魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦一日目③

 女子バトル・ボード第三レースが開始された。すると、開幕直後に他校の生徒が後方に魔法を使用し、大波を発生させた。一種の攪乱戦術を使って抜け出そうとしたようだが、その当人まで引っかかっては意味がない。

 摩利は難なく抜け出すと、硬化魔法と移動魔法のマルチ・キャストを使用した。

 

「硬化魔法と移動魔法の併用か」

「硬化魔法? 何を硬化してるんだ?」

「渡辺先輩は自身とボードを一つの構成物として、硬化魔法で相対位置を固定している。その辺りはこの前のテスト勉強で悠元が言っていた部分だな」

 

 達也の説明にレオも思い出したようだが、その上で悠元が補足説明を入れる。

 

「硬化魔法の場合、その使用用途と名称に囚われがちだが、原理的に言えば振動系とも似通っている。構成する対象さえ認識できればいい分、その固定は意外と簡単なんだが……大抵の場合、硬化魔法自体に無駄が多い使い方をしてるのが多い」

「そりゃ、どういう意味だ?」

「ここに来る前、レオが達也に『ドライ・ブリザード』絡みのことを聞いてただろ?」

 

 スピード・シューティングの会場から移動してくる途中、レオは真由美の連射力に感嘆する一方、ドライアイスの弾丸を作って飛ばし、さらには知覚系魔法のキャストで魔法のスタミナが持つのか、という疑問を投げかけていた。

 

「七草家は元々『三枝(さえぐさ)』の名字を名乗っていた。だからこそ三矢家と同じく『多種類多重魔法制御』には長けているわけだが……それは置いといて、硬化魔法にもエネルギーの変化は発生しているということを知らない人が多い」

 

 元々形のあるものを更に固定しているので、状態変化で言えば固体を更に固めたもの、という言い方が妥当だろう。エネルギー保存から言えば引き算だけの状態だ。ならば、どこかに足し算をしてやればいい。

 幸い、レオは収束系統で密度面におけるプラスを発生させることでマイナス面を補っている。エリカの場合は自己加速術式に割り当てることで事象改変の負担を少なくしている。恐るべきことに、双方ともそれを無自覚にやっているという点だ。

 

「まあ、レオの場合はまだプラス面に振れる部分が多い。自己加速術式でも覚えれば、高速で移動して尚且つ頑丈なパワーファイターに化ける可能性がある」

「うげ、こんなのが高速で動いたら怖いわよ」

「人より速く動くやつが何言ってやがるんだか……」

 

 話をバトル・ボードに戻すが、摩利は加速系統や振動系統など常時3種類から4種類の魔法をマルチ・キャストしている。後続との距離は開いていく一方。そして、滝のような段差に着地した瞬間、その巻き上げる水しぶきで後続の選手は転倒寸前の状態に陥る。これは勝負あっただろう。

 

「戦術家だな」

「性格が悪いだけよ」

「何はともあれ、1位は決まりのようですね」

 

 エリカの言葉に達也は特に反論しなかった。燈也も苦笑こそしたものの、咎めはしなかった。戦術に限って言えば、性格の悪さも褒め言葉になるからだ。

 現状1周目のコース半ばではあるが、摩利の準決勝進出は決定的なものとなった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 バトル・ボードの予選は午後に第四レースから第六レース、スピード・シューティングは午後に準々決勝から決勝までとなる。悠元と達也は、スピード・シューティングのほうを観戦することにして一旦皆と別れた。昨晩の風間少佐との約束を果たすために、ホテルの高級士官用客室に向かう。

 風間は軍歴と所属している部隊の関係上、少佐でありながらも階級以上の待遇を受けている。本来は大佐クラスが使用する広い部屋に、ルームサービスのティーセットを並べて、大隊の幹部と一服しているところだった。

 

「来たか。まあ、掛けてくれ」

「……今日は自分たちが士官として呼ばれたわけではない、と解釈しても?」

 

 警備の兵士(風間の部下)に案内された二人に、風間はざっくばらんな口調で椅子を勧めたが、達也は幹部たちが連なる場所に座っていいのかためらいを見せた。それを察してか、悠元が先手を打つ形で問いかけた。

