魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦四日目⑧

 男子スピード・シューティング決勝。その観客席の最後列に栞は座っていた。女子スピード・シューティング準決勝で思わぬ敗北を喫したこと。それによって自分の心の弱さを強く感じてしまい、3位決定戦で本来の力を発揮できなかった。

 

(私、何しに来てるんでしょうね……)

 

 部屋で塞ぎ込んでいた栞が何の理由もなく偶々モニターの電源を付けたところ、丁度燈也の予選の試技で、彼が『アリスマティック・チェイン』を披露したことに驚いていた。血の滲む様な努力の結果に得た魔法を使った一高の1年で、将輝と同じ十師族の1人。その彼を直接見ようと、栞は部屋を飛び出して試合会場に来ていた。

 愛梨や沓子だけでなく、他の同級生に何も言わず来てしまったため、今頃呆れているのかもしれない。そんなことを考えていると、女性と思しき声が掛けられた。

 

「隣、よろしいですか?」

「あ……え、ええ……」

 

 栞の隣に座ったのは、一高の制服を着た女子生徒。だが、栞にとってはその生徒と関わりがある。彼女が十七夜家の養子として引き取られる前に名乗っていた名字―――“一花”の血縁者が隣にいたのだ。

 その女子生徒もとい一高の作戦スタッフである3年の市原鈴音は栞に声を掛けた。彼女としても今の栞は見るに堪えなかったのだろう。

 

「女子の試合は見させていただきました……成長しましたね」

「それは、慰めのつもりなの?」

「生憎と慰める技量は持ち合わせていませんよ」

 

 栞の問いかけに鈴音は淡々とした口調で返した。昔ならともかく、彼女と自分では置かれている立場が違う。なので、下手な慰めは彼女を傷つけるだけだと“昔から”知っている。

 

「でも、安心はしました」

「……安心?」

「ええ。あれほど自分が傷付けられても文句の一つすら言わなかった貴女が、そうやって自分を出せていることにです」

 

 鈴音の言葉に栞はキョトンとした表情を浮かべていた。それを見た鈴音は微笑みつつ、席を立ちあがった。

 

「貴女は、いい友人に恵まれましたね。私の出る幕でもなかったようです」

「それって……あっ」

 

 栞が視線を別の方向に向けると、そこには愛梨と沓子がいた。沓子が選手用のクーラージャンパー姿だったことから、どうやらバトル・ボードの予選レースから直行してきたのだと悟り、栞は思わず顔を背けてしまった。

 

「……そのお詫びと言っては何ですが、一つだけ教えましょう」

「お詫び? 一体何を?」

「北山さんの調整を担当していたエンジニアのことですが、彼は別の種目に選手として出場します。明日の男子ピラーズ・ブレイクを見れば分かりますよ」

 

 そう言って鈴音は愛梨と沓子に目礼をし、その場を静かに去って行った。先程の言葉を聞いて一体どういうことなのかと考える前に愛梨と沓子に声を掛けられ、栞は思わず謝罪の言葉を口にしたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その一方、燈也は決勝の相手である真紅郎と対峙していた。真紅郎のほうは驚きや既視感を含んだような様相を見せたが、気持ちを切り替えて話しかけてきた。

 

「六塚君だったかな。準決勝まで見せて貰ったけど、『アリスマティック・チェイン』を再現するとは恐れ入るよ」

「それはどうも。天才にお褒めの言葉を頂けるとは思ってもみませんでした」

「ですが、勝つのは僕です。相手が十師族と言えども、これは真剣勝負ですから」

 

 2人はお互いの腕を賞賛しつつも、既に決勝の対決ムードであった。真紅郎の言葉に対して、燈也は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ええ、確かに真剣勝負です。『カーディナル・ジョージ』の胸を借りるつもりで戦わせていただきます」

 

 燈也の言葉に真紅郎は改めて気を引き締めた。同じ十師族である将輝との付き合いでその力を目の当たりにしてきたからこそ、油断はできない。それに、真紅郎は燈也の振る舞いを見て、何か不思議な感じがしたのだ。真紅郎は武術を嗜んでいないが、魔法技術者としての勘というものから、まるで将輝のように実戦経験がある雰囲気を燈也から感じていた。

 それを知ってか知らずか、燈也は先にシューティングレンジに行こうとした際、こう言い放った。

 

