魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦五日目⑥

 時間は少し遡り、控室では深雪が表面的には静かな佇まいを見せているが、どこか落ち着かない雰囲気であることを達也は見抜いていた。伊達に深雪の兄ではないのだが、その原因も認識している。

 すると、深雪の携帯端末にメールの着信があった。それに目を通した深雪はというと、どこかホッとしたような様子を見せていた。

 

「深雪、悠元からメールか?」

「あ、はい。どうやら藤林さんと一緒に観戦されるようで」

 

 彼自身三矢家と国防軍の繋がりでその辺は誤魔化したと見られるが、深雪としては雫と一緒に観戦するのではないかと心配していたのだろう。かといってモニタールームで見ていたら雫の機嫌を損ねるので、競技に影響が出かねない。

 実に大変な綱渡りをしている悠元に、達也は感心ともいえるような感情を覚えていた。響子ならば達也も気心の知れた相手だし、深雪も面識がある。なので、大丈夫と言えば大丈夫なのだろう。しかし、雫と仲良くしているかと思えば、一方的な肩入れだと今のようになったりと、コロコロと雰囲気や表情が変わる妹に対して、達也はほんの少し笑みを見せた。

 

「お兄様? どうかされたのですか?」

「いや、深雪も大分正直になってきたんだな、と感心しただけだよ」

 

 雫とほのかは観客席で見ると言っていたのでここには来ていない。

 達也がそう言い終えたところで姿を見せたのは、真由美と摩利、啓と花音であった。克人は一高の天幕に戻ったと真由美が説明してくれたので、その辺について達也が尋ねるということはなかった。そして、深雪が準備ということで達也たちはモニタールームへと上がったのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 深雪が「櫓」に姿を見せると、観客がどよめいていた。

 観客だけでなく真由美たちも同様だが、達也はそれをBGM代わりとするようにしながら、テキパキとモニターの準備をする。流石に3回目なので、その準備自体も大分洗練された動きとなっている。彼女らが話題にしているのは、他でもない深雪の着ている衣装にあった。

 

「似合いすぎて、正直驚くしかないわ」

 

 そう花音が評するほどの深雪の着ている衣装―――白の単衣に緋色の女袴を身に纏い、白いリボンで長い髪を首の後ろで纏めたスタイル。整いすぎている本人の容姿と相まって“様になっている”という他なく、これでCADではなく榊か鈴、あるいは箒でも持たせるだけでも絵になってしまうほどだ。

 

「相手選手は可哀想に。完全に委縮してしまっているな」

「やっぱり、あの衣装も作戦のうちなの?」

 

 摩利と真由美の表情と言動からして、これも達也の作戦なのだろうと思っていた。だが、隠すことでもないと達也は深雪の衣装についての事実を述べた。

 

「いえ。あの衣装は深雪が悠元に頼み込んで、悠元が準備した衣装ですよ?」

「……え? それ本当?」

「本当です。採寸は彼の姉である佳奈さんがやったと深雪から聞きました」

 

 悠元の母方である上泉家は、新陰流剣武術の知名度から剣術・武術の側面が強いが、れっきとした陰陽道系古式魔法の家である。それに、総本山のある場所の中腹あたりに神社があり、神道系の趣を併せ持っている。

 そのあたりのことは真由美も知っているので、悠元が姉に採寸を頼んで服を準備させたという達也の説明は理解できなくもなかった。

 

「確かに悠君なら上泉家のこともあるし、準備できなくはないんだろうけど……」

 

 観客全てを圧倒するような存在感を見せた悠元。

 観客全てを釘付けにする存在感を放つ深雪。

 

 真由美たちが深雪の服装に対して様々な感想を述べている中、2人がこの競技において最も強い存在感を放つだろうと、達也の視線は深雪の様子に向けられていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 モニタールームで自身の服装について盛り上がっていることなど知る由もなく、深雪はいつもより深呼吸した上で気持ちを落ち着けていた。