 

 悠元と達也は未成年の関係上「特尉」という階級を与えられた特務士官だが、それは「国際法上の軍人資格を持つ非正規の士官」という意味合いだ。双方ともに軍の階級秩序に縛られているわけではなく、独立魔装大隊での作戦行動時において命令を遵守する。強制的な拘束力はないが、それでも上司である以上は同じ席に、というのは難しいと達也は思ったのだろう。

 

 だが、同じ特務士官であっても悠元は違う立場にいる。独立魔装大隊の特別技術顧問という立場に加え、上泉家の係累でもある彼は暫定的な形で「特尉」に収まっているだけだ。

 彼が国防軍で名乗っている「上条達三」が独立魔装大隊への所属変更直前、国防陸軍兵器開発部において与えられていた階級は「特務少佐」―――沖縄防衛戦における情報提供によって民間人への被害を出すことがなかったため、その功績を踏まえてのことだ。悠元が風間との個人的な連絡を断れたのはここが起因している。

 だが、そうなると大隊長である風間と同等クラスの待遇になってしまう。大隊内での軋轢など御免だと考えた悠元は、特尉という地位に収まる代わりとしていくつかの権限の保有を求めた。そんなものは通常の軍隊で考えられないことだが、独立魔装大隊自体特殊な部隊であることから、その提案は受け入れられた。そして、悠元が作戦への従事に対して()()()()()()を行うということで決着した。

 

「そうしてくれ、悠元君。今日は君たちを友人として招いたのだからね。無論、悠元君に無礼を働いた大隊長への『お仕置き』もあるわけだが」

「真田大尉……では、失礼します」

 

 真田大尉の言葉を聞き、達也は悠元に内心感謝しつつ椅子に座った。それに続いて悠元も席に座ると、風間の副官というよりは秘書役に近い女性士官―――藤林(ふじばやし)響子(きょうこ)少尉がティーカップを悠元と達也の前に置いた。

 彼女をはじめとした幹部全員が平服姿で、制服姿の自分たちがかえって目立っているようで、悠元は内心で苦笑した。

 

「ティーカップでは様になりませんが、乾杯と行きましょうか」

「ありがとうございます、藤林少尉」

「どういたしまして、達也君。悠元君も久しぶりね。てっきりお断りするかと思ったのだけれど…熱湯ならあるわよ?」

 

 響子の言葉に対して、悠元は苦笑を浮かべた。これには風間も冷や汗を流しつつ紅茶を口にしていて、他の幹部連中は響子に悪乗りしている部分が多少なりとも見られたことに、達也は『面白い人たちだ』と内心で呟いた。

 

「お久しぶりです、少尉。それは山中少佐の仕事を増やすだけですし、ちょっと古典的すぎるような気もしますが、真田大尉と柳大尉もお久ぶりです」

「ああ。『サード・アイ』の件では非常に助かったよ」

「久しぶりだな」

 

 悠元の言葉に真田と柳も言葉を返す。そして、名前を出された医者兼一級の魔法治療師である山中(やまなか)幸典(こうすけ)軍医少佐は悠然とした態度で返してきた。

 

「心配しないでくれ、悠元君。たかが火傷で『大天狗』がどうにかなるわけでもあるまい。寧ろ、入学式の日に北海道まで飛んで防衛大の学長に泡を吹かせた君の頑丈さに驚くばかりだ」

「不意打ちがなければ、の前提は付きますよ」

「……悠元、お前も大概だな」

「無敵超人を地で行くお前がいうな」

 

 お前は一体何をしたら倒せるんだとは言わないが、そんな皮肉も込めた悠元の言葉に周囲は笑みを零したりしていた。言われた方の達也はというと、自分の師匠ばりに気配を偽れるやつをどうやって倒せと? とでも言いたげな表情を向けていたのだった。

 そんな話は置いといて、悠元は風間に視線を向けた。

 

「昨晩の時点で既にした話の蒸し返しとなりますが、此度は私情によって少佐のお手を煩わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「いや、こちらこそ配慮が足りていなかった。折角の魔法科高校の入学式を欠席させてしまったのはこちらの落ち度だろう」