「―――『あの時』の借り、返させてもらいますから」

 

 燈也としては借りというより恨みなのだが、相手を必要以上に困惑させないのが一番だろうと考えたのかどうかはさておき、燈也の言葉に真紅郎は思わず首を傾げたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 男子スピード・シューティング決勝。

 第一高校1年の六塚燈也と第三高校1年の吉祥寺真紅郎。十師族の一角である六塚家に連なる人物と『基本(カーディナル)コード』を発見した天才の対決に観客は盛り上がっていたが、モニターで「お静かに」との表示が出ると、その騒ぎの波は静まりかえった。

 

 ゴーグルを掛けた双方が小銃形状CADを構え、シグナルが点灯し始める。そして、全てのシグナルが点灯して、燈也は決勝用の魔法―――『凍結連鎖氷柱(フローズン・アリスマティック・ピラー)』を発動させる。それによって得点フィールドの外側に4本の氷柱が出現したことに観客から驚きの声が上がった。対戦相手である真紅郎もこれには驚くが、明らかに無駄なことだと内心で呟いた。

 

(この状況でフィールド外にあれだけの高さの氷柱を!?……いや、その初動だけでも想子消費は極めて高い筈だ。一気に押し切る……え?)

 

 すると、真紅郎は発動させたはずの『インビジブル・ブリット』が得点フィールド内で発動しないことに驚きを感じた。CADの問題かと思ったが、入念にチェックしたので問題はない。そうなると、真紅郎は一つの結論に行きつく。

 

(まさか、得点フィールド内全域に領域干渉を掛けているのか!?)

 

 真紅郎はそう予想したが、厳密には『半分正解』である。

 『凍結連鎖氷柱(フローズン・アリスマティック・ピラー)』―――特定範囲内に強力な領域干渉と加重系統プラスコードによる定速干渉の複合干渉を設定し、『アリスマティック・チェイン』の連鎖性と『アクティブ・エアーマイン』の収束魔法による対戦相手のクレー軌道の変化を取り入れた燈也専用の複合術式。

 そもそも、燈也が使っていた『アリスマティック・チェイン』は連鎖の補助として収束魔法を予め組み込んでいる。それなしで栞のようなオリジナルの術式に近い動きはできないと判断した。尤も、燈也の魔法技能のお蔭でそこまで心配する必要もなかったが、本人もこれが使いやすいということでオリジナルの『アリスマティック・チェイン』には戻さなかったのだ。

 ちなみに、この魔法式の展開の際に生成された4本の縦横1メートル、高さ10メートルの氷柱については、燈也の得意分野が凍結魔法ということで悠元が組んだ“遊び”。

 本来、アイス・ピラーズ・ブレイクの氷柱を作るだけでもかなりのエネルギーを消費することは分かっていた。なので、それを改良した凍結術式―――悠元がテスト勉強の時に弄っていた魔法式を振動減速系に最適化させた術式を組み込んでいる。これによって、本来の3割未満の負荷で済んでいる。

 氷柱生成によるエネルギーの総和の誤差は、クレーを破壊するための移動魔法と収束魔法、そしてフィールド自体に掛けられた定速干渉で帳尻を合わせている。

 

 

(やはり『インビジブル・ブリット』は対策されている。なら、別の魔法で……何っ!?)

 

 真紅郎は『インビジブル・ブリット』を使えない原因が氷柱にあると読んで、『インビジブル・ブリット』で破壊した。そこまではまだ良かったのだろうが、真紅郎はそれによって自分が更なる苦境に立たされることになる。何と、真紅郎から見た得点フィールド内が光で満たされ、クレーが視認できなくなっていた。

 この現象は「サンピラー」と呼ばれる現象を再現したもの。細かく砕かれたクレーの破片を核として氷晶を作り、得点フィールド内に擬似的なダイヤモンドダストを発生させる。その氷晶と太陽の光を合わせて、擬似的なサンピラーを発生させるもの。先程「遊び」と言った氷柱は、この状態を生み出すための補助要素と言っても過言ではない。

 これだと燈也も同条件だが、彼の場合は特殊な知覚系魔法でクレーの動きを把握できるため、実質的に見えているも同然。真紅郎は勘と射出機からの予測だけで、外部から魔法の弾丸を撃ち込んで自分が狙うクレーを破壊するしかない。

 

