魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦四日目⑨

 ミーティングと夕食の後、悠元が部屋に戻って着替えようとしたところで、フロントから電話があった。その話を聞いた瞬間、「どうしてこのタイミングで?」という思いはあったが、相手が相手なだけに断るわけにもいかないため、その話を了承した。

 軽く身だしなみをチェックした上で部屋の外に出て(無論部屋のカギは閉めるが)、指定されたVIPルームの一室に向かうと、その入り口の前には私服姿の響子が立っていた。

 

「今は響子さん、と呼んだ方がいいですね。出迎えですか?」

「そんなところね。さて、入って頂戴」

 

 響子の案内で中に入ると、椅子に座る一人の壮年の男性―――懇親会で見かけた人物こと九島烈本人がいた。それを視界に入れると、悠元は頭を下げた。

 

「お久しぶりです、閣下。お見かけしたのは懇親会以来ですが、こうやってお話しするのは昨年夏以来ですね」

「ああ、久しぶりだな。あの時は見事なものだった。さて、遠慮せずに座ってくれ」

「では、失礼します」

 

 九島家先代当主にして、十師族のシステムを作った人物。「老師」と呼び名の高いこの国でも屈指の魔法師であることは間違いない。

 烈の言葉を聞いた上で、悠元は烈と向かい合う形で席に着いた。すると、響子がティーカップを置き、そこに紅茶を注いだ。無論、ストレートで飲めないことは分かっているので、牛乳を入れたミルクティーなのだが。

 

「それで、自分に何のご用でしょうか? 閣下が本屋敷を訪れていたことやその内容はある程度お聞きしていますが」

 

 三矢家の本屋敷で烈が元から聞いていたことは、悠元の学校生活に関してだった。悠元が司波家に居候しているという事実は伏せたままで話したとは言っていたが、恐らく目の前にいる人物は気付いている可能性がある。それを踏まえた上で悠元は烈の言葉を待った。

 

「なに、君が明日と明後日のピラーズ・ブレイク、その後のモノリス・コードに出るとなれば、同じ種目に出場する一条の息子と戦うことになるからな」

「お言葉ですが閣下、父からは『三矢の力を示せ』と言われております。相手が同じ十師族であろうとも手を抜くつもりはありません」

 

 会場を壊さないように威力を抑えることはあっても、それが即ち手を抜くことにはならない。ましてや「クリムゾン・プリンス」が同じ競技に出る以上、負けるという選択肢はない。それを読み取ったのか、烈が真剣な表情を浮かべて問いかけてきた。

 

「仮に私が止めようとした場合は、どうする?」

「その時は十師族の存在意義自体に疑問を投げかけることになりますが、それでも宜しいと?」

 

 確かに、三矢家の十師族における地位は四葉家や七草家と同等の力となっている。だからと言って、他の十師族に配慮するようなことは、十師族そのものの意義である“最強”に疑問を投げかけられることとなる。そもそも、十師族は師族二十八家の中で強力な魔法師を選び出すもの。それに疑いを残すような結果など()()()()()()()()

 烈の問いかけに問いかけで返すのは失礼だが、何故そんなことを聞いたのかが気に掛かった。目の前にいる人物は十師族というシステムに対して一体何を考えているのか……すると、烈は表情を緩ませた。

 

「……成程。流石剛三の孫なだけはあるな。今のは単なる戯れみたいなものだ」

「そうでしたか。にしては、かなり真剣な表情でしたが」

「……それも“試し”だと気付いていたか」

 

 殺気も感じていたが、剛三の殺気に比べればまだ耐えられるレベルだった。爺さんの場合は魔法自体に殺気が籠るからな……そんなことを思いつつも、悠元は烈に視線を向けた。

 その後は、学校生活のことを中心に聞かれた。その際に達也と深雪のことも聞かれたが、「仲の良いクラスメイトと友人程度」という風に返した。彼からはそれに対して必要以上の追及は来なかったが、この九校戦で達也と深雪の正体に気付く十師族の一人。下手に敵対したくはないが、それとなく警戒はして損はないだろう。

 

 悠元が去った後、響子は悠元が座っていた場所に座って烈に問いかけた。それは、彼をこの場に呼んだ理由を聞くためだ。

 

「御祖父様、どうして悠元君をここに呼ばれたのですか?」

「……響子、この話は剛三から聞いた事ゆえ、他人に漏らしてはならぬ」

 

 烈はそう言って、剛三から聞かされたこと―――悠元の婚姻は上泉家と神楽坂家が取り仕切っているということを話した。

 そこに響子を関わらせることの是非はともかくとして、彼が国防軍に軍籍を置いていることを烈は把握している。奇しくも響子と同じ大隊にいるからこそ、孫娘である彼女にも話すべきと判断したのだ。

 

