魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

79 / 551
九校戦三日目①~本戦三日目~

 九校戦も三日目を迎える。ここからが表裏両面の意味で正念場となるだろう。

 今日の競技は、午前が男女アイス・ピラーズ・ブレイクの準決勝(3回戦)と、男女バトル・ボードの準決勝と3位決定戦、午後がピラーズ・ブレイクの決勝リーグとバトル・ボード決勝。これで本戦が一段落して、明日からは新人戦となる。

 

 悠元は、いつもより少し早い時間に目が覚めた。二度寝をして遅れたくもないため、眠気覚ましのコーヒーをセットして動きやすい服装に着替える。そして、出てきたコーヒーにミルクと砂糖を入れて口にする。

 

 眠気覚ましなら何もいれないブラックコーヒーがいいのだろうが、悠元はブラックが苦手である。単純に苦味だけという飲み物でないことは分かっているのだが、この辺は前世で苦手だったことに起因する。別にお子様だと笑ってくれて構わない。

 

 紅茶の場合はストレートで飲めないため、基本はミルクティーしか飲まない。

 以前司波家でストレートティーを出されたときは渋々飲んでいた。それを見た深雪に口に合わなかったのかと心配されてその事情を話すと、達也と深雪は揃って「苦手なものがあったのか」と言いたげな視線を向けられたことがある。お前たちは俺を一体何だと思ってるんだ、とは聞かなかったが。

 

 その反面、緑茶や抹茶は普通に飲める。それで周りからおかしくないか、と言われたことはあるが、それはそれ、これはこれということだ。良くも悪くも日本人なのは変わらないということだ。

 

 話を九校戦に戻すが、ここまで勝ち残っているのは男子がピラーズ・ブレイクとバトル・ボードで各2人、女子がピラーズ・ブレイクで花音1人、バトル・ボードは全員がここまで勝ち残っている。『電子金蚕』のことを鑑みて、バトル・ボードは男女5人にシルバー・ブロッサムシリーズを使用してもらうことになる。

 

 そのシルバー・ブロッサムシリーズだが、実は真由美にクラウド・ボールで使用してもらっていた。他の選手とは違ったデザイン性の高さと彼女の容姿や活躍も相まって、九校戦の会場に展示されたコーナーには人が殺到した。九校戦に合わせて即売所も設けられたのだが、本社に追加発注がかけられるほどだと牛山が述べていた。「流石主任ですな」と言われた時はすぐにツッコミを入れたが。

 

 というか、国の補助ありでも数万円からなのに売れているのは、トーラス・シルバーの名と九校戦限定のデザイン(九校戦のロゴマークが入っている)ということで売り出しているからだろう。

 真由美の使っていた特化型CADは特に売れていた。前世で言うところの「○○選手使用モデル」みたいな感じだといえば分かりやすいだろう。後日、本人から散々言われる羽目になったのは言うまでもない。

 

 今まで「トーラス・シルバー」が手掛けたものとは一線を画したデザインの機種だが、この辺はFLT・CAD開発第三課にCADデザインができる人材がそれなりにいたことも起因している。

 あの部署は所謂「陸の島流し」とも言われ、兵器的なデザインを好まない技師もそこに集められていた。そこに悠元は目をつけて、シルバー・ブロッサムシリーズは生まれたというわけだ。

 これには開発本部長の現在の妻も納得いかないような顔をしていたらしいが、可能性を切り捨てたのは向こうだし、それに対して文句を言われる筋合いはない。冷たい言い方だが、完全な自業自得というものだ。

 

 話が逸れたが、今日のスケジュールだとアイス・ピラーズ・ブレイクでは克人が準決勝第3試合で、花音が準決勝第1試合。バトル・ボードは男子準決勝第1レースに服部、女子準決勝第1レースに亜実と小早川、第2レースに摩利がいる。

 どの試合も気は抜けないが、第2レースの組み合わせは摩利に七高の3年、三高の3年となっている。

 