 完全な2段構えの魔法に観客も驚きを隠せず、決勝ということで実際に見に来た克人は、珍しく驚きを見せるような表情を浮かべていた。隣に座っている真由美もこれには驚きを隠せない。

 

「流石というべきか……これで、六塚の勝ちは揺るがなくなったな」

「ええ。リンちゃんから“大掛かりのもの”をいくつか用意しているとは聞いてたけど、フィールドに氷柱を立てるなんてアイデア、思いついてもそれを実行に移すのは、それこそ達也君か悠君ぐらいでしょうね」

 

 完全な『インビジブル・ブリット』封じのための術式―――その弱点を完全に露呈された形となった相手には気の毒だが、それを実行できるだけの想子保有量と魔法力双方がないと不可能ということもお互いに察していた。

 燈也は、十師族の力を示すという意味で『フローズン・アリスマティック・ピラー』を使用したのだろうと真由美は推測した。尤も、燈也の場合は“私怨”も入っていることに気付いてはいなかったが。

 得点は明らかに開いていく一方で、燈也が100個目のクレーを破壊した時点でブザー音が鳴り、観客として来ていた一高の生徒たちは歓喜の渦に包まれていた。結果は100-11……ほぼ完勝といっても差支えないだろう。

 

「これで、新人戦スピード・シューティングは両方とも優勝できたけど……」

「その辺は後で話すことにしよう」

 

 真由美の言いたいことを察しつつも、克人は今話すことではないと窘めた。それには真由美も頷くだけに止めたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 女子バトル・ボードでは、予選最終レースに出場したほのかが1位となり、無事予選を通過した。男子のほうは鷹輔が予選を通過していた。その結果をミーティングルームで聞いた悠元は、真由美に背中をバシバシと叩かれていた。これには摩利も呆れたように見つめていた。

 

「凄いじゃない、悠君! 担当した2選手共に優勝なんて、これは快挙よ!」

「会長、落ち着いてください。悠元君が嫌がってます」

「あ、そうね。でも、嫌じゃないわよね?」

「自分にそんな被虐趣味はありません」

 

 鈴音の指摘に真由美はわざとらしいような目線で訴えかけてきたが、それを一蹴するかのような悠元の言葉に真由美は不満げだった。これには摩利も思わず笑みを零していた。けれども、そこまで楽観視できるような状況ではなかった。

 

「もう……にしても、燈也君が優勝してくれたまでは良かったのだけれど……」

「三高の3人が2位から4位を固めてきましたね」

 

 新人戦男子スピード・シューティングは燈也が優勝したものの、2位から4位が三高で独占された。2位と3位が女子とは逆の結果となっていたのだ。

 女子の活躍を見て「今度は自分が」と意気込んだまでは良かったのだろう。運動競技でも盤面遊戯でも……無論、魔法競技でもヤル気がなければ勝利に結びつかない。そうやって己の士気を高めるのは基本的なことで、一番の特効薬は紛れもなく勝利である。

 けれどヤル気は時として「気負い」へと変わり、そこから容易に「空回り」へと発展する。その結果が男子の成績として示された形だ。

 

「男子と女子で逆の結果となったか……」

「スピード・シューティング全体から見れば、女子の貯金がしっかり効いていますし、そこまで悲観し過ぎるのはどうかと」

 

 摩利の懸念も含んだような言葉に、鈴音がフォローを入れる形で自身の分析を述べたが、それでもこの場の沈滞したムードを拭い去るというところまでは行かなかった。

 

「そうだな、悲観しすぎるのも良くない。女子の結果が出来過ぎだったと言うべきなのだろうな。今日のところはリードを奪っただけでも良しとしなければ」

「しかし、男子の不振はスピード・シューティングだけではない。バトル・ボードも予選通過が1名という結果は無視できない」

 

 男女別で見た場合、女子がスピード・シューティングで上位独占、バトル・ボードで3人全員予選通過。だが、男子の場合はスピード・シューティングで1人が表彰台、1人が準々決勝敗退で1人が予選落ち、バトル・ボードは3名の内1名が予選通過。

 ここまで偏った結果の裏側にはエンジニアという要素も無視できない。

 

「男子がこのままズルズルと不振が続くようでは、今年は良くとも来年以降に差し障りがあるかもしれん」

「つまり、負け癖がつくということか?」

「その恐れがあるだろう」

 

