新人戦は明後日だが、明日で本戦が一区切りとなるため、新人戦統括役として本格的に動くこととなる。とはいえ、悠元自身アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出る関係で、5日ある新人戦の内4日は競技に拘束される形となる。
そのため、大まかな戦略プランは立てていても、実際の戦術や作戦面は全て作戦スタッフと技術スタッフに丸投げとなる格好だ。作戦スタッフの鈴音もこれについては承知している。技術スタッフ8名の内、完全マニュアル調整が出来るのは啓、あずさ、達也の3人。
新人戦のスケジュールでは達也が女子スピード・シューティング、女子ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの3種目。あずさが女子バトル・ボードと女子クラウド・ボールのサブを担当するというスケジュール。啓は本戦ピラーズ・ブレイクと本戦モノリス・コードの関係で割り当てられていない。
これに関しては、本来同性で割り当てる筈の方針だったところに1年男子の半数以上(主に森崎)が強く反対したことと、深雪とほのかが達也に担当してほしいと懇願したのが原因だった。確かに選手とエンジニアの信頼関係が重要なため、1年男子は他の手が空いている技術スタッフが担当することになる。
幸いなのは、燈也が魔法工学系に強い関心があり、CAD調整スキルを覚えたいということで佳奈から直々に叩き上げられたことだ。明日の女子バトル・ボード準決勝では亜実のサブに燈也を入れるよう進言した。
厳密には自分が留守番役で天幕から動けなくなるため、技術スタッフの補助代理を頼んだ形だ。完全マニュアル調整の領域までは届かなかったが、それでも8割以上マニュアル調整できるので、無いもの強請りよりはマシだと思うことにした。
燈也本人に関しては、その次の日に新人戦男子スピード・シューティング、そのさらに翌日が男子クラウド・ボールに出場することもあって無理にとは言わなかったが、本人はそれを聞いて志願した。理由は「恋人の結果が気になっちゃうので、自分の試合にすら集中できないのは困るから」と言っていた。まさかの惚気めいた言葉に対して、聞いた側の悠元は苦笑しか出てこなかった。
悠元自身の場合はというと、自前でCAD調整できるので男子ピラーズ・ブレイクの作業スタッフは他の2名に集中させられる。
自分が使う汎用型CADは現代魔法しかインストールしていないが、仮に九校戦に使用されているチェック機から起動式のデータを引き抜いたとしても、個人最適化記述の関係で基礎単一系以下の威力しか出せないような仕様になっている。
そもそもとして、チェック機自体に起動式の読み込み機能はあっても追加・削除機能は付いていないし、さらに言ってしまえば厳格なレギュレーションを理解できないエンジニアが選ばれることがまずない……性善説に頼った考え方なのかもしれないが。
何故チェック機のことを知っているのかと言えば、九校戦の大会運営で使用されている機器の殆どは悠元が基本設計を担当したため、その仕様も全て頭に入っているからだ。
その引き換えとは言わないだろうが、大会委員の情報を秘密裏に引っこ抜いた。けれど、そのことは同じ一高生―――達也にも話していない。何せ、「黒だよ、真っ黒ぉ!」と叫びたくなるぐらい大会委員の半数以上が『無頭竜』に侵食されている状態だったからだ。調べれば調べるだけ無駄に疲れたのは言うまでもなく、この情報は内密に元へと渡した。
時間は桐原たちと会う前に遡る。
悠元は、男子ピラーズ・ブレイクの2回戦を見に来ていた。目的は2回戦最終試合となる克人の試合で、元々一人で見に来るつもりだった。
だが、ここで思わぬ人物たちと遭遇することになり、隣には2人の女子がいた。一人は二高1年の
「あの……隣、空いてます?」
「ええ、どうぞ」
「って、今朝会った人じゃない! あの時はゴメンね」
その少し前、姫梨がもじもじしながら悠元に問いかけると、悠元はそれに見ぬ振りをして座るように促した。すると、由夢が悠元に気付いて声を上げるが、周囲には観客もいるので声量は抑え目にしていた。悠元の隣に由夢が座り、その隣に姫梨の席順となった。これには姫梨がムスッとした表情をしていたが、由夢からは「気にしなくていいよ」と言われてしまったので、悠元はその言葉に従うことにした。
「お気になさらず……それで、今朝見かけたもう一人の観戦には行かなくていいんですか?」