「私以外にこのことを知っているのは?」

「七草家の現当主だけだな。神楽坂家の当主とは面識があるが……剛三と同じく、何を考えているのかが全く読めぬ」

 

 響子は烈から神楽坂家のことは聞き及んでいるし、実家である藤林家も古式魔法の一族ゆえに神楽坂家の知識はある。だからこそ、目の前にいる祖父は非公式の戦略級魔法師である悠元をどうしたいのか、と疑問に感じた。

 

「悠元君は、既に高校生を超えた力を持っていると風間少佐から聞いていますし、私自身も彼の凄さを目の当たりにしています。彼のことですから、会場を壊すような魔法は使わないと思われますが……よもや、三矢家を陥れようなどと考えておりませんか?」

「……それはない」

 

 現状において、烈が抱いている四葉家に対する危惧は、深夜の子である達也に起因している。それと同等の問題として、悠元が出てくることによって三矢家に対する危惧まで生じている。

 この為、烈は剛三と会談したのだが……剛三の答えは「俺の家族である三矢や、俺の親友がいた四葉を陥れるナンセンスで旧世代的な考えをする前に、お前は九島家にいる孫のことの道筋をつけろ、この耄碌妖怪ジジイ」というものだった。

 烈はその事実を突かれ、剛三の言葉に対して反論をすることが出来なかった。

 

「失礼を承知で言わせていただきます。お祖父様、九島家は十師族だけでなく、師族二十八家の半数以上を敵に回されたいのですか?」

「無論、それぐらいは分かっておる。なので、神楽坂家当主に会って話をするつもりだ」

 

 三矢家と懇意にしているのは、噂に聞く四葉家以前に一条家や七草家に十文字家、五輪家とも関わりがある。恐らく、クラスメイトの誼で六塚家とも関係があると響子は推察した。

 加えて、上泉家がいるとなれば……それらを含めた響子の鋭い指摘に対し、今の烈はそう返すことしか出来なかった。神楽坂家との会談がせめてもの突破口になることを烈は期待していた。

 

 その一方で、響子は祖父が何故悠元の実家である三矢家に圧力を掛けようとするのか……そのことが正直理解できなかった。

 彼の力は実際に目の当たりにしているので、その恐ろしさも理解できなくはない。彼が達也と同等以上の力を持ち得ていることは響子の目から見ても確かであった。

 

 だが、軍籍に身を置いている響子としては、烈に国の内側にばかり気を配るのではなく、国の外側にも目を向けてほしかった。そのような懸念を考えるよりも、未だに野心が燻っている大亜連合をはじめ、新ソ連やUSNAといった大国に呑み込まれないように国内を固めなければならないことを、情報に精通している響子は人一倍強く感じていた。

 自身のいる部隊の設立理由は理解している。十師族に頼らない戦力の保有……とはいいつつも、実質は十師族に依存しているという矛盾を抱えている。

 つまるところ、彼らの力なしにこの国の防衛が成り立たなくなっているのは、どう取り繕っても変えようのない事実。烈とて、かつては国防軍にいた魔法師の一人。そのことぐらい分からぬ筈はない……と響子は信じたかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、剛三は自分が宿泊している部屋に一人の女性を招き入れていた。見るからに20歳代前半の容姿に今風の服装を身に纏っているが、剛三とてその女性に見惚れるということはない。何せ、女性は亡くなった妻の身内であるからだ。

 

「久しぶりだな。直接顔を合わせるのは10年振りか……歳を取るわけだ」

「そう言いつつも、30歳代後半に“若返った”貴方がそれを仰いますか?」

「相変わらず口が回る奴だな、千姫(ちひろ)よ」

 

 剛三の目の前にいるのは、正真正銘神楽坂家107代目当主こと神楽坂千姫その人。上泉家よりも前から続く陰陽師の系譜を継ぐ一族の長だが、立場は上泉家現当主である剛三と同等。表裏となりてこの国を守護する『護人』の一角を担う。

 本来は九校戦を直接見に来る予定などなかったのだが、孫娘からの連絡を聞いて急遽部屋を空けてもらった上で身支度を整えてきた、と話す千姫に剛三は苦笑を漏らした。

 

「それで、やはり目的は俺の孫か」

「ええ、剛三さん。あの3人は私の愛弟子でもありますから。あ、この場合は『お義兄様(にいさま)』とお呼びすべきでしょうか?」

「そういうお茶目は変わらぬな。3人から孫が天神魔法を止めたと聞かされてな。一応あやつにも天神魔法を使うよう言い含めている」

 

 表沙汰にはなっていないが、今は亡き剛三の妻は千姫の実姉。つまり、剛三と千姫は義理の兄妹関係にある。なので、剛三は千姫の言葉に拒否を示さなかった。

 力を示す―――その意味で剛三は悠元に天神魔法の使用を指示した。それを聞いた千姫は手に持っている扇子を指で器用に回しつつ問いかけた。

 

