九校戦は5日目、新人戦2日目を迎えた。ここまで無頭竜による大きなトラブルや妨害は受けていないし、その辺の連絡も特に受けていない。そんなことを考えつつ、悠元はゆったりとした動きで構えを取っていた。
“あの人物”が介入してくることも念頭に入れていたが、その辺は祖父も理解しているだろうし、『鬼門遁甲』に関しての得手は髄一なので心配はしていない。尤も、祖父の場合は初手無差別という破天荒ぶりだが。
今日に関しては、達也にCAD調整のコンディションを見てやってほしいと深雪のことを頼んだ。深雪はやや不満げだったが、達也が悠元も競技に入るのでそれに集中させるべきと諌めてくれた。その代わり、試合は見に来てほしいと念を押されてしまったが。
すると、何かしらの物体が飛んできたことに気付き、悠元は足元にあった小石を素早く蹴り上げると、小石にだけ硬化魔法を付与して掌底で飛ばした。小石と飛翔した物体は空中で衝突して地面に落ちたところでそれを確認すると、飛んできたのは手裏剣だった。
それを拾い上げようとする前に自己加速術式を掛けて襲い掛かる人物が出て来たので、悠元は反射的に威力が軽めの『エアライド・バースト』を撃ち込んだ。
「ぐおっ!?」
相手が草むらに落ちるよう計算した上で発動したので、相手に対して特に怪我はなさそうだ。その人物の顔を確認すると、先日会った人物―――第九高校の1年である宮本修司であったことに気付きつつ、悠元は冷ややかな視線を向けていた。
「一つ質問だが、お前は『無頭竜』と関係があるのかないのか? あったとしたら軍に引き渡さなきゃいけないんだが?」
悠元の殺気も込められた視線に修司はどう言い訳したものか悩んでいた。悠元に対しては正直“試し”の程度だったのだが、難なくいなされたことに内心で焦りを感じていた。すると、そこに由夢と姫梨が姿を見せた。どうやら修司を追いかけてきたのだとすぐに理解はしつつ、警戒は緩めなかった。
「もう、修司! いくらお祖母様の指示だからって、やり方ってものがあるでしょう!」
「全くです。ちゃんと反省してください」
「あ、えっと……すまない」
まるで無視されたような感じがしたが、悠元は殺気を引っ込めた上でその場が収まるのを待っていた。すると、彼女たちもようやく説教が済んだようで、悠元のほうを見て頭を下げていた。
「えと、ごめんなさい。これには事情があって……」
「お互いに矛を収めるということならそれでいいよ。しかし、こっちは今日から競技だというのに、手裏剣を投げられたら妨害行為だと思うから、もう少し考えてほしい」
色々気になるワードはあるが、それについて尋ねる気はしない。競技に集中したいので、余計なことに思考は割けないという思いもある。なので、姫梨の謝罪を受け取りつつ、悠元は静かにその場を去った。
何で朝っぱらから無駄に気を使わないといけないのか……と悠元は独り言ちたのだった。
◇ ◇ ◇
今日は、クラウド・ボールの予選から決勝リーグ、アイス・ピラーズ・ブレイクは予選(厳密には一回戦と二回戦)となる。
クラウド・ボールのほうは、女子がスバルと菜々美を含めた三人、男子は燈也を含めた三人が出場する。菜々美の場合は同じ予選ブロックに由夢がいて、スバルの場合は愛梨が予選ブロック決勝(準決勝)で当たる形となっている。
燈也の場合はというと……予選は魔法オンリーで行き、決勝リーグは例のラケットで勝負をするようだ。あえて無失点には拘らず、最多得点を狙いに行くスタイルらしい。実際、練習期間の時はブランクがあるとはいえ、美嘉から得点を奪っていた。彼女から得点を奪えたのは真由美、スバル、そして燈也の三人だけだったことを付け加えておく。
この前、燈也から「部活で10キロはウォームアップです。レオも同意見でした」と断言されたことに引き攣った笑みを浮かべてしまった。せめて400メートルトラック1周程度ならまだ信憑性があると思う。それを涼しい顔でこなしてしまう燈也もおかしいレベルだが。
そんな事情は心の片隅に置いて、悠元は端末で今日のトーナメント表を確認する。
試合のプログラム自体は一応時間で区切られているが、ピラーズ・ブレイクの場合は試合の制限時間が設定されていないため、状況によっては試合プログラムの前倒しもある(破壊した氷柱の撤去や再設置などのインターバルを設けるため)。なので、いつ始まってもいいように基本試合会場にいることが前提となる。
