魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦三日目②

 女子バトル・ボード準決勝第2レース。それを控えた第三高校3年の水尾(みずお)佐保(さほ)は、後輩から激励を受けていた。

 

「頑張ってください、先輩」

「ありがとう。一高の渡辺に海の七高というとんでもないグループだけど、まあやれるだけやるわよ」

 

 後輩に向けてそう言いつつも、佐保は昨年も準決勝で摩利と戦って敗れている。それに加えて昨年の決勝で摩利とデッドヒートを繰り広げた七高の選手が同グループだ。せめて三高の名に恥じないレースはしようと決めていた。

 すると、その後輩たちからはそれに文句をつけ始めた。

 

「でも、組み合わせに大会運営の悪意を感じますよ」

「せめて一高だけでも、あのバス事故で棄権してれば……」

「えっと……」

 

 人がいい佐保はその後輩の言葉にどう言おうか迷っていた。そんなことを一高の人間の前で言おうものなら、即座に諍いの種になりかねない言葉だ。そこに無頭竜が妨害のためにそんなカードを仕込んだことなど、彼女らはもちろん、佐保にも知るはずのない事実であった。

 すると、そんな佐保を救うように一人の女子生徒―――愛梨がその態度を窘め、それに続くように栞が言葉を発した。

 

「あなた達、そんなことを言うものではないわ。いくらこの場が三高の天幕だからって、軽口であろうとも人の不幸を願うような言葉は許されないわよ」

「愛梨の言う通りよ。魔法師(わたしたち)にとってイメージは現実そのもの。それに、懇親会で上泉殿が仰っていたことをもう忘れたのかしら?」

 

 これには悪口を言っていた女子達も黙らざるを得なかった。何せ、相手が師補十八家の「一色」と百家の「十七夜」ということも大きいが、何よりも懇親会の来賓にいた人物―――上泉剛三の存在は彼女らを黙らせるのに効果的だった。

 何せ、彼は三度目の世界大戦を経験しながらも生き残った上泉家の現当主。魔法史学だけでなく、基礎魔法学にもその名が登場するほどの大物。とはいえ、等身大の彼を知っている人間からすれば、孫を可愛がりたがる爺馬鹿という印象なのだが。

 

「いやー、後輩に助けられてちゃ世話ないね。ありがとうね、一色に十七夜」

「いえ、お気になさらず。先輩、ご武運を」

 

 二人の応援を受けて、佐保は女子バトル・ボードの準決勝第2レースに臨む。やるだけやろうと佐保は決心してスタートの合図を待った。そして、スタートと同時に摩利と七高の選手が飛び出した。これには佐保も遅れまいとスタートするが、既に前方にいる二人のスピードが速い。

 

(え、渡辺が更に速くなってるけど……あんな速度で突っ込む気!?)

 

 七高の選手の速度すら凌駕した摩利を凄いと思うが、あんなオーバースピードでカーブなんて曲がれるわけがない。だが、摩利が珍しくボードに手をつき、前傾姿勢をとる。そしてボードを水路に対して横に向けると、まるで水路を滑るように速度を落とさず曲がっていった。

 

(嘘でしょ……え?)

 

 これには呆然とする佐保だったが、するとその次に走っていた七高もカーブに向かって速度を上げていた。まさか同じ行動を……と思ったのだが、明らかに七高の選手の様子がおかしい。佐保に対しての被害はないが、このままでは七高の選手がコースの壁に衝突しかねない。

 ここからでは距離があるのと、ルールでボードへの干渉が認められておらず、流石に間に合わないと思った佐保だった。が、ここで七高の選手のボードの水面が凹み、その勢いで七高の選手とボードが壁を超えるようにしてコースの外に飛んでいった。彼女とボードはその直後に魔法でゆっくりと降ろされているのを視界に収めつつ、今はレースに集中することを優先した。

 

(私、妨害すらできなかったんだけど……どういうこと?)

 

 あの後、競技中止を示すフラッグが上がり、大会運営による判断は二人での準決勝の再レースとなった……その結果は、摩利がゴール直前で水路に転落。摩利が棄権という形で、残る一人となった佐保が自動的に決勝進出となった。

 佐保は正直、一体何が起きたのかすら理解できなかった。妨害すら出来なかったのに決勝進出したということを、現実のものとして受け止めるには少しの時間を要したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「はぁー……摩利ってば、何やってるの」

「面目ない……」

 

 時間は夕方へと移る。裾野基地の病院―――その病室にて、真由美は声量を抑えつつ窘め、ベッドに寝かされている摩利は謝るほかなかった。

 摩利が準決勝で棄権した原因は、美嘉の打ち立てたコースレコードを更新しようとして規定回数を超えた『ブリッツ・ドリフト』を使用したためだ。人に散々言っておいて、自分も同じことをやっているようではダメでしょうと真由美は言いたかったが、流石に病院なので慎むことにした。

 

