魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦二日目③

 本戦女子クラウド・ボールにて真由美が無事優勝を飾ったということで、彼女のリーダー命令によって一緒に昼食を食べることになった。とはいえ、お互いに十師族である以上は目立ってしまうため、妹である香澄と泉美も交えて食べることになった。

 

 午後に関しては、真由美は天幕に戻り、香澄と泉美はVIP用の観覧席でアイス・ピラーズ・ブレイクを見るとのこと。折角だから一緒にどうかと泉美に誘われたが、そこはやんわりと断っておいた。二人と観戦したら間違いなく局所的なブリザードが吹き荒れそうな気がしたからだ……別に誰かのことを指して言ったわけではないが、被害がないに越したことはない。

 それに、VIP席だと他の十師族当主とも顔を合わせる羽目になる。ただでさえ新人戦が控えているのに、十師族の現当主たちと会って無駄な気苦労を負いたくないのが本音であった。

 

 二人を送り届けると真由美が言いつつ、その場を去った。悠元はそのまま女子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場に足を向けることとなる。

 アイス・ピラーズ・ブレイクはピラーズ・ブレイクとも呼ばれ、縦12メートル、横24メートルの屋外フィールドで行われる。フィールドを半分に区切り、縦横1メートル、高さ2メートルの氷柱が12本ずつ設置され、先に相手の氷柱を倒した方が勝ちというルール。

 この競技は、九校戦の競技では最も大掛かりな舞台装置を使用している。それこそ真夏の時期に何百本の氷柱を用意しなければならないため、いくら国防軍の全面協力があったとしても大変なことには変わりない。

 製氷能力の関係で試合会場は男女各2コートの4コート。一日にできる試合数は1回戦の12試合と2回戦の6試合、計18試合が限界だ。そのため、3回戦の3試合と決勝リーグの3試合は分けられる形となるため、2日間に渡る形となる。

 そして、女子アイス・ピラーズ・ブレイクの2回戦―――花音が出る試合をスタッフのモニタールームに観戦しに来たのは、悠元、達也、深雪、そして雫の4人。ピラーズ・ブレイクに出場する面々(達也は新人戦女子の担当エンジニアだが)がある程度揃う形となった。

 

「千代田先輩の調子はどうです? 1回戦は最短時間で勝ったそうですが」

「調子は悪くないけど、空回りしないか心配なところはあるかな」

 

 達也が当り障りのない質問を投げかけると、啓は苦笑しながら返した。

 その一方、悠元は深雪と雫の板挟み(サンドイッチ)に遭う形となっていた。男子としては羨ましいのかもしれないが、下手なやっかみを買いそうで溜息を吐いた。達也はそれに見ない振りをするために悠元を生贄にしたのだろう……そうやって身軽に動ける奴が羨ましく思える。

 

「あの、お二人さん? そこまで引っ付かなくても逃げませんよ?」

「ダメ。あの会長さんも油断ならない」

「雫の言う通りです。悠元さんを一人で行動させると増えていきますから」

 

 深雪さん、増えるって何が? 自分はそれなりの容姿を持つ普通の人間ですから……あ、魔法を使える時点で普通の人間じゃなかったわと思いつつ、悠元は諦めたように窓の外に映るフィールドを見やった。すると、それを見た啓が達也に話しかけた。

 

「君はいいのかい?」

「まさか、五十里先輩に聞かれるとは思いませんでしたが……自分としては、妹を安心して預けられる相手ですから」

「成程ね。十師族というのも楽じゃない、って彼を見てたら思うよ」

「確かに、その通りですね」

 

 達也から言わせれば悠元は「イケメン」の部類に入ると思っている。懇親会の時の反応を見るからに一目瞭然だろう。ただ、悠元本人にその辺の感覚がないのは達也もよく分からない。強いて言うなら、高校入学まで「長野佑都」として振る舞っていたため、その感覚が抜け切れていないと推察している。

 加えて、彼が三矢の人間という自覚はしていても、必要以上に拘らないような気がしていた。それは、三矢の人間が一高の『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』と付けられたことに対して、余計な行動を取らないようにするためのものなのかは、正直達也も計りかねていた。

