魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦本番前日②

 九校戦の前日、選手の多くは英気を養っていた。ただ、本戦と違って新人戦は4日目からなので、そちらに出場する1年生からすれば、緊張よりも興奮と高揚が勝っている。なので、大抵は同級生との団体旅行気分で燥いでいた。

 その大抵に当て嵌まらない人間も当然いる。その一人である悠元は新人戦の統括を頼まれている人間なので、代表の各メンバーとの折衝もあったりする。

 

 亜実のCAD調整を終えた後、悠元は真由美からの呼び出しを受けて、ホテル内にあるミーティング・ルーム―――本来は士官の会議場として使われている場所に顔を出していた。

 その場にいるのは、代表リーダーの真由美に本戦の統括である克人、他にも摩利、鈴音の四人に加えて悠元の五人。この事前会議については最終確認も含めての意味合いがあると事前に姉たちから聞いているため、特に身構える必要はなかったし、余計な外野がいないことは幸いといえた。

 全員が揃って席に着いたところで、真由美が明日からのスケジュールについて話し始める。

 

「明日からいよいよ本番となるわけだけど、その確認の前に一つ連絡があるの。九校戦本番では、魔法大学と防衛大学校から会場警備と各校天幕(テント)の警備を出すことになったそうよ。それぞれ50人ずつの100人体制。うちの外部補助スタッフである各学校の在校生もその中に含まれているわ」

「初耳だな……理由は何か聞いてるのか?」

「双方とも『学校の集中講義およびアルバイトの一環』ということになってるけど、そのことは佳奈さんから直接聞くまで知らなかったのよ」

 

 摩利からの問いかけを挟む形で放たれた真由美の言葉には、流石の克人も少し目を見開く。関東地方の諜報を担う七草家の令嬢が知らなかったというのは意外だし、そもそも100人でも結構な規模である。どこかしらでその情報が漏れていても不思議ではない。

 もしかしたら、七草家当主は知っていても真由美が知らなかった可能性もあるのだが、そうする理由が不明であると率直に感じた。

 

「意外だな。もしかしたら、弘一殿がお前のことを気遣って止めていたのかもしれないが」

「冗談にしても笑えないわよ、十文字君。あの父親がそんなに殊勝な性格とは思えないけど」

「真由美、お前な……」

 

 いくらこの場に真由美の本性を知っている人間しかいないとはいえ、十師族の当主である自分の父親をそこまで酷評したことに摩利も溜息を吐いた。

 真由美が佳奈から聞いた内容では、直接接触を禁じているモノリス・コードを除き、接触事故の危険性が大きいバトル・ボードとミラージ・バットではフィールドの直ぐ傍で待機、不測の事態が発生した場合の対応を行うとのこと。それ以外の競技は各校の天幕や作業車両の警備に当たる。

 モノリス・コードの場合はフィールドが国防軍の基地内という事情もあり、防衛大学校の生徒が会場の警備を担当。その代わりにミラージ・バットは魔法大学の生徒が会場警備を担当する段取りらしい。

 

「悠君は何か聞いてない?」

「今の話は自分も初耳です。なので、ご期待には添えられませんよ」

 

 会場警備と天幕警備については全く以て初耳のレベル。だが、4日前に三矢本家の呼び出しで久々に七人兄弟全員が揃った際、元治と詩奈を除く五人に元が闇カジノの情報を伝えると、佳奈はこう断言していた。

 

「―――バトル・ボードで摩利を潰す気だね。尤も、そんなことをしたら三矢に対して間接的な喧嘩を売る、って連中が気付いていない筈が無いんだけど」

 

 現3年の実力者に限って話せば、真由美は直接攻撃の危険性が極めて低いスピード・シューティングとクラウド・ボールに出場する。克人はアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードだが、彼は同年代の十師族関係者でも指折りの実力者。加えて鉄壁の秘術である『ファランクス』を有している。その彼に不意を打てるとなれば相当の実力者だが、本戦出場メンバーに彼と同等の実力者はいない。

