三矢悠元のアイス・ピラーズ・ブレイク一回戦の試合が終わり、沈黙から一転して興奮冷めやらぬ空気となっていた観客席に加え、モニターからは実況による熱の入った解説の音声が聞こえてくる。
そんな中、VIP席の室内は並々ならぬ空気が漂っていた。そこにいる面々は苦虫を噛み潰した表情を浮かべていたり、驚愕の表情を見せたりしていた。そんな雰囲気の中、徐に立ち上がったのは1人の女性だった。
「それでは、失礼致しますわ」
四葉家現当主こと四葉真夜は、相も変わらず妖艶な笑みを見せながら部屋の出入り口に歩を進めた。すると、それに便乗したのは五輪家長女であり、国家公認戦略級魔法師「十三使徒」の1人でもある澪であった。
「それでは、私も失礼します」
それを見た葉山が先んじて扉を開けて、真夜に加えて澪が部屋の外に出たのを確認してから、ゆっくりと扉を閉めた。
その場に残ったのは剛毅、弘一、そして烈の3人であった。悠元本人と直接の面識を持つ面々で、彼が「長野佑都」と名乗っていた時からの付き合いがある。
剛毅は、自分の娘である茜が悠元に恋慕しており、彼に無礼を働いた息子を彼自身が鎮圧した“恩”がある。一条家としても三矢家には佐渡侵攻においての事前通知を受けていたことからの恩義もある。なので、茜を彼に嫁がせることは選択肢の一つとして考えていた。
弘一の場合は、娘の一人と婚約を結んでいたが、四葉への対抗心のあまり下手を打った形となり、婚約が解消された上に娘から厳しい目で見られることになった。今まで動くことのなかった上泉家を動かすほどの人物として、悠元をそれなりに評価していた。
烈の場合はというと、九島家の本屋敷で初対面の彼に秘術である『
加えて、寝たきりがちになりやすい孫と彼は面識を持ち、歳が近いということもあって仲良くなっていた。その光景を見て複雑な心情を抱いたのは言うまでもないが。
「……七草殿は、彼をどう見ておられる?」
そう切り出したのは剛毅だった。先程の試合だけで彼の全てを把握できたわけではないが、明らかに「格が違った」のだ。
一回戦第1試合に出場した自分の息子こと将輝は、一条の代名詞である『爆裂』で速攻を掛け、あっさりと勝利を収めた。それはまさしく十師族の名に恥じぬ戦いである、と身贔屓を差し引いてもそう断言出来た。
だが、悠元の場合は違った。相手からの魔法攻撃を完全に防御した上で、相手陣地の全ての氷柱を同時に粉砕した。三矢の『多種類多重魔法制御』を披露した試合というだけではなく、硬化魔法のみで的確に複数の制御を行いつつ、瞬時に氷柱を改変するという世界でも片手に入るほどの処理能力を披露した。
氷柱への硬化魔法のマルチ・キャストは、まさしく一条家の『爆裂』封じということも含んでいると剛毅は察し、冷や汗が止まらなかった。
「彼の魔法技能の高さ自体は聞き及んでいましたが、ここまでとは思いもしなかった、というのが正直な感想でしょう」
“万能”と謳われる七草家……自身も魔法師として高い評価を受けている弘一も、内心では彼に対する関心と恐怖があった。昨年の九校戦で自分の娘を破った悠元の姉である美嘉にも強い関心を寄せていたが、先程の試合でそれ以上の興味を彼に対して抱いた。
それと同時に、同年代において飛び抜けた実力を有していることからくる恐怖も感じていた。三矢家が表に出している6人の子のうち、5人が並ならぬ才覚を発揮した……これに関しては、七草家にとって他人事で片付けられるレベルを超えていたのだ。
だが、幸いにして彼は三矢家の家督継承に興味などなく、現当主の長男も彼には劣ってしまうが同年代では優秀な技量を発揮している上、現当主も長男への家督継承を進めていると調べがついている。
加えて、彼の婚姻には上泉家と神楽坂家がその全権を担っていると烈から聞き及んだ。なので、四葉家と言えども下手に手を出せる案件ではないが、上泉家の現当主は四葉家の亡き先々代当主と懇意の関係であったことと、現当主の真夜とも面識があるので、油断はならないと感じている。
その意味で、彼と泉美の婚約破棄は非常に痛手であった、と弘一は表情に出すことなく内心で独り言ちた。
