RE:2のクレア編にて、Gにやられたタイラントを見て何か納得できず、モヤモヤした結果執筆に至った話

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この短編小説には以下のバイオ作品の要素が含まれています。
・バイオハザード RE:2
・バイオハザード オペレーションラクーンシティ
・ガンサバイバー4


暴君の再誕

 タイラントシリーズ――通称「T」シリーズと呼ばれるカテゴリーを指すその生体兵器はT-ウイルスと呼ばれるウイルスを投与した人間に様々な肉体強化を施して製造される究極のB.O.W.(Bionic Organic Weapon)の総称である。英語やギリシャ語で「暴君」を意味し、その名の通り圧倒的な戦闘能力と暴力性、そして生命力に加え、任務を遂行する兵士としての行動が可能な知能をも有する。

 T-ウイルスに感染した人間は、通常、様々な症状が出る共に最終的には脳の前頭葉を破壊され、急激な知能の低下、そして代謝促進によって生じる極度の飢餓感により、理性を失い食欲だけの(グール)――通称、ゾンビと呼ばれる存在になり果ててしまう。

 しかし、稀にこのT-ウイルスに完全に適応する人間も一千人の内に一人の割合で存在し、そういった者はゾンビ化せずに人間としての知能を保ったまま超人的な能力を得る事ができる。この完全適応者の肉体に様々な遺伝子改造や肉体強化を施して製造されるのがこのタイラントシリーズである。

 この生物兵器を生み出した製薬会社「アンブレラ」が知覚する限りでは、このTウイルスに対しての完全適応を見せた人間はたったの二人。

 一人のアンブレラの幹部であるセルゲイ・ウラジミール。もう一人は「タナトス」と呼ばれるタイラントの素体となった黒人男性である。

 特に前者のセルゲイ・ウラジミールに関しては本人の予てよりのアンブレラへの忠誠心により、ウイルス適合者たる本人のクローンが、以降のアンブレラの量産するタイラントの素体として製造されていく事となる。

 

 まずは最初に作られたタイラント「T-001」、通称プロトタイラントとよばれるアークレイ研究所で製造されたタイラントの試作品第一号であり、当初の目的であるTウイルスによる身体能力向上の段階を見事突破した個体である。

 次にプロトタイラントでは失敗してしまった複雑な任務を遂行する知性の維持に成功した完成品第一号の「T-002」。

 そしてついに量産型と呼べる形態に至った「T-103」、通称、量産型タイラント。T-002のデータを元により人型近づける事に成功したタイラントである。

 

 今回、バイオハザードの発生したこの大都市ラクーンシティにおいてこのT-103タイラントが複数体投入される事となった。

 5体程はGの回収を目的とする米軍特殊部隊「SPEC OPS」を迎え撃つために、さらにはGの回収やソレに関する情報、またはラクーン事件の真相を知る生存者の始末の為に2体程。

 さらにはアンブレラに多大な打撃を与えたラクーンシティ警察の特殊部隊「S.T.A.R.A.S(Special Tactics And Rescue Service)」の生き残りの抹殺の為に送り込まれた、寄生生物「Ne-α」を注入された「ネメシス-T型」と呼ばれる個体。

 

 当町の研究所にて保管されていた2体や、その他の目的で投下された個体も含め、10体以上ものタイラントがこのラクーンシティの地で暴れる事となった。

 

 

 

 肉を求めて彷徨う死者が跋扈する死都と化したラクーンシティ。そのシトシトと降る雨に打たれている夜の町中を歩く異様な影があった。

 見た目はトレンチコートを着たスキンヘッドの人間であるが、その3メートル近くにも及ぶ巨体、瞬き一つとすらしないその無表情から放たれる威圧感は大凡人の物では無く、この死都と化したラクーンシティの中で跋扈するゾンビ達やその他の怪物と比べて尚も、その影は異彩を放っていた。

 影は人間ではない。正確には人間だったもの。

 ラクーンシティに投下されたT-103タイラントの内の一体である。

 この個体のタイラントにプログラムされた命令は二つあった。一つはTとはまったく別のウイルス兵器、G-ウイルスの回収。そして今起こっているこのラクーンシティのバイオハザード事件に関する情報やその証拠人となるであろう人物の抹殺である。

 それらの目的をプログラムされた二体の内の、その片割れが今、ある一人の生存者を追跡していた。

 

