魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦五日目②

 女子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦第5試合。

 雫が振袖姿で「櫓」に登場する。相手選手の風来坊的衣装にも少し驚きはしたが、それに目を奪われるということはない。精々奇抜な衣装だな、と思うぐらいだろう。雫がそれで動揺するような性格でないことは無論知っているが。

 

 フィールドの両サイドに立つポールに赤い光が灯った。

 黄色い光に変わり、試合開始を告げる青のランプが灯った瞬間、双方が動いた。

 先手を取ったのは雫。自分の指を滑らせるように腕輪型CADを操作し、自陣の氷柱12本全てに魔法式を投射する。それに一拍遅れる形となるが、相手選手の魔法式が雫の氷柱に襲い掛かる。しかし、相手選手の魔法によって雫の氷柱が微動だにすることはなかった。

 

(流石に、雫はちゃんと仕上げてきているようだな)

 

 選手の状態を監視するモニターを見ながら、達也は無言で頷いていた。

 第1試合で寝不足だった英美とは違い、体調を崩しているということはない。『共振破壊』も『情報強化』も練習以上にスムーズに発動している。

 雫が使っている『共振破壊』そのものは、彼女の母親である北山(きたやま)(旧姓:鳴瀬(なるせ)紅音(べにお)が得意としていた魔法。高校に入る以前から雫にとっては慣れ親しんだ魔法であり、高校入学の時点でも高い水準を誇っていた。

 本来の『共振破壊』は、対象物に無段階で振動数を上げていく魔法を直接掛けて、固有の振動数に一致した時点、即ち振動に対する事象改変の抵抗力が最も小さくなった時点で固定し、対象物の振動破壊を行うという2段階の魔法。この魔法は直接的に行使する場合はともかく、今回のように間接的に仕掛ける場合、共振状態を常に把握しなければならない。

 なので、観測機械に頼るのではなくそれを魔法の工程として、達也は『共振破壊』の起動式に組み込んでいた。その魔法を学校の練習時間だけでなく、学校外でも相当の練習を積んだことが窺われる熟達ぶりを試合で発揮していた。

 

 実際のところ、アイス・ピラーズ・ブレイクについても、悠元は雫の練習に付き合っていた。

 東京にある上泉家の別宅―――正確には、新陰流剣武術の東京支部道場が隣接する屋敷なのだが、そこから少し離れたところの山奥に大規模な演武場があり、そこでマンツーマンの学校外練習をしていた。流石に司波家からは遠くなるため、九校戦までの2週間は上泉家の別宅で合宿という形となった。

 その辺は達也から頼まれていたことにも関係しているが、雫からすれば、ライバルともいえる深雪以上の実力者相手に練習ができること。悠元からすれば、口の堅い雫だからこそ思い切って魔法の練習が出来る、という互いの利が一致したことも大きかった。

 なお、ポンポン氷柱を生み出しては設置していく悠元の規格外さに、雫は「これは口外したら拙いね」と内心で呟いていたことなど悠元は知らないが。

 

 自身が好いている男性と練習できることに雫が内心で喜んでいた一方、深雪の機嫌が悪くなった(この時点で既に雫が悠元に好意を持っているということを知っていた)ために達也がフォローするということとなり、新人戦女子スピード・シューティングの観客席で見せた深雪の態度に繋がっているという訳だ。

 その機嫌を直す一環で、悠元は深雪に起動式を一つ渡したという事実も付け加えておく。

 

 それはさておき、相手が雫側の氷柱を1本破壊するが、雫の想子波に一切の乱れは生じていない。最初から完全勝利するつもりはないのだろう。その欲目がないということは、逆に安心できる材料でもあった。雫が敵陣に残っていた4本の氷柱を綺麗に破壊し、二回戦進出を決めたのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その一方、女子クラウド・ボールでは観客がどよめいていた。ラケットを使用しながらも一切得点を許すことなく完封するという芸当を見せた人物に、控室に戻ってきた菜々美はショックを受けていた。

 彼女の相手は第二高校1年の高槻由夢。中学時代は全くの無名である相手に、菜々美は得意魔法である『虹色の跳躍(レインボー・スプリング)』で挑んだのだが、相手からポイントを一切奪えなかった。それだけならまだよかったのだが、菜々美は由夢の動きに驚愕していた。

 

(あれ、本当に人間の動きなの……?)