 ゴールの直前、摩利は激痛のあまり気絶して水路に転落した。観客席から駆け付けた達也に加え、会場にいた修次の的確な処置が行われ、佳奈による重力軽減運搬によってここまで運ばれたことを聞かされると、摩利は顔を赤らめてベッドに深く沈み込んだ。

 

「そういえば、七高の選手は大丈夫だったのか?」

「ええ。コース傍に佳奈さんがいたお蔭で怪我もなかったけど……魔法力に対する影響は避けられないでしょうね。詩鶴さんもケアしてくれるそうよ」

「その後の展開が読めるような気がした……それで、その後のレースはどうなったんだ?」

 

 準決勝第2レースで残ったのが一名しかいないため、3位は小早川で確定となり、4位は準決勝第1レースで3位だった九高の選手が繰り上がりとなった。

 女子バトル・ボード決勝は一高の五十嵐亜実と三高の水尾佐保の一騎打ち。当初は白熱した試合になると思われたが、ここで亜実がとんでもない術式を披露した。

 

「“水上・水中走行術式”だと?」

「ええ。つぐみんが『ブリッツ・ドリフト』を会得した貴方と全力で戦うために悠君が組んだものだって。固有名称は『水中遊泳(アクア・ドルフィン)』……聞いた私ですら驚きよ。そんな走行術式、世界で類を見ないもの」

「……姉も姉だが、アイツもアイツだな」

 

 ルール上水路を飛び越えてショートカットはできない。だが、逆に水深のあるところで水中に潜って走行するという方法は、コースである水路を外れないためルールに抵触しない。しかし、空気による抵抗よりも水による抵抗のほうが遥かに大きいため、そんな考えに至る人間はいても、明らかにバトル・ボード向きではない。

 

 それを解決したのが複合走行術式『水中遊泳(アクア・ドルフィン)』―――水抵抗のエネルギーを操作することによって、加減速を自在に行う術式。本人の周囲に空気の膜を覆う『エアセイル・シールド』を発展させた亜実専用の魔法である。

 しかも、その空気の膜はイルカの形を成していた……これは、悠元なりに魔法という概念で観客を楽しませるという結果からそうしたものである。一応イルカも水の抵抗を出来るだけ受けないような流線型のボディラインなので、理には適っている。

 

「個人の魔法特性に完全依存した魔法だから『インデックス』の申請は断るそうだけど。まあ、そのお蔭もあってつぐみんが無事優勝したわ。つぐみんからしたら、出来れば貴方と戦いたかったんでしょうけど」

「それは理解したが……定着までどれぐらい掛かる?」

「そうね。日常動作に支障はないけれど……完治まで1週間は激しい運動の禁止。ミラージ・バットは棄権するしかないわ。今回は摩利の自業自得よ」

 

 そのことだけは反論できないと摩利は諦めたように一息吐いたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 第一高校、3日目の結果は男女アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝(男子は克人、女子は花音)、男子バトル・ボードが優勝(服部)、女子バトル・ボードが先に述べた通り優勝と第3位に入った。当初の予定とは異なるが、亜実が摩利の抜けた穴をきちんと埋めてくれた形となった。

 ただ、第三高校が追随してきているのは確かであり、男子バトル・ボードと男女ピラーズ・ブレイクで2位から4位を独占した。結果として、原作よりも2校の得点差が詰まっている状態となっている。

 

 時間は夕食後。一高に割り当てられたミーティングルームには、幹部である真由美と克人、作戦スタッフの統括をする鈴音、明日からの新人戦統括役として悠元が、そして―――怪我をして安静にしたほうがいいと言われてる筈の摩利が座っていた。

 

「当初の予定だった4種目で優勝し、総合優勝への道筋もついたと言いたかったのですが……ここに来て、三高が予想以上に点数を伸ばしています。新人戦の結果次第では、総合優勝に大きく影響しかねないと見ています」

「済まないな。私が無茶をしなければ……」

 

 本戦8種目を終えた時点で、第一高校が400ポイント、第三高校が330ポイント。他の7校と比較して突出している状態で、新人戦全体と本戦ミラージ・バットの成績次第で三高に逆転される可能性がある。本戦モノリス・コードの場合は……正直、克人に勝てる人間が他校にいるのかと言われたら、数えるぐらいになるかもしれない。

 男子ピラーズ・ブレイクの時の会話を考えるなら、それこそ宮本修司あたりだろうと思うが、彼は新人戦モノリス・コードにエントリーしていない。そうなると本戦モノリス・コードにも出てこない可能性が高い。高いというだけで絶対というわけではないが。

 

「渡辺さんが無茶をすることも織り込んで悠元君が術式供与を、六塚君が五十嵐さんの調整補助をしていましたから。というか、反省も込めてゆっくり寝ていても良かったのですが」

「言うようになったな、市原。日常生活をする分には問題ない」

 