「四葉だけでなく、三矢も台頭している。その意味で、彼がどこに身を置くのかで十師族のパワーバランスは大きく変化する、と言えるでしょう」
「……それは理解しよう」
先程の一戦で、悠元の技量の高さは折り紙付きだと剛毅も無論理解していた。なので、弘一の言葉にも一理はあると納得した。
今回のことだけを取り上げても、世界屈指の構造干渉能力を持つことは明らかで、同年代で言えば『ファランクス』を使いこなす十文字家次期当主の克人や、世界屈指の遠隔精密射撃能力を有する七草家令嬢の真由美と肩を並べる存在になったと弘一は見ている。
婚姻のことを差し引いたとしても、彼の存在を十師族が放置できなくなった。それは、ここにいる一条、七草、九島に先程までいた四葉と五輪、学生ながら当主代行ということで十文字、九校戦に来ていない二木、六塚、八代も彼を引き込もうとするだろう。奇しくも、彼は十師族の現当主全員と面識があるだけに尚更であった。
すると、剛毅は烈に問いかけた。
「閣下は、彼をどのように見ていらっしゃるのですか……?」
「弘一君の言った通り、彼が家督を継ぐか否かの問題ではないと思い知らされた。少なくとも、私の孫と同等以上の実力は兼ね備えているだろう」
贔屓目に見た上では、という文言は付くと烈は内心で呟いた。それは、悠元ではなく自分の孫に対してのものだということは口にしなかった。
同年代で見ても、病弱ということを除けば孫の実力はトップクラスだ。だが、悠元の場合は現当主を含めた十師族全体においてのトップクラスの実力だと烈は推測した。仮に自分が戦ったとしても、勝率は良くて3割を切るだろうとみている。それは、非公式の戦略級魔法師である剛三があれほど可愛がっていることからも明白だと烈は思っている。
彼の婚約・婚姻が少々特殊なことになっているのは、三矢家に置いておくのが十師族全体のパワーバランスに直結すると元が理解していたからだろうとみている。
興奮で盛り上がる観客席と窓一つ隔てた空間は、これまでにないほどの雰囲気に包まれていたのは確かであった。
◇ ◇ ◇
無事に一回戦を突破して安堵していたジャージ姿(二回戦があるので、制服に着替える時間と手間を省くため)の悠元は、そのまま女子の会場―――第12試合に出場する深雪の観戦をすることにした。とはいえ、雫はお互いの手の内を盗み見ないようにほのかやエリカたちと観戦するのだが、そこに加わっては拙いと考える。
とはいえ、モニター室での観戦は雫の機嫌を損ねてしまう。すると、そこに声を掛けてきた人物がいた。
「あら、悠元君」
「藤林さんに山中さん。お二人も次の試合の観戦ですか?」
「ま、そんなところだ。にしても、見ていた他の連中は慌てふためいていたな」
悠元が振り向くと、そこにいたのは響子と山中であった。周りのこともあるため、階級呼びはあえて避けている。それを察しつつ、山中が冗談めいた口調で先程の試合のことを口にすると、悠元は苦笑を浮かべていた。今頃国防軍でも問い合わせをしているのだろうが、それに関しては、正直複雑だった。
「なら、お2人と一緒に観戦してもよろしいですか?」
「あら? 悠元君はてっきり達也さんのところで観戦すると思ったのだけれど?」
「そうしたいのは山々ですが、今回は事情が事情ということもありますので」
先程の試合で目立っているために余計な諍いを避けるのと、どちらかで観戦してお互いの手の内を漏らさないようにするためでもある。練習期間中のこともあるので、雫の手の内を深雪に明かさないというのが一番の理由だが。尤も、雫のところで観戦したら、後で深雪に何を言われるか分かったものではない、というのもあるが。
「有名人は辛いというわけか」
「そんなところです」
一応深雪と雫には断りのメールを入れて、響子と山中の2人と軍関係者席で観戦することとした。三矢家が国防軍との密接な関係もあり、すんなり許可してくれたのは正直ありがたかった。とはいえ、私服姿の大人に紛れて学生がいるというのは、少々浮いて見られるのは仕方ないと割り切った。
「……しかし、自分としてはいい感情なんて持てませんけれど」
