魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦二日目①~本戦二日目~

 前世の自分を簡単に言うと、ラノベやアニメ、漫画が好きな普通の男子。そこそこの進学校に通い、それなりにいい大学に受かって通っていた程度の人間。俺自身、前世で何かしら有名なことなどした覚えはない。せいぜい俺の家族が有名な人間というぐらいだ。そんな家族の中で、俺は「平凡」と言えるような存在だった。

 前世の俺には兄と妹がいた。なので、転生しても然程違和感なく溶け込めたといえるだろう。言っておくが、魔法なんてものはない世界の一般市民である。年齢は、前世の自分と比較して兄が4つ上、妹は3つ下だった。ただ、生まれ月の関係で兄とは学年が5つ違っていた。

 その兄は、非常にモテていた。まるで将輝の容姿に深雪の魅力を合わせたような感じだろう……例えとしてはそれが一番なのだが、引き合わせたくない組み合わせでもある。将輝に対して辛辣に出るのは、この辺が影響しているのかもしれない。

 

 自分が高校生の時に一人だけ彼女はいた。俺が高校1年の時で、相手は同じ学校の同級生だった。学年のアイドル的存在で人当たりが良く、面倒見のいい性格をしていた。

 彼女とは自宅に連れて行った際、偶然出会った兄と顔を合わせた後、別れることとなった。彼女からは「もっと魅力的な人に出会ったから……」と涙を零しながら頭を下げられたので、それに嘘はないと判断した。彼女自身、人が優しすぎて嘘を言えるような性格ではなかった。

 

 その後、彼女は兄と付き合い始めていた。そんな経験があったから、俺は特定の異性と付き合うことを止めた。兄は「弟の彼女を奪う意図なんかなかった」と弁明していたし、俺も兄を恨むつもりはなかった。身贔屓を差し引いても、自分にとって兄は魅力的に映ってしまうからだ。

 この場合だと彼女に何かしら恨むところはあるのだろうが、その彼女だけでなく兄からも土下座されてしまったため、このことはこれ以降お互い触れないようにしようと取り決めをした。流石に彼女も気まずかったのか、学校ではお互いに「仲の良い友人」に徹していた。

 

 こんな経験、普通の人間からすれば耐え切れないと思う。その意味で自分も普通じゃなかったのかもしれないが、こういう経験は簡単に相談できることでもなかったため、普通の感覚が麻痺していたのだろうと思う。「兄に奪われたのなら仕方ないか」と思っていた節があったのは否定しない。

 

 俺が高校2年の時に研究者をしていた両親が不慮の事故で亡くなり、自分を含めた兄弟は隣に住んでいた母の妹夫婦へ預けられることとなった。

 兄は本来大学院に行く予定だったのを取り止めて働き始めた。誰よりも家族を大切にしようとする兄を感謝こそすれ、恨みはしない。それに、俺と別れた彼女に対しても真摯に接していた。

 俺としては、彼女に忙しくしている兄の面倒を頼む、という心境だった。その数年後に結婚し、お互いに万年新婚夫婦になりそうな雰囲気だったので、俺には到底真似できない境地だろうなと思った。

 

 そんな経験があったため、高校や大学では単独行動を好んでいた。これでも同性の人間とはそれなりに良好な関係を築いていたし、問題はなかった。異性の同級生や先輩・後輩からは委員会などで仕事に付き合う程度だ。

 バレンタインの時に仲の良かった同性の友人から「お前さ、そんなイケメンなのにチョコが0って逆にすげえよ……」と言われたが、お返し云々考えなくて済むから貰わなくても別にいい、と返した。なので、チョコは妹からだけだった。妹からは「彼女の一人でも作りなよ」と常々言われていた。けど、俺のことを憚ってなのか、そこまで強くは言わなかった。

 

 無意識的に人を惹きつける兄という存在があったからこそ、それから比べれば自分の容姿は普通だと考えていた。けれども妹が言うには、俺は兄とは別の意味で人を惹きつけるが、触れるのも怖いということで無意識的に避けていると分析していた。