 どうせ何を言っても聞く気がないと分かっているからこその鈴音の言葉に、この時ばかりは流石の摩利も苦虫を噛み潰したような表情を垣間見せつつ、言い訳をするように呟いた。それを聞きつつ、克人が悠元に問いかけた。

 

「三矢。明日から新人戦が始まるが、お前自身の見込みはどうだ?」

「そうですね。明日のスピード・シューティングは、三高の吉祥寺真紅郎と十七夜栞が要注意かと。上手く六塚や北山に当たればいい線はいけると踏んでいます」

 

 真紅郎の『インビジブル・ブリット』と栞の『数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)』に対して有効な対抗手段を持っているのが名前を挙げた二人だ。準々決勝あたりでぶつかればいいだろうが、無頭竜の息が掛かった大会運営に決勝トーナメントのくじ運なんて期待できるはずがない。

 この場合は、運というよりも“実力”で勝つしかないだろう。その意味で移動・加速系統を得意とする森崎では、加重系統を十八番とする真紅郎に勝てる方法がない。厳密には、勝てる方法がないわけではないが、それこそ真由美がやったような芸当ができないと厳しいだろう……それを求めるのは高望みしすぎだ、と言われるかもしれないが。

 

「バトル・ボードは五十嵐と光井がいけると踏んでいますが……どちらもメンタル面が本番に弱いところがあるので、少し不安ですね。特に五十嵐のほうは姉が優勝しましたので、変にプレッシャーが掛からないといいんですが」

 

 この会議の前、夕食が終わってすぐに悠元は新人戦の統括役として1年メンバー全員を集めた。いろいろ考えた結果、悠元が放った言葉は「自分のベストを尽くす。それだけを考えろ」だけだ。あれこれ言っても絶対忘れるだろうと思うので、シンプルに収めた形だ。

 その言葉を放ったときに深雪が目をキラキラさせていたが……大丈夫だよな、と思わなくもなかったので、深雪の担当エンジニアを務める達也に一応フォローというか様子見は頼んでおいた。

 

 自分が言い放った言葉の中には「達也のことを認めない奴は分かってるよな? そんなことを言ってる暇があるのなら、自分の出る競技に集中しろ」という意味が込められている。自分たちを一科生(ゆうとうせい)だというのなら、言葉に込められた意味ぐらい理解できないと困る。これでも結果が出せないようなら、正直どうにもならないだろうと見ている。

 自分に対することを含めなかったのは、それを口にしてもどうにもならんだろうと思った。自分が“三矢”である限り、どうしてもそれが付きまとってしまうからだ。

 

 「嫉妬は理屈じゃない」というのは無論分かっているが、「魔法師は自らを厳しく律することが求められている」のもまた事実である。その程度の嫉妬ぐらい厳しく律することができないのなら、優等生というプライドにしがみつくだけの惨めな存在に成り下がるだけだ。

 そのことを態々指摘してやる義理はないし、表情に出すこともしようとは思わない。自分はそこまでのお人よしではないのだから。

 

「その意味で、本戦ミラージ・バットに穴を開けたままというのは拙いかと。下手に緊張して結果が出なかったら、それが一番良くない展開ですから」

「理に適ってはいるな。そうなると、新人戦に出る達也君の妹に、光井と里見の三人がいるわけだが……悠元君なら、誰を推薦する?」

「深雪ですね。本戦ミラージ・バットには二人の1年―――三高の一色愛梨と七高の伊勢姫梨がエントリーしていることも含めれば、それに匹敵しうる実力者を選ぶべきでしょう」

 

 愛梨の実力はそれとなく読めるが、姫梨に関しては現状で未知数と言えるだろう。深雪は武術鍛錬で原作よりも身体能力が上がっており、加えてほぼ実戦形式での練習もしてきた。更に言えば“奥の手”もあるため、問題はないと見ている。尤も、今の段階では単なる提案に過ぎないが。

 摩利の問いかけに対して悠元は軽めの口調で答えたが、それを聞いた鈴音はそれもありだと判断したようだ。

 

「成程。加えて司波君に担当してもらえば、本戦ミラージ・バットに出る残りのメンバーに技術スタッフも集中できますね」

 

 そうは言うが、達也が事実上4種目…お手伝いも含めれば6種目(女子クラウド・ボールだけでなく、女子バトル・ボードでも摩利の手伝いを少しだけした)を担当するということだ。これで予定通りモノリス・コードまでとなった場合、達也が担当するのは本戦・新人戦の7種目に増えることとなる。その場合を見越しての準備はしてきているので大丈夫だと思いたいが、こういう悪い方向性の予感というのはつくづく当たることが多い、と悠元は内心で溜息を吐いた。

 結局、この後ミーティングルームに達也と深雪が呼び出されて、深雪の本戦ミラージ・バット出場が決まったのだった。

 




平成駆け込み連投。

追記)前半部を修正しました。
違和感ありまくりでしょうが、ご都合主義ということでお願いします。

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