魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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そんなルート、私は知らない(※)

 その夜、元治と悠元が宿泊するホテルに来客があった。国防軍の事情聴取として来た軍人は風間(かざま)玄信(はるのぶ)大尉―――元治と悠元からすれば知己でもある。当然会話を外部に漏らさないよう対傍聴用の結界魔法を張った上での対談となった。

 

「こんな夜遅くにすまないな、元治君に悠元。というか、災難だったな」

「とんだとばっちりだったのは否定しません。それで、司波家の方々には?」

「無論、自分が出向いて聴取を行った。特に得られるような情報はなかったが……主に対処をしたのは君だと言っていたからな。それで、こちらに出向いたというわけだ。早速だが、細かな事情を聞かせてもらえるか?」

 

 潜水艦から発射されたのが発泡魚雷だということに触れなかったのは、気付いていたであろう達也が喋らなかったのか別の理由なのか……そこに触れることなく、風間は二人に問いかけた。

 最初はソナーで異常な大きさの物体を発見。無線で呼び掛けたが、すぐに通信妨害が来たこと。こちらが逃げたのに合わせて潜水艦が追跡し、加えて発泡魚雷を発射されたこと……潜水艦の消滅については秘匿した。

 

 一隻だけなら偵察か挑発的行為だけだろうという楽観視をした考え方を持ってしまうからであり、軍港からの情報でそんな考え方をされる方が困ると結論付けていた。

 

「すると悠元。それは大亜連合の潜水艦、ということか?」

「可能性としては。あの発泡魚雷は大亜連合で使用されているタイプのものだと直ぐに分かりました。魚雷の確認は元治兄さんとしていますので、まず間違いないかと。それを態々他の国が使用するにも効率が悪すぎます」

 

 大亜連合軍の潜水艦を態々他国が使用するにも限度というものがある。使い捨てにして挑発するという可能性もあるだろうが、そういうことをして得をするのは専ら新ソ連ということになるだろう。

 なお、新ソ連による佐渡侵攻の兆候が沖縄出発前に集めた情報で確認できたため、元に必要な情報全てを託した。元もデータ通信では危険だと判断したのか、上泉家に持ち込むと言っていた。剛三ならば北陸地方を監視・守護する一条(いちじょう)家に情報提供をしやすいだろう。何せ、一条家当主の一条(いちじょう)剛毅(ごうき)は剛三の名前の一字を貰って名付けられたからだ。

 

「ふむ……単に挑発だけで済む、とは思っていないようだな?」

「それだったら、ご丁寧に通信妨害までして発泡魚雷を使う理由にはなりません。自分たちの誘拐を目論んでいたのかと思われます……『一介の魔法師の方々』にこちらの身元を明かさずに済んで、正直ホッとしていますよ」

 

 悠元の言葉に元治と風間は揃って苦笑した。

 身元を隠していたとはいえ、この一件で三矢家が大亜連合を非難する大義名分ができた。だが、そのことを公表すれば元治だけでなく悠元の素性も明るみになる可能性がある。なので、三矢家としては動けないだろう。『四葉家』も同様の理由で動けないのは明白。

 

「そう言うということは、悠元は彼らの身元に心当たりがあるというのだな?」

「無論ありますが……深淵に首を突っ込んで命を落とす心意気があるのならば止めはしません」

「そうか……私も正直自分の命は惜しいから、今の質問は聞かなかったことにしてくれ」

「ええ、そうさせていただきます」

 

 今の問答で風間は悠元が彼らの身元を把握していることにも気付いた。十師族直系の彼ですら下手に明かせないとなれば、凡その見当は付く。だが、風間の身にも危険を及ぼすとなれば悠元の警告は妥当だと判断し、風間はその質問を撤回した。

 

「それにしても、風間大尉は陸軍所属のはずですよね。離島の多い沖縄だと、専ら海兵隊―――海軍と空軍の縄張りかと思うのですが」

「その認識は間違っていないが、この一帯は大亜連合に近いこともあって配備されている魔法師が多い。自分は実戦経験を買われて恩納空軍基地で空挺魔法師部隊の教官も兼任しているのでな。部隊の連中は君にコテンパンにされたことで奮起しているようだ」

