魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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閑話 横浜ベイヒルズタワーの一幕

―――西暦2095年3月25日。

 

 その日は奇しくも知り合いの誕生日だが、正式に三矢の名前を名乗る前のことだったため、その知り合いとは会えずじまい……になるだろうと思っていた。

 未だ「長野佑都」を名乗っている自分に呼び出しがあると連絡を受けたのは、その前日。三矢家の本屋敷で父から手紙を渡されたのだ。

 

「この内容についてですが、父さんは何かご存知ですか?」

「いや、何も聞いていない。魔法協会からの案件だが、指名したのはお前だからな。恐らく、重要な案件故にお前が呼ばれたのだろう」

「三矢を正式に名乗ったわけではないのですが……分かりました」

 

 ともあれ、断るという選択肢はなかった。奇しくも、知人から頼まれていたことを片付けるため、横浜ベイヒルズタワーへ行くことは自分の予定の中に入っていたからだ。そこに加わる形で日本魔法協会関東支部からの呼び出し。

 メールではなくご丁寧に手紙ということから、その案件がどういう意図を持っているのか……自ずと察してしまった。この辺は国防軍に関わり始めたことからの経験によるものが大きい。

 そして、手紙に書かれた呼出人の名―――『四葉真夜』ということから、その案件が少々厄介だと察してしまったのだった。

 

 まずは魔法協会に行く前、悠元はタワー内にある宝石店に立ち寄った。とはいっても、別に知り合いの誕生日プレゼントを買うわけではなく、知人から頼まれていた用事を片付けるためだった。知人―――その店のオーナーは自分の姿を見ると、丁寧に頭を下げてきた。

 ここのオーナーも自分が三矢家の人間だと知っている……理由は父親である元とオーナーが友人の間柄であり、元は彼のところで結婚指輪を買い、その縁で自分も知り合ったということだ。

 

「一応こちらになります」

「これは素晴らしいですね……ありがとうございます、御曹司。お蔭で助かりました」

「あの、一応はまだ名乗っておりませんので」

 

 オーナーに渡したものは、父が「上泉洸人」に制作を依頼したということで作り上げた髪飾り。テーマをどうしようか悩んだ挙句、その店で扱うということも考えて雪の結晶をイメージして作り上げた。

 一応魔除けの要素も取り入れた上で丁寧に作った……自分が女性物の小道具なんて作るのは初めてだったので、CADを設計するぐらいの熱意を持って取り組んでいた。あくまでも単発のアルバイトだったので、こういった機会は二度とないと考えた上での作品だ。オーナーには大変喜んで貰えたまでは想定していた。

 だが……まさか、それが回りまわって深雪の手に渡るとは思ってもみなかった。そのことを知ったのは、一科生と二科生のトラブルに介入した時である。驚きが表情に出なかった自分を褒め称えたかった。

 流石に恥ずかしいので、未だにそのことは自分の胸の内に秘めたままだ。ただ、達也あたりは既に気付いているのかもしれない。

 

 そんなことはさておいて、その店を後にした悠元は日本魔法協会関東支部に足を運んだ。受付の人からは三矢家の人間であると認識されているあたり、今名乗っている「長野佑都」ではなくなりつつある、と思わずにはいられなかった。

 指定された部屋の中に入ると、以前お見かけした女性こと四葉家現当主である真夜と四葉の筆頭執事である葉山がおり、悠元は三矢家の人間として頭を下げた。

 

「これは、四葉殿に葉山殿。お久しぶりです」

「お久しぶりですね、悠元さん。でも、そんな他人行儀にしなくてよろしいですのに。葉山さん、お願いできるかしら?」

「畏まりました」

 

 葉山が一時的にその場を後にすると、真夜は立ち上がって悠元の腕を掴むと……何故か、膝枕を受ける羽目になっていた。

 

