昨日だけでも色々疲れたこともあって、深雪よりも先に眠っていた。睡眠欲求にはどうやら勝てなかったが、変に緊張して眠れないよりは良かったと思う。正直に言えば、昨晩の睡眠欲に感謝したい気分だ。
そういえば、誰かが一緒に眠るのは久々なことだ……その対象は大概妹なのだが。本家にいると、まるで原作の深雪のように甘えてくる妹を可愛がる。その度に羨望の眼差しを向けないでくれ、侍郎。
俺だって必要最低限の道徳と倫理観は持っているので、いくら転生したとはいえ血の繋がった妹と結婚したいと言うつもりなど絶対にない。大体、本来なら両親が積極的に関わるべき問題なのに、詩奈の将来を詩奈以外の6人の兄弟姉妹で考える始末だ。
なお、朝起きた時に同じく目が覚めた深雪が頬を膨らませながら「やっぱり悠元さんはズルいです」と言われた。やっぱりって何!?
九校戦懇親会の翌日、悠元は自室に籠って持ち込んでいた端末のモニターと睨めっこを続けていた。モニターに映るのは現状での成績予測。これに『
技術スタッフの補助を頼まれているとはいえ、1年の自分が本戦に首を突っ込むわけには行かないのだが……美嘉から“あの走法”を教わった摩利が規定回数以上使用した場合、女子バトル・ボードで優勝するためには、同じ競技に参加する亜実と
お互いに接触の危険があるのはバトル・ボードとモノリス・コード、それと落下の危険があるのはミラージ・バット。よって、この3種目を乗り切ることができればいい。それ以外の種目では対戦相手への直接攻撃は禁じられている。
(……打てる手は全て打っておくか)
そう思って悠元は携帯端末でどこかにメールを送ると、少し瞼を閉じて意識を集中させる。そして、何かが組み上がったのを確認すると、悠元は端末のキーボードを叩き始めた。達也のようにキーボードオンリーの作業では時間がかかるため、脳波アシスト系もフル活用して起動式を組み上げていく。
その起動式が丁度組み上がったところでノックの音が鳴り、悠元が部屋の扉を開けると、姿を見せたのは燈也と亜実であった。
「すまないな、折角の時間を練習に使いたいのに邪魔してしまって」
「気にしないでいいよ。それで、用事があるのは先輩の方なんでしょ?」
「聡いな。先輩、これを見てください」
悠元はそう言ってモニターに映る起動式を見せた。これを見た亜実は驚きを隠せない。何せ、こんな
「これ、いつの間に組み上げたの?」
「構想自体は練習期間の段階から既にありました。ですが、下手すると『
「つまり、申請が来ても断ると?」
二人だって4月のブランシュの一件は覚えているだろう。詳細は伏せられていたが、あの時学校の敷地内にある図書館の特別閲覧室から魔法大学にアクセスして情報を抜き取ろうとした。その時の教訓を生かしてセキュリティー強化しているなら……いや、あれを『フリズスキャルヴ』といった代物で抜かれて悪用される可能性が残っている。
なので、自分が一から改良に関わった魔法に関しては、申請自体すべて却下させるつもりだ。それでもしつこく登録したいと言ってきた場合、かなりの使用制限を掛けた上で登録することを条件にする。
例えば、魔法一発あたりの想子消費量をそれこそ『
「自分は名誉のために生きてるわけじゃないので。それで、練習期間時のタイムなら予選通過はほぼ確実でしょう。この術式は一応決勝戦用で、準決勝用には走行・妨害のための術式をとりあえず20個ほど組んでいます」
「……燈也。悠元君って規格外過ぎない?」
「ええ。スリーカウント待たずにノックダウンレベルですよ」
好き放題言われているが、これについてはスルーしつつ亜実に問いかけた。
「先輩がこの案を採用するなら、今から同タイプのCADに準備しておきます。何なら、市原先輩には自分から話を通しておきますが」
「それは私が自分でお願いしに行くよ。でも、別のCAD調整を今からエンジニアの人に頼むのは……」
「そこについては……自分がやりましょう」