 

 昨年、剛三の付き添いということで恩納空軍基地を訪れた際、一部の兵から『子どものくせに生意気だ』と謂れのない喧嘩を吹っ掛けられ、容赦なく叩きのめした。

 

「いや、あれは見学をしていたら喧嘩を吹っかけてきた“レフト・ブラッド(あのバカども)”のせいであって、ムカついたので地面に埋めてやっただけですよ」

「う、埋めたって……」

 

 国体やインターハイ・全国大会クラスの武術や格闘技経験者もいたわけだが、そのまま全員との組手が終わるまで相手させられた。それでも息が上がらなかったのは今までの鍛錬のおかげだろう。

 その代わりに、人として大切なものを失った気がしなくもなかったが。

 

「爺さんはその時審判をしており、武術のことで一切言葉を発しませんでしたが、彼の基準で行けば部隊の連中は『ヒヨッコ』と扱われるかもしれません」

「剛三殿には私も随分お世話になっている。尤も、未だに一本も取れていないが」

「自分は手も足も出ませんでした……悠元は?」

「……一本だけなら」

 

 悠元の言葉に風間と元治が目を見開いた。ある程度衰えたとはいえ、剛三から一本を取るのは至難の業。その甲斐もあって悠元は12歳という若さで師範代に上り詰めた。付け加えるなら転生した影響もあるだろうが。

 

「そういえば、真田中尉の絡みでメールを貰ったのですが、年下の少年少女に喧嘩を吹っかけた馬鹿どもの件はどうなりました?」

「真田の奴め……其方は解決した。ジョーの奴がやられたのは先程事情を伺いに行った司波家の少年だったようでな。君と変わらない年頃の子とは恐れ入ったよ」

 

 大方予想通りに達也が打ちのめしたようだ。彼らとて決して弱くはないが、流石に『相手が悪かった』と言わざるを得ない。

 すると、風間はゆっくりと立ち上がった。そろそろ帰るつもりのようだ。

 

「夜分遅くに協力感謝する。そうだ、折角だから明日は基地に来るといい。元治君もどうだ?」

「自分にはきついので……悠元はどうする?」

「なら、お言葉に甘えます」

「わかった。朝6時に迎えを寄越すので、そのつもりでな」

 

 基地に行くのは自分の肩書を生かしてのCAD開発のため。流石に国防軍の基地だし、彼らとのこれ以上の関わりは大亜連合による沖縄侵攻までないだろう……なんて思っていたら、フラグが回収されたようなことが起きた。

 吸引力の変わらないただ一つの某掃除機もびっくりの回収能力だと思う……決して自分のせいではないと思いたい。

 

  ◇ ◇ ◇

 

―――西暦2092年8月6日。

 

 翌日、悠元は動きやすくも涼しげな恰好―――半袖のシャツにサマージャケット、綿パンツ―――で恩納空軍基地に来た。国防軍特務士官の証明書は念の為に携帯しているが、滅多に使うものでもないと懐に忍ばせている。出迎えたのは真田中尉であり、これには流石の悠元も苦笑を滲ませていた。

 

「久しぶりだね、悠元君」

「お久しぶりです、真田中尉。一応、これが例のブースターです」

 

 悠元はそう言いつつ、大きめのアタッシュケースを真田に手渡した。真田もこのケースは悠元以外に開けられないと理解しているからこそ、この場で開けようとする素振りは見せなかった。

 

「それで、今日は手伝いというよりも訓練に参加するのかい?」

「そうですね。彼らのお邪魔でなければ」

「ハハ、寧ろ君がいると彼らも奮起するというものだよ」 

 

 それは奮起というよりも年下の人間に負けたくない心境だと思うのだが、敢えて口に出すようなことはしなかった。

 真田に案内される形で基地の訓練施設に入ると、部下を指導している風間の姿があった。風間も悠元に気付いたようで、指導を別の部下に指示すると、悠元へ振り向いた。

 