「確かに高校の入学式を欠席させてデモンストレーションとは……自分も加担した側だが、悠元君も済まないな」

 

 悠元の謝罪に風間も頭を下げた。その様子を見つつ、柳は悠元に謝罪の言葉を向けた。これには悠元が首を横に振った。

 

「いえ。まあ、思うところは色々ありますけど……それで少佐、自分が入学式を休ませてまで参加させられた防衛大入学式のデモンストレーション戦闘についてです。昨年まで、そのようなものはありませんでしたよね?」

「……成程。確か、上泉家には現役の防衛大生がいたはずだな」

「ええ。にも拘らず、今年に入って急に決まった……依頼の出どころは国防軍情報部―――“十山(とおやま)(遠山)家”ですね? それが佐伯閣下経由で独立魔装大隊に回された。これに違いはありませんか?」

 

 悠元から放たれた言葉に、風間は一瞬驚きはしたものの首を縦に振って肯定した。幹部の面々や達也は悠元が関わった一件に師族の一つが関与していたという事実を初めて知ったのだ。

 この件は元継の妻である千里からその話を聞き、『八咫鏡』で全ての情報を洗い出した結果から導き出されたものである。この一件については、その当時は剛三の耳に入れておらず、悠元と元継、千里の三人だけでしか共有していなかった。風間に聞いたのは、独立魔装大隊の大隊長であるならばある程度知っているだろうと考えたからだ。

 風間との個人的な通信を断っていたのは、情報部からの傍受を防止するためでもあったのは否定しない。何せ、4月からは司波家で居候している身なので、それが達也や深雪への被害になるのは何としても避けたいという考えもあった。

 

「……剛三殿はこのことを?」

「その時は知らせていませんでした。1月の件で懲りたかと思えば、その3ヶ月後ですよ? こんなの爺さんの耳に入ったら、最悪爺さんの魔法で都心が灰燼に帰します……なので、父経由で七草家と十文字家に動いてもらいました」

「何をしたのかな?」

「―――十山家への“制裁”です」

 

 父親の元としても、十山家に散々苦汁を舐めさせられた身であり、上泉家自体が動くのは拙いと考えてその案を呑んだ。加えて七草家と十文字家も十山家の一件で上泉家に厳しい目で見られていたため、元の提案に対して条件を付け加えることなく呑んだのだ。

 十師族の三家による十山家への制裁―――それは内情や公安経由で上泉家の耳に入ることとなったが、剛三は自身が暴れないように手を尽くしたのだと判断し、事態の推移を見守った。

 

 結果として、十山家は次回(2097年)の師族会議から4周期16年の間、十師族への昇格を認めないという制裁内容となった。十師族で出来る範囲としては想定内で、その後の臨時師族会議にて正式に十師族当主全員一致での可決となった。

 元々十師族への昇格を狙っていない十山家に対して甘い裁決と言えるだろう。だが、これは実質的な“最後通告”に近い処分。『数字落ち(エクストラ)』ではなく、文字通り十山家ごと潰すという警告でもある。加えて、国防軍情報部もその“掃除”対象に入ることと繋がる。

 

「次にやったら、爺さんの手によって十山家と情報部丸々消し飛ぶでしょう」

「剛三殿ならやりかねんな……穏便に済んだだけマシというものだな」

 

 悠元と風間はお互いに頷きつつ、紅茶を口に含んだ。それを聞きながら達也は響子に尋ねた。

 

「少尉、悠元の祖父はそんなに凄い人間なのですか? 聞いた限りだと現実味がなさ過ぎて……」

「本当よ。達也君なら自分の祖父世代のことぐらい知っていると思ったけど」

「母上はあまり話したがらないもので……叔母上のこともありますから。自分は大叔父にあたる先代当主から聞いたぐらいの話しか知りませんので」

 

