とある某所。人知れぬ山奥に存在する大規模の屋敷。まるで格式高い神宮を思わせるような場所の最奥……大広間の上座には着物を着こなした一人の女性が佇んでいた。長い黒髪を携え、その整った容姿は誰しもを魅了するような芸術品の一言に尽きた。その彼女と相対する形で、甚兵衛を着こなした一人の男性が平伏の姿勢をしていた。
「
「自分とて神仏の区別は付けております。叡山の末寺の和尚如きが、
男性こと八雲の言葉に、女性こと千姫は扇子を広げて口元を隠すと、柔らかい口調で笑みを零した。これには八雲もつられて笑ってしまった。
「うふふ、随分と口が達者になりましたね。この家は来客にそこまで仕来りが煩い訳ではありませぬが……八雲
「いやあ、流石の自分も肝を冷やしてしまいましたね。あれは起こしてはならぬ“龍”そのもの。興味本位で彼の深奥を覗くようなら、間違いなく破滅します」
「
「そうかもしれませぬ。ですが、これは本心からの言葉であります」
世俗を捨てた八雲ですら敬意を払う相手からの問いかけに、彼は率直な意見を述べる。元々“彼”の調査は、目の前にいる女性こと千姫からの依頼に含まれていた。依頼という体ではあるが、このことは八雲と神楽坂家、それに上泉家現当主も既に承知している話である。
神楽坂家は、それこそ十師族の更に上にいる存在のひとつ。滅多に表に出てこない存在だが、この国の政財界に携わる人間の誰しもが頭を下げねばならない。“黒幕”とも言われる存在であっても、その例外ではない。事実、先の第三次大戦でこの国が周囲の大国に呑まれなかったのは、上泉家と神楽坂家のお蔭あってこそである。
「いつもなら煙に巻いてしまう貴方がそこまで言い切るとは……勝率は如何程です?」
「そうですねぇ……彼に『アレ』を本気で振るわれたら、精々3割が関の山でしょうね。剛三殿がいたく気に入った理由も頷けますな」
正直、八雲は現状や彼の実力を鑑みて「3割」と評価したが、ここに彼が新陰流の秘術の一つである天神魔法まで修得していた場合、その確率は更に下がるとみている。そして、その魔法は神楽坂家に属する人間も使用することができる。
八雲がそのことを知っているのは、自身を含めた古式魔法使いにとって上泉家と神楽坂家は『
「しかし、何故に“彼”の調査を? 確かに彼は名だたる魔法使いの直系であり、上泉家の血を引いているのは事実ですが」
「……気になりますか?」
「無理にとは申しません。自分も命が惜しいものですから」
「うふふ……いいのですよ。元々貴方にも知って頂きたくてご足労願ったのですから」
千姫はそう言って八雲にその真意を話した。それを聞いた八雲は、自分も調べた彼の置かれている立場を察して、思わず苦笑を漏らしたのであった。
◇ ◇ ◇
賊に関しては風間が引き取る形となり、詳しいことは国防軍というか独立魔装大隊で調べると話した。これには悠元と達也も異存はないと返答した。明日の昼(九校戦一日目の昼)にでも話すということでも合意した。
銃を持ち込んでいたこともそうだが、彼らの行き先にあったものといえば一高の作業車両だ。未遂ということに加えて、競技への支障が出ないようにという配慮なのだろうが。
一応、警護担当のスタッフというか姉達にメールは送った。代表選手以外に口止めされていたわけでもないし、彼らが巻き込まれる可能性も無きにしも非ずだからだ。屁理屈に聞こえるかもしれないが……風間には身内に伝えることを了承はして貰った。
天神魔法の使用に関しては剛三に確認をとった。すると、彼から返ってきた言葉は『九校戦本番で思う存分使用していい』というお達しだった。それはどういうことなのかを尋ねても、彼はそれ以上喋らなかった。
というか、大丈夫なのか? と思う。天神魔法はその性質上、土地の持つ地脈の力などに強く影響を受けやすい。ましてや、富士演習場は霊山とも言われる富士山の麓。使い方次第では富士山を噴火させることなど造作もないレベルの話。
間違っても地形変動を引き起こすような魔法は、殺傷性ランク云々を飛び越えたものなので禁止。精神干渉系は中級までならギリギリだろうが、上級以上の殆どは確実にアウト。精神掌握系は対策しないとデメリットが多すぎるからだ。