(流石に、将輝とは同じブロックにならなかったな。けれど、彼に関しては『お気の毒に』としか言えないな)
予選トーナメント表自体は各校がばらける様になっているので、1つのブロックで同じ学校の生徒が戦うということはない。悠元がそう呟いた理由は、男子の第1試合に三高の一条将輝と一高の生徒が対戦するということ。
生徒の名前を憶えていないというわけではないが、その人物も悠元に対して快く思っていないのを知っている。けれども、それを表立って指摘して、結果を出せずに終わってしこりを残すのもごめんだった。なので、新人戦の統括役としては、選手として頑張ってほしいという一定の線引きをしているというだけだ。
尤も、対戦相手の時点で試合結果は見えたも同然であるが、口に出すことはしなかった。
というか、こういう融通は十師族としての対決を決勝リーグで見せたい、という大会運営やメディアの思惑もあるのだろう。こちらとしては、別に第1試合で当たっていたとしても不満はなかったが、向こうがそういう配慮をするのなら別に構わないと思っている。
しかし、昨夜の会談は明らかに“戯れ”で済むようなレベルではなかった。祖父には及ばないが、これまでの彼の経験からくる密度の高い殺気はまさしく本物だったと言えるだろう。あの後、響子からお詫びのメールが届いていた。内容については祖父のしたことへの謝罪だったので、「特に気にしていない」と返しておいた。
誰も知らないことだが、自分の固有魔法である[
それはさておき、今日のピラーズ・ブレイクの試合スケジュールは、女子が一回戦第1試合に英美、第5試合に雫、第12試合に深雪となっている。男子側は、悠元の一回戦は午後一番となる第10試合なので、他の試合を観戦しに行く余裕があるのは幸いだった。
自身が使うCADのチェックと調整は済ませているため、後は直前の微調整ぐらいしかない。なので、本来担当する予定のエンジニアは、同じ種目に出場する二人の1年男子の調整を行うことになっている。昨日スピード・シューティングで急遽エンジニアに入ったことから、その信憑性も高まったという訳だ。
女子第1試合に出場する英美の様子を見るため、「櫓」の根元にある控室に行ったのだが……そこで繰り広げられている光景に悠元はジト目を向けていた。
顔を赤らめて誤解しそうな箇所を片手で押さえてモジモジしている狩猟部のユニフォームを着た英美に、疑問の眼差しを妹に向けている達也、それを見て反論している深雪の姿に、正直「何があった」と問いかけたかった。
「なあ……一体これはどういう状況だ?」
「悠元か。いや、実はちょっとな……」
「お兄様! お願いですから、悠元さんの前で言わないでください!」
言わなくても大体の予測は付く。見るからに寝不足の英美に近付いた上で、こう言い放った。
「エイミィ、完全な寝不足だろ?」
「あ、あはは……はい……」
結構活発な口調が目立つが、こういうタイプに限ってメンタルが結構繊細だったりする。どうやら処方された睡眠薬を飲まなかったのだろう。なので、深雪は感覚遮断カプセル(完全防音、防振、遮光の閉鎖型ベッド)の手配をするためにその場を離れ、達也はフィードバックを強めにする調整を進める。
試合開始まで30分以上はある。なら、自分の取る手は……英美に近付き、背後に回った。
「エイミィ、試合まで強制的に寝かせるから」
「え、一体何を」
英美がその続きを言う前に、悠元は英美の背中に掌を当てて想子を流し込む。それによって英美は意識を急に失ったが、悠元が素早く抱きかかえてベンチに寝かせた。これには達也も驚きを見せるような表情をしていた。
「今のは…模擬戦の時に、十文字会頭にやったことの応用か?」
「正解。分類的に有機物干渉だけど、相手の想子体に情報を差し込んで強制的に睡眠状態へ移行させるものだ。直接触れないと意味がないんだけど」
悠元がやったことは、想子体が睡眠状態だと認識させることで、肉体と精神も睡眠状態に強制移行させる技術。これに関しては、金沢魔法理学研究所での訓練が結果として生きていたことも大きいと悠元は話した。