 

 練習期間中、イメージトレーニングは人間の反射速度の限界で行っていた。それをこなせるだけ彼女のレベルは高いと言えたが、それを超える相手と遭遇するとは夢にも思わなかっただろう。

 すると、控室にスバルが姿を見せた。彼女も落ち込んだ様子を見せていたため、負けたのだと察しはついた。

 

「菜々美……負けたのか」

「うん。アレ、とても人間の動きじゃないよ」

「三高の一色も同じだったからな」

 

 敗戦のショックというよりは、自分たちの想像を超えた相手に当たったということへのショックというべきだろう。だが、彼ら以上のショックを受けることになる人物がいることを彼女らは知らなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 女子クラウド・ボール決勝リーグ最終戦。第二高校1年高槻由夢と第三高校1年一色愛梨。

 今大会のダークホースとして名乗りを上げた由夢に対し、中学時代に『稲妻(エクレール)』の名でリーブル・エペーの数々の大会を制した実力者である愛梨。ここまでお互い1勝しているため、勝ったほうが優勝となる大事な局面を迎えていた。

 

 お互いラケットを使うスタイルによる超高速の打ち合いの応酬。第1セットは11-20と愛梨が先制する形となったが、これには観客席で見ていた修司が頭を抱えたくなっていた。だが、それは知り合いが苦戦しているという事実に対してではなかった。

 

「アイツ、この大事な局面で()()()()()()な」

「みたいですね。まったく、あの子はそういうところがなければ“一番弟子”になれるというのに……それも彼女らしいですが」

 

 強い人を相手にすると、その人の力を試したくなる彼女の悪い癖がこの場でも出たのだ。力への貪欲さから出てくる行為だが、対戦する相手に対しての行為とはとても思えない、と言われるだろう。

 本来一定以上の実力差がないと成立しないその行為を平然とやるということは、即ち彼女がそれだけの実力者だということの裏返しでもある。

 修司の言葉に対して、隣に座って観戦している姫梨も修司に同意しつつ愚痴を零すようにしながら呟いたが、それも由夢らしいと言い切っていた。

 けれど、そんな遊びはここまでだろうと2人は確信していた。先日神楽坂家当主より「その存在感を示せ」と言われている以上、相手が師補十八家の令嬢であっても手抜きは許されない。

 これは後で説教が入るな、と由夢の取った行動に対して修司と姫梨は揃って溜息を吐きたかったが、周りに観客もいるのでそれは慎んだ。

 

「一色のあれは、おそらく視覚と運動神経を直結させているな。見えた情報に対して反射的にボールを返すやり方だが……相手が悪すぎたな」

「ええ。ここから彼女は『雷電』を使うでしょう……出しましたね」

 

 第2セット開始直後、今まで目まぐるしく動いていた由夢がコートの後方中央に陣取った。愛梨から飛んでくるボール全てが由夢側のコート前方を通過した瞬間、ボールの軌道がまるで由夢を中心に吸い取られるように変化する。そして、由夢がそれらを愛梨に打ち返すと、愛梨に届く直前で急激な加速と軌道変更を起こし、次々とポイントが加算されていく。

 

 それは彼女が得意とする金属性の天神魔法『雷電』。特定の範囲内に使用者が設定した力場のフィールドを発生させるだけでなく、フィールドに入る方向で異なる情報を付与する性質を持たせることができる。クラウド・ボールの場合は周囲を壁で覆っているため、相対位置の固定自体は非常に楽ともいえる。

 

