新人戦女子スピード・シューティング準決勝。その第1試合となる第一高校の北山雫と第三高校の十七夜栞の対戦。シグナルが全て灯り、射出されるクレーを雫は『アクティブ・エアーマイン』で、栞は『アリスマティック・チェイン』で破壊していく。
「……流石に合わせて来たか。まあ、予定通りではあるな」
現時点では栞が若干のリードをしているが、ここまでは想定通り。というか、開始1分程度は準々決勝と同じ起動式を使う作戦ということを達也と既に打ち合わせている。
「でも、それはあくまでも『アクティブ・エアーマイン』に合わせただけの作戦、のようだな」
雫が使っている汎用型CADは準々決勝で使用した9個の起動式の他に、新型魔法の起動式を56個ほどインストールしている。その新型魔法というのは『
基本的な発想は『アクティブ・エアーマイン』と変わらないが、収束魔法を自身が破壊するクレーに掛ける際、対戦相手のクレーの形状―――破片であっても移動魔法と加重魔法のマルチ・キャストで吹き飛ばすという方法を用いている。単純に吹き飛ばすなら移動魔法だけでいいのだが、確実に『アリスマティック・チェイン』を抑えるため、定速系干渉を入れるという意味で加重魔法が入っている。
作戦通りに雫が動き、得点ペースは雫が一気に加速し始めた。栞のほうにも焦りが見え始めた。
(雫は細かな制御が不得手とは聞いていたからな……即興に近いとはいえ、例の術式もしっかり機能しているようだ)
最大99個の起動式をインストールできる汎用型にしては3分の1以上を残した形になっているが、その残りを余しているわけではない。空きに入れた31個の起動式は別の役割―――『サラウンド・エアーマイン』の“補助魔法”を担っている。
具体的にはゴーグルに備わったヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)にCADの交信機能を利用した照準補助システムを組み込んでいて、得点フィールド内に存在する目標物―――今回の場合は赤のクレー分布や軌道予測を知覚系魔法で読み取り、その得られた情報を機械で処理して、適切な変数値を魔法演算領域に送るというもの。尤も、今回の場合は競技用なので、その数値自体はかなり少ないが。
知覚系魔法は適性がないと修得が難しいとされている。それこそ卓越した空間認識能力がないと難しい。なので、起動自体は使用者が行い、それの細かな変数処理を機械でやってしまえばいいと思った。この発想は汎用型重力制御術式もとい飛行魔法デバイスのタイムレコーダー機能から得たものだ。とはいえ、性能のレギュレーションのこともあって普通は難しいと一蹴されるだろう。
魔法は「“あり得ないこと”を現実にする手段」ということ。なので、餅は餅屋という言い方はどうかと思うが、その情報の引き出しを情報体が詰まっている場所―――
魔法は
今回の場合は、指定されたポイントに“マーカー”を付与し、そのマーカーに該当するエリアの振動破砕空間を発生させる、というものだ。マーカー付与の事象改変自体はかなり少ない事象干渉力で済んでおり、念のために雫への負荷軽減は万全にやってきた、というわけである。
なお、知覚系魔法については「インデックス」に掲載されているものを雫用に改良した上でインストールしているし、補助魔法に関しては『サラウンド・エアーマイン』に補助魔法の発動条件や終了条件が定数として設定されているため、使用者が意識して使う必要はない。
この辺の考え方は原作における戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』に使われている「チェイン・キャスト」の技術をほんの一部だけ使ったもの。ばれない様に対策は打っているので問題ない。
『アクティブ・エアーマイン』や『サラウンド・エアーマイン』の豪快さに目を奪われがちなので、雫がゴーグルを通して知覚系魔法を使っていると気付くものは殆どいないだろう。可視化処理がされている以上は解析されることもしっかり織り込まれている。
視線をシューティングレンジに戻すと、栞の『アリスマティック・チェイン』が明らかに伸び悩んでいた。流石に少しやりすぎたかなと思わなくもないが、元々は向こうからの宣戦布告に答えてやった程度だ、と言い訳がましい感じで独り言のように呟いた。
