魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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『四葉』の関わり(※)

 私の名は司波(しば)深雪(みゆき)。私には両親と兄がいるが、父とお母様はそこまで仲良くはないし、兄に関してはお母様から「兄ではなくボディーガードと思いなさい」と言い付けられている。とはいえ、学校では表立ってそのように言う訳にもいかない為、あくまでも普通の兄妹を演じている。

 

 普通の家族とは思えない振舞いだが、私はその理由を良く知っている。名字こそ違うが、お母様の妹―――叔母様の名は四葉(よつば)真夜(まや)。この国だけでなく魔法に関わる者なら一度は耳にする“四葉(よつば)”の名を持つ一族。そして、私はその一族の後継者として相応しい振舞いを心掛ける様、お母様に厳しく言いつけられていた。

 

 魔法的な力が強いが故に体調を崩しがちなお母様。だからこそ、滅多にないお母様との楽しい旅行なのに、そこに兄がいるのは釈然としなかった。いくらボディーガード兼荷物持ちとはいえども。

 ほとんど表情を変えることのない兄。いつもどこか一線を引こうとする兄。お母様も兄ではなくボディガードとして見ている……それが家族として歪なことだと私には理解できなかった。

 

 そんなことを思っていると、お母様は何かを見つけたように『少し席を外すから、その場に居なさい』と言って、その場を離れた。私の視界に入らないよう兄は佇んでいる。それが正しいのかは私にも解らない。少しして戻ってきたお母様は「知り合いがいたから、貴女も挨拶しに行きましょう」と言った。

 私だけかと思えば、お母様は兄も同行するようにと言い含めた。『深雪と達也の関係性を疑われない為にも、兄妹としての振る舞いを練習しておきなさい』というお母様の言い付けに、私はただ頷くことしかできなかった。

 

 その知り合いはお母様からすれば年下の二人組だった。実年齢こそ分からないが、その内の一人は見るからに私や兄と変わらないぐらいの年齢だ。実年齢よりも若く見られるお母様とどういう関係なのかは気になったが、言われるがままに自己紹介した。

 

『―――長野佑都といいます。よろしく、司波さん』

 

 その彼は兄に対しても丁寧に挨拶した。普通ならお母様はそれを良しとしないのに、この時ばかりは笑みを浮かべていた。『本当に剛三さんそっくりね』と述べたことに、私は疑問を持った。

 

 彼を含めた二人は私達と同じ便だった。それを聞いたお母様は座席を交換して、私の隣の席は長野佑都と名乗った少年が座った。受け答えをするのには慣れているが、自分から聞き出そうという気持ちになれず、気を紛らわす様に端末を開いて勉強をしていた。

 

「………」

 

 だが、やっぱりどうしても気になり、私は端末を閉じて隣の席に座る彼に接触を試みることにしようと目線を向けた。すると、彼もちょうど席を立とうとしていたところで、目が合った。

 

「ん? 何か聞きたいことでもあった? それならトイレの後にしてくれると助かるけど、それでいいかな?」

「あ、えっと……はい」

 

 大したことを聞こうと思ったわけではない。でも、優しく言いくるめられるとは思わず、私はそれに頷くことしかできなかった。

 あまり他人に関わらない様にしてきた自分らしからぬだろうが、この気持ちは何なのだろう……勉学を重ねてきた私でも、彼に対する興味の根底にある感情は読み取れなかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「……はぁ~。実際こういう心境を抱く側になって初めて解るわ」

 

 深雪の風貌は世界を魅了する、なんて表現が誇張でないと思う。幾らなんでもオーバーな……というのは実際に体感してみて解る。まさに「百聞は一見に如かず」だ。流石に思春期に入りたての状況だとそこまででは無いだろうと思っていたわけだが、その予想すらも覆された形だ。

 あんまりトイレに引きこもっていたら不審がられるので、手早く用を足して身だしなみを整えてからシートに戻ると、自身の席でそわそわしている深雪の姿があった。傍から見れば『なにこの可愛い生き物』という評価を貰えるだろう。座席に座りつつ、深雪に話しかけた。

