朝食を済ませた後、達也は技術スタッフ用のブルゾンに着替えて、折りたたみ型の端末を持って女子クラウド・ボールの会場に向かった。こういうところの律義さを見つつ、悠元は端末を見ていた。それを見た深雪が首を傾げていた。
「悠元さん、どうかしたのですか?」
「いや、あの3人が同じ学校ならクラスメイトあたりかなって説明はつくんだが、綺麗にばらけていただろ? ってことは、魔法使いの家系繋がりの可能性が大きいと思ってな」
少なくとも、自分が全国を回った時に知り合った記憶はなかったし、上泉家の絡みでも知り合ったことがなかった。新陰流剣武術関連の行事でも見たことがないのは確かだった。
だが、彼らの魔法力がかなり高いレベルにあることは間違いなく、しかも彼ら3人は“天神魔法”を使用していた。可能性があるとしたら、裏の天神魔法を受け継いでいる古式魔法の大家に繋がっている可能性が高いと踏んでいた。
「それで、3人の名字はともかく、名前だけは聞き取れたから代表選手にいるのかなと見たんだが……見事にいたという訳だ」
第九高校1年の
修司は本戦男子クラウド・ボールのみ、由夢は新人戦女子クラウド・ボールのみ、姫梨は本戦ミラージ・バットのみのエントリーとなっている。だが、1年で本戦出場組というのはそれなりの実力がなければ務まる筈がない。それこそ三高1年で本戦ミラージ・バットに出場する「
「先の話になるが、スバルと菜々美は苦労しそうだな……」
「苦戦、ではなく苦労ですか?」
「深雪もあの時、彼らの魔法力は感じてただろう?」
悠元の言葉に深雪も頷く。あの魔法力はこの場にいない達也も率直に感じていたことだろう。十師族の面々も恐らくノーマークの可能性が高い。“原作”にいない人物となると、こちらも本腰を入れて調べておきたいが……何となくだが、この3人とは近い内に知り合うような気がしたのだ。
その根拠は剛三から九校戦で天神魔法を使用せよ、というお達しが出たこと。その通りに従って悠元が天神魔法を使えば、間違いなくあの3人の目に留まる。それが一体何を意味するのかは流石に原作知識の範疇外なので知りようもないのだが。
「『
「もう、悠元さんったら……あまりからかわないで下さい」
悠元は深雪の素性を知っている。でも、表にできないからこその冗談めいた言葉に、深雪は頬を赤く染めて反論していた。すると、そこに雫とほのかが姿を見せた。二人の様子を見た雫が若干不機嫌な様子であったことに、ほのかは引き攣った笑みを浮かべていた。
「やっぱ、悠元ってジゴロ?」
「最近よく聞くようになったよ、その言葉……てか、俺はジゴロじゃない。女性に対して真摯に接しているだけだ」
「それがジゴロなんですよ」
「……」
じゃあどうしろと言うんだ、と尋ねたかったが……これ以上続けても無駄な問答にしかならないと判断して、悠元はほのかに視線を向けた。
「ところで、二人はクラウド・ボールを見に行くのか?」
「アイス・ピラーズ・ブレイクは見ておきたいかな」
「私もそうしようかなって思いまして……」
確かに雫はアイス・ピラーズ・ブレイクに出るので、その感覚を掴んでおきたいのだろう。それを言うなら悠元と深雪もアイス・ピラーズ・ブレイクに出場するので、観戦するのは悪くないと思う。ただ、真由美の出場する女子クラウド・ボールの一件があるので、それを見ないと何を言われるか分かったものではない。
「そしたら、深雪は雫とほのかでアイス・ピラーズ・ブレイクを見に行くといい。俺は、女子クラウド・ボールを見ておかないと会長に何されるか分かったものじゃないからな」
「……分かりました。けど、大人しくしてくださいね?」
深雪さん、人を歩くフラグ製造機みたいに言わないでください……と言いたかったが、深雪だけでなく雫からも何かしらの言葉が飛んできそうだったため、口を噤むことにした。そんな簡単にフラグが立ったら、世の中の男子はフラグだらけじゃないか……と悠元は自身を一般人のように低く評価しながら、クラウド・ボールの会場に向かって歩いていた。
(あれは……あいつら、いっぺん地獄に落ちろ)