そうなると、それ以外の属性魔法主体かつ式神系になる。除外したものでも、威力調整すればアイス・ピラーズ・ブレイクならある程度使える代物……まさか、そこで使えというのだろうか? 確かに一条家の『爆裂』を確実に封じれる魔法もある……爺さんが何を考えてるか知らないが、お達しは「使え」という意味合いに近いと感じた。
思わぬところからの言葉で悩む悠元をよそに、九校戦がいよいよ幕を開ける。
『いよいよ、全国魔法科高校親善魔法競技大会―――通称、九校戦が幕を開けます。今回は例年通り、本戦と新人戦を各5日間ずつ、計10日間に渡って開催されます。今年の注目は、一高が前人未到の三連覇を達成できるのか。それとも、三高が再び三連覇を阻むのか』
1日目の競技は本戦スピード・シューティングの予選から決勝、本戦バトル・ボードの予選が行われる。競技の進行スケジュールが違うのは、純粋に一試合に掛かる時間の差だ。
「スケジュールの関係だと会長が先か。渡辺先輩が第三レースで、五十嵐先輩が第六レースだな……燈也からすれば、ありがたいと言うべきか?」
「そうですね。練習期間の時の会長は手加減していましたから、実際に見ないことにはどうにも……それに、何かしら参考にできますから」
「まあ、予選で下手打つようなら、詩鶴姉さんのヨガ教室行き確定だからな。会長もその辺りは認識してるだろう」
最初に真由美の試技が行われるため、女子スピード・シューティングの会場に来ていた。達也の問いかけに燈也は苦笑しつつも答え、それを聞きつつも悠元はぼやくように呟いた。
練習期間中、彼女のヨガの餌食になった人間を軽く挙げると……本戦メンバーほぼ全員(美嘉と特訓していた摩利は対象外だった)と1年女子メンバーであった(1年男子メンバーは悠元がいた為に除外された)。無論、深雪もそれに巻き込まれたが、気絶せずに乗り切ったので詩鶴から逸材と認定されたらしい。
「確かに効果は凄いんだよね。筋肉痛も綺麗に取れたけれど……毎回は受けたくないよ」
「ほのかの気持ちはわかる。深雪、よく耐えれたね? 私は無理だった」
余談だが、そのヨガを受けた克人は詩鶴から「バランスが崩れる前に矯正しようか」という言葉の後に、容赦のない音と滅多に聞くことのない克人の叫びが木魂し、周囲の人々が青褪めていた。
聞けば、骨格と筋肉のバランスが崩れかけていたらしく、気絶して数分後に目が覚めた克人は、体がいつもより軽くなったことを感じ、詩鶴にお礼を言っていた。その流れで「お前らもやるといい」という強制命令で本戦男子全員が巻き込まれたと言う訳だ。
別に無免許でやっているわけでなく、詩鶴は現役の大学生ながら魔法整体師と魔法治療師の資格を取得している。そして、整体マッサージが得意な佳奈もその資格を有している。その辺は剛三の口利きによって試験を受けられるように便宜を図ってもらったらしい。
閑話休題。
「悠元さんに頼み込んで体術を教えてもらったお蔭なのでしょうね」
「大分しなやかな動きも出来てるからな。とはいっても基礎中の基礎だけど」
座席は燈也、達也、深雪、悠元、雫、ほのかという形になっていた。会場内の関係者エリアではなく一般の観客席なのは、少しでも直に見ておきたいという考えがあった。
スピード・シューティングは、30メートル先の空中に投射されるクレーをいかに早く、かつ精確に破壊する魔法技量を競うもの。予選は24名(9校だと27名だが、モノリス・コード以外の競技で成績順による足切りが存在する)による単独でのスコアアタック形式で行われ、スコア上位8名が決勝トーナメントに進める。
スピード・シューティングの決勝トーナメントは対戦型で、各100個の紅白のクレーが飛び交う。制限時間内に相手よりも多く得点したほうが勝利(先に100点を取った場合も勝利と見なすルール)となる。
「予選では、敢えて大出力による魔法で複数の標的を破壊する戦術も有効だが、決勝トーナメントでは精確な照準能力が必須となる」
「でも、七草会長は予選も決勝トーナメントも同じ戦術で戦うので有名ね」
