悠元と雫は決勝トーナメントの準備をするため、観客席を離れて関係者用の通路を歩いていた。すると、二人の後ろから声が掛けられた。振り向くと、そこには先程試技をしていた栞と、その隣には愛梨がいた。
「第一高校の北山さん?」
「そうだけど、貴女はさっきの試技をしていた…」
「第三高校の
単に挨拶、というだけではないだろう。雫が予選Aブロック、栞が予選Bブロックということは、決勝トーナメントで言えば準決勝で当たることになる。すると、そんな悠元の予想が的中したかのように栞はこう言い放った。
「あなたと
「―――そっか、次の試合は勝つ自信があるってことなんだね。わかった、私も準決勝を楽しみにしてるよ」
鞘当てというか実質的な宣戦布告。栞の『アリスマティック・チェイン』は雫の『アクティブ・エアーマイン』すらものともしないという自信。それを感じ取ったのか、雫は滅多に見せない不敵な笑みを浮かべて栞の言葉にそう返した。
すると、栞は雫の隣にいる悠元に視線を向けた。
「無論、あなたもですよ佑都さん。勝負ですので恨みっこなしです……愛梨も何か言ったら?」
「わ、私ですか!? コホン……新人戦優勝は私たち三高が頂きます。悪く思わないでくださいな、佑都さん」
「この競技はメインの補助程度なんだが……まあ、二人の宣戦布告は素直に受け取っておこう」
栞から振られるとは思わず、愛梨は少し取り乱した後にわざとらしく咳払いをし、悠元に対して堂々と優勝宣言をした。それに対して強くは言わず、悠元は愛梨の宣戦布告を受け取るだけに止めた。その二人が去った後で、雫はジト目を悠元に向けていた。
「悠元、モテるね」
「栞とはお互いに友人同士だと認めてるんだが……てか、『クリムゾン・プリンス』あたりから何も聞いていないのな。明らかに『長野佑都』だと認識した上で話しかけてたようだし……そしたら、準々決勝の準備でもするか」
「そだね。達也さんと悠元の『アクティブ・エアーマイン』で全員度肝を抜いて見せる」
あと2回変身を残している、というのはフラグになりかねないが。雫の追及にそう返しつつ準備のために移動を再開した。雫も予選で使った『アクティブ・エアーマイン』程度で驚いては困ると言いたげな様子だった。尤も、準々決勝では達也が手掛けた照準補助付き汎用型CADを特化型のように使用し、準決勝と決勝では悠元が設計したCADに加え、悠元が改良した『アクティブ・エアーマイン』を使うことになる。
「お姉さんのこともあるのに、悠元がここまで目立たないのも不思議だけど」
「あれか? 俺は幽霊みたく思われてるのか?」
「“手品師”の面目躍如じゃないかな」
◇ ◇ ◇
「女子は全員予選通過か……バトル・ボードのほうはどうなのかしら?」
「男子は2レースを終了していずれも予選落ち、女子は1レースを終了して予選突破です」
一高の天幕では、真由美が独り言のように呟いた後で鈴音に問いかけると、(結果は既に知っているが)端末を見つつその結果を伝えた。鈴音は表情に出さなかった(そう表に出るようなものでもない)が、この結果は悠元が事前に予測していた通りとなった。
悠元は、原作知識としての可能性と本人たちの練習を新人戦統括役として見た上でその結果予測を出している。いくら自分という要素があるとはいえ、全体を変えるというのは難しいからだ。
他の選手への影響を抑えるため、4人の作戦スタッフの中で悠元が立てた新人戦の予測を知っているのは鈴音だけとなっていて、これには鈴音も納得した上で、他のスタッフだけでなく真由美や克人といった幹部にも話していない。
そんな事情など露知らず、真由美は男子の不振を少し嘆きつつも気持ちを切り替えるように呟いた。
「男子はあと1人か……女子は最終レースの光井さんが突破確実でしょうから、あーちゃんには頑張ってもらわないと」
真由美はここまでの経過を見るに、昨年と一昨年の九校戦で総合優勝した時から比べて、明らかに成績が落ちていると分かっていた。とはいえ、この場で口に出して他の生徒に動揺させる必要はないと判断していた。それは克人も同様に理解していた。
