魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦六日目②

 達也が将輝と真紅郎の非常識な来訪を受けた後、そのまま控室に入った。普段と変わらない様子でCADを調整したが、そんな達也に深雪が問いかけた。

 

「結局、彼らは何をしに来たのでしょう?」

「大方“宣戦布告”のような雰囲気を漂わせていたが……彼らは選手で、俺はエンジニアだ。魔法師として既に評価を確立している二人が悠元や燈也に宣戦布告するならまだ分かるんだが……」

 

 正直言って、達也からすれば彼らよりも格下の実績になってしまうと思っていた。だが、達也が見ているのはあくまでも「九校戦の前まで」のお互いの実績であり、自分がエンジニアを務めた実績は「選手の頑張りによる結果」だと思っていた。

 謙遜ではなく、本気でそう思っている兄に対し、深雪は深い溜息を吐いた。

 

「彼らがお兄様に対して向けていたものを気付かれたのは流石ですが、お兄様は些か自己評価が低すぎます。いえ、この場合は戦況の誤認ともいえるでしょう。お兄様がどれだけ注目され、意識されているのか。他校がお兄様の技術と戦術に対抗心を燃やしているのか、もう少し客観的に意識なさるべきかと思いますが……先日、私に対して言ったことをそのままお返しいたします」

 

 先日、達也が深雪に対して悠元への感情を気付く様に言い含めたのだが、それを別の形で返されたことに達也は思わず目を白黒させていたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 男子アイス・ピラーズ・ブレイク準決勝終了後、将輝と真紅郎はお互いに真剣な表情を浮かべていた。それは、男子の決勝リーグで対戦することになる相手―――第一高校1年の三矢悠元のことだった。

 将輝からすれば、楽に勝てる相手ではないということだけは理解していた。何せ、ここまで自陣の氷柱(ピラー)を一切壊されることなく完封せしめていた。何よりも、将輝の目の前にいる参謀の真紅郎の表情がいつになく真剣だった。

 

「ジョージ、どう見る?」

「……将輝、かなり残酷なことを言うことになるけど、覚悟はある?」

「え? ……ああ、無論だ」

 

 真紅郎にしては珍しい前置きである、と将輝は思いつつも真紅郎の真剣な表情を見た上で頷く。それを見てから真紅郎は端末の画面を見せた。そこに表示されたのは、一回戦から三回戦までに使用された彼の魔法の分析結果だった。

 

「攻撃魔法に関してだけど、正直現代魔法では再現できないところを見るに古式魔法の一種で、恐らく生半可な障壁魔法では破られる。むしろ問題なのは防御魔法の方だ。彼はおそらく、氷柱の水素結合自体を対象として硬化魔法を使用している」

「水素結合に硬化魔法だと? そんなことが可能なのか?」

「相手の振動魔法による温度変化でも一切融けなかったところを見ると、間違いないと思う」

 

 真紅郎はたかが硬化魔法だけでも鉄壁の防御力を誇っているという点を指摘したかったわけではない。氷柱が気泡などを含まず、一切融けていない状態へ変化させられることによる一番の懸念を口にした。

 

「そして、一番の問題は―――『爆裂』を使用不能の状態にさせられることだ」

「っ!?」

 

 一条家の秘術『爆裂』は液体を急速に気化させる発散系魔法。アイス・ピラーズ・ブレイクで『爆裂』が使えるのは、氷柱が外気温によって溶けたことで生じた水を対象としているからである。相手フィールドに液体が存在しない場合、『爆裂』は封じられたも同然となる。

 それで破れないのなら、圧縮空気による破壊も極めて難しくなると真紅郎は読んでいる。

 

「そうなると、勝つためには……」

「試合開始直後に魔法力の全てを注ぎ込んで『爆裂』を発動させる。彼は多分、決勝では領域干渉も使ってくる可能性があるから、速攻で破壊できなかった時点で将輝の負けが確定する……博打みたいな作戦だけど、どうする?」

「やるしかないんだろう? なら、やってやるさ」

 

 男子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグは悠元と将輝、それと三高の1年の三人である。この時点で同じ三高同士による消耗を避けるため、将輝が不戦勝によって1勝を確保している状態。もう一方の悠元は二連戦を余儀なくされる。

 フェアな条件とは言えないが、これも勝負であると将輝は割り切った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 第一高校の天幕は、ある意味お祭り騒ぎとなっていた。

 女子アイス・ピラーズ・ブレイクでは三名全員が決勝リーグ進出し、女子バトル・ボードもほのかが決勝進出して、一名が3位決定戦に進出。男子アイス・ピラーズ・ブレイクは悠元が決勝リーグ進出を決め、男子バトル・ボードでは鷹輔が3位決定戦に進んでいた。

 