「あの、何故にこういうことになっているのでしょうか?」

「それだけ気に入っていると解釈して結構ですよ。それで、貴方に頼みたい仕事があるのです」

 

 どうあっても膝枕は解除してくれないようだったので、悠元は諦めたように話の続きを促した。相手は当代の世界最強と謳われる魔法師なので、機嫌を損ねないほうがよいと判断した。自分も要らぬ諍いや争いは御免であったためだ。

 苦笑を浮かべる葉山から紙の資料を渡され、素早く目を通すと葉山に手渡した。

 

「強化措置を受けた戦闘特化型の魔法師とは……成程、これから起こる荒事に対する痕跡の消去ですか。まあ、その程度ならお引き受けしますが、此処を襲撃するであろう魔法師への対処はしなくてよろしいので?」

「達也さんにお任せする予定です。今日は何の日か、悠元さんもよく分かっているでしょう?」

「ええ、まあ……いつものようにプレゼントと手紙だけですが」

 

 そう、今日は達也の妹である深雪の誕生日。そんな日に巻き込まれるというのは……トラブルを呼び込む主人公気質は変わらないようだと悠元は思った。加えて、深雪の性格ならその荒事に対処しようと自発的に動くことは容易に想像できた。

 ある意味兄妹でマッチポンプみたいなものだと思わなくもなかった。

 

「それでは、報酬の“一部”を前払いで渡しておきましょう」

 

 真夜はそう言って、テーブルに置いた空のティーカップを宙に放り投げると、周囲が“夜”に包まれた。そして、光は的確にティーカップを綺麗に粉々にしていた。これを見た悠元は頭を抱えたくなった。

 

「……とんでもない報酬ですね。『流星群(ミーティア・ライン)』とは……」

「似たような系統の魔法を使ったと姉から聞いていますので、貴方なら行けるかと思ったまでです。それで、どうかしら?」

「まあ、行けますよ」

 

 悠元はソーサーを手に掴んで空中に放ると、魔法を発動させて部屋の中を“夜”で満たし、光の雨を自在にコントロールしてソーサーだけを綺麗に粉砕した。その上で悠元は床に散らばった破片を気流操作で集めて、ごみ箱に破片を捨てた。そこまでやったことに、真夜はまるで子どものようにはしゃいでいた。

 

「ホント、貴方は凄いわね。姉さんを“女”として目覚めさせただけのことはあるわ」

「えっと……それに対して、自分はどう反応すればいいのでしょうか? その、葉山さん……」

「そこは悠元殿にお任せいたします。私めに判断できる裁量はございませぬので」

 

 自分の介入という原因もあるのだが、四葉家が別の意味で『触れてはならぬ者達(アンタッチャブル)』になっているのでは、と心のどこかで感じていたのだった。この時のやりとりを今になって思い返せば、深雪だけでなく深夜にまで好意を持たれたと解釈できるのだが、真面目にどうすればいいのですか?……と、思わなくもなかった。

 

 その後、ベイヒルズ東タワーで事前に情報を貰った魔法師が暴れたが、深雪が持ち前の事象干渉力で完全に抑え込み、魔法を使わない実弾の火器も凍結魔法で無効化。相手がナイフを持ち出したところで割り込んだ達也が『分解』で魔法師のナイフを粉砕という形にし、鳩尾に一撃を加えた上で意識を飛ばして気絶させた。

 この一連の遣り取りを『万華鏡(カレイドスコープ)』で見つつ、端末のキーボードを叩いて情報操作を素早く完了させる。しかし、削除ではなく判明できない程度に画像を荒くする処理にしてほしいとは驚きだが……いや、完全に削除したら四葉家が動いたと七草家に勘付かれることを読んだのだろう。

 

「さて……“仕上げ”と行きましょうかね」

 

 本来はここまでが仕事の範疇。だが、自分はもう一つの楔を射ち込むことに決めた。この行為が原作に影響を及ぼすことは必至だが、自分が決めたもう一つの目標―――魔法師が単なる兵器ではなく“人間”として在るための魔法。