「よく来てくれたな『上条特尉』。おっと、ここでは悠元と呼ぶべきだな」

「その辺は好きにして構いませんが、今からロープの昇降練習ですか?」

「ああ。悠元ならば運動にもなりはしないだろうが」

 

 風間がそう言ったのは、新陰流剣武術における準備運動と国防軍の準備運動があまりにも違うからだ。それに、悠元は剛三から直々に鍛え上げられている以上、「準備運動にもならないのでは」という意味を含めてのものだった。とはいえ、体を動かしたいのには変わりないので、ちょっと趣向を変えた運動にしようと考える。

 

「いえ、運動をしたいのは変わりありませんので……準備の為に柔軟だけやらせてもらえますか?」

「別に急かさないから、そこは好きにして構わないよ。そもそも、私に君の命令権などないのだがね」

 

 動きやすい服装に着替えて柔軟と準備体操を済ませた後、大人の軍人魔法師に混じってロープの昇降練習―――自力で五階建て相当の長さのロープを登り、天井近くから自力で降下するというもの。普通に考えたら怪我はおろか骨折しかねないが、加速系魔法・減速術式を用いて衝撃を軽減するというものだ。

 ただ、悠元の場合は降下する際に天井を軽く蹴って加速させ、地面すれすれで減速術式と大気操作の複合術式を用いて着地するという高速移動を行っている。下手すれば大怪我は免れない方法をこなせるのは、偏に新陰流剣武術の鍛錬の成果というか悪影響なのかもしれない。

 すると、真田の姿がないことに気付いた。そして、真田が戻ってきたところでその同行者の姿に悠元は内心で驚いていた。

 

(ケースを置きに行ったにしては遅すぎる……って、達也に深雪!? そんな展開なんてあったっけか……あー、あの場面か)

 

 確かに、達也と深雪が国防軍の基地を訪れるというのは何となく覚えていたが、その接点に風間と真田がいたことを忘れていた。こんなことを考えている間も魔法の制御は手放せないため、気が抜けない状態が続く。

 すると、二人の視線がこちらに向けられていることに気付く。高速で動いているせいで、誰なのかを認識は出来ていないようだが……ここで、真田が『彼は長野佑都君と言いまして、彼の知り合いの誼もあって訓練に参加しているんですよ』と説明していた。

 悠元の聴覚に関する事項は風間や真田も当然知っている。何を話しているのかバレバレだということを分かり切った上でやるとか、真田中尉は鬼畜であると思う。ロープ登りを終えて一息ついているところで、深雪から話しかけられた。

 

「あの、佑都さん」

「司波さんにお兄さんもか。二人は風間大尉の誘いでここに?」

「はい、最初は兄だけ誘われていたのですが」

「……」

 

 あのですね、達也さんや。こちらとしては含むところなんて一切ないんですけれど!?

 達也から明らかに睨まれている、というか『警戒されている』に近い。つまるところ、深夜から四葉の次期当主候補に繋がるような行動は慎むように言われているため、普通の兄妹を装っているのだろう。それに、国防空軍の基地で軍人魔法師に紛れて訓練に参加していたら、彼が訝しむ理由も自ずと理解できる。

 だからといって、殺気も滲ませる様な視線は勘弁願いたい。こんな時に彼の『深雪に対する激しい情動』が働かなくてもいいだろうに、と思う。

 

 ロープ登りの後は勝ち抜き形式の組み手となった。ここにいる面子は戦い方を知っている人間なため、以前全員を叩きのめした悠元からすれば準備運動以前の問題へと化していた。

 つまるところ、悠元は参加せずに休憩モードとなっていた。風間も流石に悠元から二度も心を折られたら兵士のメンタルが持たないだろうと判断したため、悠元の休憩をすんなり認めた。

 

 なので、水分補給も兼ねて休憩したいと席を外して訓練場に戻ってきたら……悠元と達也は対峙することになっていた。悠元のそばには風間がいて、一連の事情を説明する。

 