「“3人”の懸念通りになったという訳か……当校も技術者の育成に力を入れるべきなんだろうな」
スピード・シューティングに補助として悠元が入っているとはいえ、ここまでの成績を叩きだしたのは他でもない達也の功績によるもの。一科生に拘らないエンジニアの育成を強く主張していた歴代の生徒会長である佳奈と美嘉、そして2人の弟である悠元の懸念通りとなってしまったことをこの期に及んで理解するとは……と克人だけでなく、真由美や鈴音、摩利も強く感じていた。
◇ ◇ ◇
本来なら達也だけで担当する予定だったスピード・シューティングも、悠元が入ったことにより達也の忙しさは些か緩和されていた。達也が英美と和実の担当に集中している一方、悠元も準々決勝で使うCADを雫に手渡した。雫も予選と同様にCADの感触をしっかりと確かめていた。
「練習の時に少し使っているけど、問題がないかチェックはしてくれ」
「大丈夫。ところで……そのCADは?」
雫は、自分が手に持っているCADとはデザインが異なる小銃形態CAD―――それが端末に繋がっている台座に収められているのが目に入った。少なくとも雫が知る限りにおいて市販されていないモデルだというのは確かだった。
「今セットしているのは、準決勝以降で使ってもらうCADだよ。雫が今持ってるCADをより洗練させた形だから、それに慣れていれば違和感なく使えるはずだ」
「それ、市販されてないタイプだよね?」
「知り合いの工房の人にお願いしたものだからな。それよりも、まずは準々決勝を確実に勝つことが大事だ」
“知り合いの工房”とは称したが、三矢家現当主(実際には悠元)はFLTの次席株主なので、その伝手もあるだろうというぐらいは調べればすぐに出てくる。とはいえ、悠元が魔工技師「上条洸人」―――「トーラス・シルバー」の一角を担っていることは秘匿したままだし、それを本気で調べようとしたら四葉家から圧力が掛かる仕組みだ。
そもそも、メディアで言っているような「トーラス・シルバー」という個人は存在しないわけだが。CADの設計・開発元としてその名は出しているが、
そんな話はさておき、悠元は雫にそう言ったところで、雫が何か言いたそうな表情を悠元に向けていた。
「どうした? 何かあるんなら、遠慮せずに言ってくれ」
「その……予選の時みたいに、頭を撫ででほしいなって。そしたら、優勝できると思う」
「……その程度なら、お安い御用だよ」
雫のお願いに「なんだ、その程度か」と思いながら、悠元は立ち上がって雫の頭を撫でた。今更だが、これって自分に気を許しているのでは、とも思うのだが……今はエンジニアとして力を尽くすだけだ、とその考えを振り払った。
「こんなんで良かったか?」
「十分。達也さんのお膳立てに負けないぐらいだよ」
準々決勝用に組み立てられた振動・収束系統の複合術式の『アクティブ・エアーマイン』と照準補助付汎用型CADを特化型のようにわざと限定した上でのハンデを負いつつも、雫は準々決勝を勝利で収めた。
次は準決勝だが、栞は間違いなく勝ち上がってくる。参謀に「カーディナル・ジョージ」がいる以上、準々決勝に使った魔法も解析されると踏んでいる。けれど、その準決勝ではCADも術式も更に変わる。特化型前提の作戦と見込んできても、汎用型を見据えたとしても、準決勝で初お披露目となる
向こうがこの短時間で仕上げたのか、と誤解するようならそれでいい。必要以上に警戒させて、出場する相手選手にいつも通りの実力を出させなくするのも戦略の内である。三高側はネームバリューというアドバンテージを持っているのだから、このぐらいは対抗しないといけない。
◇ ◇ ◇
新人戦女子スピード・シューティングは、準々決勝を終えた時点で勝ち残っているのが、第一高校が3人、第三高校が1人という状態となっていた。準決勝は雫と栞、英美と和実がそれぞれ対戦することが決まっている。その準決勝第1試合の直前、三高の参謀を務めている真紅郎は栞と打ち合わせをしていた。モニターから流れてくる放送を聞きつつ、真紅郎は栞に話し始めた。