 俺って鬼とか悪魔みたいに思われてるのか、と口に出すと……妹は「違う、そうじゃない」と言いながら苦笑していた。その意味を聞くのが怖かったので、それ以上は聞かなかった。

 

 自分の兄ほどではないが、これでも文武両道ぐらいは心掛けていた。学校では指を差されない程度の学績を維持していたし、運動もそれなりにできていた。精々普通の人より剣道が上手だったぐらいだが、何かしらの名誉を求めて大会に出ようとは思っていなかった。何分、自分の身内がとても追いつけないレベルの領域にいたことを知っていたからだ。

 俺の兄は俺が高校に入った時点で世界に名立たる実績を残していたし、いくつかの論文を発表してその筋の世界的権威になっていた。妹は図らずも数学の難問を解いたことで世界にその名を知られた。そんな二人に比べたら、俺は「(カリスマ)の弟で、(てんさい)の兄」ぐらいの知名度しかない。いわばオマケ扱いだ。

 

 自分がいなくなってから、兄とその妻、そして妹がどうなったのかは分からない。少なくとも迷惑は掛けてしまったのだろうな。前触れもなくポックリだったわけだし、驚きが大きいのだろうと思う。まあ、今更どうにも出来ないから、なるようになってくれていたらそれでいい。

 

 この世界に転生しても、兄の呪縛は解けなかった。頭で理解はしていても、いつかそういうやつが出てくるのでは、と恐れているのは否定しない。それが運悪く噛み合って、他人に対する恋愛感情が生まれてこない。

 転生特典で一応は試したのだが、それに対応する魔法式を生み出すことができなかったのだ。魔法はイメージを現実化する……なので、そのイメージを描けない自分がいくら試しても出てこないのは無理もない話だ。その代わりにとんでもない魔法が生まれたことは……心の中にしまっておきたいと思う。

 

 それ以上に、俺は……誰かを好きになっていいのだろうかと思いながら、襲い来る睡魔にそのまま身を委ねたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 九校戦2日目は本戦クラウド・ボールと本戦アイス・ピラーズ・ブレイク。クラウド・ボールは午前に女子、午後に男子の試合となるが、アイス・ピラーズ・ブレイクは男子と女子の試合を並行して実施する。これはアイス・ピラーズ・ブレイクに使用する氷柱の準備が大変であることに起因する。

 悠元はいつもと変わらない時間に目が覚めたため、眠気覚ましにミルクと砂糖入りのコーヒーを飲みながらモニターを眺めている。本来は本戦に関与しない達也が女子クラウド・ボールのサブエンジニアに急遽抜擢されたため、モニターのウィンドウに映ったCADの設計図を見つつ、今日の観戦はどうしようかスケジュールを確認していた。

 すると、ノックする音が聞こえたので扉のロックを外すと、そこにはトレーニングウェア姿の深雪がいた。

 

「おはよう、深雪。どうしたんだ?」

「おはようございます、悠元さん。その、少し体を動かしたいので、付き合っていただけませんか?」

「そうだな……いいよ。軽い運動でよければ」

 

 悠元としても体を動かしたかったので、深雪の提案を快く受け入れていた。その深雪はというと、とても嬉しそうな表情を見せていた。これには内心苦笑しつつも深雪の傍にいそうな達也の姿が見えないことに首を傾げた。

 

「そういえば、達也は? てっきり『軍の施設とはいえ、必ずしも安全ではない』とか言って、一緒にいると思ったけど」

「お兄様は先程までいたのですが、『他の子の様子も見ながら走ってくる』と言いまして」

「アイツ、余計な気を回さんでもいいのに……それぐらい自分に対する好意に敏感になれと言いたいんだが」

「……そればかりは悠元さんと同意見です」

 

 人のことを言えるのですかと深雪は言いたかったが、自分のことに対するブーメランになりかねないため、達也のことについては自身を少し棚上げするような形で同意した。悠元は、少し準備するから部屋の中で待ってくれと言いつつ、深雪を部屋の中に招き入れた。部屋の外で待たせるよりはまだ大丈夫だろうという判断だった。

 