 真夜と深夜からすれば、父親の死の原因が自分たちを守るためにやったことでもあり、心に整理は付けてもそれを口にするのは勇気が要ることだ。なので、達也は自分の祖父にあたる元造のことといえば、その弟である先代当主こと四葉(よつば)英作(えいさく)から聞いた程度の知識しかない。

 その件は一先ず、ということで昨晩の賊についての話となった。ここにいる面子なら直ぐに口を割らせることは簡単だろうが、そこまで動く様子がない感じの報告となった。というか、警備自体もかなり強化された形なので、昨日のような賊程度なら十分対処可能なラインだ。

 

「昨晩の件だが、やはり『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』の構成員だということに間違いなかった」

「狙いはやはり、九校戦ですか?」

「現在捜査中だ。何か分かったら知らせる……悠元、君の実家のほうで何か聞いていないか?」

 

 風間としては、迷惑をかけたことに加えて昨晩の一件は国防軍側の落ち度に近い。軍の関連施設への侵入を許してしまったのだから……悠元としては、確認したいことも十分だったので特に蟠りを持たないように話し始めた。

 

「『無頭竜』が動いている理由は簡単ですよ……自分たちの命が惜しいからです」

「命が惜しくて九校戦にちょっかいを?」

「九校戦の優勝校を当てる闇カジノですよ。5日前に三矢家の本屋敷で父から聞きました」

 

 金額を聞いた限りではステイツドル(前世で言うアメリカドル)で数億単位―――通貨換算で数百億円単位の金額となる。

 もし一高が総合優勝すれば、胴元である『無頭竜』の東日本支部は最低1億ドルの損失になると元は睨んでいた。闇カジノ自体に参加したことはないが、その辺の噂話を同業者から集めていたと言う訳だ。加えて『精霊の鏡』で参加者リストも極秘に入手していて、参加者の資金力から計算した結果でもある。

 

「数百億なんて損失出したら文字通り『クビ』が飛ぶようです。裏の世界なんてそれが罷り通ってますし」

「……平気で話してしまうあたり、悠元君も立派な十師族の一人だな」

「褒め言葉と受け取っておきます。で、昨晩の一件もそうなんですが……ここに来る途中、オフロードタイプの車がガード壁を飛び越えて来ました。幸い被害はありませんでしたが、その一件も『無頭竜』の関係者による自爆攻撃でした」

 

 悠元はそう言って端末を取り出し、響子の端末に送信する。そこには魔法で鮮明に再現された自動車がパンクからスピンを起こしてガード壁を飛び越えてくる映像と、それに基づく分析結果であった。これには響子も思わず声が漏れてしまった。

 

「悠元、それは初耳なんだが……」

「燈也と深雪がいる前で話すわけにもいかなかったからな。会長が覗き見してくる可能性もあったし、その場では隠すのが妥当だと判断した。十文字会頭はともかく、他の連中には重すぎる話だろ?」

 

 それは確かに、と達也は納得する。あの事故現場で話さなかったのは、それに加えて真由美たちの存在もあったからだと推測した。どこかで聞き耳を立てられるわけにもいかなかったし、真由美が知覚系魔法で見てくる可能性もあったのは否定しない。

 

「にしても、あんな遅い時間に外を出歩いていたの?」

「これでも新人戦の統括役ですから。その戦略プランが一段落して外の空気を吸いに行ったところで、という感じです。そこに丁度車両から出てきた達也と合流した次第ですよ」

「自分の場合はCADの調整で車両に残っていただけです。流石に遅い時間だったので悠元と戻ろうとしたら、という感じではありますが」

 

 ここにいる幹部の中で響子が一番年齢が近く、話しやすい相手だからこそ悠元と達也は気楽に話せる。軍務で鍛え上げているせいか、メリハリのあるプロポーションで目の毒になりやすい部分もあったりするが。

 ちなみに、深雪も響子のスタイルを見て悠元に武術教練を頼んでいた節があるようだった。妹がそういう女性らしさを垣間見せている原因は、隣にいる悠元なのだろうと達也は確信していた。

 




 主人公が独立魔装大隊に所属している関係のところは、ややこじ付けなのはご了承ください。従軍ではなく協力なのは、その部隊の設立理由に関わる部分が大きいです。

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