魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦六日目①~新人戦三日目~

 九校戦に出場する選手だけでも360名、作戦スタッフや技術スタッフなどを入れると400名を超える。そうなると、食事も結構なものとなるが、毎日パーティーという訳にもいかない。

 朝食は早いもの順のバイキング形式、昼食は基本仕出弁当だが、出店などで買って天幕などで食べることも許されている。夕食は3つの食堂を各1時間三交代で利用する。夕食が学校別なのは、翌日の競技の作戦漏洩を防ぐためのものである。

 

 夕食の時間は、自校のメンバーが一堂に会する1日で一度の機会。その日の戦績で喜びや悔しさを分かち合う時間でもあった。

 悠元の試合が大会運営によってずらされたため、1年メンバーでのミーティングは取り止める形となったが、その理由と言わんばかりに、第一高校の食堂は男子と女子で見事に明暗が分かれていた。女子の面々の中には、男子から追い出される形となった達也の姿もあった。

 

「はあ……頑張って優勝したのに、結局は針の筵ですか」

「あれはアイツらが悪い」

 

 暗は、1年男子の半数以上が集まった一角。そして明は、1年女子が集まった一角だ。男子から爪弾きに遭う形となった悠元は、同じ目に遭った燈也と食事を取っていた。

 溜息をつきながらもそう述べた燈也に対し、悠元は小さな声で毒づく様に述べた。

 結果を出せなかったのは自分自身の問題だというのに、それを確かな成績を挙げている人間に八つ当たりするのは“お門違い”だろうと思う。余計な諍いは御免なので声量は抑えているが。

 

「一度染み着いたプライドって簡単に捨てれないからな。とりわけ、一高は『常勝』を背負ってきたわけだし、その代表ってだけでも、選ばれなかった生徒からすれば羨ましいものだろう」

 

 今日の成績を見れば、女子クラウド・ボールで2名が入賞し、女子アイス・ピラーズ・ブレイクで深雪、雫、英美の3名全員が準決勝進出。男子クラウド・ボールは燈也が優勝し、男子アイス・ピラーズ・ブレイクで悠元が準決勝進出。

 女子に比べればやや見劣ってしまうが、男子もきちんとした実績を挙げている形だ。だが、男子の場合は実力を出し切れずに敗北しているパターンが多く、“負け癖”になっても不思議ではないだろう。ここから先は本人の問題だと悠元は思っている。

 

「懇親会で爺さん―――上泉殿が言っていたことにも繋がるんだがな」

「それは確かに……明後日のモノリス・コードは大丈夫なんです?」

「最悪の場合は、十文字会頭に活を入れてもらう」

 

 下手に引き摺っていては第三高校の「クリムゾン・プリンス」や「カーディナル・ジョージ」相手に勝てるはずがない。そのことも念頭に入れて、最悪はそうするしかないと呟いた。幸いにも鷹輔がバトル・ボード準決勝に残っているのは正直大きいと思う。

 それよりも、自分の場合はまずアイス・ピラーズ・ブレイクを勝ち抜くことに意識を集中させなければいけないが。

 すると、悠元と燈也に近付いてくる女子―――雫の姿が目に入り、2人は視線を向けた。

 

「どうした、雫?」

「達也さんが困ってるから、助け舟を頼むって深雪が」

「彼自身の有名税でしょうけど……悠元、助けてあげましょうか」

「ま、そうだな」

 

 達也は周りを1年女子に取り囲まれて質問攻めや賞賛の嵐を浴びていた。日陰者同然の生き方をしてきた達也がそういうものに慣れていないため、見かねた深雪の助け舟を出してほしいという雫を通してのお願いに、悠元と燈也はお互いに苦笑を浮かべつつ1年女子の喧騒に混じることとなった。

 それほど親しくない女子生徒(統括役の悠元からすれば、同じ一高の選手程度の認識しかなかった)からすれば、十師族の直系が2人というのは流石に気後れするものもあったが、女子の成績からくる喧騒の前には、あまり意味は成していなかった。

 その先陣を切るように、英美が話しかけてきた。

 

「あ、悠元に燈也! 燈也は優勝おめでとう!」

「ありがとう、エイミィ。今日は夜更かしせずにちゃんと寝た方がいいですよ? 明日は三高の強敵相手なんですから」

「うぐ、ご忠告どうも……悠元も正直驚いたというか、心臓に悪かったわ」

「ま、あれは現代魔法じゃなくて古式魔法だからな。これ以上は言えないけど」

 

 燈也が笑顔を浮かべながら言い放った忠告をバツが悪そうな表情を見せて素直に受け取りつつ、悠元が見せた魔法について正直な感想を述べると、微笑みつつそう返した。すると、雫が悠元の一回戦のことについて尋ねた。

 

「そういえば、悠元は一回戦で防御に硬化魔法を使ってたけど……水素結合の相対位置固定って達也さんが言ってたけど、本当?」

「正解。その技術は色んな失敗があったからこそ出来るようになったけれど。攻撃に使った魔法は現代魔法じゃないけど、雫が得意とする『共振破壊』を限界まで突き詰めたものになる」