 克人の言葉に真由美と摩利は苦い顔をして黙り込んだ。魔法科高校のリーダーを自認し、常勝を自らに課している一高の幹部として、「今年さえよければ」という安逸に甘んじると言うことは決して許されない。すると、真由美が悠元にあることを問いかけた。

 

「ねえ、悠君。他の1年の様子はどうだった?」

 

 この会議の前に、同室で1年の代表選手だけを集めてミーティングを行った。進行役は統括役ということで無論悠元なのだが、男子と女子で温度差が形成されるほどであった。

 調子が上向きの女子に対して、燈也や鷹輔以外の男子の調子が下向き……まるで部屋の中が軽い『氷炎地獄(インフェルノ)』状態となっていたことを思い出しつつ、声に出した。

 

「既に男子と女子で温度差がヤバい状況です。女子は言うまでもありません。2種目出る男子は何とかなってますけど、1種目しか出ない男子はかなり落ち込んでました」

 

 女子に対しては、結果を正当に評価するだけに止めた。下手に持ち上げて男子たちにプレッシャーを与えたくないというのもある。九校戦でいつも以上に敏感な状態の男子の面々を下手に刺激しない方がいいと判断した。

 

「男子には、気負いせず少し肩の力を抜くようにだけ言いましたが、それ以上のフォローは入れるべきでないと判断しました。姉達にも敗戦のフォローはしなくていいと言い含めています」

「それは……流石に酷じゃないの?」

 

 この場合は真由美の言葉も正論だろう。だが、悠元は言い訳すべきでないと判断して事実という判断材料を提示した。

 

「単に負けたことへのショックで落ち込んでいるのならフォローしていましたが、技術スタッフの中に達也がいることを未だに気に食わないでいる奴がいることと、自分が二科生と仲良くしていることを快く思ってない奴がいまして……この先は彼ら自身の問題でもありますから」

 

 ここで自分が何を言ったとしても、相手がまともに取り合うとは思えなかった。『変なプレッシャーになった』とか後で言い訳されるのも困る。

 加えて、悠元と達也がエンジニアとして関わった選手全員が上位入賞という結果まで打ち立てた。このダブルパンチで落ち込んでいる連中に手を施せと言われても極めて難しいだろう。

 

「成程、そういうことか……割り切れてないとは仕方ない」

 

 悠元がそこまで言ったところで摩利が深い溜息を吐いた。彼女も達也の風紀委員任命に関して服部から文句を言われた経験があるので、そのことを思い出したのかもしれない。

 真由美も口に出すことはしなかったが、悠元から言われた事実に対して苦い顔を浮かべていた。

 

「男子の方は、梃入れが必要かもしれんな」

「しかし、梃入れと言っても今更何が出来る?」

 

 そう、確かに今更なのだ。方法はなくもないが、その一つは技術スタッフに負担を強いることとなるので、正直お勧めできない。そうなると、もう一つの方法を選択せざるを得ない。祖父から言われたとはいえ、その方向性に転ぶことを内心で深く溜息を吐いた。

 

「梃入れは難しいですが、男子の士気を上げることぐらいは出来るかと」

「三矢、やれるのか?」

「どの道誰かがやらなければならないことです。できるかどうかではなく『やるしかない』と考えています。これでも新人戦の統括役ですので、その責務はしっかりと果たします。燈也は言わずともやってくれるでしょうから」

 

 明日はクラウド・ボールの予選から決勝とアイス・ピラーズ・ブレイクの予選。奇しくも燈也と悠元―――十師族の2人が出場する種目だ。

 ここで勝利して男子全体の士気向上に繋げられればいいのだが、アイス・ピラーズ・ブレイクの女子は達也が深雪と雫、英美の3人全員を担当する。彼女らよりも派手に目立たなければならないという課題を突き付けられているが、最早やるしかないのだ。

 それに、克人からも十師族としての力を示すように突き付けられている以上、逃げるという選択肢は完全に排除された。目立つことによるデメリットは出てくるが、その時はその時だ。

 

「……そうか。頼むぞ、三矢」

「はい」

 

 克人の言葉に悠元は力強く頷いた。この遣り取りに口を挟めるものは、その場に誰もいなかったのだった。

 




 ぶっ飛んだ魔法だと思われそうですが、相手へ直接干渉しない以上は問題ないと判断しました。原作の理論と乖離してる部分があるかもしれません(震え)

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