魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦五日目③

 昼食を済ませ、悠元は素早く着替えられるように学校指定のジャージに着替えており、控室で自身のCADの最終調整を行っていた。これ以上出来ることはあまりないのだが……悠元は小さく息を吐いた。

 

「悠元? もしかして、緊張してる?」

「人並みにはな。これでも不特定多数の面前での魔法披露は初めてだからな」

 

 魔法科高校での魔法の行使はカウントに含まないのかと思うが、厳密には非魔法師である観客の前で披露することなど未経験だ。加えて、この九校戦は国外でも中継されていると聞く。つまりは全世界に向けてのアピールともいえる……十師族とはいえ、その力をアピールする分には打って付けともいえるだろう。

 雫の問いかけに答えつつ、悠元は汎用型CADを手に取って感触を確かめた。問題ないと確認したところで、部屋の外―――モニターで映されている男子試合会場の観客の多さに眉を顰める。

 

「というか、観客多くないか? いくら十師族の名があるとはいえ、選手としちゃ無名に等しいんだが……『クリムゾン・プリンス』と勘違いしたとかじゃないよな? 見るからに大学の関係者もちらほらいるし」

「気持ちは理解できなくもないが……それについてだが、三矢。どうやらVIP席が原因のようだ」

 

 悠元の疑問に答えたのは、様子を見に来た克人であった。この控室には真由美、克人、摩利の幹部3人がいて、男子クラウド・ボールのほうは服部が見に行っており、鈴音と手伝いに駆り出された啓と花音が天幕の留守番をしている有様だった。

 話を戻すが、克人が言うには一条家、三矢家、四葉家、七草家の各当主(剛毅、元、真夜、弘一)、五輪家の長女(澪)に九島家の先代当主(烈)。更には上泉家の現当主である剛三も観戦すると説明した。

 

「会頭はご存じなかったのですか?」

「師族会議で九校戦の観戦に関する出席は取っていたが、自分もこれは想定外と言うべきだな。特に、四葉家当主がお前の試合を見に来るということに対してだが」

 

 十文字家当主代行にしては思慮不足でないのか……とも思うが、七草家と十文字家が監視・守護の相互協力関係にあるとはいえ、七草家が掴んだ情報全てを教えるということはないだろう。情報というのは大きな武器なのだから。

 三矢家と四葉家が協力関係にあることぐらいは承知していると思われるが、さらに細かいところは踏み込んでいないと推察した。

 

「といいますか、3年のお三方がここにいてよろしいのですか? 男子クラウド・ボールのほうもあるでしょうに」

「大丈夫よ。私だけでなく美嘉さんと互角以上に戦った燈也君が下手を打つとも思えないから。一応はんぞーくんには行かせたけど」

 

 真由美の口調が猫被りをしていない時のものだが、実はほのかや雫も真由美や摩利に気に入られた人物となった。原因は入学2日目の一件も絡んでいると思われる。

 真由美は「光井さんは将来の生徒会役員候補」と評し、摩利曰く「北山は将来の風紀委員候補」ということらしい。それに対してほのかはキョトンとした表情を見せ、雫が面倒そうな雰囲気を出していたことに苦笑を漏らしてしまったが。

 控室には先程述べた3年生の4人以外に達也、深雪、ほのかまでいた。ほのかは3年組の登場に若干緊張していたのは言うまでもないが、その辺は達也がうまくフォローしていた。

 そして、深雪はというと先程から悠元の背後に笑顔で立ったままだった。必要以上に持ち上げたり、変なプレッシャーをかけてこない分にはまだマシなのだが、どうやら自分と雫のやり取りを見て羨望のような雰囲気を感じていた。

 

「それで、深雪は何か言いたいのか?」

「あ、えっと……悠元さん、頑張ってください」

 

 意外と普通に応援されたことに対して逆に動揺してしまったが、何とか表情には出さなかった。しかし、アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する一高の1年男子で残っているのが自分だけになると、プレッシャーに近いような視線を天幕で強く感じた。自分が過剰に反応しているだけかもしれないが。

 なので、その意味で深雪の応援は幾分か気が楽になったと言えるだろう。というか、新人戦のリーダーとしても、十師族に名を連ねる者としても、負けるという選択肢など取るつもりなど最初からないのだが。その意味で負けず嫌いなのは否定しない。

 ちなみに、応援した深雪は顔を背けてはいたが、頭から湯気が出そうなくらいに耳まで真っ赤だった。その辺は達也にクールダウンのお願いをしておいた。

 

「頑張れよ、悠元」

「お前から応援を受けるとはな……ま、精々恥じない戦いをしてくるよ」

 

 ピラーズ・ブレイクのために用意された服装に着替え、櫓の可動式足場に立つ。ここまでは自分から目立つということは極力避けてきた……と思うのだが、必ずしもそうとは言えないだろう。

 どこか夢でも見ているような気分はあった。けれど、父から言われて自覚させられた。あの時に三矢悠元としてこの世界に目覚めたときに、この運命は決定づけられていたのかもしれない。ならば、“手品師”として精々見せてやろうじゃないか。