 

「司波さん、それで聞きたいことって?」

「へ、あ、はい。その、長野さんはお母様とどういったお知り合いなのですか?」

「佑都でいいよ。君のお母さんである深夜さんとは初対面だけど、僕の知り合いのお爺さん―――剛三さんって言うんだけど、その人が深夜さんとそのご両親をよく知っていてね。その縁で僕と兄さんを知っていたって形かな」

 

 あの額縁の写真について聞いたところ、こちらの予測はほぼ当たっていた。そのついでではあるが、四葉家先々代当主との繋がりに加えて四葉の復讐劇についての詳細を聞かされる羽目となった。

 大漢(ダーハン)を四葉一族と爺さんの31人で攻め入って、死者が5000人。そのうち爺さん一人で1000人(数えられる死体だけで計算して)は葬ったらしい。その話を直接聞いたときはどこぞの一騎当千ゲームじゃねえんだからよ、とか言いたかった。現代に呂布(りょふ)奉先(ほうせん)が転生しました、と言っても通じてしまいそうだから困る。敵からしたら“悪夢”としか言いようがないだろう。

 

 ただ、その時の後遺症で魔法を満足に使えなくなったと話していたので、試しに[領域強化(リインフォース)]を使ったところ、再び魔法が使えるようになったとはしゃいで、お仕置きで腰を痛めるというオチがついた。腰を痛めた原因は自分にもあるが、爺さんにもある……ある意味痛み分けという形に収まったのだった。

 

 剛三は『お主が早く生まれておれば……いや、詮なきことを言ったな』と寂しそうに呟いていたのが印象に残っている。それだけ元造と剛三の間には他の人には言えない何かがあるのだろう。多分だが、親友関係にあったのかもしれない。

 態々手紙を託される辺り、その憶測は間違っていないと思う。

 

 そんな話の前に詩鶴からお仕置きを食らって横になりながら寝ていなければ、まだ美談として締まっていた……というのは言うまでもないが。

 

「それにしてもごめんね、司波さん。折角水入らずの家族旅行なのに、こっちも断らずに水を差しちゃって。こちらもちゃんと断れば司波さんに迷惑を掛けなかったし」

「い、いえ! お母様が私を慮って佑都さんと引き合わせたのでしょうし……佑都さんは、兄が怖くないんですか?」

 

 怖くないのかって? そりゃあ怖いよ。だってあの『お兄様(さすおに)』だもの。下手に深雪を泣かせたり傷つけるようなことがあったら、次の瞬間に[分解]が飛んで来て消し飛ぶわ。そのための術式も保険で組んでるけど、敵対しないのが一番の利だと思う。そんな内心の葛藤を表に出さないようにしつつ、悠元は述べた。

 

「寧ろ興味が湧いた、かな」

「え?」

「どういう事情があるのかは知らないけど、妹のボディーガードみたいなことを文句も言わずに実直にこなす……鋼のような心を持ってないと無理な芸当じゃないかな。歳が近い自分でも無理だと思うぐらいだよ」

 

 今の達也がどうしてその役目―――深雪のガーディアンを担っているかは理解している。だからこそ口に出してはいけないことも納得している。そして、今はお互いに別々の目的がある以上、そう答えるのが限界だろうと思った。

 

「……そんな風に思ったことは、ありませんでした」

「まあ、仕方が無いと思うよ。そこまで親密にならない限り、他人の家族事情に一々口なんて出せる訳が無いからね」

 

 見るからに深雪は驚いていた。気味が悪いとは口に出さないが、何の異論も唱えたりせず、その役目に従っている兄を目の前にいる人間が肯定したことに対してのものだろう。その点については、流石に当人の口から出ない限りは分からぬことであるが。

 