 予選の作戦では、摩利は昨年のラップタイムペースで走り、美嘉が摩利に教えた『電光走破(ブリッツ・ドリフト)』は禁止するという条件で予選通過を果たした。準決勝で七高が出てきている以上、それは解禁するのだろうが……それだけでなく、摩利の基本的な走行スピードは、美嘉と遜色ない最高速度を出せる状態に仕上がっている。摩利自身が持つ昨年の決勝ラップより10秒以上は早くなる計算だ。

 その速度から逆算してコース最初の急コーナーを曲がる場合、七高がカーブに差し掛かって減速タイミングに入る段階で、摩利はコーナーを抜けている計算になる。無論、スタートの段階で大した妨害がないことも前提になるだろう。

 

 それはさておき、今日も深雪からお誘いがあったため、彼女のトレーニングに付き合っていた。今日は人払いの結界を張らずに軽いジョギングと筋力トレーニングという形だ。すると、見知った気配が2人揃って走っていくのが目に入った。どうやら達也とほのかの2人で走っているようだった。

 

「アイツの場合、技術スタッフとしてほのかのトレーニングに付き合ってるつもりなんだろうな……何でしょう、深雪さん? 背中を抓って?」

「人のことが言えるのかと思いまして」

「……」

 

 深雪としては、達也が見知らぬ人間にホイホイついていく性格でないことは知っているし、そもそも今の達也は深雪のガーディアンだ。彼女としても兄が恋愛に目覚めてくれるならうれしいと思っているし、彼女の母親も同意見らしい。

 それでいて何故自分の背中を抓るのかと問い質すと、凄みを含んだ笑顔を向けられたことに悠元は返す言葉もなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 朝食を済ませた後、悠元は真由美に呼ばれて天幕に来ていた。1日目からの幹部によるミーティングには九校戦の幹部育成という名目で参加していたため、その一環だろうと思われる。

 それを理解しているとはいえ、深雪と雫には疑惑の視線を向けられていた。曰く「会長(真由美先輩)が油断ならない」ということだった。まあ、油断ならないというか、転んでもタダじゃ起きないというべきか。

 

「悠君? 今、失礼なことを考えなかった?」

「いいえ、会長の気のせいだと思いますよ」

 

 剛三に連れられて各所を回った経験からくる面の皮の厚さで、真由美の鋭い問いかけに対して無表情で返した。これには「達也君みたいで読めないわね」と言われたが。それはさておいて、モニターではバトル・ボード準決勝の第1レースが始まろうとしていた。

 

「第1レースはつぐみんと小早川さん、それと九高の選手ね……予選タイムから見れば、つぐみんが1位確定でしょうね」

 

 真由美がそう呟くと、レースがスタートした。亜実は空気抵抗に対して、自身の乗るボードを起点として周囲を薄い膜で覆った。そのすぐ後方に小早川が付いて、九高の選手を一気に引き離しにかかった。

 

「これは……確かに、二人の実力からすればそうするだろうと見たけど……あの術式、悠君が考えたの?」

「どうしてそう思ったんですか?」

「序盤であんな使い方をしたら、普通の魔法師なら想子量が持たないもの」

 

 これは真由美の言うことにも一理ある。想子保有量に左右される作戦なのは間違いないが、それを序盤から終盤まで持続させるのは普通にできることではない。だが、この作戦は亜実自身の走行も含めて基本的に2つの魔法しか使わないため、亜実と小早川の消費が格段に抑えられるというわけだ。

 

「五十嵐先輩が使用している魔法は移動・振動・加速系の『空力防盾(エアセイル・シールド)』。術式そのものは『魔法大全(インデックス)』に掲載されている魔法ですよ」

 

 元の起動式は確かに『魔法大全』に掲載されている。だが、元の起動式では想子消費量が大きすぎるために亜実専用の術式として改良されている。その改良した張本人は紛れもない悠元だが。更に硬化魔法で亜実自身とボードを一つのオブジェクトとして認識する効果も付与されており、その魔法一つで摩利と同じような走りができる形となっている。

 

「『空力防盾』で空気抵抗をかなり弾くわけですから、五十嵐先輩が決勝に、小早川先輩が体力消費をかなり抑えた上で3位決定戦に進める。これは市原先輩とも確認したうえで決めた作戦です」