 本来の使い方―――攻撃魔法としての『雷電』は、術者と相手をN極とS極―――即ち一つの磁石に見立て、自分に向かってくる攻撃を磁場転換で全て逸らし、術者から放たれた“魔法を含む”攻撃を全て相手に引き寄せさせるというもの。

 一度相手を視認すれば、仮に相手が遮蔽物に隠れても攻撃を自動追尾してくれる便利さと、他の金属に引き寄せられない特殊性を併せ持っている。

 『雷電』の殺傷性ランクは、出力や規模、力場フィールドが術者の攻撃に与える効果に加え、攻撃の場合は相手に引き寄せさせる魔法や質量体に依存する部分が大きいため、結果として完全な事後評価となる。

 

 今回の場合は使用用途が攻撃用でないため、愛梨の側から入った場合だと由夢のいる中央方向に収束し、由夢のいる側からは、フィールドを抜けて一定時間後に急激な軌道変化を起こす性質を付与するというもの。

 この辺の柔軟さが天神魔法の強さの一つでもある。

 

 人間の視覚というのは、視界内に入った物体が急激な変化で視界の外へ斜め方向に移動した場合、それを追いきれない。愛梨は高速で飛んでくるボールを知覚するための魔法を使用しているが、それは全てのボールの存在感を強制的に認知させている。つまりは反射速度向上のために取捨選択ができないのだ。

 ならば、と愛梨が前方に移動したところで由夢がコートの外側にある透明の壁を利用して相手コートに叩き込むだけ。

 

「そしたら、由夢をからかってやるか」

「そこは労うのじゃないのですか……?」

「だって、祖母さんの説教は確定だし」

「……それは、まあ、そうですね」

 

 気付けば第3セットまでが終了。第2セットの得点は180-12、第3セットは209-0。盛り上がる観客を尻目にしつつ、修司と姫梨は席を静かに立って観客席を後にした。

 女子クラウド・ボールは、優勝が由夢、準優勝が愛梨、第3位は三高の別の選手となった。スバルは4位、菜々美は6位入賞となり、控えめに言っても同校の複数の人間が入賞するのは喜ばしいことともいえた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 時間は正午。悠元は昼食(とはいっても仕出しの弁当だが)のために天幕へと戻ってきていた。

 ここまでの一高の戦績は女子クラウド・ボールが2名入賞、女子ピラーズ・ブレイク2名が二回戦進出。一方の男子ピラーズ・ブレイクは2名が一回戦敗退となったため、残るは午後の最初の試合に出場する悠元のみとなっていた。

 菜々美とスバルはほのかのフォローもあって立ち直っていた。特にスバルはミラージ・バットにも出るので、気持ちを切り替えてくれたことには安堵していた。

 

「悠元、あれはいいの?」

「エイミィは人の心配をする前に自分の心配でもしておけ……ま、俺自身にも言えることだけど」

 

 英美がそう零したのは、見るからに落ち込んでいる1年男子のピラーズ・ブレイクの選手2人のことだ。それを視界に収めつつも、悠元は首を横に小さく振った。

 自分が先日まで抱えていたこととは別のベクトルの話だが、一度や二度の敗北を引き摺る気持ちは理解できなくもない。けれど、その敗戦を糧にしないことには前に進めない。懇親会で剛三が言っていたことを思い出せてればいいが、見るからにそういう様子は見られなかった。

 酷なことだが、こればかりは自身でけじめをつけるべき問題と悠元は認識していた。

 

「手厳しいね」

「別に負けることが悪いとは言わない。一番大事なのは、そこから自分が何をすべきかだろう」

 

 その意味で、自分が今まで取ってきた行動は“逃げ”なのだろう。前世に常識外れの身内がいたせいというのもあるのだが……先日の父との会話でそれを自覚させられることになったわけだが、これはこれで大変だなと思いつつ、雫の呟きに答えていた。なお、深雪に関しては、悠元の隣に座っていて、とてもご機嫌な様子だった。

 

「……達也」

「すまない、諦めてくれ」

「白旗早くねえか!?」

 