 ただ、1年生男子選手の半数以上は一緒に浮かれることができずにいた。

 いつも通りにやれば女子に見劣りしない成績を収められるだけのメンバーがいながら、気負いによる空回りでミスを連発して敗退、ますます焦りを募らせるという悪循環に陥っていた。

 

 そんな中、女子アイス・ピラーズ・ブレイクの選手である深雪、雫、英美は天幕ではなくホテルのミーティングルームに呼ばれていた。そこで真由美から、というよりも大会委員会から3人を「同率優勝」にしてはどうか、という提案がされた。

 それを聞いた瞬間、達也の脳裏によぎったのは「大会委員会が楽をしたいからと言うのが見え見え」であった。真由美としても、同率優勝で落ち着かせようという考えを読み取りつつ、エンジニアとしての冷静な分析を述べた。

 

「正直に言いますと、明智さんのコンディションはこれ以上の試合を避けた方がいいでしょう。準決勝は激戦でしたので」

「……司波君の仰る通りですので、私は棄権します」

 

 英美の三回戦の相手は栞だった。緻密な制御で翻弄する栞に苦戦するも、『インビジブル・ブリット』を駆使して何とか勝利を収めたが、現状は辛うじて普通に歩けるレベルだ。

 達也の指摘は非常に的確であり、英美自身も同率優勝に関しては辞退する考えを真由美に伝えた。それを見た真由美は視線を雫に向けた。

 

「私は……戦いたいと思います。深雪と本気で競うことのできる機会が、この先何回あるか……。私は、そのチャンスを逃したくないです」

「そう……深雪さんは、どうかしら?」

 

 偽らざる雫の、魔法師として深雪に挑みたいという気持ち。それを聞いた真由美は深雪にどうしたいのかを尋ねた。 

 

「北山さんが私との試合を望むのであれば、私にそれをお断りする理由はありません」

 

 深雪も、雫との戦いに対して拒否は示さなかった。いや、深雪としても雫との戦いを望んでいた。この両者にある想いは、きっと譲ることのできないものだった。

 午後一番の試合になるということで真由美が大会委員会へ報告するために部屋を出た。英美に続いて出ていこうとする深雪を雫が呼び止めた。

 

「深雪。少し、話がしたい……いいかな?」

「雫……ええ、いいわよ。お兄様、準備はお願いいたします」

「……分かった。あまり長話はするなよ?」

 

 英美は首を傾げたが、達也は話の内容を察したのか、あまり長くならないようにと釘を刺す感じで述べた後、部屋を出ていった。ミーティングルームで向かい合う深雪と雫。一拍置いた後に、雫は問いかけた。

 

「深雪は、悠元のことが好きなんだよね?」

「―――ええ。悠元さんのことは好きよ。いえ、“愛している”と言う方がいいのかしらね。でも、それは雫も同じなのでしょう?」

「勿論。私も悠元のことを“愛してる”って言えるぐらいに好き」

 

 深雪と雫はお互いに悠元への感情に気付いていた。厳密には、最初に悠元への恋愛感情を見せたのは雫で、そこから深雪が自分の抱いている感情に気付いた。

 

「スピード・シューティングの練習も、ピラーズ・ブレイクの学校外練習の時も、正直に言って嬉しかった。でも、深雪には申し訳ないかなって、思ってた」

「雫……私自身、それを聞かされてすごく動揺してた」

 

 それ以前から悠元に対して、お互いにやきもちのような仕草を見せていたので、それとなく察しつつはあったが、お互いに尋ねることはしなかった。

 

「……ちょっと意外」

「あら、雫。私だって何事も完璧にこなせる訳がないわ」

 

 練習期間中、深雪は悠元と雫が上泉家で練習しているのを達也から聞いたとき、どこか落ち着かなかった。自分自身のシミュレーションでも制御力の乱れから達也に制止されることも少なくなかった。ミラージ・バットの時も、それを思い出してしまっていた。それほどまでに、深雪は悠元に対して恋愛感情を抱いていることに気付いた。

 そして、それは雫も同じだった。

 

「悠元が他の女の子と仲良くしてるのを見て、すっごくモヤモヤするような気分だった。それがやきもちだって気付いたのは襲われた後になる。深雪とは仲の良いクラスメイトだから、下手に聞けなかった」

「それは私も同じよ、雫。……お互い、似た者同士かもしれないわね」

「そうかもしれない。朴念仁な男性に惚れたって所も……悠元が相手じゃないけど、ほのかは苦労しそうだね」

 

 雫の言葉に自分の兄のことが真っ先に思い浮かび、確かにそうである、と深雪は思わず笑みを漏らした。そう述べた雫も微笑んでいた。すると、その二人に対して女性の声が聞こえてきた。

 

「あらあら、青春っていいものね」

「えっ!?」

「……いつの間に」

 