 ラクーン警察署の駐車場でその人物――見た目は赤い衣服を身に纏った女性――が駐車場の鉄格子のシャッターの出口を開ける所を発見し、その人物をこの個体のタイラントは追っていた。

 追跡対象は一般人とは違い、何か特殊な訓練を受けていたのか、見事な手際でこのタイラントからの追跡を撒いたのだった。この視界の悪い町並みもあってか、タイラントは一時期標的を見失っていた。

 しかし、路地へと続く扉が開けられていた事をきっかけに、タイラントは再び標的の足取りを掴み、追跡を再開した。

 邪魔なゾンビを踏み潰しながら、ドアの倒れた路地の入り口へと入り、鉄格子の通路へと続く階段を上る。

 その巨体通りの重量により通路を支える柱がギシギシと鳴り響くが、彼はそんな事など気にしない。今の彼にとって、標的の抹殺以外に何の意味も、興味もない。

 通路を暫く歩くと、金網に囲まれた広場(コート)を見渡せる位置に立った。タイラントは通路の階段を降り、そこにいた邪魔な女性のゾンビを殴り飛ばし、ゴミ箱を飛び越える。

 

 ワンッ! ワンッ!

 

 近づいてくる獲物の匂いを嗅ぎ取ったのか、金網の向こうからゾンビ犬の威嚇の遠吠えがタイラントの耳に入るが、彼はソレを意に介さない。

 ゾンビ犬の鳴き声に一切の臆する様子も見せず、タイラントは金網の扉を開け、コートへと入っていく。

 横転する車が並ぶ通路を突き進むと、その先には先ほど吠えていたゾンビ犬が待ち構えていた。

 しかし、タイラントは意に介さず、さらにバスケットコートへと続く金網扉を目指して歩を進めた。勿論、ドーベルマンのなれの果てたるゾンビ犬は、一見隙だらけに見えるこの巨漢の男に噛みつかんと飛びかかるが、タイラントはまるで邪魔な障害物をどけるかのように、飛びかかってきたゾンビ犬に裏拳のカウンターをたたき込む。

 その豪腕により繰り出された一撃は華奢な犬の体を遠くへと吹き飛ばし、吹き飛ばされたゾンビ犬は横転した車の窓ガラスへと衝突する。

 その衝撃によりゾンビ犬の体は窓ガラスにめり込み、皹ができる。皹の筋には叩き付けられたゾンビ犬の血液が川のように流れ、ゾンビ犬はそのまま動かなくなった。

 その様子を確認するまでもなく、タイラントは金網扉を開け、バスケットコートへと入る。途中、そのコートにいたゾンビ犬にまたもや飛びかかられるが、タイラントはその飛びかかってきたゾンビ犬の頭を難なく鷲掴みにし、そのまま握りつぶした。

 動かなくなったゾンビ犬をコートの中央へ打ち捨て、更に町の道路へと出る金網扉を開けると、更に5匹ほどのゾンビ犬の群れがタイラントに牙を向いてきたのだった。

 

 先ほど獲物を取り損ねたからだろうか、ゾンビ犬たちの機嫌は一層悪く、その矛先はあろう事か偶然、同じ獲物を追っていたタイラントへと向けられた。

 しかし、元よりタイラントは毛ほどの興味もゾンビ犬たちに対して示さない。

 彼の視線は道路を封鎖しているバリケードや雑並した車の向こうに見える孤児院。標的が逃げ込む所があるとするならばおそらくあの孤児院であろうと判断したタイラントは、邪魔なバリケードや車を蹴り飛ばし、無理矢理孤児院への道をこじ開ける。

 

 悪趣味な動物の似顔絵が描かれた孤児院の門を目指して真っ直ぐ歩くタイラントの背後から、ゾンビ犬の群れが襲いかかる。

 それに対してタイラントは振り返る事も無く、後ろから飛びかかってきたゾンビ犬に裏拳を見舞う。裏拳を食らい吹き飛ばされたゾンビ犬はそのまま後続のゾンビ犬に衝突し、二匹同時に息を引き取った。

 T-ウイルスに感染した事により人間で言うところの理性を失ったゾンビ犬は、仲間の死に思う事すら無く、残る三匹がタイラントの背後から飛びかかった。

 ここに来て、ようやくタイラントはゾンビ犬を障害と見なしたのか、即座に後ろを振り向き、目の前に飛びかかってきた一匹のゾンビ犬の頭を鷲掴みにする。

 あまりの握力に、そのゾンビ犬は先ほどの凶暴な鳴き声とは打って変わり、感染前と変わらぬ弱めいた鳴き声を上げながらなんとか逃れようと足掻くが、その行動は意味を成さない。