「―――勝負あり、だな」
そして、雫が100個目のクレーを破壊して試合終了。結果は100-61……決して悪くないだろう。戻ってきた雫も笑みを見せていた。この後は3位決定戦の後に決勝戦となるが、見るからに栞のメンタル面が深刻そうに見えた。
この懸念通り、栞は3位決定戦で和実と戦い、準決勝では決して見せなかったミスを連発して4位。和実はこの時点で3位が確定した。残るは雫と英美の決勝戦ということだが、これについては雫が珍しく英美に宣戦布告していた。それを英美が受ける形とはなったが……波乱とも言うべき結果になっていた。
「……なんだこの、何?」
「それは俺も聞きたいな……」
実は、英美には彼女が普段使っているショットガンタイプのCADをベースに九校戦用のCADを渡していた。英美の魔法特性に完全特化させたモデルなので、無論市販はされていない。
各国の魔工メーカーは各々デバイスを開発しているが、商売柄として自国や周辺国の持つ魔法の特性にどうしても寄ってしまう。言うなれば、普段流通している商品がその国の習慣や文化に適合したものづくりをしているように、CADも自ずとその影響を受けているというわけだ。それを生かして、悠元は英美の実家であるゴールディ家―――旧EU圏のメーカーから購入したCADをベースに設計を起こした上で、FLTの製作工房に依頼していた。
加えて、達也が英美の特性に合わせた起動式を組み上げており、悠元も少しだけ改良に付き合っていた。
その結果……シューティングレンジでは一歩も引かぬ応酬へと発展しており、悠元と達也は目の前に映る魔法の乱舞に対して「何が起きているんだ」という感想しか出てこなかったのであった。とても、こんな状況を作った当事者たちの言葉ではない。その事情を知るものがこの場にいれば、「お前らが言うな」と言われても仕方ない。
結果的にスコアは100-96。
新人戦女子スピード・シューティング決勝の結果から雫が優勝、英美が準優勝となった。
◇ ◇ ◇
時間が経過して正午。
一高の天幕では、浮ついた雰囲気が漂っていた。真由美は、その立役者である達也の背中をバシバシと叩いていた。そこまで痛くはないのだろうが、達也の表情は痛いというより面倒そうな様子だった。それを察してか、悠元は真由美に向かって諌めた。
「会長、達也が嫌がってますのでその辺にした方がいいですよ。嬉しいのは理解しますが……」
「あ、ゴメンゴメン。というか、何で露骨に距離を取っているのでしょう?」
「出合い頭に抱き付いて来られたら、周りに要らぬ疑いを持たれるからです」
一高の天幕に戻ってきた悠元と達也、それに1年女子メンバーを出迎えた真由美は何の躊躇いもなく悠元に抱き付いたのだ。これには雫の機嫌が悪くなっていたのを察して、亜実が真由美を引き剥がした。その上で、悠元は真由美と距離を取ったまま話していた。
「それはともかく、北山さんも明智さんも滝川さんも凄いわ! みんな、よくやってくれました」
あまり押し問答しても仕方ないと割り切り、真由美は1年女子メンバーを労うと3人は揃って「ありがとうございます」と返していた。一つの種目で1位から3位の上位独占は快挙と言えるだろう。これを支えたのは紛れもない悠元と達也だが、悠元は昼から燈也のエンジニアを担当するため、天幕内で軽食程度の食事をしている。無論、それを用意したのは他でもない深雪である。
そんなこともあって、悠元ではなく達也に真由美たちの賞賛が集まるのは無理からぬことだった。
「上位に入ったのは選手であって、俺ではありませんが。それを言うなら悠元も評価されるべきだと思いますよ」
「それは分かっているさ。だが、君の功績も確かなものだ。今回の出場選手上位独占という快挙に、君のエンジニアとしての腕が大きく貢献しているという事実は、我々皆が認識を共有しているところだ」
「悠元君の実力は、会長の結果を見れば一目瞭然でしょうが……無論、北山さんの優勝に貢献していることも認識しています」
これで少なくとも達也の実力は一高のメンバー全員が認識せざるを得ない。認めることの是非はともかくとしてだ。雫のことについても、確かに悠元がエンジニアを担当したのは事実だが、それまでの準備のほとんどを達也がやってきたのも事実である。
「何か、自分でも信じられません」
「急に魔法が上手くなったって錯覚しそうです」