 「ワルキューレ」のロックを外して、リミッターを全解放する。普通ならそこまでする必要はないが、今回は規模が規模なだけに万全を期す。「ワルキューレ」を頭上に向けて構え、自身の中で魔法式を構築する。そして銃口の前に魔法式が展開され、引き金を引いた。

 その瞬間、ベイヒルズタワーを中心に―――この国の空は“夜”に包まれた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 今日は深雪の誕生日。とはいえ、深雪はそこまで強欲ではなく聞き分けの良い……いや、良すぎるぐらいの妹だ。第一高校への進学も決まって誕生日プレゼントは何がいいかと尋ねると、「お兄様から頂けるものでしたら何でも」というのは流石に困ってしまった。こういう時に悠元(この時は佑都だと思っていた)がいれば良かったな、と思わなくもなかった。

 結局「俺の出来る範囲であれば一緒にいるし、お願いぐらいは聞こう」と言う羽目になった。そう言っても欲を出さないのが利口だと思わなくもない。ただ、これは俺に対しての場合であり、これが悠元だったらと思うと彼は苦労しそうだな、と思った。

 

 どうしてなのかと言えば、悠元が司波家に居候すると決まってから、深雪はすこぶると言っていいほど機嫌がよかった。だからと言って、服装や下着などの意見を俺に求めないでほしい。一部を除いて情動的な感情を失っているとはいえ、性欲が枯れていないというわけではないのだから。

 とはいえ、深雪には甘めな母上や叔母上に任せたら絶対に嫌な予感しかしなかったため、仕方なく相談に乗っていた。その意味で俺も深雪には甘いと思う。

 

 身内の世辞抜きにしても、深雪は周囲の視線を集めやすい。尤も、本人からすればそんなことなど気にしていない……というよりも、下心のある視線などを見抜きつつ、見ない振りができるぐらいに己を律していた。深雪がそう決めた以上は、敵意でない限り俺も無視するし、深雪を襲う輩は適切に排除するだけだ。

 

 春休みということもあって流石に人が多いので、深雪とはぐれないように手を繋いで歩いていると、ふと一つの髪飾りが目に留まった。雪の結晶をモチーフにした髪飾り……プレゼントのおまけとしては悪くないだろうと思い、それを購入して深雪にプレゼントした。彼女も喜んでくれたので何よりであった。

 見た目のデザインだけでなく、魔除け的な意味において魔法陣を意識したものだった。恐らくは魔工技師がアルバイトでデザインしたものではないかと深雪に述べた。後でこの髪飾りに『再成』を使った際、記憶の遡及でその髪飾りが悠元によって作られたと知った時、つくづく縁があるなと思った。

 なお、このことは深雪に言っていない。こればかりは深雪自身が気付くか、あるいは悠元が話すほうがいいと判断した。

 

 昼食の際、やはり深雪に視線が集まる。すると、店員からサービスということで「恋人パフェ」なるものが差し出された。俺たちは兄妹であると言う前に深雪が折角だからということで食べることになった。深雪から食べさせてほしいとせがまれて致し方なく食べさせてやるが、彼女としても初恋の相手である“彼”にこうしてほしいという願望を込めて、俺にせがんでいるのかもしれない。

 

 昼食後、ウィンドウショッピングをしていると電話が鳴った。その相手から用件を伝えられて通話を切ると、内心で舌打ちをしたくなってしまった。深雪には魔法協会からの呼び出しということを伝えると、彼女もその呼び出し先が誰なのかを察してくれたようで、待ち合わせの約束をして俺は1人で魔法協会に向かった。

 深雪の素性が今知られてはならない。なので、俺が単独で呼び出しを受けたのも理解できた。

 