 先程まで達也と深雪は最終調整をしていたのだが、天幕に来て悠元の姿を見つけると、深雪が嬉しそうに駆け寄ってきた。それを妹に甘い達也が止められる訳もないことぐらい分かっているが、ダメ元で尋ねた悠元の問いかけに達也は残酷な回答を突きつけた。

 そんなんだからシスコンって言われるんですよ、とは言わなかったが。

 

「そういえば、悠元さんと深雪は午後の試合だよね。2人はどんな衣装を着るの?」

「私は悠元さんに選んでもらった衣装だけど、オーソドックスよ」

「悠元、初耳なんだけど」

「聞かれなかったから答えなかっただけです。だから抓るのをやめてくれ」

 

 ほのかの問いかけに深雪が答えたことを聞いて、雫がムスッとした表情を悠元に向けつつ脇腹を抓っていた。その痛みに耐えつつ悠元は雫の行為を窘めた。強く言わないのは、自分のやってきたことの結果でこうなっていることを自覚しているからだが。

 

「自分は母さんが選んだやつだ。本当は妹が選びたがっていたんだが、何とか諌めてくれた」

「妹さんがいるのですか?」

「うち、7人兄弟姉妹(きょうだい)で俺は6番目だからな。まあ、家の仕来りで妹はまだ三矢の名字を名乗ってないけど」

「7人って、魔法使いの家にしては多いよね……」

 

 それだけ兄弟姉妹が多いというのは、十師族の家柄にしては多いほうだろう。話が逸れてしまったが、妹もとい詩奈は最初白のタキシードをチョイスしようとしていたが、流石にそれは……ということで母が考えてくれた。代わりに選ばれた衣装を見たとき、これはこれでいいのかと思わなくもなかった。

 

「まあ、自分が着ることになるやつも正統派な衣装だから、おかしいものでもないと思う」

 

 色々悩んだ末、タキシードを着るよりは日本人らしいかということで納得した。これが前世で外国人だったら……いや、その場合でも間違った日本文化を学んだ挙句、喜んで着そうだなと思わなくもなかった。

 別にどこかのポンコツ戦略級魔法師(アンジェリーナ=クドウ=シールズ)のことを指して言ったわけではない、と述べておく。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、第三高校の天幕では驚愕している人間が数名いた。

 その数名―――愛梨、栞、沓子の3人は、午後からの試合スケジュールを確認する際、栞が鈴音から言われたことを2人に話した。第一高校1年男子で残っている男子こと三矢悠元……その顔写真が表示された瞬間、3人の表情が凍り付いた。

 愛梨は女子クラウド・ボールの敗戦のショックから素早く立ち直っていた。というよりも、自分を更に圧倒する存在に出会えたことをとても喜んでいた。これには栞と沓子も「愛梨らしい」と笑みを零して納得していた。

 

「彼が……十師族……?」

「これは、正直驚きね」

「成程のう。名乗っている名前が違うのだから、いくら名前を探しても出てこないわけじゃ」

 

 彼が第一高校の制服を身に着けていたので、九校戦の関係者だということは想像が付いていた。だが、いくら名前を探しても出てこなかった。彼が今名乗っている名前がそれならば、長野佑都という名前を探したところで出てくるはずがないとようやく理解した。

 

「しかも、名前の読みが同じだから、なまじ勘違いしてしまうの。まあ、そこまでの意図があったとは思えぬが」

「でしょうね……どうする? 時間的には女子の試合と被らないけど」

「……見ましょう。私としても無視できませんから」

 

 同じ師族二十八家としてだけでなく、同じ三高の1年にいる一条の次期当主―――将輝と当たる可能性がある十師族の一角を担う三矢家の人間。

 その実力はしっかりと目にしておきたいと考え、愛梨は栞の問いかけにそう答えつつ、男子ピラーズ・ブレイクの試合会場に向かうこととなった。栞と沓子も愛梨の後を追うような形で付いていくことにした。

 


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