「そしたら、少し準備するから適当なところに掛けていてくれ」

「はい。あれ……悠元さん、それって特化型CADの設計図ですか?」

 

 深雪は達也からソフトの知識を、悠元からハードの知識を学んでいる。ある意味「トーラス・シルバー」の弟子ともいえる待遇だが、二人とも深雪に対して必要以上のことを教えたりはしていない。そんな経緯はさておき、二人の作業を見たことのある深雪はモニターに映る設計図からそれが何かを察して問いかけた。

 

「ああ、それ? 会長から得られたデータをベースに組み上げた特化型CADの設計図だよ。とはいえ、正直『奥の手』で隠し持つぐらいの代物でしかないけど」

 

 悠元はそう言い放ったが、同じ系統を組み合わせた魔法を最大9種類インストールできる特化型を「()()()()()」に特化させるという手法は、本来実戦的ではない使い方になる。その実戦データから、本来特化型では不可能とされる異なる系統の起動式を使用可能な状態にし、最終的には汎用型を特化型の速度に合わせる手法を考えているのでは、と推察した。

 これを九校戦を通して考えていたことに、深雪は気付いた。それを既存のソフトウェアを生かしつつハードウェアの方面で進化させている。悠元は、紛れもなく世界でトップクラスの魔工技師であると感じていた。

 

「まあ、データ自体は既に送ってるけどね。牛山さんのことだから、張り切って半日で仕上げて送ってきそうだけど……深雪? 何かおかしかったか?」

「いえ、悠元さんもお兄様も根は瓜二つだなと思いまして」

「……そしたら、行こうか」

「はい!」

 

 悠元と深雪はこの時気付いていなかった。悠元が昨晩組んでいた起動式とモニターに映った特化型CADの設計図―――それによって、誰しもが驚愕しうるとんでもない展開を引き起こしてしまうことに。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 達也はホテル敷地内を一人走っていた。無論、ただ我武者羅というわけではないが、九重寺に行くときのように魔法を併用するわけにもいかないので、純粋な体力トレーニングだけに抑えている。すると、自分の見知った気配に気づいて足を向ける。

 ホテルの敷地内の奥まった場所―――そこには微弱ながら人払いの結界が張られていて、達也はそれを見抜きつつ中に入ると、武術の軽い手合わせをしている悠元と深雪の姿があった。

 

「ん? 深雪、そろそろ切り上げるか。どうやらお兄様が気付いたようだ」

「え……お兄様!?」

「済まない。人払いの結界を張っていたことは気付いたんだが……というか、俺に気付かせようとしただろ?」

 

 本来人払いの結界自体気付かないものだが、達也は自身のことを試しているような感じがした。現に達也が入っても、特に害をなすことがなかったからだ。これには悠元が頭をポリポリ掻きつつ弁明した。

 

「文句は九重先生に言ってくれ。『達也君に結界系魔法の察知も教えておくのがいいだろう』と丸投げしたからな。俺は体の良いパシリじゃないというのに……ピンポイントで頭に直射日光でも浴びせてやりたい」

「師匠がそれに悪乗りして、俺に目潰しをしてきそうだからやめてくれ」

 

 違いない、と悠元が零したことに深雪はクスッと笑みを漏らした。悠元は人払いの結界を解除して、ホテルに戻ることとした。部屋に戻って一通り身支度を整えてから3人で朝食に向かうこととなったのだが……その道中で喧嘩のような言い争いをしている3人の男女と遭遇した。

 

「……修羅場か?」

「いや、違うな。女子二人の方は……単純に喧嘩慣れか?」

「それを慣れるというのもおかしいような……」

 

 制服は男子が九州にある第九高校、女子がそれぞれ第二高校と第七高校の制服を着ていた。聞いている限りではお互いに知り合いであり、低レベルの悪口の応酬になっていた。「バカ」とか「アホ」とかの単純な言い合いなのだが。

 これは無視してもいいだろうなと思ったのだが、気付くと第二高校の制服を着たサイドテールの女子が、高出力の魔法を放とうとしていた。それを見た第七高校の制服を着ている長い栗色の髪の少女も魔法を展開しようとしだした。