 自身が感情を昂らせれば、無意識的に魔法を発動させてフライングとなってしまう。そのことを理解しているからこそ、本来の選手なら気持ちを高ぶらせるところを抑え込まなければならない。

 けれども、自分のエンジニアを担当してくれている達也のことを思えば苦にならない。更に、自分のこの衣装を選んでくれた悠元の期待に応えたいという気持ちが、深雪の心をいつも以上に冷静にさせていた。

 

 フィールドの両サイドに立つポールに赤い光が灯る。その音を聞いた瞬間、深雪は今まで閉じていた瞼を開き、フィールドを真剣な眼差しで見つめる。

 深雪のその行為だけでも、周囲の観客席の全域から溜息が漏れた。その光景に、会場の壁際にてサングラスを身に着けて観戦している若い女性は、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。

 

「あらあら……あの子は美しく成長したようね」

 

 その女性は笑みを浮かべながらその試合を見つめる。すると、ポールの光が黄色に変化し、更に青に変わった瞬間、強烈な想子の輝きがフィールド全域を覆った。

 

 厳密には、深雪が自陣と敵陣の氷柱にそれぞれ魔法式を投射した形だが、その2つでは正反対の現象が起こっていた。深雪側の陣地では極寒の冷気が発生し、相手選手の陣地では陽炎が揺らぐほどの熱波に包まれていて、氷柱が融け始めていた。

 だが、そこから程なくして自陣は氷の霧が発生し、敵陣は昇華の蒸気に覆われていた。

 

 中規模エリア系振動魔法『氷炎地獄(インフェルノ)』―――特定の空間内の振動エネルギー、運動エネルギーを減速させ、もう一方のエリアに逃がして加熱させることで、エネルギー収支の辻褄を合わせる熱エントロピーの逆転魔法。

 魔法師ライセンス試験でA級受験者用に出題されることがあり、多くの受験者に涙を呑ませる高難度魔法だが、振動系魔法を得意分野とする深雪にとっては当たり前に使える魔法でしかない。

 

 相手選手は冷却魔法を試みるが、まるで効果がない。

 氷柱自体は内部に多くの気泡を含む粗悪な氷。その気泡が膨張して、熱で緩んだ氷柱がひび割れを起こしていた。それを見た深雪は魔法を切り替えた。

 

 空気の圧縮と解放。それによって、相手の氷柱は跡形もなく綺麗に崩れ去った。

 試合の一部始終を見た女性は、満足気な笑みを浮かべながら、何事もなかったかのようにその場を去っていくのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 続くアイス・ピラーズ・ブレイク二回戦だが、女子二回戦第1試合は英美が無事に勝ち、準決勝に進出。明日は第2試合で勝利した栞と対決することになる。雫は二回戦第3試合に出場して、堅実な試合運びで準決勝進出を決めた。

 本来なら、男子二回戦第5試合にあたる悠元と、女子二回戦第6試合である深雪の試合は別会場の同時進行となるのだが、ここで大会運営から「インターバルの関係」という理由で、男子二回戦第6試合がプログラム通り実施、悠元の試合(男子二回戦第5試合)だけが深雪の試合(女子第5・6試合)が終了後、同会場で実施という形に変更となった。そのため、スタッフ用のモニタールームは第一高校だけ同じ場所を使うことになった。

 その為、悠元は控室で精神を集中していた。

 

(こっちとしては別にいいけど、それだったらブロック分けの時点で……いや、新人戦じゃ無理だな。何せ、事前のデータがないんだから読めるはずもないか)

 

 この辺には各方面の関係者も関係していると思うが……試合(一回戦)の後、大会委員が来て自分のCADをチェックしたいと言ったため、素直に預けた。起動式をリークする危険性もあるが、その対策は怠りなく施されている。

 おいそれと天神魔法や『流星群』の起動式なんて明かせるわけがないのは十全に理解しているため、それらの起動式は準決勝まで使う競技用汎用型CADにインストールしていない。