「一応確認しますけど、『天照(アマテラス)』のことは?」

「万が一修得していたとしても、あれは使えないだろう。目晦ましや相手を気絶させるだけならともかく、“心を書き換える”『天照』など使えるはずもない。それは神楽坂に伝わるもの―――“心を消し去ってしまう”『月読(ツクヨミ)』とて同じだろう」

 

 『天照』と『月読』―――それは、天神魔法における極致。上泉家は『天照』を、神楽坂家は『月読』を代々継承していて、現当主である剛三と千姫は、各々その魔法を修得しているために当主として選ばれた。

 

「あの子たちはそこまでの極致に至っていませんので、その心配は杞憂ですが。剛三さん、彼は上泉家に伝わる天神魔法の口伝―――それを全て書き起こした秘伝書をそこまで読み進めていると?」

「それに関しては俺も分からん。彼が天神魔法を会得したと分かったのは、3年前の沖縄防衛戦の後になるからな」

 

 剛三はあの秘伝書を全て読み解いて『天照』を会得していた。悠元が高位の喚起魔法を会得していることから、あの秘伝書に書かれていた全てを読み解いたという可能性を剛三は考えていた。

 

「あの歳で『吉田家の神童』すら出来なかった“竜神”の完全制御を難なく成功させたからな。精霊魔法を使う古式の連中が聞いたら、必死になって彼を囲おうとしてくるだろう」

「あら、それは頼もしいですね。態々来た甲斐はありそうです」

 

 心配そうな剛三に対して、千姫は柔らかい笑みを零していた。

 “竜神”とは、精霊魔法において水の大循環の独立情報体とも呼ばれる神霊―――という定義となっているが、天神魔法においては水属性の高位喚起術の一つでしかない。とはいえ、その難度は極めて高いことに変わりないが、悠元はその喚起と制御に成功している。

 

「しかし、あやつは不思議ともいえるな。一度は絶った筈の縁を繋ぎ直したのだから」

 

 尤も、本人は否定するだろうな、と剛三は独り言ちるように呟いた。

 剛三もとい上泉家と四葉家の関わりは“10年前”を最後に絶っていた。だが、その縁を結び直したのは他でもない悠元であった。これには千姫も微笑んで剛三を見ていた。

 

「千姫には迷惑をかけたな。“あの子”のことを任せきりにしてしまったことは俺の不徳の致すところだ」

「いえ、いいのですよ。最悪の手段を用いずして回避できたのは事実です。とはいえ、あの家の分家筋はあの子を“罪”として世界から遠ざけようとしている……そう願っておきながら、いざ手にしたら恐れる……まあ、人間らしいといえばらしいでしょうが」

 

 剛三と千姫は“あの子”と呼んだ人物に深く関わりがある。何せ、その原因を生み出した当事者側だからだ。2人はこの国の護りを憂いていた。そして、かの家は復讐を望んでいた。その双方の思惑が不思議と絡み合い、一つのことを成した。そして、その力は3年前に証明される形となった。

 だが、その人物の親族は彼の力を恐れている。元々それを願っておきながら、いざその力を知った際には彼を殺そうとしたことも千姫は知っている。

 それを止めた今は亡き男性からは、万が一の場合は神楽坂家で引き取ることも相談されていたが、何とか杞憂に終わってくれた。とはいえ、未だ根本的な解決には至っていないが。

 

 そんな2人でも悠元の成長は想定外だった。“あの子”と同等以上の力を持ち得る存在になった事実に対して、2人は悠元の力を外に出すべきではないと判断した。二家が彼の婚約もとい婚姻に関与しているのは、その理由が一番大きい。

 

「まあ、それは置いといて……彼は上泉に()()()の血筋を引くもの。約定通りに事を進めても?」

「それは構わぬが、相手はどうする? 無理強いは出来ぬぞ?」

「実は会場で面白いものを見まして。その辺は私にお任せくださいな、お義兄様(にいさま)

 

 剛三の懸念に対して、千姫はそう言い切った。「世界は狭い」……誰が言い始めた言葉かは忘れたが、実際にその通りであると千姫はそう感じていた。自分の孫も含め、この九校戦には神楽坂の血を引く者たちが集っているという事実。余計な連中が絡んでいるが、実力の読めない新人戦で手を出せるような勇気などある筈もない。

 そんな“この国の力を損なおうとしている連中”はともかくとして……千姫は広げた扇子で口元を隠していたが、その表情はまさしく微笑んでいると剛三は察したのであった。

 




 今回は大人の事情的な要素ましましです。
 響子の思考に多少の変化が起きているのは、主人公が間接的に関係各所を動かして大亜連合のスパイを追放した影響からくるものです。

 原作の事情にオリジナル設定を混ぜていますが、この辺は九校戦編後に判明します。
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