独立魔装大隊での会話の中、とあることについて山中は達也に問いかけた。それは達也が技術スタッフで出場しているということだった。いや、厳密には悠元と達也に関わる事情も含んでいるのだが。
「やはり技術スタッフでか。チームメイトは『トーラス・シルバー』のことを知っているのか?」
「いえ、山中少佐。それは一応秘密ですから」
「しかし、高校生の大会に『トーラス・シルバー』の二人は反則級だと思うけどね」
秘匿している以上は表に出せない。というか、今ばれると後々で拙いのはよく理解している。それを抜きにしても、三高には「クリムゾン・プリンス」と「カーディナル・ジョージ」、「エクレール・アイリ」の存在がいるので、これぐらいの反則は許してほしいと思わなくもない。
「彼らもれっきとした高校生ですよ。悠元君はともかく、達也君も選手として参加しないの? フラッシュ・キャストの技術があれば、結構いい線行くと思うんだけど。『マテリアル・バースト』はともかく、『
「藤林少尉、達也の魔法自体明るみに出したら拙い物しかないじゃないですか。現在確認されている『分解』の使い手が諸外国にいないのですから」
「悠元。言いたいことは分かるが、俺を取扱危険物みたいに言わないでくれ。それと藤林少尉、フラッシュ・キャストは一応、四葉の秘匿技術ですから」
悠元が「サード・アイ」の設計やアップデートに関わる過程で、四葉家の秘匿技術であるフラッシュ・キャストを知ることになってしまったが、そのことは軍事機密ということで秘密にしている。達也は自身の魔法の危険性を認識しているが、そうやって面と向かって言わないでほしいと呟きつつ、響子に対して窘めた。
「そういえば……悠元、昨晩お前が使った魔法は『分解』の性質を持っていたようだが……」
「え? 悠元君、そんな魔法って存在するの?」
「古式魔法を使う人なら名前ぐらい聞いたことがあるかもしれません……天神魔法という名前の古式魔法―――いえ、
悠元がその名前を口に出した瞬間、風間と柳、藤林といった古式魔法に関わる人間は驚きを露わにする。真田や山中は首を傾げ、達也も古式魔法に対して知識がないため、風間に尋ねた。
「少佐? ご存じなのですか?」
「あ、ああ……古式魔法の中において精霊魔法の最終到達点とされる魔法だ。それを極めた者は自然現象そのものを操るとまで言われている。悠元、冗談ではないんだな?」
「ええ。何でしたら、今ここで使って外に霧雨程度の雨を降らせてもいいですが」
「いや、遠慮しておこう。こういう時の悠元は冗談を言っていないと断言できるからな」
悠元の言葉が冗談ではないと感じ、風間は興味本位で開けていいものでないと判断した。まさか、自分の暫定的な部下に幻とまで謳われた古式魔法の修得者がいることに肝を冷やすような心境だった。すると、さすがに理解が追い付かない真田が尋ねた。
「悠元君。一体どこで学んだんだい?」
「新陰流剣武術の秘術にありました。とはいえ、読み解くのは大変でしたが……」
天神魔法は
表は晴明から陰陽道に関わりのある公家によって口伝で受け継がれ、現在は上泉家の秘術として残っている。裏については伝承している家があるのだが……そこまで関わる気にもならなかったし、原作の範疇に無いもの。触れないほうがいいと判断して調べていない。
「では、何故それを使ったのだ?」
「将来的に使うことが避けられないと考えたからです。尤も、爺さんからは叱られるどころか『使え』と言ってきましたから」
「剛三殿がか……理由は?」
「何も答えてくれませんでした。まあ、それが分かるのは九校戦が終わってからだと思うので、深く考えないことにしています」
天神魔法であれこれ考えるのは九校戦の後だと悠元は割り切っていた。今は『無頭竜』の一件と九校戦に集中しなければいけない。あれだけ啖呵を切っておきながら結果が伴わなかったら、みっともない以前の話になるだろう。流石にそれは恥ずかしいと思っている。
それに、剛三から使用するように言い含められているため、古式魔法を使う面々で尚且つ味方になりそうな人を引き込んでいる節があるのは否定しない。山中の言葉に対して悠元が答えると、続いての風間からの言葉に答えつつ、少し冷めてしまった紅茶を口に含んだ。
「いずれにせよ、達也の“本来の”魔法は衆人環視の前で使えんだろう。悠元の天神魔法については、我々の胸の内に仕舞っておくことにしよう」
「そうしていただけるとありがたいです」
「しかし、悠元はともかく、自分が選手として出場する可能性は考えにくいのですが……」
「心掛けの問題、ということだ。解っているのなら、それでいい」
結果的に達也が選手として出場することへの追及は避けられた形だが、その代わりとしてとんでもない事実を知らされたことに、達也は内心溜息を吐きたい気分であった。
◇ ◇ ◇
「二人とも、こっちこっち」
風間たちとの会談を終えてスピード・シューティングの会場に来ると、観客席はほぼ埋まっている状況だった。すると、エリカが悠元と達也を見つけて手を振っていた。どうやら深雪と雫で席を確保していたらしく、それにお礼を言って座った。
「しかし、凄い人気だな」
「会長が出るからですよ。他のところはそこまで混んでいません」
「雫は五十嵐先輩の応援に行かなくて良かったのか?」
「自分の出る競技の雰囲気を感じ取ってほしいって言われたから。それに、そっちは燈也が応援に行ったから」
亜実としては変に緊張することなく競技に集中したいので、と断ってきたそうだ。それでも燈也はバトル・ボードの応援に行ったらしい。達也はほのかに見辛くないか声をかけていた。その辺の気配りはできるのに、恋愛事になるととんだ朴念仁だと思う。すると、左の脇腹に鈍い痛みを感じる。気が付くと、深雪が笑顔を浮かべて脇腹を抓っていた。