「そうなんだ……私にも出来る?」

「頑張れば行けると思うぞ。魔法師に大事なのはイメージなんだから」

 

 天神魔法においては、各々の持つ理論や解釈によってその威力が大きく変わる。自分の場合は理科における分子レベルの結合を破壊するというイメージで使用しているため、『共鳴裂界』の威力はかなり高い。

 流石に古式魔法関連は教えられないだろうが、現代魔法絡みならある程度は教えられる。

 

 すると、「私も司波君に担当してもらえたら優勝できてたかも」という菜々美の言葉に達也からのアイコンタクトを受け取った深雪が窘め、菜々美は担当してくれた先輩のエンジニアに対して頭を下げていた。そこに英美が一言を加えた。

 

「ナナ? 自分の未熟をCADのせいにしちゃダメよ?」

「えへへ、はんせーい」

 

 そのことで声のボリュームは些か落ちていたが、それでも達也を称賛する声が止むことはなかった。そして、止めと言わんばかりの女子生徒の一人が発した「司波君を譲ってくれた男子には感謝ですね」という言葉に森崎がやや乱雑にグラスをテーブルに置き、何も言わずに食堂を去って行った。

 

「……追わなくていいんですか?」

「悪い奴じゃないのは分かってるが、こればかりはなぁ……森崎自身でケリを付けるべき問題だから、自分が口出しするわけにもいかないだろう」

 

 モノリス・コードに対して闘志を燃やしてくれるのはいいことだが、空回りしすぎるのも問題である。森崎はスピード・シューティングで真紅郎に敗れているので、その辺も加味すれば十分に行けるとは信じたいが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 魔法競技は非魔法スポーツ競技ほど性差は大きくない。何が言いたいのかと言えば、九校戦の新人戦が男女別になったのは今年からだ。

 男女混合とはいえ、身体能力が大きく影響するクラウド・ボールやバトル・ボードでは男子選手、そうでないアイス・ピラーズ・ブレイクやスピード・シューティングでは女子という棲み分けがある程度できていた。そのセオリーを無視するように出場して優勝する人間もいたりするが、それは置いておく。

 

 男子競技と女子競技では、どちらの人気が高いか。

 自ずと女子競技に一般客が集まり、男子競技に軍・警察・消防・大学などの関係者が集まる傾向になる。 

 では、今年の新人戦の場合はと言うと。

 

「凄い人ねえ……」

「確かにな。男子の方も満員らしい」

 

 混雑とは縁のない、大会参加者の観覧席から観客席を同情の眼差しで見ていた真由美と摩利。

 九校戦6日目、新人戦3日目。コンディションの公平を期すために試合順がひっくり返されているが、そうなると準決勝(三回戦)の第1試合が男子と女子で同じ一高の生徒―――悠元と深雪の試合が重複する形となる。

 だが、昨日とは異なり、既に決まっている第1試合のプログラムや試合方針を変更することは難しいため、観客はどちらを見に行くべきかと迷う人も多かった。

 

「真由美はあっちを見に行きたかったんじゃないのか?」

「それはそうだけど……昨日の2試合を見ただけでも、悠君の非常識ぶりが凄かったもの」

 

 世界屈指の精密射撃能力を有する真由美でも、悠元の魔法制御能力は最早世界トップクラスであると感じていた。特に二回戦で見せた魔法は、系統が異なるであろう12個の魔法式にプラスして硬化魔法を駆使するという同時行使を見せていた。

 七草家でも現状8個が限界の多種類多重魔法制御を、彼は2桁の領域に乗せている。これだけでも三矢家の人間が今までの常識を覆した形だ。あれ以上がまだあるというのなら正直自信がなくなりそうで、真由美は女子の試合を観戦しに来ていたというわけだ。

 

「向こうは父が見てるだろうし、正直頭が混乱しそうだったから……」

「言わんとしていることは分かるがな……本人の前で絶対に言わない方がいいぞ」

 

 それならば、まだ安心できるレベルの深雪の試合を見た方がいい、という真由美の言葉に摩利は同意していた。向こうに関しては克人が観戦するということなので、大袈裟に聞こえるかもしれないが、せめて克人が無事であることを祈るぐらいしかできなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 男子アイス・ピラーズ・ブレイク準決勝第1試合。その試合は驚愕に包まれていた。

 悠元はこれまで2つの魔法を披露していたが、彼はそこから3つ目の攻撃魔法を披露した。無論、試合結果は無傷での勝利を収め、決勝リーグ進出を決めていた。それを観客席で見ていた幹比古は驚きを隠せなかった。

 

「……」

「吉田君? 大丈夫ですか?」

「え? あ、うん……大丈夫だよ。(驚いた……まさか“竜神”を呼び出すなんて……いや、昨日のアレはそれよりも高位の神霊だった。それに比べれば楽なんだろうけれど……)」

 

 幹比古は悠元からのメールの「準決勝でお前にとっておきを見せるから」という文言を見て、男子の試合を見に来ていた。美月は昨日の悠元の試合を見て、霊子の力に慣れようという思惑もあって幹比古と同席し、それにレオとエリカが合わさった形だ。