 その呼び出した当人たち―――叔母上と葉山さんから、政治的な案件である強化実験体の捕縛を依頼された。“処理”ではないというのは、時間が時間なだけという問題もあるが、魔法監視網に引っかかる懸念もあるのだろう。その上で叔母上はこう告げた。

 

「達也さん。今回の案件の後始末は既に別口で依頼しておりますので、気にすることは一切ありません」

「別口ですか? もしや、国防軍か七草家ですか?」

「それとは違う、とだけ申しておきましょう。貴方も会ったことのある人ですよ」

 

 俺が知っている限りで、高度な情報操作ができる人間は藤林少尉に限られている。もしや七草家とも思ったが、叔母上はそれを否定するような言葉を述べた。葉山さんに目配せをすると、彼は苦笑を浮かべただけで何も言わなかった。これ以上は俺が踏み込めることではない、ということなのだろうと判断し、それ以上は聞かなかった。

 

 葉山さんが見せてくれた資料には行動予測が書かれていなかったが、叔母上から今日襲ってくるという情報を聞き、俺は慌てて深雪のもとへと向かった。こういう時、深雪なら率先して動くだろうし、魔法に関しては圧倒的な干渉力に加え、相手の重火器を抑え込む魔法にも長けている。

 だが、相手は強化実験体とはいえ元軍人魔法師。無論、白兵戦も得手がある以上は油断できない。間一髪でターゲットと深雪の間に割り込むことができ、俺は躊躇いなく相手のナイフを『分解』し、自らの拳を相手の鳩尾に捻じりながら打ち込んだ。そして、深雪の手を取り、素早く現場を後にした。無論、彼女にプレゼントした髪飾りも『再成』した上で、改めて深雪に手渡した。

 

 本当に散々な一日になってしまったな、とは口に出さなかったが、機嫌の戻った深雪を連れて家に戻る頃には、夜となっていた。流石に疲れたなと思っていると、深雪が夜空を見上げていた。これには俺も疑問に感じたが、するとかなり広域に渡る精神干渉系魔法の発動を感じた。だが、明らかに敵意ではなく、まるで心を癒すような感じであった。

 

「お兄様……これって……」

「これは、光の雪か?」

 

 深雪が徐に降り注ぐ光の雪らしきものに触れると、光が弾けて虹色に輝く粒子を放ち、空中に消えていく。そんな魔法など、俺も深雪も初めての体験であった。すると、深雪の表情がこれまでにない笑顔を見せたことに、俺は思わず声に出して問いかけた。

 

「深雪、そんなに嬉しいのか?」

「その、よく分からないんですが……この魔法を使ったのは、私とお兄様のように同じ考えを持ってくれている人じゃないかって、思えてくるのです」

 

 希望的観測、といえばいいのかもしれないが、俺も深雪の言葉を否定はしなかった。きっと、俺も同じことを思っていたのだろう。

 

 後日―――ブランシュ日本支部壊滅後、壬生先輩の見舞いをした後に葉山さんから事情説明を求められ、俺はブランシュ壊滅の経緯を話した。それと引き換えに、俺にだけ横浜の一件についての情報が開示された。深雪には伝えないように、という文言が付いていたのは、その内容で察してしまった。

 横浜の後始末をしたのは佑都もとい悠元であり、叔母上が報酬の一部として『流星群』を見せて、彼は即興でそれを使いこなしたこと。加えて、彼が叔母上の魔法をアレンジして使用した精神干渉系魔法『流星雪景色(ミーティア・スノーライト)』がこの国全域に効果を及ぼしたことも書かれていた。

 

 本当に彼は「不思議な奴」である、と俺は改めて感じたのだった。

 




 この話は『流星群』や以前本編に出した話を簡潔にしたものです。

 真夜が悠元の異質性を見抜いたのは、深夜、穂波の治療をした事実に加えて、剛三から悠元に関する話を聞かされたことに起因します。加えて沖縄の一件について深夜から聞き及んでいた部分もあります。
 説明になっているかは、私にもわかりません(震え声)

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