「悠君。私、そんな話は何も聞いていないんだけど?」

「渡辺委員長を本気で負かしに行きたい、という五十嵐先輩の意向を汲んでますから。会長に言ったら絶対に反対するか、委員長に漏れると市原先輩が判断してのことです」

 

 摩利が美嘉から走行術式を教わったのを見て、亜実は摩利と戦いたいという気持ちが芽生えた。それを燈也から聞いたため、悠元は亜実にいくつか術式を渡したし、それに加えて決勝戦を見据え、亜実専用の走行術式まで組み上げた。

 美嘉が『ブリッツ・ロード』から編み出した『ブリッツ・ドリフト』を破るために、自分もこれまでにないほど本気で組み上げた起動式だ。

 

「はぁ……摩利もそうだけど、皆揃って身勝手ね」

「会長がそれを仰いますか?」

「うっ……分かってるわよ」

 

 少し拗ねた様子の真由美を見つつ、悠元はモニターを見つめた。どうやら連中が準決勝第1レースに『電子金蚕』以外の手段で妨害するということはないようだが、油断はできない。

 幸いにも、佳奈と美嘉、修次が女子バトル・ボードの警備に加わっている。現状だとその三人だけがすぐに対応できる面々だろう。応急手当のことを考えれば達也も観戦する(というか、摩利に観戦するように強く言われた)ので大丈夫とは思う。

 

 いざとなったら『八咫鏡』で監視システムの記録を全部暴き出すのも考慮に入れておいたほうがいいだろう。原作で摩利が事故を起こした時の水面陥没がもし遅延術式でなかったとした場合、監視している大会委員も無頭竜の息が掛かっているか、それを操る奴のマインドコントロールの線まで疑わなければならない。

 ちなみに、懇親会の日に事故未遂となった車の件だが、警察省から「目的は不明だが、極めて悪質な犯行」として発表された。そのフォローとして詩鶴がメンタルケアをしていた。ヨガの被害を免れた1年男子勢だが、服部よりも思考が単純だったおかげで大した影響は出ていない。そこに双方を貶す意味はないということを付け加えておく。

 

 その反面、バスの事故回避に貢献した悠元と燈也、そして二科生でありながら技術スタッフに選ばれた達也の3人に対して納得いかないような視線を向けていた。前者はともかく、後者はとばっちりもいいところだろう。

 森崎とモノリス・コードの絡みで話をしても、結局は達也のことを持ち出されて正直ウンザリだった。森崎と達也が同じ風紀委員というのもそれに拍車を掛けているのだろう。

 一科(ブルーム)至上主義がなければ真っ当に実力を評価できるいい奴ということは確かだし、雫とほのかも4月の一高襲撃の時に森崎の意外な一面を見て、そう評価していた。「いつもそうだといいのにね」というほのかの意見と、雫の「同感だけど、多分無理だと思う」という言葉には同意してしまった。

 

 女子バトル・ボード準決勝の第1レースは2周目に突入し、ここから九高の選手が巻き返すのは無理である。一方の男子バトル・ボード準決勝第1レースに出ている服部はというと、いつものスマートな感じからかけ離れたレース運びをしていた。これには悠元と真由美が揃って苦笑を浮かべていた。

 

「『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』を応用して、水面に雷撃を撃ち込んで大波って……理には適ってるけど、はんぞーくんらしからぬ妨害ね」

(服部副会長、ストレス溜まってたんだな……)

 

 すべての系統魔法を不得意なく扱える服部だからこそ出来る戦法であり、他の人間に真似できることではない。にしても、何かと正々堂々を心掛けるような服部らしからぬ暴れっぷりに、真由美は思わず頭を抱えていた。

 彼が与えていたストレスが九校戦で発散された形となり、これには同じ生徒会役員である悠元も苦笑しか出てこなかった。そのストレスの中には、悠元に対する羨望も含まれていたのは、ここだけの話である。

 

 なお、こうなった原因は悠元にある。

 実は鈴音から男子バトル・ボード準決勝の作戦について聞かれたのだ。服部ならどの系統でも行けることを思い出し、『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』クラスの雷撃を斜め前方から水面に叩き込んで、後方に大波を起こせばいいんじゃないかと冗談半分で言ったところ、それが通って実行された形だ。