 

 グシャッ、とゾンビ犬の頭が潰れた。

 

 その隙にもう一匹のゾンビ犬が、タイラントのもう一方の腕に噛みつくが、タイラントはその噛みつかれた腕をゾンビ犬ごと孤児院の門に叩き付けた。

 ガシャン!、という轟音を立て、内側から錠がかけられていた筈の門は、叩き付けれたゾンビ犬ごと吹き飛んだ。

 強引に孤児院への道をこじ開けたタイラントは、飛びかかってきた最後のゾンビ犬を地面に叩き付け、そのまま踏み潰す。まるでトマトを踏み潰すかのように、ゾンビ犬の体は臓物をまき散らしながら弾けた。

 己の障害の排除を確認したタイラントは、そのまま孤児院の庭へと入り、建物の扉を開けた。

 

 

 

 行方不明の兄、クリス・レッドフィールドを探すためにこのラクーンシティを訪れたクレア・レッドフィールドは現在、この妙に荒れ果てた孤児院の中を捜索していた。あのしつこいミスター・X――クレアが勝手に命名してそう呼んでいる――からの追跡を逃れ、アイアン署長の要求の通り、シェリーの落としたペンダントを携えてこの孤児院を訪れたのだが、肝心の外道署長は腹の中から得体の知れないナニカを生んだ直後に息を引き取ってしまった。

 

「ウソでしょう……?」

 

 いつか兄と一緒に見たSFホラー映画の再現のような場面に出くわしたクレアはその場で吐きそうになりつつも、この署長が自分から攫っていった少女、シェリーの安否の確認を優先し、こうして孤児院の捜索を行うことにした。

 腹に穴を開けたまま倒れた署長の遺体を跨ぎ、その曲がり角の先にあった院長室へと入る。

 さっきの署長の様子といい、ここで一体何があったのか、院長室は妙に荒れていた。花瓶や陶芸品の類いなどが散乱し、更に酸性の液体の瓶の物と思われる破片が散らばり、極め付きには生身の人間を使ったとおぼしき剥製人形までもが転がっていた。

 

「もしかして、これがあの男の趣味?」

 剥製の人形を見つめ、クレアは後ずさりしながらそう呟く。同時にこうも思った。

 ――レオン、貴方ここに来ない方がよかったかもしれないわよ?

 この町の惨状を考えればソレは誰にでも当てはまる事ではあるが、クレアが考えているのは町の惨状では無く、この町の警察組織R.P.D.に関してである。

 クレアの窮地を救ってくれたマービンという警察官はよき人間であったが、署長がこれでは……と、そんな思いを抱きつつ、この荒れた部屋の捜索をしていたら、部屋の奥に地下へと下ろされているハシゴが目に入った。

 

「……ビンゴね」

 

 己を勇気づけるようにクレアは呟く。あの署長の話が本当であるのならばあの時点でシェリーはまだ無事だった筈だった。

 この孤児院の中は少なくともクレアが見知する限りでは隈なく捜索した。もしシェリーが今も無事であるのなら、逃げ込む先は間違いなくこの下に違いないと……クレアはそんな希望的観測を抱いた。

 

「とにかく、行ってみましょう。無事でいて、シェリー」

 

 少女の無事を祈りながら、クレアはハシゴに手をかけ地下へと降りてゆく。

 降りた先には、ゴミ袋や朽ちかけの木の板、錆の付いたドラム缶など、様々な廃材が置かれた通路に出た。こんな所に隠れる子供など今時いないだろうと思いつつも、クレアは通路の階段を下りながら叫んだ。

 

「シェリー! どこなの!?」

 

 大声で少女の名を叫ぶ。

 一見、余裕のある大人が隠れている子供に呼びかけるような声音であるが、クレアの内心はそんな穏やかではない。空軍出身である兄譲りの正義感と優しさを併せ持ったクレアは、とにかくこの地獄のような町の中を必死に生き続けたシェリーが心配で堪らないのだ。

 ――ああ、神様お願い。どうか、どうかあの子がここに隠れていますように……!