基本的に自分のCADぐらい自分で面倒見れないと拙いと分かっているので、CADの完全マニュアル調整は仕上げてきている。というか、亜実が使っているものと同タイプのCADを端末に接続して、現在インストール作業を始めている。それが済んだら、亜実の想子波特性の計測データを基に個人調整を済ませるだけにしている。
「ちなみに、後者のものは過去に美嘉姉さんが使わなかった術式のサルベージです。姉さん本人から全部データを貰った形ですが」
美嘉の場合は純粋に最高速度で後続との差を開き続けることで妨害を防ぐタイプ。走行補助に『ブリッツ・ロード』まで使っているため、それ以外の準備した術式は殆ど使用していない。それを亜実用に最適化させてインストールしている形だ。それらの術式自体は悠元が組み、それを美嘉が改良した形だということはここだけの秘密である。
ここまでやって『例の術式』対策はどうなっているのかというと、バトル・ボードに関しては準決勝、3位決定戦、決勝でシルバー・ブロッサムシリーズを投入する。
SB(Spiritual Being:非物質存在)魔法『
この機能を動かすために「サイオン・セレクター」と呼ばれるハードウェアの機能を追加。これは登録された人間以外の想子波を感知した場合、特定の機能を発動させる機構。いわばセキュリティー面での機能なのでレギュレーション違反には当たらないし、この機能は「レギュレーションを超えないようにするためのリミッター」という形で前もって共通規格をパスしている。実際に性能リミッターの側面も持っているので、嘘は言っていない。
使用者本人が使う場合は専用回路と自動格納メモリが使用されないので、意図的に電源が入らない状態となる。いくら『電子金蚕』といえども電気信号を一切感知しない状態で干渉・改竄など出来るはずがない。
なお、チェック後に最終確認作業をする段階で自動格納メモリを空にする作業を行うが、手間としては1分程度で済む。調整用の全端末には『電子金蚕』を消去するための手段とプロテクトも備わっているので問題はない。ここにきてFLTの株主兼魔工技師という立場は大きかったと思う。
残る小早川に対しての配慮は必要かと鈴音に確認したが、これ以上は負担の増加になる上、準決勝以上に上がれば同じようにシルバー・ブロッサムシリーズを使う、という判断で収まった。練習の段階で何回か使ってもらったが、評判は上々であった。
その起動式のインストールも終わったので、端末との接続を解除してCADを持ちつつ立ち上がった。
「そしたら、作業車両まで付いてきてもらえます?」
「うん。燈也はどうする?」
「うーん……ん? 悠元、そのラケットってなんです?」
燈也としては一頻りの準備を終えているし、体を動かすことは既にやっていたので作業車両に同行しようかと思っていたところ、デスクの横に置かれていたクラウド・ボール用のラケットが目に入った。一見するとただのラケットだが、燈也はそれがCADだと気付いた。
「ああ、これ? FLTから送られてきて、桐原先輩に使ってもらう予定の『ラケット一体型CAD』だよ。本戦組だと先輩本人と担当エンジニアだけに話を通してあるから、秘密にしてくれ」
「これ、ルール上使えるんです?」
結論から言えば“使える”。クラウド・ボールのルールでは「ラケットまたは魔法でボールを返球する」ことになっている。つまり、最低でもどちらか一方を使うというルールが設けられているが、これは競技の性質上というよりも現実的なところの問題。
ラケットでボールを返す場合、その瞬間に魔法を発動させるのは高等技術の領域に入るためだ。それこそ、途中で自爆攻撃してきた運転手によって車がガード壁を飛び越えたときのようなもの。
加えて、クラウド・ボールは最大9個のボールを追いかけることになるため、両方を駆使した場合に誤って対戦相手への直接攻撃を行わないためのルールである。尤も、そのルールを踏まえられない人間が九校戦の代表に選ばれるはずもないのだが。