 そうなると、接触の危険があるバトル・ボードに出場する摩利を狙い撃つ公算が高いのだが、彼女に手を出せば、養子縁組の関係とはいえ三矢家にも波及する可能性がある。加えて、亜実を狙った場合は六塚家が確実に動く。もう一人の女子バトル・ボード出場者である小早川は、彼女の担当エンジニアを務める3年の平河(ひらかわ)小春(こはる)を美嘉がいたく気に入っていた。

 男子でいえば服部も美嘉が練習を見ていた……実力のある先輩の誰を狙い打っても確実に十師族の人間が動くという地雷(おまけ)付だ。

 

「裏の組織の連中にそこまで理性があれば、が前提じゃないかな、佳奈姉さん。『無頭竜』の噂は少し集めてみたけど、粛清はかなり苛烈らしい……命乞いの為に選手なんかどうなってもいい、と考えてもおかしくはない」

「ま、西日本・東日本支部の幹部連中に日本人はいないようだからな……そうなると、悠元も狙われる可能性があるというわけか」

 

 元継の言葉に悠元は何かを考え込むような仕草を見せていた。確かに接触の危険がないとはいえ、魔法の妨害が“出場選手以外の内部から飛んでくる”可能性が残ったままなのだ。これは、大会運営委員に連中の息が掛かった人間がかなりいることを既に掴んでいるからこその台詞ではあるが。

 悠元はこれを一つの可能性として残しつつも、それに関する対策は既に取っている……この方法はあまり褒められたものではないが、三矢家にとっては“大義名分”を得ることのできる好機ともいえる。そのために防御系魔法の類は余り見せないようにしてきている。

 『与える家』とて無から有を生み出せる存在ではない。時として十師族らしく「求める」ことも必要である。

 

「一応、七高対策で摩利にあの走法は教えたけど……大会記録(コースレコード)更新を狙って無茶して、途中でリタイアという危険性もあるから油断はできない。修次さんには言い含めておいたけど」

「……(つぐ)兄さん。あらゆる魔法の可能性を考えて、バトル・ボードとミラージ・バットは佳奈と美嘉に見てもらったほうがいいかと。万が一、他校の人間が巻き込まれる可能性も捨てないほうがいいでしょう」

「だな。モノリス・コードは俺の十八番だし、個人的に国防軍との伝手もあるから悠元の出る試合は()()見ておこう。詩鶴は俺のバックアップを頼む。千里にもお願いするとしよう」

 

 強力な『精霊の眼』を持つ佳奈と極めて高い魔法知覚力を有する美嘉なら迅速に対応できるし、モノリス・コードに出場経験のある元継が悠元の出る試合を見ることで対応する。そのバックアップに詩鶴、更にもう一人助っ人も入れる形だ。彼女は防衛大学校の生徒なので、モノリス・コードの試合会場にいたとしても何ら不自然ではない。

 美嘉の言葉を聞きつつ詩鶴は元継に問いかけると、彼もその意見に同意した上で悠元の試合を見ると述べた。

 この会話を聞きつつも、元が口を挟むようなことはしない。十師族当主である自分に出来るのは、彼らの後ろ盾になってやるぐらいだと理解しているからこそ、九校戦本番は留守役となる元治に対して必要以上の情報を与えていない。

 

「父さん、『ジェネレーター』に関してはどうなってます?」

「千葉家の方々にお任せすることにした。表向きは内情と公安の『短期集中訓練』となっている」 

 

 そこに加えて、独立魔装大隊と新陰流の上段クラスも表向きは“観客”として会場入りする。十師族の他の方々にも一応の事情説明は既にしているとのこと。

 元は内心、自分の子ども達がこれほどまでに成長したことを素直に喜んでいいのか苦笑していた。幸いにも次男以下の面々は長男の家督継承に賛成しているため、特に問題となるようなことはないぐらいだろう。

 

 閑話休題。

 

「一応確認はしたけど、詳しいことは何も教えてくれなかったわ。さて、各競技の戦略目標について再確認と行きましょうか」

 