 

―――ここからが、俺の“表舞台(ステージ)”だということを。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦第10試合。この試合で出てくることになる三矢家現当主の三男こと三矢悠元。彼自身はその観客の数に首を傾げていたが、他校の生徒がかなり多かった。そんな光景を横目で見つつ、一般の観客席で見ている美嘉が思わず言葉を漏らした。

 

「多いねえ……ま、悠元の有名税みたいなものだけれど」

「美嘉がそれを言う?」

「あ、あはは……」

 

 美嘉の言葉に佳奈が窘め、佳奈の隣に座っているエリカが思わず苦笑を浮かべていた。レオと幹比古は燈也の応援ということで男子クラウド・ボールを見に行っており、エリカと美月をよからぬ連中から守るという意味で美嘉と佳奈が同席していた。

 流石に十師族プラス一高の連覇に関わった生徒会長経験者となれば、観客と言えども2人を知っている者が多く、エリカは内心で感謝していた。

 

 悠元に注目が集まるのは、過去に三矢家の人間が打ち立てた実績に加えて、悠元が昨日の男女スピード・シューティングにおいてエンジニアを担当したということからだ。エンジニアと選手を兼任しているパターンはかなり珍しいが、彼が関わった選手が優勝しているという事実から、選手としての実力を見たいと思うのも無理はない、と佳奈は推察した。

 

「そういえば、元継さんはどこに?」

「祖父さんのところにいるわよ。あれでも上泉の次期当主だもの」

「あれ呼ばわりって……兄さんの朴念仁には、私も一時期困ったけど」

 

 元継はVIP席で剛三の付き添いという体をとっており、詩鶴と千里は男子クラウド・ボールを見に行くと言っていた。エリカは家の関係から理解できているが、先程お互いに自己紹介したばかりの美月にとっては、悠元の姉ということから不思議そうな目で見ていた。佳奈が美月の『眼』に気付いて色々レクチャーしたことから、自然と打ち解けていたが。

 

 そんな風に話している彼女らとは別の席―――フィールドを挟んだ向かい側の観客席では、三高1年の生徒がある程度固まって観戦していた。その中には将輝と真紅郎、愛梨に栞、沓子も座っている。ここにいない面子は男子クラウド・ボールの試合会場にいた。

 

「さて、いよいよ彼の魔法が見られる訳だけど……将輝、難しい顔をしてるけど大丈夫?」

「え? あ、ああ……というか、ジョージこそ大丈夫か?」

「一度の敗戦で引き摺ったら、他の選手に影響を与えかねないからね。それぐらいは僕も理解しているよ」

 

 真紅郎の問いかけに将輝は少しだけ動揺しつつもしっかり答えた上で聞き返したが、真紅郎はしっかりと答えていた。研究者ならば失敗の積み重ねなど日常茶飯事みたいなものだが、得意魔法である『インビジブル・ブリット』を封じられたショックが残っていることを将輝は危惧した。

 

 だが、真紅郎も伊達に将輝と付き合ってきたわけではない。無論友人としてではあるが。

 参謀である自分が動揺を引き摺れば、他の1年メンバーに波及しかねないと分かっているからこそ、素早く気持ちを切り替えた。尤も、真紅郎からしたら恋煩いを起こしている将輝の方が心配だと言いたい気分ではあったが、そちらの方は口を慎むことにした。

 

「将輝としては、やっぱり自分の家のこともあったりする?」

「……否定はしない」

 

 将輝がそう言いつつVIP席に目をやると、そこには将輝の父親である剛毅が観戦していた。向こうも将輝の姿は視界に捉えているようで、彼の目礼に将輝も目礼で返した。

 父親が自分の一回戦も見ていたことは知っている。同じ十師族として悠元の試合を見に来たというのも理解できる。だが、彼だけでなく他の十師族の当主まであの場にいるのは驚きという他なかった。

 

「将輝には止めてくれた礼があるから、これ以上は聞かないけど……本当に大丈夫かい?」

「本当に大丈夫だ」

 

 真紅郎がそう尋ねたのには理由がある。

 ここに来る途中、観戦しに来ていた将輝の家族―――将輝の母である美登里と、将輝の妹である茜に瑠璃の2人と遭遇したことだ。真紅郎は瑠璃から好意を持たれており、一条家に行くとかなりの頻度で瑠璃からのスキンシップを受ける羽目になっていた。

 幸い、今回は他の人の迷惑になりかねないため、将輝の取り成しで回避できた。だが、茜が将輝に対して兄のように扱わなかったことを真紅郎は目撃していた。将輝が思わず声を荒げようとしたので、真紅郎は周囲の目線があるため必死に諌めたが……将輝本人の心が傷ついたのは言うまでもないだろう。

 大丈夫だと主張はしているが、真紅郎はこのことが試合に影響しないことを祈るしかできなかった。

 

 そんな会話が繰り広げられる一方、愛梨と栞、沓子は観客席に座って試合開始を待っていた。

 警戒するのが司波深雪という存在だけかと思えば、よもや男子にも気になる相手がいた。尤も、栞から見れば愛梨と沓子は別の意味で彼を注目していると勘付いているのだが。

 