 自分が『星降ろしの儀』で制御に失敗した“竜神”を完全な制御下に置くという神業に幹比古は驚いていたが、先日見た彼の訓練風景からして、それを使いこなすまでにかなりの練習を積み重ねたことは確かだった。

 

「何よ、ミキ。悠元に対抗心でも抱いたの?」

「僕の名前は幹比古だ! ……そうかもしれないね。その意味で、僕も未熟なんだと思う」

 

 悠元と初めて会った時、彼の力を軽視していたのは自分の方だった。それが、気が付けば彼に追い越されていた。

 天才という自負が逆に自分自身の限界を決めつけていた。彼はそのことを自分に伝えたかったのかもしれない、と思うのは自分勝手な考えだな……と幹比古は思わず苦笑してしまった。

 

「しっかし、あれだけの魔法を成功させちゃう悠元が恐ろしいわね」

「ま、4月の時にとんでもない離れ業をやってのけたから、何となく納得できちまうが」

「って、アンタは悠元の魔法を見てたんなら言いなさいよ!」

「無茶言うな!」

「まあまあ、二人とも」

 

 実際に複数人相手に『蓮華』でテロリストを鎮圧した光景を思い出しながらレオが話すと、そのことを知らないエリカがレオに詰め寄った。それを見た美月が2人を窘めるという光景に、幹比古は別の意味で笑みを漏らしたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元と深雪がそれぞれ試合をする前に、少し遡る。

 達也と深雪はアイス・ピラーズ・ブレイクの控室に向かう途中、2人の第三高校の生徒と遭遇する。達也はその2人の顔ぐらいは知識として知っている程度のものだが。

 すると、大柄な方の男子生徒が声を上げ、小柄な男子生徒も声に出した。

 

「第三高校1年、一条将輝だ」

「同じく第三高校1年、吉祥寺真紅郎です」

 

 将輝の挨拶は、初対面の相手に対してとても友好的なものとは思えなかった。だが、達也は不思議と不快感を覚えなかった。将輝自身、リーダーとして振る舞うことが当たり前と言う、その風格を彼から感じとれた。

 続けて真紅郎から放たれた言葉は、どこか挑戦的な雰囲気を覗かせていた。

 

「第一高校1年、司波達也だ。それで、『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が何の用だ?」

 

 達也も初対面の相手に使うような言葉ではなく、普段通りの言葉遣いを選んだ。害意でも悪意でもないことは確かであった。というか、同じ十師族の燈也や悠元ではなく、自分に視線が向けられたことに警戒も含んで達也は相手の言葉を待った。

 

「ほう、俺のことだけでなくジョージのことまで知っているのは話が早い」

「司波達也……聞いたことがない名ですね。ですが、もう忘れることはありません。恐らく、九校戦始まって以来の天才技術者。試合前に失礼かと思いましたが、僕たちは君の顔を見に来ました」

「弱冠13歳にして『基本(カーディナル)コード』の一つを発見した天才少年に『天才』と評価されるのは恐縮なことだが……確かに“非常識”だ」

 

 真紅郎は先日のスピード・シューティングで燈也に敗れているが、敗戦のショックは見られないということだけでも、かなりのメンタリティーの持ち主だということは見て取れた。

 お互いに逆上とまではいかないものの、確かな意志を持って、敵として構えている。

 

「深雪、先に準備しておいで」

「分かりました」

 

 少なくとも、この場で用件があるのは自分だけだ、と判断して深雪にそう述べると、彼女はそれに頷いて2人の横を通り過ぎた。その姿に将輝は目を奪われるが、その視線の行動は達也からの問いかけで遮られる形となった。

 

「……『プリンス』。試合の準備はしなくていいのか?」

「……僕たちは明日のモノリス・コードに出場します。君はどうなんですか?」

 

 真紅郎は男子スピード・シューティング準優勝であり、将輝は男子アイス・ピラーズ・ブレイクの優勝候補の一角。将輝を“筆頭候補”と評さなかったのは、悠元の一回戦と二回戦で見せた戦績のせいで悠元が優勝筆頭候補としてメディアが取り上げたからであり、達也自身がそう評したわけではない。

 そんなことはともかく、モノリス・コードに各校のエース格が揃うのは当然のことなので、真紅郎は達也がエンジニアを担当するのだろうと推察していたようだ。

 

「そっちは担当しない」

「そうですか。いずれ、君の担当する選手たちと戦ってみたいですね。無論、勝つのは僕たちですが」

 

 明らかな挑発というべきなのだろうが、達也からすれば「それは、悠元という存在を認識した上で言っているのか?」と問いかけたかったが、そんなことを一々聞いて準備の時間を減らしたくないため、敢えて聞かないことにした。

 「時間を取らせたな、次の機会を楽しみにしている」と将輝が言って、2人は達也の横を通り過ぎて行った。達也は振り返ることなくそのまま控室に入って行った。

 




5日目と6日目の内容を含んでいますが、6日目ということで。

補足説明的に述べると、後半の宣戦布告には将輝の心情が関わっていますが、その辺は後で触れます。
またの名を話のネタ稼ぎ。

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