 実際のところ、悠元が「普通」を強調するのは兄と姉4人のとんでもない功罪によって自分にも影響が出ているため、今後入学することになる詩奈に対して三矢のイメージを払拭するための方便のひとつなのだが、十師族という時点で普通というイメージはないに等しいということを悠元が自覚していなかったのだった。

 それと、自分の容姿に関して自負というか自覚がないのは、単純に前世の兄に対する感覚が未だに抜け切れていないためなのだが、それを悠元が認識できていないのが主な原因である。

 

 尤も、達也の一番の懸念は視線の先にいる深雪と雫が勝負をする場合、自分と悠元がどちらかの味方に付くことができない点だ。その点で言えば、悠元は深雪に対して彼女が使っている汎用型CADのオーバーホールを行ったうえ、決勝リーグ用の起動式を一つ渡している。雫には決勝リーグを見据えた特化型CADの設計を悠元が手掛けている。

 これで差引イーブンとは言えないかもしれないが、達也も技術スタッフとして出来る限りの協力を二人にしてきた。

 

 達也のそんな懸念を他所に、試合開始を告げる青のシグナルが点灯し、同時に音がフィールドに鳴り響く。その音と共に、地鳴りが生じた。

 

「地雷源」

 

 達也は眼前の光景からその名称を呟いた。

 速さだけでなく、多能性が現代魔法の特徴だが、やはり人である以上は魔法師にも得意・不得意が生じる。魔法の才能が遺伝するものである以上、その得意・不得意も引き継がれる。

 四葉家のように一族一人一人の特性がまるで異なる、というのが例外なのだ。その意味で現在の三矢家の次男以下の面々はその傾向を持っている……その原因は悠元にあるわけだが、本人は否定している。

 

 話を戻すが、有名な一族にはその共通する特性から、個人に対するものとは別に、一族に対する二つ名が贈られる―――というか、付けられる。一条家の「爆裂」や十文字家は「鉄壁」、七草家は逆説的に「万能」、千葉家は「(つるぎ)の魔法師」と呼ばれたりする。

 ちなみに、三矢家も最近二つ名で呼ばれるようになったのだが、付いた二つ名は「摩訶(まか)」。その由来は魔法特性に優れた5人の魔法師の得意分野がバラバラなことや、その実績がまるで“摩訶不思議”のようだと言われるようになったためだ。その二つ名を聞いた瞬間、父の表情が引き攣っていたことは今でもハッキリと覚えている。

 

 話が逸れてしまったが、花音の実家である千代田家の二つ名は「地雷を生み出す者」、即ち「地雷()」。千代田家の得意魔法は振動系統・遠隔固体振動魔法、その中でも地面を振動させる魔法を千代田家の魔法師は得意としている。材質を特に問わず、「地面」という概念を有する固体であれば発動可能である『地雷原』が、相手フィールドに対して直下型地震に似た上下の振動を与え、確実に氷柱を砕いていく。

 相手は振動を抑えようと移動系統の魔法を駆使するが、最大12本の氷柱に対する情報強化や対応は完全にマルチ・キャストの領域だ。相手フィールドの地面そのものを対象とする『地雷原』のスピードに追い付いていないのが見て取れた。

 すると、相手が攻撃優先に切り替えて魔法を発動し、何の守りもしていない花音側の氷柱があっさりと崩れた。これには啓が苦笑を浮かべていた。

 

「思い切りがいいというか、いい加減というか……倒される前に倒しちゃえって考えなんだよね、花音って」

「いえ、まあ……戦法としては、間違ってないと思いますが」

 

 防御を一切考えず、攻撃一辺倒に割り振って速攻で敵側の氷柱を倒す。一見すれば無謀な特攻にも近い戦術だが、同レベル以下ならその戦法も十分アリだ。何せ、防御用に魔法力を割くことなく攻撃に全てのリソースを注ぎ込むわけだから、相手が攻撃優先になれば魔法の威力を上げるだけで速度に対応できる。

 それに百家本流の千代田家クラスとなれば、同じ百家か師族クラスでない限りその戦術で十分に勝ててしまう。逆に言えば、花音が小難しいことを考えられない性格ともいえるが。

 

 尚、花音がスタッフルームに向けて笑顔でVサインを向けた後、悠元たちの姿を見た花音は制服に着替えて悠元に近づくと、肩に手を置いてこう言い放った。

 