「……すみません、風間大尉。どうしてこうなったか事情を説明してください」

「すまないな、“悠元君”。ジョーが君のことを話すと、達也君の目つきが変わってね」

 

 悠元が出て行ったあと、風間は達也に手合わせをしないかと持ち掛けた。最初はボクシングで国体にまで出たことのある渡久地(とぐち)軍曹を一撃で沈め、次に琉球空手の使い手である南風原(はえばる)伍長を翻弄し、遠当てで見事に勝ち切った。

 だが、ここまで大の大人がコテンパンにされたとあっては恩納空挺隊の面目が丸潰れであり(過去に悠元が一度潰しているのもあったため)、風間がもう一勝負提案したところで志願したのが“ジョー”こと桧垣(ひがき)ジョセフ上等兵。先日恩納瀬良垣で達也に沈められた[レフト・ブラッド]の軍人魔法師だ。

 風間はその志願に『報復のつもりなら認められない』と明言したが、ジョセフは『雪辱であります!』と答えた。迷惑を掛けた側である司波兄妹(主に深雪)からすれば似たようなものという印象しか出てこないだろう。俺もそう思ってしまう。

 

 本来、魔法を抜きにした手合いなのに魔法を駆使したタックルで攻撃を仕掛けたジョセフ。無論深雪は非難したが、達也はそれを制するような台詞を叫ぶように言い放った上で[術式解体(グラム・デモリッション)]によってジョセフの魔法を無効化、魔法と同時に放たれた遠当ての一撃であっさりと沈めた。

 補足しておくが、現役軍人であるジョセフは決して弱くないし、実力だけで言えば南風原伍長と互角に渡り合う。単純に“四葉”という環境下で鍛え抜かれた達也が強いだけだ。

 

「ここにいる基地の魔法師全員に勝ったというジョーの言葉を聞いて、彼もやる気になったようでな。君にとっても同年代である彼との戦いは決して無駄にならないと判断した……受けてくれるかな?」

「下手に断って機嫌を損ねたくありませんので受けましょう。ですが、()()()やりますからね?」

「……分かった」

 

 そして、ジョセフが『いやー、年下の少年に負けるのはこれで2回目だ』という文言の後に悠元のことを少し話したらしく、達也の目つきが変わった。達也は『可能であれば、彼との手合わせを所望します』と悠元との手合いを所望したというわけだ。

 とりあえず、この手合いが終わった後にジョセフを一度叩きのめすことは確定事項となったが。

 

(全く、こっちとしては含むところなんてないんだけれどな……偶然に偶然が重なっただけだし)

 

 その達也と数メートルの間隔で対峙しているわけだが、正直やばいなんてレベルのものじゃない。濃密な戦闘経験を積んできているからこそ出せる雰囲気、実際に人を殺めているからこそ出せる殺気、これこそが四葉のガーディアンたるものだと感じ取れた。

 風間から聞いていた限りでは殺気など感じなかったそうだが、多分深雪のことが大きく絡んでいるとなれば納得出来るだろう。とはいえ、新陰流剣武術の技巧はおろか、奥義なんて以ての外だ。あまり戦闘を長期化させるのはこちらとしても手の内を覗かれかねない。

 

(―――仕方ない、か)

 

 そう考えて悠元は深く息を吐き、構える。それを見た達也は魔法が来るものだと無系統魔法を放つ構えをとる。

 

「……ごめんな」

 

 そう呟いた瞬間、達也の視界のみならず周囲の視線がある中で悠元の姿が消える。気配の行く先を感じ取った達也が次の行動を起こす前に、手刀で達也を気絶させた。

 簡単に言えば、古流の武術には特殊な呼吸法と歩法で相手の意識と無意識の間に割り込むことで相手の認識を逸らす技巧―――[抜き足]があり、それを用いて達也の死角へ回り込んだだけのことだ。

