私が悠元と出会ったのは3年前に遡る。
時期は8月下旬。珍しく両親に連れられる形で、弟の
行先は群馬にある上泉家―――魔法師を志す者ならば、少なくとも一度は聞くことがある武術の家系。武術に限らず、魔法使いの家系としてもその名を知らぬ者はいない。聞けば、母の実家である鳴瀬家と懇意にしていた家柄だと聞き及んでいたが、私はおろか両親もその家の現当主と会ったことがなかった。
その当主から「当人だけでなく、家族とも直に会いたい」という手紙が届き、父は入っていた予定を全てキャンセルするほどの慌てようだった。何せ、上泉家現当主こと上泉剛三は、あの第三次大戦を生き抜いた“英雄”なのだから無理もないと思う。これには母も苦笑いを浮かべていたけど。
上泉家は新陰流剣武術という総合武術を広めており、本屋敷はその総本山ということもあって、隣接する道場の敷地を除いてもかなり広かった。私の家である北山家の屋敷とは様式が異なるが、その広さに圧倒されてしまった。まるで昔の武家屋敷に足を踏み入れたような感覚だった。
案内ということで姿を見せた若い女性―――その時は知らなかったが、彼女が悠元の姉である三矢詩鶴さんだった。彼女の案内で最奥の広間に通されたところで、母がその奥に座る人に対して殺気を向けたのだ。魔法師として警戒したのかもしれないが、それはその人も感じ取り、彼はいつの間にか木刀を投げつけていた。
それは躱せないと思った瞬間、木刀は私たちと奥にいた人の間に立っていた少年が掴んでいたのだった。
「爺さん、アンタは客人に向かって木刀投げつけるとか正気か!?」
「いきなり殺気を飛ばされて、つい反射的にな」
「俺が言うのもおかしいけど、少しは弁えろ!」
すると、少年は最奥にいた40歳代の人を「爺さん」と呼びつつ、先ほどの行為を咎めていた。そこに、私たちを案内していた人が二人に近づき、少年から木刀を受け取ると、最奥にいた人に向かって容赦なく振りかざした。
「はーい、反省してください、ねっ!!」
「ふごおっ!?」
まるでゴルフのドライバーショットでもやっているかのように、私たちから見て左にある庭の池に吹き飛ばされる中年男性の光景に、私たち全員が呆気にとられていた。この家の常識はどこにあるのかと問いかけたかった。
男性を吹き飛ばした女性は「すみません、只今お席を準備いたしますので、その辺に座っていてください」と言いつつ、少年にテーブルと座布団の準備をするよう言い含め、少年もそれに頷いてその場を後にした。
その後の会談で、吹き飛ばされた当人こそ上泉家現当主兼新陰流剣武術総師範こと上泉剛三であったと知らされた。見るからに40歳ぐらいにしか見えず、影武者かと思ったが紛れもない本人だと断言していた。魔法を極めると若さを保てるのだろうかと思った。
何を言っているのか分からないだろうが、私にも分からない。少なくとも、それが私にとっての少年―――悠元との初対面であった。その時のインパクトが強すぎて、一生記憶からは消えないだろうと思う。
その当時は「長野佑都」と名乗っていたが、悠元の魔法技能は非凡という言葉の枠組みで収まるものではなかった。彼の魔法をいくつか見たことがあるが、母に聞いたところだとA級ライセンスレベルの魔法を使いこなしているとのことだった。
それまで私とほのかしか同世代に同レベル以上の人間がいなかったところに、彼という存在が現れたのだ。そのことをほのかに話すと半信半疑だったのは言うまでもなかったけど、これには悔しさというよりも嬉しさが勝っていた。
ある意味常識外れの会談をした後日、北山家の屋敷で開いたパーティーに先日のお詫びということで悠元がやってきた。母はどこか警戒していたが、父と弟は彼とすっかり打ち解けていた。私とほのかも魔法のことだけでなく、色んな話をした。今にして思えば、魔法のことや実家のことを抜きにして話した男子は、弟以外だと悠元が初めてだった。
なお、悠元とは魔法科高校の受験で会わなかった(本人に聞いたら、別の場所で受験していたため)が、私とほのかは深雪の存在に驚くことになったため、その時は彼のことを忘れていた。
魔法科高校入学式の日。新入生総代が三矢家の人間ということで、どういう人なのか少し気になっていた。入学試験で深雪が見せていた圧倒的な才能と実力。それすらも上回るのは一体誰なのだろうと。尤も、答辞は深雪が読んでいたためにその姿を見ることはなかった。