「深雪さん、痛いんですが」
「どうしてなのかは自分の胸にお聞きになってください」
まるでエスパーのように……いや、魔法はある意味「超能力」なので無理もないと思うが、それでも勘の鋭い深雪に対して落ち着くように宥めた。
「ふう……こんなことなら、男子バトル・ボードの第四レースでも見に行けばよかったかな」
「誰の応援ですか?」
「服部副会長の応援。こっちとしては蟠りもないからな……でも、そんなことしたら会長が拗ねるからな」
「拗ねるって……あの会長さんがねえ……」
真由美の本性を知っている人間はかなり限られる。ここに座っている人間でも悠元、達也に深雪の3人だけだ。エリカであってもそのイメージを連想するのが難しいのだろう。その線引きをしっかり徹底しているあたり、七草家現当主の娘であるといえる。本人の前で言う気はないが。
「ところで、幹比古はどうしたんだ?」
「気分が悪くなったんだって。部屋で休んでるって言ってたわ」
「熱気に当てられたみたいですよ。私も眼鏡を掛けてなかったらダウンしてたかもです」
達也の問いかけにエリカは軟弱とでも言いたげな口調だったが、すかざず美月が幹比古のことをフォローした。確かにこの観客席から発せられる熱は感受性の高い人間にとって辛いものがあるのは確かだろう。
かく言う悠元も感受性が高い部類の人間なので、その熱気は嫌というほど感じ取れる。その辺りは感受性を制御すれば乗り切れると判断して、意図的に下げている。
すると、周囲の観客から歓声が飛ぶ。その原因を探るように競技フィールドを見やると、真由美が姿を見せたのだ。それを察するかのようにスタンドの其処彼処に設置されているディスプレイが「静粛に願います」との表示を示し、歓声は静まり返った。
(…しかし、相手にとっちゃ気の毒だろうな)
観客がほぼ真由美の応援団で埋め尽くされている状態なので、対戦相手からすれば完全アウェーの状態に近い。加えて、真由美は高校生の範疇を超えたレベルの実力者。最早“消化試合”といっても過言ではない。
その証左として、懇親会では現3年である彼らのことを快く思っていない連中がいた。「ただでさえ強すぎるのに、何故九校戦に出てくるのか」と愚痴を零したりする輩も見受けられた。
されど、いくら“高校生のお遊び”といえども十師族としての力を誇示しなければならない。国内外からの注目を集める九校戦はまさにそのアピールの場として相応しいことも事実である。この辺が、懇親会の時に真由美の言っていた「面倒」ということなのだろうと思う。
スピード・シューティングの競技開始を告げるのは5つのシグナル。それが下から順番に、音と共に灯り始める。すでに所定の位置についている選手―――真由美とその相手選手は小銃型CADを構えている。すると、達也が真由美の持っているCADに気付いた。あれは予選で使っていたものとは別の機種で、シルバー・ブロッサムシリーズとも、雫用に組み上げられていた物とも別の代物であった。
そんな達也の考えを他所にシグナルが全て灯り、投射機から紅白のクレーが射出される。真由美は赤のクレーを、相手選手は白のクレーを破壊するのだが、そのスピードが明らかにデモンストレーションの時より段違いであると達也は感じた。
そんな芸当が出来るとするなら……達也は悠元に問いかけた。
「あのCAD……悠元、お前が関わったのか?」
「会長がどうしてもと言ったからな。ただ、即興品すぎて会長以外に使えない代物だけど」
真由美の使っている小銃型CADは、彼女の得意とする七草家の秘術―――『魔弾の射手』に全ての起動式リソースを振り分けた単一魔法特化型と呼ばれる代物。系統の組合せが同じ魔法を最大9種類インストールできる特化型を更に突き詰めたもので、これでも競技規格を余裕でクリアしている。
単一の魔法に絞り込むことで、終了条件さえしっかりと定義すれば擬似的なループ・キャストも可能。ただ、一つだけの魔法に特化させるやり方は戦術の幅を狭めかねないため、こんな代物は予選と決勝トーナメントで同じ戦い方ができる人間でないと使いこなせない。もしくは一つの魔法であらゆる汎用性を引き出せる魔法でないと、使い勝手が極端に悪くなるだろう。
「悠元。即興品であの会長さんが九校戦の競技に使えるCADって、その時点でおかしくない?」
「何言ってるんだか。あんなのハッキリ言って
「あれで……玩具?」
エリカの問いかけに対し、バッサリと切り捨てるかのごとく言い放った悠元。それを聞いた雫が目を丸くしていた。確かにライフル型ブースターという軍事的にもおかしいものを独学で作ったり、彼の持つ「ワルキューレ」や「オーディン」をはじめとした数々のシルバーシリーズのハードウェア設計を手掛けている悠元からすれば、既存品の焼き直し程度の小銃型CADは“玩具”なのだろう、と達也は心の中で呟く。
真由美の放つ『魔弾の射手』は縦横無尽にターゲットとなる赤のクレーを的確に破壊していく。その行為は敵にクレーを撃ち落しやすくする行為でもあるが、それを補って余りある射撃速度でスコアをみるみる引き離していく。そして、構えを片手撃ちに変えて100個目の赤のクレーを破壊し、試合終了のブザー音が鳴る。
それは最早高校生という枠組みで語れるようなレベルの話ではなかった。
続く準決勝、そして決勝でも真由美に勝てる人間はおらず、ダブルスコア以上の得点差を叩き出す。結果として、真由美は新人戦を含む女子スピード・シューティング三連覇を達成したのだった。