すると、若者の男性数人に囲まれている中学生ぐらいの男女に遭遇した。二人の姿はその連中の陰に隠れて見えないが、その連中の一人が手に持っている物でその男女の正体を察した悠元は、自己加速術式を駆使してその手に持っていた物を取り上げた。
それに驚く暇を与えることなく、『エアライド・バースト』を複数展開して彼らの急所に攻撃。怯んだ瞬間に男女の二人を担ぐと、自己加速術式でその場から急速離脱した。
そして、会場の物陰に着いたところで二人を降ろし、手に持っていた物―――イヤーマフ型CADをその女子に被せた。
「さて……下手に手を出さなかったことは評価できるかな、
「えっ……ゆ、悠元さん!? その、すみませんでした」
「いいよいいよ」
悠元の姿を見て目をパチクリさせる男子こと侍郎だったが、彼の手を煩わせたことに対して謝罪すると、悠元は何でもないと返した。一応認識阻害を全開で掛けていたので、自分がやったとばれることはないだろう。そして、女子こと長野椎菜もとい詩奈は悠元の存在に目を見開いていた。
「え、お、お兄様?」
「こーら、ここでは別人なんだから。家のように接しちゃだめだよ?」
「あ、そうでした……ごめんなさい。でしたら、悠元様でよろしいでしょうか?」
確かに、この場では三矢の人間である自分が格上になってしまうのだが、何か無駄に格上げされたような気がした。それを気にすることなく二人に問いかけた。
「ま、いいよ。それで、二人だけで来たのか?」
「いえ、矢車家の人と一緒に。でも、侍郎君がふらついていたので、私が捜していたんです」
「……そういう放浪癖は元継兄さんに似たんだな。とりあえず、詩鶴姉さんに連絡して半日ヨガ教室行きだな」
「や、やめてください! あれは、あれだけは……」
三矢家の中で詩鶴のヨガの犠牲になった回数(正確には気絶回数)をカウントしたら、間違いなく上位に入る一人が侍郎である。詩鶴曰く「ヨガは男を磨くためのレッスンですよ」といつも言い含められていた。それだけで、侍郎が詩奈に対してどのような気持ちを抱いているのかよく分かるというものだ。
尤も、侍郎にとってはヨガが軽くトラウマになりかけているのも事実だが。
「大丈夫だよ、侍郎君。私も一緒についてってあげるから」
妹よ。その言葉はフォローじゃなくて、追い撃ちどころか死体蹴りです……と悠元は内心で詩奈と侍郎の微笑ましい(?)やり取りを見つつも呟き、通信端末を取り出して詩奈の言っていた矢車家の人と連絡を取った。その10分後、矢車家の人が来て二人は一緒に付いていったのだった。
妹が満面の笑顔で手を振っていたのには、手を振り返した……言っておくが、実の妹である詩奈を娶る気は一切ない。大事なことなので、何度も言っておく。
それを見送った直後、競技場の方から歓声が上がった。どうやら一試合終わったのだと察したところで、悠元はそういえば、と思い返した。
「今の試合……会長のじゃね?」
ヤバい、実にヤバい。何言われるか分かったものじゃない。これで「私とデートしなさい」とか言われたら全力で逃げる。
いや、女性として魅力的なのは理解しているのだが、崇拝に近い形となっているファンクラブとか、彼女の父親とか、彼女の妹である双子のこととか……とにかく付随する事柄が面倒事に直結することだらけなのだ。ファンクラブの連中(プラス彼女の父親)に彼女が作った「
とにかく2回戦以降の試合は見ておこうと思い、悠元は競技場の中へと入っていくのであった。
◇ ◇ ◇
悠元は案の定、真由美に1回戦のことを問い詰められた。だが、試合中にそんな集中力を欠くような行動はどうかという言葉と、知り合いが絡まれていたので助けたことを伝えると、渋々納得していた。だが、真由美の追及は止まらなかった。
「悠君、あの起動式は何なの!? 達也君に聞いたら、あれはもう『
「高速化するついでに回転軸変数を少し弄っただけですよ。会場中がみんな釘付けだったじゃないですか」
『
とはいっても、真由美に提供した『
「あー、またあのタヌキオヤジに聞かれる案件が増える……悠君、実はSでしょ?」