「随分注目されているみたいだね」
「吉祥寺君ほどじゃないわ」
「はは、謙遜だね。さて、本題に入ろうか」
真紅郎は、雫が準々決勝で使用した『アクティブ・エアーマイン』が振動魔法と収束魔法の連続発動によるものと分析していた。収束魔法で仮想波動エリア内の自身が破壊するクレーのみを収束し、その反動で対戦相手のクレーを逸らしてしまうという方法。これによって雫の対戦相手の点数が伸びなかったところまで読み切っていた。
「一口に反動と言っても、最大9種類の起動式を使い分けているから準々決勝の相手も点数が伸びなかったんだろう。でも、君ならそのすべてに対応できるだろう?」
「―――当然よ」
真紅郎も栞の能力と『アリスマティック・チェイン』への有効な対策は立てていないだろうと推測していた。準々決勝の魔法をそのまま使ってくると想定しての作戦……だが、それが完全に破綻するとは、この時の真紅郎にも栞にも予想できていなかったのだった。
◇ ◇ ◇
「正直、驚いたね……」
観客席でそう零したのは幹比古だった。雫が準々決勝で使用したCADが「照準補助付“汎用型”CAD」であったことに気付けた人間はそう多くないだろう。幹比古は古式魔法の使い手だが、父親の影響や自身のこともあって現代魔法の勉強も人一倍努力している。そこから偶然気付けたというだけだが……そんな幹比古の言葉に、隣に座るレオも頷いていた。
「そうだな。アレを達也が作っちまったって言うのが凄いな……」
「それもそうなんだけど、あの技術ってまだ市販品ベースでは一切ないんだよね」
準々決勝の後、幹比古は達也のやったこと―――照準補助と汎用型CADの技術がどこかで聞いたことがあると端末で調べ直すと、昨年の夏にドイツのデュッセンドルフで発表された技術であると判明。それをこの九校戦で実用ベースに仕上げた彼の技量に脱帽していた。
そして、準決勝の選手―――雫と栞が出てきたところで、エリカが雫の持っているCADに気付いた。
「ねえ、ミキ。雫の持っているCADがまた違うんだけれど?」
「僕の名前は幹比古だ! って……本当だ。さっきみたいな照準補助はついてないように見えるけど……」
準々決勝で雫が使っていたものとは機関部の厚みが違う。正確には小銃の上部に付いていた汎用型CAD『セントール』シリーズがないどころか、デバイス自体の形状がより洗練されていた。それが何を意味するのかということは、すぐに理解できた。
「まさか、3機目のCAD?」
「マジ? ってか、同一種目で1人の選手に3機も準備するって普通じゃないわよ」
確かに普通ではない。だが、これも確実に勝利するための戦術のひとつだ。そのCADの存在は、同じ代表選手である深雪とほのかにも見覚えがなかった。しかし、あれだけのハードウェア設計が出来る人間となれば自ずと限られてくる。これには、燈也も冷や汗を流していた(亜実は摩利の代わりに真由美の暴走を止めるストッパーとして駆り出されていた)。
「深雪、あれも達也君のハンドメイドなの?」
「いえ、私にも見覚えはありません。ですが……」
「心当たりがあるんですか?」
「多分ですけど、あれを設計したのは悠元さんしかいないかと」
その言葉に周囲が驚きに包まれる。以前、深雪が使っているCADは彼のハンドメイドであると説明したことがあるが、雫の使っているものを“設計”と発言した。つまり、彼が一から図面を引いてCAD設計をしている、ということを示すものであった。
「悠元さんは一体どこまで規格外なんですか……」
「いっそのこと、突き抜けたほうがかえって清々しく感じそうね。昼食の時にでも捕まえて、あたし専用のCAD設計でもさせようかしら」
「程々にしてくださいね、エリカ。僕の調整も悠元が担当するのですから」
こうなったエリカを止めるのは無理だろうと思い、燈也も強くは言わなかった。レオと幹比古も意気込んでいるようなエリカを止めようとは思わなかったし、美月とほのかもこれには苦笑を浮かべていた。そして、深雪は内心で悠元に「ごめんなさい」と詫びていたのだった。
思ったよりも進まなかったorz