「気にしなくていいよ。アイツなら優勝しちゃうでしょうし……あ、自己紹介がまだだったね。あたしは第二高校1年の高槻由夢。で、こっちの照れ屋さんは七高1年の」
「もう、由夢ってば! コホン、第七高校1年の伊勢姫梨と申します。宜しくお願いいたします」
「これはご丁寧に……第一高校1年、三矢悠元といいます。よろしく、高槻さんに伊勢さん」
悠元が名前を出すと、由夢と姫梨は揃って驚いていた。まさか自分たちの魔法を止めたのが十師族の直系であるという事実に対してのようだ。二人の様子からして、天神魔法を定義破綻させるだけの実力者がいるとは露程も思っていなかったのだろう。すると、由夢が小声で問いかけてきた。
「ねえ、君って“天神魔法”を使えたりするの?」
「……使えますよ? 母方が上泉家の人間ですし、これでも新陰流剣武術の師範クラスなので」
まさか直球で聞いてくるとは思わなかったが、下手に隠すことではないし、三矢家と上泉家の繋がりは調べればすぐに出てくることだ。新陰流剣武術のことは現状師範代と名乗っているが、名乗りを許可されているのでそれ相応と言うのは別におかしくないと判断した。
それを聞いた由夢は、目を丸くしつつ乾いた笑みを浮かべた。何せ、その横から睨むように見ていた姫梨がいたからだ。
「あ、あはは……そっか、成程ね。そりゃ止められて当然だよね」
「由夢? 三矢さんに何を吹き込んでいるのかしら?」
「え? 強いて言うなら姫梨の弱点とか」
「な、なななっ!?」
「大丈夫。そんなのは一切会話の中に出てきてないから、落ち着いて」
活発な由夢に大人しめの姫梨。お互いに正反対だからこそ喧嘩もするのだろう。すると、フィールドの櫓に動きがあり、双方の選手が登場する。
克人の格好はと言うと、クロス・フィールド部で使用している防護服と思しき格好をしていた。大まかなフォルムは元継の時と変わっていないので、それから推察した。一方、克人の姿を見た相手選手は委縮気味であった。
「クロス・フィールド部の防護服みたいだな。あの人らしいな」
「あー、あれ、本当に高校生? 年齢詐称してない?」
「由夢……でも、存在感がまるで“巌”ですね。あの歳で『鉄壁』の名に相応しい出で立ちとは感心します」
由夢の言いたいことも理解はする。
中身は繊細で天然だが、外見が高校生の域を超えてしまっている。まるで、生まれてから最初に発した言葉が「責任」と言っても違和感が全くないと思うほどだ。
何気に本人も苦労しているだろうが、彼の弟や妹も苦労しているのだろうなと思う。横に並んだら兄弟(妹)というよりも親子と言われても無理が生じない……そんなことを口に出したら、確実に本人が傷付くので口を噤む。
そして、シグナルが全て灯り、試合が開始された。克人は自陣の氷柱を箱状の『ファランクス』で覆った。相手選手は魔法を放つが、『ファランクス』の鉄壁とそれに囲まれた克人側のフィールド内に発生している事象干渉力で魔法発動が思うように出来ていない。
「えげつないな……相手からしたら、自身の想子が切れるか、別の『ファランクス』が展開されて上から押し潰されるのを黙って見ているしかない」
「……姫梨、手持ちの魔法で行けそう?」
「辛うじてですね。多分由夢だと『紫電』を使わないと無理でしょう。私でも『風絶』を使わないと、何層にも重なった守りは突破できないかと」
『ファランクス』に関しては、あの時の悠元でも『
由夢と姫梨はそれを破る方法を推察していた。先ほど出した名前は悠元も知っているが、敢えて口には出さない。何せ、その魔法は天神魔法でも高位に属する魔法であるからだ。
このままでも克人の勝利は揺らがない。だが、ここで克人が動いた。何と、相手フィールドの氷柱の前に直方体の『ファランクス』を展開した。
現状で2つの『ファランクス』の展開―――そして、櫓の上で槍を突き出すような構えを取り、掌底を放つかのように前に突き出す。相手フィールドに展開していた『ファランクス』が伸びて、進路上にあった3本の氷柱を立て続けに破壊した。
「攻撃型の『ファランクス』……紛うことなき“槍”か」
そして、残り9本の氷柱も同じように『攻撃型ファランクス』で破壊し、相手選手を完封。克人はこれで3回戦進出となる。
しかし、そんなことをせずとも自前の事象干渉力と『ファランクス』による氷柱の圧壊で倒せるだけの相手だったのに、態々『攻撃型ファランクス』を見せた理由―――すると、克人が視線を悠元がいる方へ向けていることに気付いた。恐るべきは克人の空間認識能力だろうが、その目線にはメッセージが込められていることを感じて、悠元は周りに気付かれないよう真剣な表情を見せて目礼をした。