このルールを厳密に言うなら、ラケットのボール接触面を使って物理的に返球する、あるいは自エリアの魔法による作用で相手エリアに返球する。このどちらかを守ればラケット一体型CADも使用できると踏んだ。これは大会運営に確認済みであり、実際に使うことになる桐原にも試してもらっている。
使い方としては、ラケットにあるスイッチを押すだけ。それを入れるとボール接触面の両面に対し、桐原の特性に合わせた障壁魔法が展開する仕組み。これを全試合フルセットで使ったとしても想子切れを起こさないような消費量に抑えられている。
その感覚を掴んで貰う為、練習期間中は実際の試合に近い形で模擬戦を組んでいる。その対戦相手は桐原にとって大変だったのは言うまでもないが、詩鶴、美嘉、そして真由美の3人。いずれもクラウド・ボール全試合無失点優勝の経験者相手の模擬戦だった。
その後で紗耶香に世話を焼かれて、桐原が照れていたのは言うまでもない。加えて男子連中の嫉妬を買っていたことも付け加えておく。
「というか、悠元君も新人戦の選手なのにエンジニア補助まで兼任してるって、美嘉先輩のちょうど逆だね」
「……否定はしません。っと、そしたら行きましょうか」
作業車両では他の技術スタッフも一頻りの作業を行っていたが、達也と啓が使っている車両の調整機が空いていたので、それを使わせてもらうこととなった。悠元の調整風景を見ている燈也と亜実は驚きを隠せなかった。
達也と同じやり方をすれば、間違いなく達也のほうが早く仕上がるのは事実。なので、悠元の場合は想子波計測データをベースにオペレーティングシステムのデータを組み込んでいく方式を取っている。
本来の手順ではない裏技じみた方法だが、この方法を取る事によって本人の計測データをフルに生かすことができる。
亜実の場合はバイアスロン部の部長ということで選抜会議にも出ており、そこで達也のCAD調整技術を目の当たりにしている。そこで見た速度と遜色ない動きを悠元が叩き出していることに、彼の非凡さは魔法だけに止まらないと感じた。
これには啓も感心するように見ている。
「すごいね、彼も。選手でありながらエンジニアも出来るのはそうそういないよ。司波君は知ってたの?」
「ええ。偶に自分のCAD調整もしてもらっていますので」
厳密には、CAD調整というよりハードウェアのアップデートとそれに伴うチューニングなのだが、敢えて言うことでも無い為に達也はそう表現した。
啓としては、彼のバックアップがあれば選手のパフォーマンスも安定しやすいが、二足の草鞋を履いてもらう無理強いも出来ない。いくら彼の姉がそうしたと言っていても、それをこなすには桁外れた体力と精神力を要求される。
美嘉は、昨年の九校戦で夕食会はおろか、懇親会にも出席せずにCAD調整を行う羽目になっていた(挨拶自体は真由美たちに放り投げていた)。その経験があったからこそ、美嘉は啓とあずさにCAD調整スキルを叩き込んだ上で、現3年組にエンジニアの大事さを説いていた。尤も、それを誰に対しても愚痴を零さなかった彼女自身の問題もあって卒業後も尾を引いてしまったわけだが。
そんな経緯を人伝に聞き、今の1年で自分以上の調整スキルを持っている人間がいることは心強い、と啓は感じていた。
「終わりましたが……どうです?」
「凄い。まるで自分の体の一部みたい。ねえ、ついでに自分のCADもお願いしていいかな?」
「構いませんよ。データは残ってますので」
その後、亜実からその話を聞いた真由美が「私のも調整して!」と悠元にせがんできたのは言うまでもなかった。それを傍で聞いていた摩利から説教を受けていたが、結局調整をすることになったのだった。
『アレ』対策は多少強引な理論展開ですがご了承ください。
この考えしか思いつかなかったんや……。
ラケット一体型CADも原作上のルールを確認した上で思いついた代物です。実際に使えるかどうかはわかりませんが。