 正直、達也相手にこんな騙し手を使うのは今回きりだろう。そう思いながら気絶した達也を担ぎ、壁の近くに下ろした。すると、近くに駆け寄ってくる深雪の姿が目に入り、悠元は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「何と言ったらいいのか、ごめんとしか言いようがない。殺意を向けられてしまってな……心当たりなんてないし、俺もよく解らないんだ」

「いえ、その、恐らく兄は佑都さんのことを警戒してしまったのだと……思います」

 

 それはガーディアンからくるものなのか、兄として妹を心配したのか……こればかりは解らないと零す深雪を見て苦笑した。

 

「それはそれで、妹を心配するいいお兄さんじゃないか……敵意や殺気を向けられるのはこれっきりにしてくれると助かるよ」

「はい……兄には、私からしっかり伝えておきますので」

 

 深雪に達也のことをお願いすると、そのままの足取りでジョセフに近付いていく。近付いていく悠元は笑顔を浮かべていたが、口元が一切笑っていなかった。

 

「さて、ジョー。何を話したのかは想像がつくけれど……少し、頭を冷やそうか?」

 

 何が起きるのかを察したジョセフが魔法で逃げ出そうとした瞬間、ジョセフの加速が()()()()()()()、床にダイブする形でジョセフが叩きつけられた。

 その衝突で室内に盛大な音が鳴り響いたため、これには周囲の軍人魔法師や深雪は目を見開き、真田は『流石は悠元君だ』と笑顔を浮かべ、風間に至っては頭を抱えていた。

 

 後のことは風間と真田に任せてその場を去り、悠元はCAD開発をしている研究室に入る。もうフラグなんてお腹一杯だと思いながらワークステーションのキーボードを叩いていると、真田が二人をこの部屋に案内してきたのをモニターに反射する姿で確認できた。見るからに達也はCADを持っていないので、その辺も含めて真田が誘ったのだろう。

 

(……あー、何かそういう場面があったような無かったような……うろ覚えなのも駄目だな)

 

 悠元のそんな心の呟きを尻目に、真田は達也にカートリッジ型ストレージ換装機能の入った特化型CADを見せていた。このまま何とかなるだろうと思った時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 声の出所はといえば、悠元の右側から覗き込むようにしている深雪の姿があった。

 

「……佑都さん? どうしてここにいるんですか?」

 

 うん、知ってた。そりゃ同年代の人間が国防軍の基地で作業していたらおかしいって疑問に思うよね。幸い達也の相手を真田が引き受けてくれているので、諦めたように悠元は作業の手を止めて深雪に視線を向ける。

 

「ここの士官と知り合いで、司波さんのお兄さんと話している真田中尉もその一人だよ。何をしているのかと言えば、CAD開発を含めた兵装全般のお手伝いをしてるんだ。意外だった?」

「はい。魔法師だったこともそうですが……何者なのですか? お母様の知り合いというのは間違いないと思いますけど」

「答えてあげたいけど、喋ることはできないんだ。色んな人から口止めされていてね。でも、一つだけ言えるのは……司波さん―――達也君や深雪さんとは、対等な関係でありたいって思ってることかな。直球でいえば友達になりたいってことだけど」

 

 俺の力は姉や兄絡みでばれるのは時間の問題。特に十師族としては縁を結びたいと考える人間もいるだろう。組織という面倒事はあるだろうが、それによる力は無視できないと考えていたからだ。一人でできることなんて限界があるのはよく理解している。

 

 父に問われたとき、転生した人間であることも明かしたのは三矢家の人間を嫌いになれなかったのが理由だった。以前の『三矢悠元』が病弱だったことを知らず、元気にはしゃいでいれば異質なものの存在を疑って当然だろうと思う。こればかりは自分の迂闊さを恥じた。

 だが、父はこう言った。

 

「魔法という力を信じているのに、お前を信じられなければそれは『矛盾』だ」

 

 世の中には[レリック]と呼ばれる現代技術で再現不可能なオーパーツの存在がある。そういった存在がただ目の前に現れただけなのだ、と父は苦笑交じりに呟いていた。ただ、転生者をオーパーツ扱いされるのは甚だ遺憾の意を表したい。