 一回戦はどうしたのかというと、硬化魔法で時間を稼いでいる間に「ライトニング・オーダー」で『流星群』と『共鳴裂界』を発動直前の状態で保持して『流星裂界』の準備を整えただけだ。

 

 大会の規定においては、殺傷性ランクの制限さえ守ればCADなしでの魔法発動はルール違反にならない(これが違反扱いになると真由美の『マルチスコープ』、元継やスバルの『認識阻害』などが引っ掛かってしまう)が、それを誤魔化すためにCADにインストールした魔法を含めた複合術式を使用しているだけだ。

 CADから読み込んだのは『相転移装甲(フェイズシフト)』の起動式であり、硬化魔法の亜種扱いなので当然殺傷性ランクなんてない。その気になればCADを使わなくとも『万華鏡(カレイドスコープ)』で速攻発動できるという裏技もあるが、それは最終手段と割り切っている。

 まあ、学期末考査の課題となった十工程の魔法展開に手加減していて100msを切ってる時点で、低スペックのCADだと補助装置兼リミッターになっているのは否定しないが。

 

 ちなみに、大会委員から返ってきたCADに『電子金蚕』が組み込まれていた(シルバー・ブロッサムシリーズは決勝リーグから使う予定だった)ため、剛三のもとに持っていって相談すると、対抗術式での反撃を許可された。

 なので、対抗術式で『電子金蚕』を消し飛ばして、術者にフィードバックダメージが行くよう仕向けた。効果は相手が次第に強烈な眠気に襲われるだけのもので、傍から見れば「疲れてきたので眠くなってきたのだろう」という風にしか見えない。

 起動式をコピーした痕跡は見当たらなかったので、ちゃんとセキュリティーが掛かっていた証拠であった。そもそも、『電子金蚕』もそうだが、インストールされている新種の魔法の起動式を勝手に公開したら、大会委員が十師族からの信頼を損ねるだけだが。最悪“消えて”も文句は言えないだろう。自業自得という他ない。

 というか、原作を思い返すと飛行魔法の件は“大人げない”と言うに尽きる。今回の九校戦でも同様のことが起きると睨んで、かなり厳格に『安全装置』を組むように達也へ進言した。ハードウェアに関しても、飛行魔法に特化させたシルバー・ブロッサムシリーズを使用することも織り込んでいる。

 なお、許可を出した際に剛三は「魔法師を失うことを何とも思わぬ輩など万死に値する」と言っていたが、それは過激すぎると諌めた。

 

 悠元は試合後に佳奈と美嘉から聞いたが、どうやら前日のスピード・シューティングでエンジニアを担当した選手(雫と燈也)が揃って優勝したことで、他校から警戒されていると聞いた。その結果がかなり多かった観客の原因だった。

 まあ、別に束になってかかってくるわけではないため、気にしない方針としたが。

 

「さて、男子クラウド・ボールはどんな非常識な結果になってるかな……」

 

 そう言いながら悠元は備え付けのモニターの電源を入れて情報を確認した。

 悠元の見立てとしては、出場選手3名のうち燈也は確実視。他の2名は変に肩の力が入ってなければ入賞はできると踏んでいたが……2名は一回戦と二回戦で敗退、燈也は決勝リーグに進出している。

 問題はその試合経過だが、現在燈也が1勝した状態で決勝リーグ最終戦の第1セット終了後のインターバルなのだが……その得点がおかしかった。

 

「ええ……第1セットで250-20って。これ、相手が第3セットに行く前にリタイアするんじゃ……あ、対戦相手がリタイアになった」

 

 モニターでは相手選手の競技続行不能と判断され、燈也の優勝が決まった。当の本人は些か不完全燃焼気味なのが見て取れた。

 ちなみにだが、燈也の予選の結果は、全て第2セット終了時に相手選手のリタイアという結果に終わった。1セットあたりの得点差が平均210点の時点で真由美レベルの実力者である。しかも、予選で魔法、決勝リーグでラケットという変則スタイルという有様。相手選手が戸惑ったというのもあるだろう。