「悠元君。こっちの世界に来ると楽だよ」

 

 それが何を意味するのか解らず、悠元は首を傾げた。その言葉の意味を察した啓は苦笑いを浮かべ、達也は頭を抱えたくなった。花音は悠元の両隣にいた深雪と雫に対して何かを吹き込んでいたようだが……聞かない方がいいと判断して、聴覚強化は使わなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんな一幕はさておき、花音が3回戦進出を決めて意気揚々と一高の天幕に引き上げてきた一同だったが、その中にいた作戦スタッフが難しい表情をしていて、重苦しい雰囲気を浮かべていた。流石にこれは何があったのかと啓が尋ねた。

 

「何かあったんですか?」

「男子クラウド・ボールの成績がやや思わしくなかったので、総合優勝の見通しを計算し直していたんです」

 

 九校戦はポイント制で競われる。本戦はモノリス・コード以外だと1位が50ポイント、2位が30ポイント、3位が20ポイント。モノリス・コードはこの2倍となるため、かなり重要となる。4位以下のポイントは、スピード・シューティング、バトル・ボード、ミラージ・バットが10ポイントとなり、クラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイクは4位から6位に5ポイントが加算される。新人戦はこの2分の1のポイントとなる。

 つまり、いかに優勝するかというよりも、同じ学校で上位をいかに独占できるかが総合優勝に大きく影響してくる、というわけだ。

 

「やや思わしくなかった、と言いますと?」

「1回戦敗退と3回戦敗退。桐原君が決勝リーグに進んだ形ですね。彼の奇抜なCADのお蔭ともいえるでしょうが」

 

 他の2選手とは異なり、原作では2回戦敗退だった桐原へのテコ入れによって決勝リーグまで勝ち上がっていた。鈴音の言った“奇抜なCAD”とはラケット一体型CADのことだ。彼の使っているものに真由美も使った『四重反転(クワドラプル・バウンド)』がインストールされている。

 その3名によるリーグ戦だが、その中に今朝出会った3人のうちの1人である宮本修司の名前があった。これには悠元だけでなく、深雪も思わず声を上げた。

 

「悠元さん、あの名前は……」

「ああ。やはり、決勝まで上がってきたか……」

「三矢君? 誰か知り合いでもいるのかい?」

「知り合いというか……今朝、偶然顔を合わせた人たちがいまして。その一人が、第九高校1年の宮本修司です」

 

 別にお互い自己紹介したわけではなかったので、魔法発動を止めたという事実をぼかしつつ彼は要注意だと呟いた。鈴音の目から見ても、1年が本戦に出てくるのはそれなりの実力がないと出来ないと分かり切っていた。

 念のためにと彼の試合データを見てみたところ、鈴音の口から思わず驚きの声が漏れた。

 

「これは……全試合で無失点勝利。3回戦で三高の優勝候補相手に完封とは……」

「それって、彼も会長クラスってことですか?」

「完全にノーマークでしたね。ですが、状況で言えば三高も同じでしょう」

 

 向こうにとっても寝耳に水のレベルだろう。決勝リーグは修司と桐原、そして、優勝候補とは別の三高の選手という組み合わせになっている。現在の試合は修司と三高の選手だが、状況は修司が優勢。その得点差は……1セット目開始3分で100点差を超えている。そんなことはさておき、作戦スタッフの2年生が試算結果を鈴音に伝えた。

 

「現在のリードを考えれば、女子バトル・ボード、男子ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バット、モノリス・コードで優勝すれば安全圏だと思われます」

 

 つまり、この時点で現在進行中の男子クラウド・ボール、明日結果が決まる男子バトル・ボードと女子アイス・ピラーズ・ブレイクは計算に入れないということなのだろう。そのどれもが現2年の主力メンバーが出場している競技であり、出場選手である花音の前で言っていい台詞ではないと思うが。

 更に言えば、新人戦のことを全く考慮に入れていない形となっている。まあ、始まってすらいないものにどうこう言えるわけではないというのは理解できる。だが、その見通しは現3年の主力がすべての種目で優勝する前提で組まれていて、万が一の場合のアクシデントに対応できない仕組みとなってしまっている。

 