「それについては分かりませんが、性格が悪いと言われたことならあります」
「それがSって言うの!」
結果として、全試合1セットだけで相手選手をリタイアに追い込むほどの得点―――全ての試合で無失点および200点以上の大差を付けての勝利。決勝では228-0という1セットあたりの最多得点記録をマークした。
真由美としてはやや不完全燃焼気味だが、十師族の直系としてこれ以上ないほどのアピールになったことは間違いない。
「何にせよ、妹たちも姉である会長が活躍して大喜びなんじゃないか、って思いますよ?」
「ううっ、それはそうなんだけれど……悠君、お昼は一緒に付き合いなさい! これはリーダー命令です!」
「……分かりました。ですが、二人きりではあらぬ誤解を招きますので、こうしましょう」
代表メンバーのリーダー権限は、そういう私利私欲のために使う為のものではないのだが……断ったら面倒なので、引き受けることにした。その代わりとして条件を一つ提示することにした。
「悠元お兄様、お久しぶりです!」
「久しぶりだな、泉美。香澄も久しぶり」
「悠元兄も久しぶり! で、お姉ちゃんは何で不機嫌なの? あれだけの完封勝利をしたのに」
「まあ、ちょっとした癇癪というやつだ」
それは、真由美の妹である香澄と泉美の二人も同席させることだ。二人とはバレンタインの一件で屋敷を訪れて以来となるので、約四ヶ月ぶりだ。泉美は嬉しそうに悠元に抱きつき、それを見た香澄は相変わらずだなぁ、と思いつつ悠元に挨拶をした上で若干不機嫌な真由美について尋ねると、悠元は無難な答えを返した。
なお、真由美が不機嫌な理由は試合のこともあるのだが、「二人きりがよかったのに……」と小声で呟いて不貞腐れているだけだ。
そんなことをしたらあの現当主に付け込まれるだけなので、香澄と泉美をこの場に呼んだという訳だ。これには真由美も渋々納得したが……すると、彼女は未だに抱き付いている泉美に対して笑顔を浮かべて問いかけた。
「ちょっと、泉美ちゃん。悠君にくっつき過ぎですよ? 人目もあるから離れなさいね?」
「え、別にいいじゃないですか。お兄様に会ったらいつもベタベタしているお姉さまに言われる筋合いはございません」
「……悠君、助けて」
姉の言葉をバッサリ切り捨てた泉美に対して、真由美は早々に悠元へ助けを求めた。その背景には泉美の婚約話が潰れた一件があるのだろう。
「ギブアップ早すぎじゃないですか!? 泉美、気持ちは理解するけど離れてくれないか? これだと身動きが取れない」
「あ……申し訳ありません。お兄様成分を補充したくて、つい抱き付いてしまいました」
真由美のこれには思わず反応してしまったが、泉美に対してやんわりとした口調で窘めた。すると、泉美は我に返ったように悠元から離れて軽く頭を下げた。
というか、お兄様成分って何? 俺、そんな変な匂いでも出してるのかな? 一応ここに来る前にシャワーは浴びたんだが……首を傾げつつ悩んでいると、香澄が声を掛けてきた。
「大丈夫、泉美のちょっとした
「そうか? なら、いいんだが……」
「もう、香澄ちゃんったら酷いです……今、凄い当て字をしたような気もしましたけど」
彼女らと面識を持ったのは4年前ぐらいになる。丁度沖縄防衛戦の1年前に七草家でパーティーがあり、剛三に連れられて弘一に挨拶をしたときに、真由美、香澄、泉美と出会った。その時に泉美から「理想の王子様」と言われたことは今でも覚えているが……どの辺りを見て王子様と言ったのかは理解できなかった。
「とりあえず、会長が優勝したんだ。お祝いの言葉を掛けてあげなよ」
「そうだったね。お姉ちゃん、優勝おめでとう!」
「お姉さま、優勝おめでとうございます」
「あ、ありがとう……あれ、おかしいな。私、二人の姉よね?」
いつの間にか、悠元が妹たちの
なお、そんな真由美の葛藤に対して、香澄と泉美は揃って首を傾げたのであった。
エアライド・バースト(金的)
そろそろ出しておかないとなぁ、と思って侍郎登場。
彼の出番は今後も作っていく予定です。
会長が姉だということは分かっていても、妹のように感じてしまう不思議。