それとは別に、気が付けば悠元(その時は佑都だと認識していた)の姿を探していた。家のパーティーで彼が私と同じ学年だと聞き及び、あれだけの力を持ってるのならと思ったのだが……彼はいなかった。入学式に出ていないのだから当然なのだが、その時点で私は少し残念だった。
これにはほのかも同情してくれたけど、当の本人は深雪や達也さんに対して色々反応して大変だった。達也さんが二科生だったことに若干ヒステリックな反応を見せていたぐらいだ。その理由を聞いてはいたが、その辺は“光”に敏感なほのかだからこその理由とも言えた。まあ、彼女の奮闘(?)のお蔭で深雪ともお近づきになれたから、結果的に良かったと思う。
翌日のオリエンテーションで、ほのかの機転というか勢いのある行動で深雪と一緒に行動することになった。ただ、その時から同じクラスの森崎が深雪のことを狙ってか、私とほのかを無視してやたらと深雪に話しかけていた。しかも、数人の取り巻きを連れてだ。
森崎が百家支流の人間だということは知っていたが、彼の一科至上主義には付いていけなかったし、実力で言うなら私やほのかのほうが上であると思う。3人寄れば派閥が出来るとは言うが、別に私とほのかは深雪にそのような考えで近付いたわけではない。この国有数の財閥グループの娘である私が言ったところで何の説得力にもなってないけど。
その彼は二科生―――達也さんや彼のクラスメイトもとい後に友人となる西城(レオ)、エリカ、美月に対して一方的な因縁を吹っかけていた。二科生は「補欠」なんだから大人しくしていろと……無論、校則にそんな上下関係の順守は存在しない。トラブルを避けるために昼食の時は達也さんたちのほうから大人しく去って行った。
放課後、下校途中の深雪に森崎達がまたちょっかいをかけてきた。達也さんと深雪が兄妹なのは深雪から直接聞き及んでいたが、その二人が仲良く帰るところを森崎達が気に入らず、口を出してきたのだ。
エリカ達と一触即発の状態で、双方共にCADまで持ち出し、森崎だけでなく数人の一科生まで起動式を展開していた。これを見たほのかが閃光魔法を使おうとしていたその時、魔法の起動式が一つ残らず吹き飛ばされ、起動式破壊の影響で後ろに飛ばされたほのかを咄嗟に受け止めた。
そして、エリカと森崎のCADを取り上げていたのは1人の一科生―――そう、紛れもない悠元本人だった。
これには森崎が噛み付いた。確かに、彼(長野佑都)は上泉の名字でなかったし、百家支流の人間である森崎のほうが影響力を持つことになる。だが、彼は森崎の言葉を「半分正解で半分間違い」という返しで動揺させた。そして、彼の言い放った自己紹介の言葉は、その場にいた誰しもを驚かせた。
十師族・三矢家の人間で、今年度の新入生総代。あれだけの魔法技能を持っているのだから、十師族直系に匹敵する人間だと思っていたが……本当に十師族だとは思いもしなかった。
騒ぎを聞きつけてやってきた七草会長と渡辺委員長に対し、率先して前に出た彼の取り成しで事無きを得て、森崎達も大人しく引き下がった。そこまでは良かったのだろう。
達也さんとのやり取りで2人が知り合いだということは少し驚いたが、それ以上に驚いたのは……深雪が飾ることのない本当の笑顔で悠元に抱き付いたことだ。
この時、私は深雪に嫉妬していたのかもしれない。自分の知らないところで悠元と仲良くなったことに対して、私の心の中で靄のようなものが確かにあった。それに、深雪は私よりもスタイルがいい……悠元のことを内心で「バカ」と呟いていた。
4月のブランシュ絡みの一件で、私とほのか、それにエイミィの3人で達也さんを助けようとしたのだが、キャスト・ジャミングによって絶体絶命のピンチに陥った。その時割って入ってくれた悠元と深雪のお蔭で事無きを得たが……自分の無力さがとても悔しかった。深雪も凄かったが、悠元に至っては魔法すら使わずに体術だけで相手を捻じ伏せていたのだ。
その時の悠元の後ろ姿に、私は惚れていた。それから色々アプローチは掛けているのだが、当の本人には「糠に釘」のような状態だった。思い切って深雪のような方法を取っているのだが、それに深雪も気付いたように同調していた。