 

 実のところ、父は医者から自分の病弱の体が根本的に改善されたことを聞かされており、母やほかの兄弟姉妹たち、使用人らには『内密に呼んだ知り合いが秘術の治療魔法を使ったお陰で、悠元の病弱な体が治った』と言い含めていた。

 秘術自体他人に教えられるものではないということは魔法使いの家系である以上理解しており、自分以外の家族はそれに納得していた。そのための辻褄合わせに古式魔法の魔法師まで呼んだ上で秘術と誤魔化した魔法を使っていた。

 確か、父がその人を吉田(よしだ)と言っていたのは覚えている。あれ、どこかで聞いたな……どこかで思い出すだろうから、頭の片隅にでも留めておこう。

 

 三矢の名や力を高めるためにお前を利用することもあるだろう、と父は言った……それは三矢の名を持って生まれ変わった以上、受け入れざるを得ないことだろう。それはもう覚悟を決めている。

 

 閑話休題。

 

 四葉の力は確かに強大だろう。それは母方の祖父からも聞いているし、自分も原作知識からそれを知り得ている。でも、その力を得た根底にあったものは『家族への深い愛情』だと思っている。

 

 危険かもしれないし、無謀かもしれない。だが、四葉が自分の力を知ることになるのは免れない。だったら、彼らと向き合ってみるというのもまた一つの選択肢ではないかと自分は思う。

 避けて孤立させて…それが回りまわって自分に害をなすなんて、流石に嫌なものだと思ったのも否定はしない。

 

 俺自身、損得勘定でこの二人とは付き合いたくないと思っている。せめて仲の良い友人ぐらいにはなりたい。そういう関係があってもいい……クルーザーでの一件、警戒を持たれることを覚悟の上で魔法を使ったのはそのためでもある。

 その言葉に深雪はキョトンとしたような目で悠元を見ていた。

 

「どうしたの?」

「あ、いえ……そんな風に言われたのは初めてでして」

「それじゃあ、お近づきのしるしにどうぞ」

 

 悠元はそう言いながら深雪にクッキーの入った包みを手渡す。市販のものではなく、悠元の手作りである。たまに甘いものが食べたくなるとこうやって自作することが多い。なお、その度に女性陣(主に姉達)から『反則』と言われていた。解せぬ。

 すると、達也と真田がいつの間にか近くにいた。達也は深雪の持っている包みからクッキーを一枚取り出し、自分の口に放り込んだ。たぶん毒見もかねているんだろう。返ってきた言葉はちょっと予想外だった。

 

「……美味しいですね」

「それはどうも」

 

 思えば、これが初めて達也と交わした会話だろう。

 その後、真田から達也にカートリッジ型ストレージを採用した特化型CADを二機渡したいと言われた。この辺は『先行投資』という側面もあるのだろうが、それならば……ということで、今しがた弄っていた最新の試作機(試作とは言っても、ちゃんと安全マージンを確保した代物で、コスト度外視の代物)を渡すことにした。

 インストールする起動式に関しては、達也の要望をすべて反映させる形とした。その辺の対処を全て真田に放り投げたのは言うまでもない。

 

 後日、別件で連絡を取った時にこのことを達也に尋ねたら、彼はこう言っていた。

 

「毒見のつもりだったんだが、甘さも丁度良かった。ただ、別荘に帰ってから同じものを食べた深雪が『こんなおいしいものを作るなんて、佑都さんは卑怯です! 私も美味しいものを作って佑都さんを見返してやります!』と頬を膨らませつつ涙目で言っていたが……その意味が俺には理解できなかった。佑都、この場合は俺がおかしいのだろうか?」

 

 ……あれ? ひょっとして深雪ルートですか?

 そんなルートあるなんて聞いていないんですが!?

 そして、達也が「もしかすると、深雪は悠元に任せた方がいいのかもな」と言われたことに異論を唱えたくなったのはここだけの話である。

 

 知り合いになったとはいえ、妹の面倒を他人(ひと)にぶん投げるな、お兄様。

 


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