競技場の選手用出入り口から少し離れたところで、悠元はシューティングレンジに立つ雫の様子を見ていた。すると、近付いてくる気配に気付く。しかし、それは見知った気配であったため、悠元は視線を逸らさずに呟いた。
「達也、そっちはいいのか?」
「大分楽になったからな」
どうやら達也が担当している英美と和実の調整は割と早く済んだようで、試技まで時間があるということで雫の様子を見に来ていた。すると、達也が小声で問いかけてきた。
「ところで、昨日の女子バトル・ボードの件だが……あれをどう見る?」
「明らかに委員長を狙ったのだろうな……別の要因で棄権になったけど、昨年通りのタイムなら確実に事故を起こしていたからな」
もし、美嘉が基本的な走法や『ブリッツ・ドリフト』を教えていなければ、確実に原作通りの事故を起こしていただろう。新人戦バトル・ボードについては、達也がこれの対策も考えてほのかにシルバー・ブロッサムシリーズを予選から投入する方針に切り替えた。加えて女子バトル・ボードはあずさが担当するので、抜かりはないだろう。
「対策としては気休めかもしれないが、ミラージ・バットのCADチェックは万全を期したほうがいいだろう。新人戦と本戦の予選からシルバー・ブロッサムを投入するぐらいだけど」
「それが一番の現実的な案になるか。そうなると、モノリス・コードも気を付けたほうがいい」
「忠告感謝するよ」
そして、雫が構えを取る。
スタートの合図であるシグナルが全て灯り、雫は魔法を発動させたのだった。
◇ ◇ ◇
スタートと同時にクレーが射出され、得点有効エリアに入った瞬間、クレーが粉砕されていく。だが、雫が狙いをつけているという訳ではなく、彼女はただ真っ直ぐに構えていた。可視化処理の魔法によって、観客席にいる人間にもそれは当然見えている。
「うわっ、豪快な魔法ね」
「もしかして、有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているのですか?」
「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動を与える魔法で標的を砕いているんです」
厳密には目標物そのものに標的を絞るのではなく、得点有効エリアとなる1辺15メートルの立方体をカバーリングするように、半径6メートルの球状破砕空間を設定し、対象物に振動波を与えるという事象改変領域をポイントで管理している。
スピード・シューティングにおいては、予選から決勝まで選手の立つ位置と得点有効エリアとの距離といったステージに関わる要素が全て同じであり、それは対戦形式となる決勝トーナメントでも変わらない。せいぜいクレーの通るコースが異なる程度だ。そうなると、選手の立つステージに関わる部分を一々変数として入力するのは手間であり、そこを定数化しても何ら問題はない。
更に言えば、威力や持続時間も変える必要がない。
選手は番号で管理されたポイントに魔法を発動させるだけでいいので、ただ引き金を引くだけで思い描いた場所に魔法を発動させられる。魔法の連続発動もマルチ・キャストも自在にできるというわけだ。
尤も、現在雫が使っている『
本来なら考えられない“3段構え”だが、これはハードウェア設計において卓越した技能を持つ悠元だからこそできる芸当であり、達也は「完全にカーディナル・ジョージを騙すつもりだな」と意地の悪そうな笑みを少し浮かべてそう呟いた。一応この作戦は鈴音に伝達済みで、彼女も了承している。
その辺は伏せたまま鈴音が『アクティブ・エアーマイン』のことについての説明を他の3年と燈也にしていた。
「―――固有名称は『
「真由美の魔法とは、丁度発想が逆だな」
「……よくもこんな術式を考えつくわね」
悠元といい、達也といい、一体どういう発想力を持っていたらそのような魔法が考えつくのか、と真由美は若干呆れていた。