「そういえば、わしは家の関係で知り合ったのじゃが、栞はどこで知り合ったのだ?」

「金沢の研究所よ。愛梨も彼とはそこで出会ったけど……よもや、十師族だとは知らなかったわ」

 

 そもそも、栞は三矢家の仕来りなど知るはずがないため、彼が名前を隠していた意味も知らない。けれど、それはその家ならではの事情があるのだと推察はしていた。それは栞が十七夜家に来てから学んだ中に自分の知らなかった仕来りがあり、その類だろうと考えた。

 

「私も、彼が嘘を吐いていた、とは思っていないけれど……でも、彼が最高強度の訓練を難なくこなしていたのは見たことがあるわ」

「あの研究所の……それって、もう実験レベルの代物よね?」

「ええ」

 

 あの時は自分の目を本気で疑うほどだった、と愛梨は述べた。金沢魔法理学研究所の最高強度の訓練……安全を度外視した“人体実験”のレベルに相当するであろう訓練。それを彼は2年前―――中学2年の時点でクリアしていた。

 そこから更に強くなったと考えた場合、彼のいる領域は師族という枠組みで測れるレベルなのかどうかも疑わしい、と愛梨は考えてしまったのだ。

 

「末恐ろしいのう……」

 

 沓子とて、師族二十八家の人間の強さは理解している。だが、その一角に連なる人間である愛梨がそう述べたという意味を考えた場合、これから彼が見せる魔法がその強さの証明になりうるだろう、と半分興味津々で、もう半分は心配というか不安を覚えていた。

 そして、会場内に試合実況の音声が響き、フィールド内の「櫓」の稼働音が聞こえる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 これから始まる試合の様子をVIP席で見守っている面々。すると、剛三が烈に向かって毒づく様に言い放った。

 

「烈、昨晩うちの孫を試したようだな」

「……流石は剛三。隠し切れぬか」

「当たり前だ。あの程度のもの、隠せるとでも思ったか?」

 

 この場には他の十師族当主もいる以上、剛三は“殺気”という言葉を敢えて隠した。無論、何が言いたいのかを烈も理解しており、剛三の次の言葉を待った。

 

「ま、お前の場合は孫娘から説教を食らったんだ。後は義妹(いもうと)の説教も食らうだろうし、俺からはそれ以上言わん。尤も、お前らは驚くこと請け合いだろうがな」

「上泉殿、それはもしや上泉家の秘術に関わるものですか?」

 

 剛三の言葉に反応したのは弘一だった。悠元が上泉家の血縁であることは無論知っており、新陰流剣武術には七草家でも知らぬ秘術が数多く存在する。魔法のことを尋ねるのはタブーであっても、やはり探求心と地位向上のための力を欲する身として、魔法師としても聞きたいと思うのは無理からぬこと。その辺を察しつつ、剛三は述べた。

 

「そうとだけ申しておこう、七草殿。百聞は一見に如かず、という言葉が適切であるだろう」

「上泉殿、それは初耳なのですが……」

「わしだけではない。“向こう”からもそれが見たいと申してきたからな」

 

 剛三の言葉に元が反応し、それに対する答えを述べた剛三から出てきた言葉に、それが何かを理解した元継が驚きを隠せなかった。

 

「爺さん、それは初耳なのだが?」

「お前にも隠しておったからな。あやつの力は、正直わしでも測り兼ねておる。だから、彼女に見極めてもらうことにした」

 

 戦略級魔法師である剛三ですら測り兼ねると言わしめた悠元の強さ。なので、剛三はその力を正確に見極められる人物に託すこととしたのだ。これには真夜が問いかけてきた。

 

「上泉殿、その彼女というのは一体何方でしょうか?」

「ここにいる連中なら、名前ぐらい知っておるだろう。『護人』の一角を担う神楽坂家現当主、神楽坂千姫。あやつがここから見える観客席のどこかから見ている」

「何!?」

 

 剛三の答えに一番驚愕したのは烈だった。まさか、神楽坂家当主自ら九校戦に来るというのは寝耳に水であった。烈が目線だけを動かして探るが、彼女は見つからない。いや、仮に見つけられたとしてもそれが正しいとは限らない。彼女の得意とする魔法は存在をまるで非魔法師から見た“普通”のように見せてしまう魔法だからだ。

 どうあがいても探すのは無理だと判断し、烈は一息吐いた上で剛三に尋ねた。

 

「……剛三。彼女はいつから来ていた?」

「俺が知ったのは昨日の夕方だ。連絡を受けて部屋を取らせたようだ……昨晩、軽く会話はした。お前との会談も“本家”で応じると聞き及んでいる」

 

 剛三とて彼女のことを十全に理解しているわけではない。だが、その程度のことなど彼女からすれば“朝飯前”なのだろうと感じていた。

 




 オリキャラの3人ですが、自分の文章力の拙さというか描写不足で嫌な感じのキャラに見られているかもしれませんが、別にかませ役などのつもりはありません。その辺はご了承ください。

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