「そういえば、佑都さんはお兄さんとどのような用件で沖縄に? 観光ですか?」

「観光ならよかったんだけれど、今回は知り合いに会いに行くのが半分、あと個人的にその爺さんの知己がパーティーをやるというから招待されたのが半分かな。沖縄に来て海水浴やマリンスポーツ抜きでの旅行なんて勘弁してほしいし、どうせなら九校戦を見に行きたかったけど」

 

 身内の九校戦を見に行きたかったという欲と、どうにかして達也とのラインを作っておくという保険の選択。悩んだ結果として悠元は後者を選択した。とはいえ、深雪に対して述べたのも本音ではあった。

 しかも、この先何が起きるのかも知っているというか、情報の段階で濃厚というのが非常に悩ましい限りである。いっそのこと津波で大亜連合側の大陸沿岸の軍港が軒並み使用不能になってくれたら楽だ、と思わなくもない。

 

「九校戦は私もよく観戦しに行くんです。その、もし良かったら今度一緒に見に行きませんか?」

「(まあ、これぐらいなら怒られないか)良ければぜひ」

 

 結局、着陸態勢に入るまでの長い時間を深雪と喋って過ごすことになった……あれ? もしかして、フラグとかって言わないよね? いや、深雪のブラコンが加速するイベント目白押しなので、流石にそこまでのことにはならないと……信じよう、うん。

 あくまでも今回は達也から殺されない為に上手くコネクションを構築することが主目的であり、深雪と仲良くなるのはその土台作りと割り切っていた。少なくとも、好意以上の目的を以て近付くのは今の時点で危険でしかないし、そんな気など毛頭ない。

 

 それがあんなことになるだなんて、いくらチートじみた能力を有したとしても予測なんて出来るはずなどなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 彼らと空港で別れた後、悠元と元治は宿泊先のホテルへ向かうために無人タクシーへと乗り込んだ。悠元はチラリと元治の様子を見ると、完全に疲れ切ったプロボクシング選手を彷彿とさせるような様相だった。このまま放置したら灰になりそうな印象を受けた。がんばれ兄さん、まだ(人生を)諦めるには早いぞ!

 そう言えば、祖父から託された手紙を渡しそびれてしまった。まあ、どこかしらで出会ったら渡せばいいし、最悪父親経由で四葉家に渡せればいいと思っている。

 

「兄さん、そんなに疲れるなんてどうしたの?」

「深夜さんに質問攻めにされた……なんとか三矢の人間であることは伏せられたけど」

「……兄さんは大人しくホテルで休んでていいよ。パーティーには最悪俺一人でも出れるから」

 

 ご愁傷様、という言葉しか出てこなかった。この分では今日の夕方にあるパーティーにも支障を来たすだろう。

 なので、大人しく休むように提案すると元治も大人しく受け入れた。下手にボロを出して三矢の人間だと明るみになる方がマズいのも確かであり、元治もその可能性を考慮して受け入れてくれた。

 ともあれホテルの部屋で少し休んで昼食の後、通信端末に連絡が入る。受話器から聞こえてきたのは聞き覚えのある男性―――国防陸軍中尉の真田(さなだ)繁留(しげる)の声だった。

 

『久しぶりだね、悠元君』

「お久しぶりです、真田さん。その様子ですと基地内からですか?」

『ああ。例のブースターとやらは持ってきたのかい?』

「一応ですね。まあ、今回はデモンストレーションも兼ねてますから」

 

 沖縄に来た理由の半分は国防軍基地でのデモンストレーションも兼ねている。真田との関わりからもう一つの肩書も貰っていて、今の自分は三つの肩書を持つ人間ということになる。

 

「そういえば、先程のメールは“連中”がまた暴れたんですか?」

『……そうなるね。しかも、相手は君と同じぐらいの年頃の少年少女で、打ち負かされた相手は少年だったそうだ』

「……その件はちゃんと中尉に報告して叱責してください。自分が関与できる範疇にありませんので。それで、それだけなら態々そんなメールなんて送った上で連絡なんて寄越しませんよね?」