今いる面子では燈也と雫が新人戦スピード・シューティングに出場することになるので、達也の言葉に二人はそれぞれ頷いた。すると、レオ、エリカ、幹比古、美月も姿を見せた。彼らが座っているのは最後尾かつ一番高いところなので、席も難なく確保できたというわけだ。幹比古とはその場で初対面の面々(ほのか、雫、燈也)と軽く自己紹介を済ませた。
達也たちがここにいるのは、空中で飛び交う物体の破壊をより広い視野で見るためだ。そんな真面目さとは裏腹に、観客たちが前へと詰めかける理由……最前列の方向に視線を向けて、エリカが毒づいた。
「しっかし、みっともない男共ね」
「エ、エリカちゃん……」
「まあ、青少年だけではないようだが」
彼らのお目当てである真由美の姿を見ようと詰めかけていると言う訳だ。異性だけでなく、真由美のことを「お姉様」と慕う同性からも強い人気。『エルフィン・スナイパー』という非公式のニックネームもあるぐらい認知度が高い。そして、スピード・シューティング用の競技服に身を包んだ真由美が姿を見せると、観客から黄色い歓声が飛ぶ。
「歓声を浴びる側に俺らも入っていくと言う訳だが、燈也あたりはコアなファンが付きそうだな」
「ちょっと、悠元!? お願いだから言わないで! 僕も気にしてたけど!」
「その意味じゃあ、悠元は三高の一条君に負けず劣らずのイケメンだから、女の子のファンが増えそうよね」
燈也あたりに男性ファンが付きそうな推測を述べると、その当人は叫ぶように懇願していた。そこに、エリカが意地の悪そうな笑みを浮かべながら言い放った。
「悠元さん……?」
「悠元……」
「俺の容姿は至って普通です。というか、二人とも脇腹を抓らないで。地味に痛い」
深雪からは満面の笑顔で、雫からはジト目で見つめられて、その上脇腹を抓られる悠元に周囲の人間は思わず冷や汗を流した。これには話題を振ったエリカも苦笑いを浮かべつつ、達也に小声で問いかけた。
「ねえ、達也君。本当にあれで付き合ってないのよね?」
「間違いない。兄としては、いい加減自覚してほしいと思うんだがな……」
「それはそれで、大変なことになるような気もしますけどね」
燈也の言葉を聞いた二人は「確かに……」と心なしか納得できていた。すると、競技開始のため静粛にとの表示と開始の合図を知らせるブザー音が鳴り、観客らは殆ど静まり返っていた。
真由美の予選試技は正に圧巻とも言うべき強さを見せていた。飛んできたクレーに対して、一発も外すことなく撃ち落とす。結果は当然パーフェクトスコア。試技を終えて観客席から黄色い声が飛ぶと、真由美はゴーグルを外して笑顔で手を振る。
だが、観客の殆どは真由美の取った行動の対象が彼らではなく、一人の男子生徒にだけ向けられたものであるということを知らない。で、その対象は反応しないわけにもいかないので軽く手を上げる。
「モテるな、お前は。あの『エルフィン・スナイパー』に見初められるとは」
「ちっとも嬉しくねえ……」
女性として魅力があるのは否定しない。だが、バレンタインの時は二重で被害を受けていたのだ。名前のこともそうだが、真由美が送った手作りチョコは……良薬よりも苦かった。明らかに砂糖という概念を捨ててきた代物を何とか食べきったが、その後で食べた彼女の妹たちのチョコで救われたような気がした。
「何かあったの?」
「バレンタインの時にほぼ砂糖抜きのチョコを贈られた」
「……ええっ!? 砂糖抜きって、苦くないですか!?」
「カカオほぼ100パーセントって……そういうお菓子はあったりするけど……」
苦い、と美月のように片付けられたらどんなに楽だったことかと思う。自分でも気付いていなかったが、ホワイトデーのお返しに大量のクッキーを持参したのは「あんな苦いもの食わせやがって。なら、甘いもの地獄じゃ!」という仕返しも含んでいたのだろう。思わぬところでストレスを貯め込んでいたのかもしれない。
前半部分はどうしても入れておかなければいけない要素なので、含めておきました。
九校戦本番が何話で終わるかはその時の執筆気分次第ですので、ご了承ください。