 これは拙いと散切り頭の男子生徒も対抗魔法を放とうとしている。達也はそれらの魔法が現代魔法でないと判断していたが、ここで『術式解散』を使うわけにもいかない。それを察してか、悠元が手を翳して3人の魔法を強制破綻させた。

 

「ふえっ!?」

「ええっ、魔法が破綻した!?」

「た、助かった……」

 

 これには3人も驚きを隠せなかった。まさか“天神魔法”を解除されるとは思わなかったのだろう。一体誰が……と視線を回すと、その先には一高の制服を着た悠元、達也、深雪がいた。その中にいた悠元が手を翳していたので、彼らから見れば悠元が魔法を破綻させたと推察しただろう。

 悠元は手を下ろしつつ、その3人に向かって説教じみた言葉を投げかけた。

 

「こんなホテルの中で魔法を使おうとしない方がいい。今の魔法、下手すれば数フロアは吹き飛んでたと思われるが?」

「ホント済まない。ほら、姫梨(ひかり)由夢(ゆめ)も謝れ!」

「う、本当に申し訳ないです……姫梨?」

「……え、あ、うん。本当に申し訳ありませんでした」

 

 男子生徒の言葉に由夢と言われたサイドテールの少女も深く頭を下げたが、姫梨と呼ばれた少女は悠元に見惚れていた。少ししてから我に返ると、その女子生徒も慌てて頭を下げていた。それを見て反省していると判断し、悠元はそれ以上の追及を止めた。

 

「ま、今のは見なかったことにしておくけど、気を付けた方がいいよ」

 

 そう言って悠元は手を振りつつその場を速やかに去った。達也と深雪も軽く頭を下げて去って行った。その様子を3人は見ていることしかできなかったが、サイドテールの少女こと第二高校1年高槻(たかつき)由夢(ゆめ)は彼らを見て呟く。

 

「―――まさか、うちらの“天神魔法”を破るだなんて驚きだね」

「だからと言って、ここで『獅雷咆哮』を唱えていい理由にならんだろう! 反省しろ!」

「あいたっ! 修司(しゅうじ)ってば酷いよ! それに姫梨だって『風神烈破』使おうとしてたし!……姫梨?」

 

 男子生徒―――第九高校1年宮本(みやもと)修司(しゅうじ)の説教と鉄拳に、由夢は涙目を浮かべながら反論しつつももう一人の女子こと第七高校1年である伊勢(いせ)姫梨(ひかり)のことを槍玉に挙げたのだが……姫梨から何の言葉も返ってこないことを不審に思った二人が彼女を見やると、彼女の表情は恋する乙女の表情だった。

 

「……由夢、これってまさかとは思うが」

「惚れたね。彼、一高の生徒だよね? 後ろにいた女の子は確か司波深雪だったかな」

「ああ、懇親会でうちの男子連中が見惚れていたな。三高の『クリムゾン・プリンス』も惚れていたようだったし」

「修司も?」

「阿呆。にしても、どうするんだ? 放っておいたら数時間は現実に戻ってこないぞ?」

 

 修司と由夢は、彼が天神魔法を破ったことよりも、恋する乙女の表情を浮かべたままフリーズしている姫梨をどうしたものかと悩むことになった。結局、由夢が強制起動と称して姫梨の胸を鷲掴みにする羽目になったのは……3人だけの秘密であった。

 

「深雪さん? 痛いのですが?」

「もう、悠元さんは次々と惚れさせないでください」

「はい?」

 

 そんなことに気付いていない悠元と、乙女の勘で新たな恋敵が増えたことを察して悠元の背中を抓る深雪。そして、それをみた達也がこっそり深い溜息を吐いたのであった。

 




 主人公のちょっとした事情編。
 前世で何があったのかを考えたら、主人公の兄と妹がおかしくなりました。
 追記)かなり反響(自分の文章力によるボロ)があったため、修正・加筆しました。

 後半はオリキャラ3人です。
 まあ、本格的な出番は後々ということになりますので、ご了承ください。
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