 

 沖縄に到着して少し経った頃に届いた真田からの暗号メール。最初は()()()()()()()()かと思ったが、内容は基地の隊員数人が悠元と同じぐらいの少年少女にちょっかいを掛けて返り討ちにあったらしい。

 多分だが、“あの連中”を打ち負かせる同年代の人間となると間違いなく達也しかいない。ともあれ、自分は監督責任など持ち合わせていない特務士官なので、その処理は丸投げした。

 悠元の言葉の真意を理解してから、真田が真剣な口調で尋ねる。

 

『流石に気付くか。国防陸軍兵器開発部の特別技術顧問である上条(かみじょう)達三(たつみ)特尉(本来は未成年が軍事に携わることを法律で禁じているため、暫定的に中尉相当官という形をとっている)、貴官に見解をお尋ねしたい』

「―――それは、同僚としてのご質問と受け取ってもよろしいでしょうか?」

『ああ。大尉は最近の周辺海域の動きから侵攻の疑いあり、と睨んでいる。予測の域を出ない以上、貴官の意見を聞きたいと仰っていた』

 

 CAD製作における高い技術力から真田が上司である風間に掛け合い、特尉という形で在籍している。表向きは戦力ではなく武装面の技術顧問という形でだ。

 この話を聞いたとき最初は断ろうとしたが、国防軍というか遠山(十山)家に対して下手に出ないといけない父のことを考え、三矢家の家業を何らかの形で黙認する代わりにその話を受けた。なお、未成年なので本名も伏せられている。

 

 それだけならばまだしも、実家の情報提供の関係で真田はおろかその上官に相当する人物と誼を持つことになった。国外からの脅威となりうる情報はいち早く手に入れたいという魂胆は理解するが、まだ12歳の人間に何を期待するというのだろう……と、普通の人間ならばそう考えるはずだ。

 

 だが、以前真田と話している時に沖縄方面をうろつく大亜連合絡みの一件の情報を伝えると、完璧に的中させたことでその二人から情報源として頼りにされることになった。タダ働きはマズいと思ったのか、その対価として“特尉”の立場を手にしたのだ。

 12歳にして国防軍の仕事をしているというのは色々法的な問題だけでなく道徳的にも問題ありだが、そこはもう色々と諦めている。

 

「是か非かでいえば是ですね。ここ最近の潜水艦の動きや軍港周辺の情報からしても……最短でここ数日の内、とみるのが妥当かと」

『そうか。いやはや、君の見識にはいつも助けられてばかりだ。大尉には伝えておこう。基地で会えるのを楽しみにしているよ、悠元君』

「はい、それでは」

 

 先ほどの回線を繋げた時点で情報遮断強化の魔法をかけているため、漏れる可能性はかなり低い。この5年の間に世界のあらゆる技術を吸収し続けてきた。その上で対策は練っている。

 その一つが出発直前に完成したライフル型ブースター。コードネームは[サード・アイ・ゼロ]。ケース自体に特殊なセキュリティーを組み込んでおり、盗み出そうとしたら放出系の魔法が強制発動して感電する仕組みだ。

 

 そんな軍関連のお話が済んだところで、悠元は私服から手早くスーツ姿に着替えた。

 スーツを着ること自体もう慣れたもので、十師族などのパーティーには一応出席していた。名前を隠すために先ほどの「長野佑都」という名を名乗っていて、武術を習い始めてからは上泉家で暮らしている。ただ、爺さん自身のお節介で全国行脚レベルの魔法師の家訪問をしたり、海外に出て行って騒動に巻き込まれたりした。

 最短距離で行くぞ、とか言っておいて富士山をほぼ登山装備なしで山越えするとか常軌を逸しているだろう……それを鍛錬と言うことで納得して成功させてしまった自分が言えた台詞ではないけれど。祖父と関わる事で色んな人物と出会ったが、それは別の機会に語る。

 


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