「つまり、現3年が出場する競技ですべて優勝しなければならない、ということですか」

「三高との得点次第では、新人戦が総合優勝に影響してくる可能性が高くなるでしょう」

 

 このあと、男子クラウド・ボールの結果が報告された。優勝は修司、準優勝は桐原、3位が三高の選手となった。天幕にいた為に試合の細かい流れを見れなかったので、悠元は桐原のところへ足を運んだ。隣には紗耶香もいたので声を掛けようか迷ったが、向こうが気付いたので場の流れを見た上で話しかけた。

 

「お疲れ様です、桐原先輩。それと準優勝おめでとうございます」

「ああ。つっても、お前から『アレ』を勧められてなければ、いいところ2回戦敗退だったがな」

 

 できれば自身の力で勝ちたかった、という辺りは桐原らしいと紗耶香も笑みを零し、それに気付いた桐原はいじける様に視線を逸らした。

 

「それで三矢、ただ労いに来たって訳じゃなさそうだな?」

「ええ。決勝リーグで先輩が戦った九高の1年のことです」

 

 彼の試合はピラーズ・ブレイクの試合の関係で見ていなかったが、今朝会った時の立ち振る舞いから剣術を嗜んでいるような雰囲気を感じた。剣術を学んでいる桐原や、観戦していた紗耶香あたりなら何か気付いているのでは、と思って問いかけた。

 

「彼とは朝食の前に偶然会ったのですが、どうにも剣術を修めているような立ち振る舞いが見えましたので」

「やっぱりお前も気付いたか……あの動きは剣術を学んでなきゃ出来ねえだろう」

「私は遠くからだったけど、もしかしたら二天流じゃないかって。名字も単なる偶然とは思えなかったかな……先生に電話で聞いてみたけど、多分そうじゃないかって」

 

 二天流―――この国の剣豪である宮本(みやもと)武蔵(むさし)が編み出した剣術。その発祥が九州であることと、彼の名字が奇しくも同じ“宮本”であること。単なる偶然とは思えないと紗耶香は述べていた。

 加えて、彼女が通っていた道場の先生に聞いたそうで、丁度悠元と同い年ぐらいの男子と面識があったらしい。

 

「動きもそうだが、なんつーか……同じ剣士の匂いというか、雰囲気があった。まるで真剣を持った侍が目の前にいるかのような雰囲気だったな。ま、司波兄に比べたら温い感じではあったが」

「それって、彼は実戦経験があるっていうこと?」

「そこまでは分からんが……ま、とにかく自分の実力を客観的に見ることができたんだ。これはこれで悪くねえよ」

 

 紗耶香がフォローしてくれているので余計なお節介だったかな、と悠元は思った。すると、悠元は紗耶香から感じる想子の密度が4月の時よりも段違いになっていることに気付いた。単純に吹っ切れて剣道に打ち込むようになっただけかもしれないが……念のために尋ねることとした。

 

「ところで壬生先輩。見た感じ想子の密度が上がっているように見えますが……」

「え? うーん、私も分からないかな。もしかしたら、春の一件のモヤモヤが取れただけかもしれないけど」

「そう言ってるが、俺の目から見ても壬生の魔法力は確かに上がってるんだよな」

 

 紗耶香の魔法力に対して冷静に分析している桐原も、4月のブランシュ襲撃の頃から魔法力が上がりつつある。九校戦以前だとしても、特にこの二人に対して何かした覚えはない。

 そうなると、魔法以外で何かしらの影響を与えたというのが妥当である。というか、この世界って『その時不思議なことが起こった』という事象自体起こりえないはずだ。一体何が彼らに対して影響を与えたのか……3人は揃って首を傾げたのだった。

 




桐原にテコ入れした結果、成績が上がったの巻。
プラス紗耶香にもとある変化が発生。

このあたりの理由は追々語ります。

追記)普通に対してのツッコミが入ったため、加筆・修正しました。

結構やりたい放題に近い暴れっぷりを姉たちが見せたため、そこまでの鉄拳制裁はしないという意味での「普通」という意味も含まれます。主人公本人が自分のやったことを棚上げにした上で、ですが。
容姿に無自覚な原因は主人公の前世での経験が含まれるためです。またの名をトラウマといいますが。

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