そう漏らしたのは、現状の国防軍に対しての不満からくるものだった。別に今の待遇に対しての文句ではなく、先日の十山家に関することが最も大きい。
今年だけでも立て続けに2件……これで詩奈にまでちょっかいを掛けたら、その時は元継、千里、詩鶴、佳奈、美嘉、悠元の6人で対処することも内密に取り決めている。このことは元だけでなく剛三も黙認している事実だ。
悠元が以前―――7年前につかさと初めて出会った時、彼女の視線から感じるものは明らかな“値踏み”であったことを感じていた。なので、それ以降はつかさと遭遇しないように第三研への出入りを極力せず、上泉家での鍛錬に時間を費やしていた。
己のことを棚上げにして「“人間”かどうか」を試すなど、人間の精神として“壊れている”と思う。この辺は自分の前世の比較からくるものもあるが。そうやって魔法師の居場所を無くしているのは、魔法を力として頼っている現状の国防軍に身を置くものとして言語道断だろう。
単なる「兵器」に判断することはできない。武器といった武力に止まらず、あらゆる力の善悪はいつも「人」という力の引き金を引く者の「
なればこそ、魔法師という存在は人であって兵器に非ず、ということを示さなければならない。魔法が使えなければ、魔法師でもただの人間と変わりないのだから。
「……君の言いたいことも理解はしよう」
「そうですね。山中少佐には
何が言いたいのかを悟った山中は、渋々と言った感じで答えた。それに追撃という形で放たれた響子の言葉に、反論は野暮と判断したのか、山中は話題を変えるように窓の外を見つめた。悠元と響子もこれ以上この話題は続けたくなかったので、山中の問いかけに答える形で話を切り替えた。
「その彼が担当するのが彼の妹さんか。確か、学年次席だったか?」
「ええ。入学式の時は代理で答辞を読んでもらったようで」
「深雪さんのことだから、同級生の男子が詰め寄るほどに視線を集めたんじゃないかしら?」
入学式の日のことは、一通りの流れを達也からまるで深雪の視点から見たように聞き及んだ。達也の事情は本人から聞いていたので驚くことも無かった訳だが、どうして達也からなのかといえば理由は簡単だった。
深雪は興味のないことをあっさりと切り捨てられるのと、達也が深雪のことをしっかり視ていたことを考えれば、事情を把握しているのは後者だと理解できる。とはいえ、他の一科生の文言を一言一句違うことなく覚えているのは記憶の無駄遣いじゃないか、と問いかけたところ、達也から「癖みたいなものだからな」と返ってきたことには引き攣った笑みを漏らしてしまったが。
「聞いた限りでは、一科生の半数以上が押し掛けたようですよ。尤も、本人は迷惑だとしか思ってなかったようですが」
「まあ、それもそうよね。深雪さんの性格を考えれば、無理もないわね」
「それほどの人材か……」
「止めておいた方がいいですよ。軍関係で彼女に何かするつもりなら、自分と彼が
その言葉に山中は失言だった、と顔を顰めた。それはつまり、独立魔装大隊に所属する非公式の戦略級魔法師を2人失うことになりかねない。これには響子も山中のフォローはできない、というかしない方向に回った。
「にしても、達也君は分かるけど……悠元君は深雪さんに気があるのかしら?」
「否定はしない、とだけ。今は九校戦を勝ち抜くことに集中したいので、これ以上は言いません」
響子の問いかけにそう答えながら、窓の外に映るフィールドに視線を向けた。
タイミングよく選手入場のアナウンスが響き渡ったので、これ以上の会話は止めて響子も試合の観戦に集中することとなった。
剛毅は息子や娘のこともあって主人公を割と好意的に見ています。ただし親馬鹿な面があるのは否定しません。
弘一は主人公に対しての興味と恐怖を持っています。娘たちから好意的な評価を得ているため、興味の方が勝っているという感じです。
烈は孫のことがあるので好意的な部分を持ってはいますが、彼を九島家に引き込むことに関しては賛成しがたいと考えています。その辺は追々語ります。
観戦するだけでも一苦労する主人公の巻(自業自得)