「エイミィにやったこととは逆の方法―――強制的に覚醒させる方法が会頭に使ったものとなる。しかし、予選でこれだと明日が心配になるな。人の心配をしている場合じゃないから、手の空いている人間に頼むかな」
その辺は達也も心配していたようで、英美に関しては担当エンジニアとしても厳しく言っておくと述べたので、それに頷いた。
「それよりも、同じ男子の応援をしなくていいのか?」
「達也から言われるとはな……言っちゃ悪いが、第1試合の結果は既に見えている以上、それをバネに成長できるかは本人次第だ。第7試合に関しても『クリムゾン・プリンス』程とは言わないが、相手選手の実力は高い。変に肩の力が入っていなければ勝てる相手だが……」
一応男子の様子は確認したのだが、どうにも燈也の優勝の影響で肩に力が入りすぎているようだ。それに加えて悠元や達也への嫉妬も見え隠れさせていたので、特に言葉を掛けることはなかった。成績もいいのなら、それぐらいの割り切りはせめて持ってほしかったのだが、こうなっては無理に言い聞かせることもできないだろう。
「こっちはこっちで競技に集中したいから、余計なことは言わなかった。今日のミーティングは昨日以上に『氷炎地獄』状態となりそうだ……」
「そうか……」
達也も昨日のミーティングのことは深雪から聞き及んでいたらしく、悠元の言葉が冗談に聞こえないと感じていたが、それに軽く反応するだけに止めて黙々と作業を進めていた。
◇ ◇ ◇
女子の一回戦第1試合は、英美が自陣の氷柱を5本残して二回戦進出を決めた。なお、本人は終わった後に達也からの手厳しい言葉を受けてカプセルの中で大人しく休んでいた。男子のほうは言わずもがな将輝の勝利で終わっていた。この競技では一条家の秘術である『爆裂』も使用可能であり、その様子はモニターに映る競技のハイライトで目を通した。
一高にとっては2試合目となる一回戦第5試合。つまり雫の試合となるわけだが、控室にて達也は既視感を覚えつつも、雫の格好に対して言うことを止められはしなかった。
「雫、本当にその格好で出るのか?」
「そうだけど?」
そんな問いかけに対して、何か問題でもある? とでも言いたげに雫が返した。
アイス・ピラーズ・ブレイクは競技の特性上、直接攻撃がなく遠隔魔法のみで戦う。なので、競技に関してCADの操作を阻害するものでない限り、服装が大きく影響するということはない。一応服装自体も「公序良俗に反しないもの」というルールさえ守れば、本人にとって気合の入る服装で構わない。
なので、英美は狩猟部で使うユニフォームを身に着けていた。そして雫の場合は「振袖」を身に纏っていた。CAD操作のことも考えて袖は小さめのものを選んでいて、襷を使うから問題ない、と雫は主張した上でこう言った。
「それに、千代田先輩やエイミィよりは地味だと思うけど?」
「そうか……(これじゃ、まるでファッションショーだな)」
色合いは確かに派手ではないが、振袖の時点でかえって目立っているのでは、と達也は思わなくもなかった。けれども、しっかりと着こなしている雫を見て、彼女のやる気を考えれば止める気にもならなかった。そのやる気の原動力の一端である悠元はというと、一般の観客席で観覧していた。近くにはレオや幹比古、エリカに美月が一緒にいた。
「ねえ、悠元。雫や深雪の近くに行ってやらなくていいの?」
「どっちかの近くにいれば『肩入れしてる』と見られるからな。現に昨日のスピード・シューティングでもそうなってたんだろ?」
観客席の深雪の様子を知らせてくれたのは美月だった。悠元としては、達也のクラスメイトということでいつでも連絡をとれるように各々のプライベートナンバーを知っていた。そのことが役に立った形だ。
それはともかく、昨日の様子からして下手に様子を見に行くよりは、ある程度距離を置くのがいいと判断していた。エリカと美月なら深雪も信頼しているので問題はないと判断したのも一因であるが。
「ま、昨日に関しては美月のお蔭でもあったけど」
「いえ、お役に立てたようで何よりです」
お互いに「友人」としての遣り取りであると認識している悠元と美月。これに関しては、面白くなさそうにエリカが呟いた。
「ちっ、折角弄ろうと思ったのに……」
「お前は何を言っているんだ」
人を玩具のように見るな、と悠元は内心で溜息を吐きたかった。