 深雪と雫が思わず身構えてその声の方向を見やると、サングラスを掛けた一人の女性がいた。見るからに20歳代のようだが、扉から入ってきた様子が見られなかった。警戒させちゃったな、と女性はバツが悪そうな笑みを浮かべつつ二人に問いかけた。

 

「大丈夫よ。別に怪しいものじゃないから。そうね……貴方たちの母親の知り合いよ」

「お母様の、ですか?」

「お母さんの?」

 

 その女性の言葉に、深雪と雫はそれぞれの母親の姿を思い浮かべた。すると、女性はそんな二人に対してこう問いかけた。

 

「唐突に質問だけど、二人は三矢悠元君のことが好き、という解釈で間違ってないかな?」

「……ええ、そうですけど。貴女は誰なのですか?」

「あー、自己紹介してなかったね」

 

 唐突にそんなことを聞かれても警戒するのは当たり前だろう、と失念していたように笑うと、女性はサングラスを外して自己紹介をする。

 

「私は神楽坂家現当主、神楽坂千姫といいます。そして、悠元君の婚姻に関わっている一人だよ」

「神楽坂家……雫は知っているかしら?」

「確か、陰陽道系古式魔法の家ってお母さんから聞いたことがあるぐらい。詳しい事は何も知らないけど」

 

 色々突拍子もない言葉だらけで、正直理解が追い付いていない深雪と雫ではあったが、雫が記憶の片隅にあったことを呟くと、千姫が笑みを零した。

 

「お、紅音(べにお)ちゃんの娘は知ってたみたいだね。それで、二人に提案があるんだけど……決して悪い話じゃないし、疑問に思うなら後で二人の母親に聞いてみなさい」

「……深雪、どうする?」

「……先程、悠元さんの婚姻に関わっていると聞きましたが」

「ホントだよ。三矢の現当主との約束で、上泉家と神楽坂家が取り仕切ってるからね」

 

 その後、千姫から提案されたことについて、深雪と雫はその話を受けることとなった。それを聞いた千姫が扉から普通に出て行ったあと、雫は一息吐いた上で深雪に向き直った。

 

「深雪。本気で勝負してほしい」

「勿論よ、雫」

 

 お互い真剣な表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうな表情を見せていた。というか、相手が相手なだけにお互い苦労しそうなのは、今に始まったことでもないからだ。

 

「へっくし!!……夏風邪でも引いたかな?」

 

 一方、悠元はそんな会話が繰り広げられていることなど知る由もなく、盛大なくしゃみをしたのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 九校戦の2週間前、悠元は達也に呼び出されていた。

 アイス・ピラーズ・ブレイクの練習とモノリス・コードの戦術についての確認に加えて、生徒会の仕事で追われていたため、流石の悠元も若干疲れ気味であった。その様子に達也は少し悪いと思いつつも、頼むとしたら悠元以外に思い付く人がいなかった。

 

「雫のアイス・ピラーズ・ブレイクの練習に付き合ってやってほしい?」

「ああ。頼めるとしたら悠元しか思い浮かばなかったんだ。忙しいところで済まないとは思うが……」

 

 達也は悠元に、雫が本気で深雪に勝ちたがっている、ということを伝えた。雫と深雪は細かな系統こそ違えど“振動系”を得意とする。その意味で雫の得意とする振動加速系―――『共振破壊』と深雪の得意とする振動減速系の戦いでは、正直に言って勝ち目がないということも雫は理解していた。

 

「だが、俺は雫だけじゃなくて他の選手の面倒も見ないといけない」

「それは尤もだし、理に適ってるな。で、俺に頼むのは『共振破壊』を弄るのか? それとも別方向の技術か?」

「俺とお前の共通したCADの使い方、と言えば分かるだろう?」

 

 達也の言葉で悠元は雫に何をしてほしいのか納得した。悠元はそういう使い方を滅多にやらないし、達也の前で滅多に見せたことはないが、それぐらいは出来ると読み切った達也の洞察力に両手を挙げて降参のジェスチャーを見せた。

 

「やれやれ、そんな使い方なんてあまり見せてないのに……ああ、3年前のことを思い出したのか」

「ああ、そうだ。それで、どうだろうか?」

「分かった。そしたら、学校外の練習になるから……効率がいいのは上泉家の別宅だから、出発前日まで司波家には帰れそうにないな。それでもいいなら引き受けるが」

 

 この時は達也も雫の熱意に応えてやりたいと思い、悠元の条件を呑んだ。これが引き金となって深雪の機嫌が暫く悪くなってしまい、それを諌めるために、達也は悠元にアイス・ピラーズ・ブレイクで使う深雪専用の魔法を頼んだのであった。

 正直に言って、達也は自分の妹がここまで特定の異性に対して感情を出していることは嬉しいことなのだが、彼に必要以上の負担が掛かりすぎないか少々心配していたのだった。 

 




色々なフラグ山積みの巻

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