 真由美は、自分の父親から詳しいことが何も聞けなかったことに納得がいかないような表情を浮かべていたが、現実的な問題を議論するほうがいいと判断して、九校戦の一高の戦略についての確認を行うことにした。

 

 明日は開会式の後、本戦男女スピード・シューティングの予選から決勝、本戦男女バトル・ボードの予選となる。この会議に出ている中での出場選手は真由美と摩利の二人が該当する。

 なお、現時点において全種目のトーナメント表は一切発表されておらず、競技開始直前にその情報が開示される。理由としては公平性を保つため、とされているが……その状態で『無頭竜』の息が掛かった大会委員に改竄されたとしたら大問題だろう、と思う。その辺については過去に九校戦を経験している面々に判断を委ねることにした。

 

「楽観視なんかしたら、後で詩鶴さんから強制的にヨガ教室行き(おしおき)よ。摩利や十文字君も、そのつもりで覚悟して頂戴ね」

「……誰か被害に遭ったのか?」

「恐らく、服部と桐原のようだな。本人たちには事故の一件の不安も払拭されたし、いい発破になっただろうと見ているが……」

「ええ、その通りよ(本当は悠君から聞いただけ、なんだけどね)」

 

 いくらスポーツ色が強いとはいえ、お遊びなどと高を括るような態度は許されない。3年前の雪辱を果たす意味においても、今年は何としても総合優勝しなければならない。彼女らには悪いが、利用できるものは何でも利用する……その辺りは七草家現当主の血を色濃く受け継いでいる、と摩利や克人は内心で真由美をそう評価した。

 すると、ここで鈴音が二人に代わって真由美を評価しつつ、作戦スタッフのリーダーとして意見を述べる。

 

「流石は()()七草家の令嬢。会長でもやれば出来るんですね」

「リンちゃん? それ、どういう意味なのかな?」

「チームリーダーとしての手腕を少し褒めただけです。作戦スタッフのリーダーとしては、本戦に関して特に言うことはありません」

 

 特に、今回は決勝トーナメント・決勝リーグ対策としてFLTから無償提供されたシルバー・ブロッサムシリーズを使うことになる。彼らの存在を所謂“広告塔”に使うというわけだが、幹部の面々からの評判は上々だった。

 尤も、それを実際に使用するのは本戦の一部のメンバーと新人戦の男子の一部と女子全員に止まる。理由は一科生のプライドという陳腐なものだが、元々強制でないために真由美や克人も強くは言えなかった。予選と決勝リーグで別のCADを使う芸当ができるのは、完全マニュアル調整ができる人間が1年と2年にいるという現実も存在する。

 

「悠君。新人戦のほうはどうなの?」

「現状において種目優勝見込みは男子3種目、女子3種目と見ています。戦略や戦術は技術スタッフに一任していますが、男子の殆どはどうにも一科生としてのプライドが邪魔しているようで」

「つまり、男子の成績が女子に比べて振るわない可能性があると?」

「ええ」

 

 森崎はそれなりに仕上がっているが、同じスピード・シューティングに出場する真紅郎のことを考えれば系統相性の問題で分が悪い。現状、真紅郎に対して有効打を打てるのは同じ種目に出場する燈也だけと見ている。鷹輔も仕上がりつつはあるが、万が一の場合は燈也と亜実から発破をかけてもらう。

 悠元の場合は出場する2種目に対して既に道筋を立てている。これで大会運営が使う魔法に文句を付けたら、更に用意する魔法が最低でも10個ほど増えるだけだ。いざという時は悪目立ちすることも考えなければならない……面倒な話だと思う。

 女子の場合はほぼ準備万端といった様相だ。悠元がエンジニア経由で提供した起動式に加えて達也の作戦、更にあずさのCAD調整スキルも原作より上がっている。ここだけの話、悠元がアイス・ピラーズ・ブレイク用にと深雪に提供した起動式を達也に見せたら、思わず表情が引き攣るような様相を見せたのは言うまでもないが。

 

「選抜会議の時にも思ったことですが、自分の力を十全に引き出すための努力が一科生の殆どで欠けていると思います。それ以上に、魔法師を目指すというなら魔工技師に対する知識不足や認識不足が著しいと具申します」

