を出さなければセーフだろうと悠元は諦め、その提案を呑んだ。達也に相談しても深雪の泣き落としに屈するのは目に見えていたからだ。

 そして、お互いに向き合う形で寝ることになるのだが、眠れなかったのは深雪の方だった。

 

(私が迂闊でした……悠元さんがこんな距離にいるなんて……駄目です、逆に落ち着かない)

 

 悠元の場合は昼間の事故対応や懇親会での振る舞いで気を張っていたのか、疲れたように眠っていた。これでは自分が恥ずかしい思いをしただけではないか、と深雪は頬を膨らませた。とはいえ、相手は疲れて眠っているので、これがそうでなかったらその限りではないが……すると、深雪の思考の中に邪な思いが過り始めた。

 

(……折角だし、その、キスぐらいしても……外国では挨拶代わりにキスぐらいしますし……ああ、でも、やっぱり……)

 

 補足しておくが、これでも深雪は悠元のことを「お兄様と同じぐらい大切な人」のカテゴリだと言い張っている。

 司波家でコーヒーや紅茶を入れる時も、表向きは「お兄様と悠元さんが喜びそうな服装を」となっているが、実際のところは「悠元さんが喜びそうな服装を」という気持ちを最優先にして無意識的にやっている。そして、そのことに深雪自身気付いていない。

 そして、深雪のこんな葛藤は、『眼』を通して別室で作業している達也にも伝わっていた。

 

(……やれやれ、深雪も鈍いようだな)

 

 深雪自身、悠元が十師族である以上は、他方面との関わりを持つこと自体理解している。けれど、悠元が深雪のよく知らない他の女性と話していると、彼女の機嫌が悪くなる。これを見たのは、公の場で言えばこれが初めてだ。

 深雪は学年2位の実力者なのだから頭の回転は速いが、どうにも悠元のこととなると周りが見えづらくなるようだ。恋は盲目という言葉が実に妥当だと感じる。なお、当人にその感情はないと否定するだろうが。

 

 悠元が得意としている料理や菓子作りは、あくまでもCAD調整の為に手先を鍛えるためだけのもの。彼の先生役となった矢車家の男性仕込みであり、本人曰く『姉(長女)や従姉を納得させる程度の腕前』と達也に告げていた。

 それが(達也も理解できないが)女性泣かせの代物に変化した原因を尋ねると、「仕郎(しろう)さんの作る料理に奥さんが心を掴まれたらしいが……いや、でもなあ……」と首を傾げながら言っていた。それに加えて悠元自身の人徳もあるのだろう。尤も、(一部を除く)世の中の男性からは妬みをたくさん買っていそうだが。

 

 結局、あれこれ葛藤して考え疲れた深雪がそのまま何もせずに眠ったようなので、達也は静かに息を吐いたのだった。だが、達也は気付いていない。その言葉は彼自身にとってもブーメランであると。

 

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