試技は終了して、結果は一切撃ち漏らすことなくパーフェクトだった。
すると、亜実が思い出したように燈也に訊ねた。
「そういえば、燈也もいくつか射撃魔法の練習をしてたよね?」
「ええ。とは言っても、他の人の真似事みたいなものですけど」
燈也は予選で『
◇ ◇ ◇
「お疲れ様」
試技を終えてシューティングレンジから戻ってきた雫に、悠元はタオルを手渡しつつ労いの言葉を掛けた。いくらエンジニアが選手のサポートを担うとはいえ、そこまでの気遣いはまるでマネージャーだが、その辺を一々気にするほど繊細でもない。
「何だか拍子抜け」
斜に構えているわけでなく、率直な感想として雫はそう述べた。とはいえ、予選を突破できた喜びを隠しきれていない(隠す気があったのかは不明だが)。
新人戦における予選突破のボーダーラインは命中率80パーセント前後―――つまりクレーを80個以上破壊するのがカギとなる。尤も、
「死角を突かれる可能性はあったが、杞憂に終わって何よりだ」
「それは流石に意地が悪すぎると思う。達也さんもそうだけど、悠元も心配性だね」
悠元の言葉に雫は笑みを零しつつそう返した。新人戦の予選で試技やり直しとなるようなクレーの射出コース設定は大会委員にとっても致命的となる。そこまで織り込んだ上での達也が考えた作戦なので、何もないことが一番の喜びとも言えるだろう。
「さて、このまま次の準備に入ってもいいけど、三高の十七夜選手がBブロックの一番最初の試技になってる。見に行ってみるか?」
「そうだね。それぐらいは見ておきたい」
このまま決勝トーナメントの準備に入ってもいいのだが、幸いにして1番の強敵ともいえる三高の選手が予選Bブロックの一番手で出てくる。雫も同意見だったようで、手に持ったCADを控室に置いた上で(無論控室の施錠とCADのセキュリティーロックは掛けておくが)移動していると、雫の予選突破を労おうとほのかや深雪、それに観戦していたであろうエリカと美月の姿もあった。
「予選突破おめでとう、雫」
「ありがとう、ほのか。とはいっても、達也さんと悠元のお蔭だよ」
「俺は単に達也の補助をしてただけだよ。お膳立ては殆ど達也の功績だ……って、レオと幹比古はどうした?」
「飲み物を買いに行かせたわ」
平然とパシリに使うあたり、力関係のヒエラルキーでいえばエリカが最も強いだろう。厳密にはレオが「どうしてお前の言うことを聞かなきゃいけないんだ」と不満げだったが、余計な諍いを避けるために幹比古が付き合っていた、と美月が補足してくれた。
「そういえば、悠元さん。ありがとうございます!」
「……あー、気にしないでくれ」
ほのかの言葉で何を言いたいのかを察しつつ、悠元は何でもないと言いたげに返した。やはり深雪の機嫌を直したのは悠元なのかと察する面々に、ご機嫌な様子の深雪。そして、そんな光景で何があったのかをそれとなく察した雫であった。すると、スピード・シューティング予選Bブロックのアナウンスが聞こえたので、全員で試合会場に移動した。
何とか席は確保できたが、結構人数が多い。これから試技をするのが三高の選手ということもあるのだろう。ここでほのかは自分と雫の間の席が空いていることに気付く。一体誰のためなのかと首をかしげていたが、そこに姿を見せた人物にほのかは思わず頬を赤らめていた。
「空いてるか?」
「うん、どうぞ」
そんなほのかの様子を気にすることなく、達也がその席に座った。すると、ほのかがカチコチになっていることに達也が気付くが、声を掛けようとする前に丁度試技開始のアナウンスとブザー音が鳴ったため、一旦静かにすることとなった。
第三高校1年の十七夜栞―――中学時代は別の名字を名乗っていたが、リーブル・エペーでその名を轟かせていた。同じ地域に「
その彼女の試技が始まる。