正直な話、深雪は悠元に対して恋心を抱いている……私の目にはそう見えていた。今回の九校戦では、新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクで深雪と対戦することがあるかもしれない。私にとって、深雪は友人でもありお互いに切磋琢磨するクラスメイトだが、「好敵手」であり……「恋敵」とも言える。
そのことを考える前に、まずは新人戦スピード・シューティングで優勝する。そのお膳立ても達也さんがしてくれている。悠元も私の使う魔法の改良を担当してくれた。それだけでも十分嬉しかったのだが、これは正直予想外だった。
◇ ◇ ◇
一高の控室で、悠元は端末のキーボードを叩いていた。とはいえ、殆どの調整や作戦プランは達也の手によるもので、悠元がする仕事はハード面での動作確認や雫のコンディションに合わせた微調整程度ぐらいしかない。
目立つことを嫌がる達也だが、一度引き受けたことに関しては責任をもって最後までやりきるタイプの人間だ。彼が担当している1年女子の選手―――厳密には深雪、ほのか、雫に英美の4人を除く残りの面々だが、達也が同学年の二科生ということもあって多少なりともアレルギー反応に似たものはあった。
だが、そんな懸念も達也は選手が使っている起動式の見直しや作戦立案に練習メニューの作成、加えて彼が調整したCADを使っていくことによって「見事に吹き飛ばした」というわけだ。
最終調整を終えたスピード・シューティング専用の小銃形態CADを雫に手渡し、その動作確認をしてもらう。
「何か不具合があれば、今のうちに遠慮せず言ってくれ」
「大丈夫。寧ろ、自分のより快適すぎるぐらい」
雫の使っているCADは、国内でも五指に入るレベルの技量を持つ魔工技師がメンテナンスを担当している。その辺りのことは悠元も知っているというか、実際にその技師と顔を合わせたことがある。それほどの魔工技師の伝手は、雫の父親に起因する部分が多いし、母親もその要因である。
上泉家と雫の母親の実家である
その辺の話は置いといて、雫は自分が持っているCADを見た後、悠元に視線を向けた。悠元の整った顔立ちを改めて見て、思わず頬が赤く染まっていくのをその熱で感じ取ってしまい、雫は俯いたのだった。
「雫? 具合でも悪いのか?」
「……悠元はズルいよ」
「その台詞、最近よく聞くよ……まあ、そんな冗談が言えるなら大丈夫だと思うが」
悠元は、雫絡みのことは練習によく付き合っていた達也に色々話を聞いているのだが、雫が達也を北山家のエンジニアとして雇いたいとかれこれ10回以上は言っていると聞き及んだ。そこで悠元に飛び火しなかったのは、偽名とはいえ悠元がFLTの専属技師として働いている関係から、達也が抑えてくれていたお蔭だった。
尤も、達也からは「その礼は俺にじゃなく、深雪に対する形で返してくれ」と言われたが。つまり、お兄様公認……ということは競技の前に考えることじゃないな、と一旦棚上げした。今は雫がスピード・シューティングで優勝するためのサポートに集中するのが最優先、と悠元は気を引き締め直した。
「冗談じゃないよ。ホント、悠元は朴念仁……あっ」
その雫の言葉に観念したのか、悠元は立ち上がって雫の頭を撫でていた。悠元としては、妹である詩奈を宥める際にそうしていることを雫にしてみた。
撫でられている雫の反応はというと、擽ったそうな表情を見せていた。けれども、雫にとってはそれだけでも嬉しかったようで、悠元は内心でホッと一息吐くような心境だった。
「今は雫の言葉に対して何も言えない。けれど、雫の担当エンジニアとして全力は尽くす。それで納得してもらえるか?」
「……分かった」
その言葉が聞けただけでも十分、と雫は漸く納得したような表情と答えを返していた。試合の前とは思えないような会話だが、これで雫本人のコンディションが保てるのなら安いものである。尤も、これによる代償を後で支払わなければならないことに、悠元は内心で溜息を吐いたのだった。
「雫、頑張れ」
「うん、頑張る」
別に嫌と言う事柄ではないし、自分の責任だということも理解している……と悠元はそう思いながら、控室を出ていく雫を見送っていたのだった。
思考が常識離れしているのは設定です。
その辺はご了承ください。