 

 会場からの盛り上がりの声からそろそろ深雪の試合が始まるようなので、素早く衣装に着替えた上でモニターでの観戦をする。特に心配するようなこともなく、しっかりと『氷炎地獄(インフェルノ)』を制御しきっている。そして、数分後には一回戦と同じ結果がそこには存在した。

 

 次の試合のための準備(主に氷柱の再設置)ということでインターバルは空くが、控室を出て「櫓」に向かって移動すると、試合を終えて控室(無論、別々の控室なのは言うまでもない)に戻る途中だった深雪と出くわした。深雪は嬉しそうな様子で悠元に近付いた。

 

「深雪、準決勝進出おめでとう。『インフェルノ』も問題なかったな」

「ありがとうございます。正直、悠元さんの試合が見れないかもしれないと思っていたのですが……」

 

 大袈裟だな、と思いながら悠元は深雪の頭を撫でた。これには深雪が気持ちよさそうに目を細めていた。こういうところはどうしても妹に対する接し方になってしまうが……そうして頭から手を放すと、悠元はこう呟いた。

 

「あれだけ目立たれたら、これ以上目立つのは大変だが……ま、頑張るよ」

「はい。頑張ってください、悠元さん」

 

 そう言って深雪が控室に向かうのを見届けた後、悠元は改めて気を引き締め直した。「櫓」の台座がある部屋に到着し、瞼を閉じて集中する。暫くしてアナウンスが悠元のいる場所にも聞こえ、台座がせり上がる。

 

 男子アイス・ピラーズ・ブレイク二回戦第5試合―――本日の最終試合となるその一戦に、観客は固唾を呑んで見守っていた。

 ポールのシグナルに赤が点灯し、それが黄色に変わる。

 青に変わった瞬間、今まで閉じていた悠元の瞼が開かれる。CADから起動式が読み込まれ、自陣に硬化魔法で鉄壁の防御を展開。相手の選手は1本ずつ確実に倒そうと魔法力を込めるが、それでも氷柱には傷一つ入らず、綺麗な状態となっていた。

 

 そして、悠元はCADを持っていない右手を上に翳す。すると、敵陣の上空に複数の魔法式が展開した。一回戦とは異なり、展開された魔法式の数は“12個”―――上空の魔法式を見た相手は慌てて防御を強化しようとするが、それよりも早く悠元は右手を掌を相手に向けるようにして振り下ろした。

 

 その瞬間、12個の魔法式が1つの巨大な魔法式となり、そこから飛び出したのは光―――いや、厳密には雷を纏った光の龍が敵陣に降下し、氷柱と接触した瞬間に強烈な光が会場を包み込む。

 観客たちは強烈な光に思わず目を瞑るが、光が収まって観客が恐る恐る目を開けると……敵陣にあったはずの氷柱が綺麗に消え去っていた。

 相手の選手も何が起きたのか理解できなかった。選手だけでなく、殆どの人間がその意味を理解できなかっただろう。霊子を察知できるほどの知覚力を持っている人間か、精霊魔法に精通している人間でない限り、彼が使った魔法の難しさは理解できない。

 

 悠元が使った魔法は、天神魔法において最上位の喚起魔法となる“天神喚起”―――光属性・金属性の『天雷神龍(てんらいしんりゅう)』。『電子金蚕』を仕込んだ『無頭竜』に対する返礼を込めた一撃。その意図を理解できていたのは、本人以外では事情を知っている剛三と、それを傍で聞いていた元継の二人だけであった。

 

 それから少しして試合終了のブザーが鳴り、そこから一拍遅れる形で観客席から歓声が巻き起こる。軍関係者席やVIP席に座る人達からは対照的に戦慄や動揺のような雰囲気が見られた。

 悠元は二回戦も無傷での勝利を達成、問題なく準決勝進出を果たした。

 




原作ではありえない試合プログラム構成ですが、その辺は二次創作ということで一つ。

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