(多分、『円卓の剣』に対する礼儀として、奥の手とも言える『攻撃型ファランクス』を俺に見せた。そして、この国の魔法師の頂点に立つ十師族として、その名に恥じぬ戦いを見せろということなんだろうな……
悠元の反応を見て自分のメッセージが伝わったと解釈したのか……櫓の台座が降りていく中で、克人は少し笑みを浮かべていたのだった。
◇ ◇ ◇
その様子を天幕で見ていた真由美は、克人があそこまで気合が入っていることに驚きを隠せなかった。まさか『攻撃型ファランクス』を2回戦で出すとは思っていなかったのだ。これには傍にいる摩利も同様だった。
「ねえ、摩利。どう見る?」
「今から新人戦に出場する男子に発破を掛けたいとも思えるが……確か、悠元君が十文字の試合を見に行っていたな?」
「恐らく、4月の一件のお返しに『
その言葉は真由美にとってブーメランではないか、と摩利は思ったが口に出さなかった。悠元と克人のことは摩利が審判をしていたのですぐに思い出せたが……あの時悠元が使った『円卓の剣』に対して、克人はその返礼として『攻撃型ファランクス』を見せたのだろうと真由美は推察した。
「加えて、同じ十師族としてそれに違わぬ力を見せろ、ということでしょうね。新人戦男子ピラーズ・ブレイクには三高の一条君もエントリーしているから」
「十師族同士の戦いか……真由美はどう見る?」
「……分からないわ。一条家の『爆裂』はピラーズ・ブレイクでも使用可能だから、一瞬で勝負がつく可能性も捨てきれないでしょう」
真由美も悠元の実力を測りかねていた。内密に1学期末試験の結果は見たが、魔法実技に関しては文句なしのトップクラス。だが、彼の得意系統自体読めずにいた。前にも述べたことだが、過去に活躍していた三矢家の人間の得意系統がバラバラで、結果的に将輝との勝敗が全く予測できないのだ。
「一応深雪さんにも聞いたのよ。でも、彼女ですら悠君の得意系統が分からないと言ってたわ……一応、ホームルームでの本人の申告では“振動系統全般”とは言っていたらしいけど」
「振動系統
摩利は美嘉の得意とする『ブリッツ・ロード』を悠元が使ったところを目撃している。なので、光波振動系魔法は使えるのだと認識している。だが、それだけでは涼歌の『
「悠君に直接聞いたのよ。本当の得意系統は何なのかって……そしたら、何て答えたと思う?」
「……分からないな。何て言ったんだ?」
「―――収束系魔法。彼はそう言っていたわ」
真由美にはそう話したが、厳密には別系統の魔法である。『エアライド・バースト』はその系統魔法を生み出す過程で出来た副産物だ。そんな悠元の事情を知らない真由美は思わず頭を抱えたくなっていた。
「正直読めないことだらけよ、殊更悠君のことに関しては……」
「好きなのか?」
「……そ、そそ、そんな訳ないじゃない!」
摩利の問いかけに対して、真由美は頬を赤く染めて反論していた。あれだけ露骨な言動やスキンシップを見れば、誰だってその線を疑うだろう。態度と言動が明らかに一致していない目の前の人物に対し、摩利はこう言い放った。
「だが、バレンタインの一件で拗れたんだろう? そのことは父から聞いたが……正直、真由美が悪いんじゃないのか?」
「私だけじゃないもん! 泉美も賛同してくれたんだから」
「お前なぁ……」
娘二人にせがまれて断らなかった七草家現当主も結構な親馬鹿だ、と摩利は溜息を吐きたかった。ここが天幕の奥だったから、まだ外に会話が漏れていないのがせめてもの救いだった。
「というか、入学式の段階で判明すると分かっていたことだろう? どうしてそんな無茶をした?」
「最初は冗談半分だったんだけど……あの父親も『それならいけるか……』と提案を呑んじゃったのよ。それがこんなことになるなんて思わなかったの。上泉家が動くなんて思わなかったし」
「分かったから、少しは落ち着け。お前は代表チームのリーダーなんだからな」
いや、そこは最悪を想定して動くべきなんじゃないのか、と摩利は自分らしからぬほどに冷静な心境だった。良くも悪くも風紀委員長の前任者である美嘉の薫陶があってこそなのかもしれないが、摩利は真由美に対してリーダーらしく毅然とするように窘めたのだった。
時系列自体が前後しますが、克人の競技を入れたかったのでこうなりました。戦法に関しては劇場版で半球型も行けてたので、箱型もいけると連想した結果です。
主人公とオリキャラの絡みは、ここでちゃんと面識を持ったぐらいに捉えていただければ幸いです。