栞は一番初めのクレーを振動魔法で砕くと、その破片を移動魔法で飛んでくるクレーにぶつけて破壊、更にそのクレーの破片を別のクレーに衝突させる。これらの流れを一つのラインでなく、複数のラインで同時破壊を行使する。彼女の持つ空間認識能力と演算能力あってこその魔法『
「達也さん、今の魔法も『
「いや、あの選手が使った魔法は彼女の空間認識能力ありきのものだから、載ることはないだろう。ただ、個人特有の能力を突き詰めるやりかた―――恐らく、金沢魔法理学研究所の訓練を受けているだろう」
「だろうな」
栞の特異的な能力―――そこから彼女が研究機関での訓練を受けているということを達也は見抜き、それには悠元も同意した。とりわけ悠元からすれば現在も稼働している第三研(魔法技能師開発第三研究所)の訓練を受けていた経験から、そうではないかと述べたに過ぎないが、金沢魔法理学研究所は閉鎖された魔法技能師開発第一研究所の跡地に作られた施設。
中身がそのままとは言い難いが、元第一研の息が掛かっているのは間違いないだろう。第一研究所で行っていたのは「有機物干渉」―――とりわけ人体への干渉をメインに取り扱っていた。魔法師の人体実験は禁止されている(非合法では黙認されている部分も存在する)が、その流れを金沢魔法理学研究所が受け継いでいても不思議ではない。
「詳しいんだね」
「俺の場合は何度か実際に行ったことがあるからな。そこの訓練を受けたこともあるが」
「成程、断言できたのはその経験があったからか。俺は少し伝手がある程度だが」
その時は「カーディナル・ジョージ」が『加重系統プラスコード』の論文発表や学会で研究所にいなかったので、思う存分訓練を受けることができた。とはいえ、新陰流の武術訓練と自身が今までにやってきた魔法訓練が極まっていたせいで、研究所における最大強度の訓練でも物足りなさを覚えていた。人間卒業していないかって? それは言わないでくれ。
記録されたデータについては彼の両親が明るみに出せないということで破棄してくれた。なので、真紅郎が自分の実力を知らないのも無理はないということだ。なお、その研究所で愛梨や栞とも面識を持った。栞からは「お互い、いい友人になれそうね」と言われたが。
「しかし、『
「今、おかしな言葉に当てていたような気がするが……その意見には同意する」
「悠元さんにお兄様、お二人が言えた義理ではありませんよ?」
何でそんなことが言えるのかといえば、以前にも話したが将輝の妹である茜絡みの一件の後、将輝たちとプライベートナンバーを交換して連絡は取り合っていた。三矢悠元を本格的に名乗ってからは、真紅郎としか連絡を取っていない……というか、将輝が単純に掛けてこないし、こちらからかけてやる義理もないというだけだ。その代わりに茜とは連絡を取っている形だが。
その連絡が大体将輝絡み―――異性との付き合いの案件が多いため、これが九校戦後になったらどうなるか予想が付く。一条家の次期当主だというのに、その辺の機敏を学ばなかったのかと……いや、自分の場合は兄がいたし、侍郎の兄とも懇意にしているので、その辺の付き合い方は嫌というほど学んでいた。それが回りまわって「女誑し」になっているのは否定できない事実だが。
それは置いといて、悠元と達也は中学時代に目立った実績がない。悠元の場合は家の関係で名前を隠していたし、達也は深雪のガーディアンである以上、自身が極力目立たないようにしていた。中学時代に輝かしい実績を上げている彼らが反則級だと述べると、深雪は笑みを零して言葉を返した。
「じゃ、そろそろ次の準備に行くよ。悠元」
「そうだな。自分もCADの最終チェックをしておきたいし。達也も頑張れよ」
「ああ、そっちもな」
雫と悠元はそう断って観客席を立ち、決勝トーナメントに向けての準備をするため、その場を後にしたのだった。
競技描写は大分端折っています。
あくまでも本作主人公視点がメインなので、ご了承ください。