「……三矢、それはお前自身のことも含めて言っているように聞こえたが?」

「いくら十師族の直系とはいえ、そこまで傲慢になれる性格ではありませんから」

 

 CADが自分の命を預けるものという認識が強かったからこそ、独学で魔法工学を学んでいた側面がある。ほかの生徒が自分の命を軽々しく扱っているとは思えないが、魔法という同年代でも発現する人が限られるほどの貴重な力は、他人との優越感からゲームのように他人の命や尊厳などを軽々しく考えたりする。異世界転移ものでよくある「力に酔う」傾向はその一端だろう。

 

 天才だから何でもできる、というのは半分正解で半分間違いだろうと悠元は思う。『トーラス・シルバー』はどうなのか、という疑問が飛んでくるだろうが……現代の魔法師にとって必須ツールであるCADを製作する魔工技師(エンジニア)の存在を蔑ろにするな、という皮肉も多少は混じっている。そのためのシルバー・ブロッサムシリーズとも言えるだろう。

 

 何が言いたいのかというと、先輩方の前でハッキリと実力を示してメンバーに選ばれた達也の存在を「二科生だから」という色眼鏡で見るのは如何なものか、ということだ。今回代表に選ばれている1年男子で達也の実力を認めているのは悠元と燈也、それと鷹輔しかいない(鷹輔には燈也がエンジニアの重要性を説いて、亜実が選抜会議の内容を話していたため)。

 

 「だったら、俺が説得すればいいのでは?」と思う人間もいるだろうが、極めて難しい。正直な話、達也が克人や真由美、服部や桐原に加えて卒業生の推薦を受ける形でエンジニアに就任した時も文句を言われたことに加え、本来選手とエンジニアを同性で組む慣習を1年一科生の男子が拒否したのだ。

 

 かと言って、燈也や鷹輔に説得しろと言うつもりもない。只でさえ下らないプライドで本来の慣習を拒否したのだ。ただ、達也の調整を受けたいと望んでいる1年女子のことを鑑みれば、それはそれで達也の負担を重くせずに済むので必要以上に干渉する気も失せた。

 

 結論としては、一度一科生としてのプライドもとい天狗の鼻を根元からへし折らないと無理、と判断した。悪く言えば投げやりとも言えるが。せめて同じ一科生の立場から言えることがあるとすれば、「一科生のプライドだけで勝てるほど九校戦は甘くない」ぐらいだろう。

 結果だけを見てそれに至るまでの過程を推測できないのは仕方ないにしても、他の八校の1年も相応の努力を積み重ねている面々。ならば、自分たちと同レベル以上の人間だということを念頭に置かなければならない。

 

 だからこそ、悠元の兄や姉達は十師族の直系と言う立場に甘んずることなく自分に出来ることを突き詰めて種目優勝を、ひいては九校戦の総合優勝を勝ち取った。

 自分も九校戦は見に行っていない(厳密には沖縄防衛戦後)が、その練習に付き合わされた経験はある。なので、九校戦の実施種目については一通り経験している形に近い……そこから得た経験談である。

 

「ここまで来た以上はなるようにしかなりませんし、フォローも極めて難しいことになるでしょう。無論、燈也も自分も力を尽くしますが……想定を甘く見たとしても、男子と女子で明暗が分かれることになるかと」

「まるで経験してきたような言い方だな?」

「兄や姉たちの練習に付き合わされてきた経験からの発言です。すみません、不快に思われたのなら謝罪いたします」

「いえ、悠元君が謝る必要はないかと。寧ろ、あそこまでの的確な新人戦の戦略プランはそこから立てたものだったと知って、正直感心しています」

 

 単に上の兄弟姉妹がいるというだけでなく、その練習相手になっていたというなら彼らの実力も読み取った上で戦略を立てる……摩利の問いかけに対する悠元の言葉に鈴音が反応した。ともあれ、大きな変更点はなく、九校戦を確実に勝っていくという方向で固まったのだった。

 




前日だけで最低4本は行きそうです。

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