和実と英美の言葉に雫は頷いて反応した。すると、鈴音から『アクティブ・エアーマイン』が「インデックス」に正式採用の打診が魔法大学からきていると話すと、達也は立ち上がって悠元のほうに視線を向けた。
「そうですか……悠元の意見を聞きたいんだが?」
「断る方向でいいと思う。それでも執拗に迫るなら“必要最低限”でいいと思うけど」
「悠元、どうして? 『インデックス』に載ることは名誉なのに」
達也の問いかけに悠元がそう答えると、これに反応したのは使用者である雫であった。こんな雰囲気を下手に壊すのは拙いと思いつつ、悠元はこう返した。
「理由は色々あるが、下手に真似されて『アクティブ・エアーマイン』の印象を損ねたくないだけだよ」
「魔法の印象って……君は何を危惧しているんだ?」
「その辺は家の事情もありますが……今言えるのは、その魔法が“誰にでも使える”ということを誰よりも危惧しているってだけです」
三矢家は国防軍と密接に関わっている。その視点で言うなら、何の対策も講じずに『アクティブ・エアーマイン』を登録するのは危険だと判断しているからだ。この世界における魔法は軍事の面で密接に関わっている以上、それを避けて通るのは難しい。
それに、国立機関というだけあってその調査力は高いと認識している。登録の際、三矢家の人間だと判明している自分だけならともかく、達也が四葉家の人間だと知られるのは現時点で拙いので断る方針だ。
なので、どうしても登録したいと大学側がしつこいようなら、開発者名を不明にして登録する方針とした。「インデックス」には開発者不明の魔法もあるので、問題はない。この辺は剛三とも確認済みである。
「せっかくの喜ばしいことなので、これ以上水を差すのは控えておきます。そしたら、午後の準備がありますので失礼してもよろしいですか?」
「え? ええ、午後もお願いね」
どうやら、準決勝と決勝で使った『サラウンド・エアーマイン』については『アクティブ・エアーマイン』の亜種ということで有耶無耶にできたようだ、と判断して悠元は天幕を離れて競技場に向かった。その後で大学側から申請依頼が来たが「まずは上泉家に許可を貰ってください」と一蹴しておいた。
プライドで一生遊んで暮らせるなら神業だと思う。
◇ ◇ ◇
第一高校の新人戦女子スピード・シューティング全選手による上位独占。この事実は他校にも波紋を呼んでいた。とりわけ今年こそ覇権奪取を目論んでいた第三高校にとっては過剰とも言わんばかりの反響を起こしていた。
「じゃあ将輝、一高のアレは、彼女たちの個人技能によるものではないと言うのか?」
第三高校に割り当てられた会議室にて、新人戦出場メンバーである17人がそこにいた。なお、そこにいないのは愛梨、栞、それに沓子の3人。栞は敗北のショックからか部屋に閉じこもっており、それを愛梨が心配していた。沓子は午後にある女子バトル・ボードのため、その場にはいなかったというわけだ。
一人の男子生徒の問いかけに、視線は将輝に集中していた。
「確かに、北山と明智の2人の魔法技能は卓越しているが、3位に入った滝川って子の能力がそれほどずば抜けているという印象は受けなかった」
「準決勝の敗北があったとはいえ、十七夜が3位に入れなかったのは痛いが……」
「そうだね。それに関しては僕の読み違いもある。一概に彼女の責任だと責められないね」
将輝の言葉を聞いて別の男子生徒が放った一言に対し、まさか“あんな作戦”を取ってくるとは思いもしなかったし、雫の『アクティブ・エアーマイン』の起動式を解析した時点で、その規模と発動速度から汎用型の可能性を捨て去っていた自身の落ち度もある、と含めつつ真紅郎はそう述べた。
「それは置いといて、バトル・ボードは今のところ
ここまで(正午の時点)のバトル・ボードの結果は、第三高校が男子と女子共に2人中2名が予選突破。第一高校は、男子が3名中1名と女子は1名中1名に止まっている。真紅郎の言う通り、選手のレベルが飛び抜けて高いという印象は他のメンバーも受けなかった。これにはこれから出場してくる十師族の2人―――悠元と燈也の実力を見ていないからこその台詞ともいえるが。
魔法関連は出来るだけ原作を逸脱しないように組んでいますが、おかしいなと思ったらその辺はオリジナル設定ということでお願いします。