 付け加えると、桐原が男子クラウド・ボールで準優勝したことが服部に対して発破を掛けた形となったようだ。言い出したほうも大概だが、それを通す人も実行する人も大概であると思う。

 

 本戦男女バトル・ボード準決勝、第1レースの結果は1位が亜実で決勝進出、2位の小早川が3位決定戦進出となった。そして、男子は服部が1位で決勝進出となった。これには、男子ピラーズ・ブレイクの控室で服部のレースを見ていた克人も満足そうな表情を浮かべていたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 奇しくも同時刻。横浜の中華街。

 某ホテルの最上階、金と赤を基調とした派手な内装の大部屋で、茶器を並べた円卓を囲むように5人の男たちがいた。部屋の壁には、金で刺繍された龍―――空中でうねりを巻く龍の()()の掛軸が掛けられていた。その贅を凝らした派手な内装とは裏腹に、男たちの表情は芳しくなかった。それは、男女バトル・ボード準決勝第1レースの結果を聞いたためだ。

 

「なんなのだ、この結果は!?」

「幸い、女子の決勝に進出した選手は1種目だけだ。予定通りではあるが、渡辺選手を“棄権”にさせるしかあるまい。ミラージ・バットに替えの選手はいないようだからな」

 

 そんなことを英語で平然と話すユーラシア人混血種の特徴を持った男たち。彼らにはこの国の魔法師の卵などどうなってもいいという思いしかない。寧ろ、彼ら自身の保身が掛かっているため、そのような思いなど初めからないのだろう。すると、ここで男の一人が声を上げた。

 

「女子もそうだが、男子もだ。何故潰せなかった! 『電子金蚕』は入れていたのだろう!?」

「それが……当該選手に仕込んだそれが発動する前に、服部選手が大波を起こして転覆させたようだ……あの小僧め、運が良いようだ……」

 

 服部が昨年の新人戦とは異なる動きを垣間見せたせいで、彼らの妨害が阻止されてしまった。決勝に進出した以上は準優勝以上が確定となるため、彼らが目論んでいた三高の総合優勝へと導くプランに綻びが生じ始めていた。

 実際のところは、男子クラウド・ボールに対しても意図的にトーナメント表に細工をするよう指示を行ったものの、結果として三高ではなく九高が優勝し、桐原が準優勝する事態となった。

 

「ならば、『ジェネレーター』はどうした!?」

「それが、会場に紛れ込ませたものの、全員の消息が不明となった……残っているのは、ここを守っている連中だけだ」

 

 4月の一件で彼に貸し出した『ジェネレーター』が一人残らず帰ってこなかったことに憤慨したものの、更に九校戦で貸し出すよう“首領(ボス)”からの命令があったため、渋々受け入れた経緯がある。ここにいる誰もが本部の粛清など受けたくない、という思いしかなかったのだ。

 

「だからと言って、このままではここにいる全員が本部の粛清対象だ」

「“彼”に頼る気はない。だが、今回は大口の客を相当集めたからな……胴元の支払金額は決して安くない。今期の“ビジネス”にも大きく影響することだろう」

「……何か、手を打たねばな」

 

 男たちが言う“彼”に言われるがままやった結果、自分たちが破滅の道を進む。

 彼らは何も気付いていない。

 もう既に『触れ得ざる者』の逆鱗に触れたことを。

 




三日目は一、二日目より短めです。
多分四日目から書く量が増えそうな気がしますが。
書きたいエピソードが多すぎて困る。

桐原の影響で服部にもバタフライ・エフェクトが起きています。アニメでもガスを収束させて外に放る芸当をやってのけているので、指向性を持たせた電撃もいけると踏んでいます。空気弾撃ち込んだほうが早いと思うというのはオフレコで。
『ドライ・ブリザード』を水面に撃ち込んで発生させた二酸化炭素のガス妨害がどういう判定をするのか不明なため、その辺はぼかしました。

そして「無頭龍」初登場。ただ、彼らの退場は原作よりも早くなります(その辺は既に本編で触れてます)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。