 柄にも無く内心で神に祈るクレアであったが、幸いにもその願いは届いた。

 

「クレア!?」

 

 聞き覚えのある少女の声が、クレアの耳に入った。

 クレアは急いで通路の階段を降りる。その先には金網の向こうの見覚えのある少女の影があった。

 

「シェリー!」

 

 それを見たクレアは思わず歓喜のあまりシェリーの名を叫ぶ。

 ――ああ……神様、有り難うございます!

 心の中で神に感謝しながらクレアは、急いで金網の方へと駆け寄る。両者は金網越しに数時間ぶりの再会を果たした。

 

「シェリー、大丈夫だった?」

 

「うん……何とか」

 

 少女――シェリーは幾ばくか安堵したような様子を見せつつも、その体には大量の冷や汗が、そして瞳には不安と恐怖で揺れているのがすぐに分かった。それでも、少女はなんとかクレアの前で気丈に振る舞おうとしているのだ。

 ――きっと……この子も戦っていたんだわ。ここに、私が来るまで色々。

 あの署長の様子といい、ここに隠れていた事といい、きっと自分が来るまでに色々あったのだろうと想像する。

 

「待っててね、今そっちに行くわ!」

 

 ひとまずシェリーの無事に安堵しつつ、クレアが金網の向こうへ回り込もうとした、その時だった。

 聞き覚えのある轟音が、クレアの耳に響いた。

 その音に、クレアは一瞬だけ硬直する。

 

(まさか……)

 

 いやまさか、あの巨体でここまで追ってくる事などある物か、とクレアは冷や汗を搔く。しかし、自身の背後にいるナニカを見つめて悲鳴を上げるシェリーを見て、そして背後から聞こえる、大凡人が発する物ではない重量の足音が聞こえると共にソレを認めざるを得なかった。

 ミスター・Xが、自分の来た道を追ってここまでやってきたのだ。

 

「シェリー! 急いで!」

 

 来た道は既にあの大男が塞いでいる。クレアは金網の向こうにあった通路を指さし、シェリーに叫ぶ。クレアの指示通りにシェリーはその道へ逃げ込む。クレアもまた自身らを追ってくるトレンチコートの大男を一瞥した後、金網を回り込んで同じ通路に逃げ込む。

 

 後ろから、金網が壊れる音が聞こえた。

 コンクリートの壁を粉砕する存在だ、金網の壁を吹き飛ばすくらい造作もないだろう。

 

「クレア! 後ろにいる!」

 

「分かってるわ! 止まらないで!」

 

 そう、あいつ相手に止まってはいけない。

 探索するときは必ずアイツを撒かなければならない。

 そしてまともに戦っては駄目だ。

 一度は、あのスキンヘッドの頭に銃弾長時間浴びせ続ける事であの巨漢に膝を付かせられる事ができたクレアであったがものの数分でアレはまた立ち上がり、再びクレアを追ってきたのだ。あれはまともに相手をするだけ時間の無駄であるのだとクレアは思い知っていた。

 

 通路の先には更に下へ行く階段があり、シェリーとクレアは迷わずそこを走って行った。何故孤児院にこのような地下通路があるのか疑問に思う暇は二人にはなく、ただひたすらあの恐ろしい巨漢から逃げるために足を動かした。

 足音からしてさして距離を離せてはいない。

 

「早く!」

 

 前にいたシェリーが後ろにいるクレアにそう叫ぶ。

 

「走って!」

 

 後ろにいたクレアもまた自分に構わず行けとシェリーに急かす。

 やがて階段を降り、右角に続く通路を曲がると、そこには何処かの施設に繋がっているとおぼしきエレベーターの入り口があった。

 如何にも怪しいエレベーターであったが、ソレに構わず二人はソレに飛び込んだ。

 

「シェリー、早く!」

 

 シェリーがエレベーターにいる事を確認したクレアは、エレベーターの扉を閉じるボタンを押す。

 格子状の金属の扉が、巨漢の男と、二人の境界線を分かつと思われたその時だった。

 完全に閉じた筈のその扉を、巨漢の男はあろう事か両手で無理矢理こじ開け、その無機質な表情を二人に向ける。

 

「くッ!」

 

 クレアは慌ててシェリーを自分の背後に寄せ、銃を構える。

 あまりの力に、こじ開けられていく鉄格子の扉は段々と歪んでいく。このままでは逃げる術を失い、今度こそこの男にやられてしまう身構えた、その時だった。

 

 

 

 エレベーターの扉をこじ開けていたミスター・Xの胴体から、三本の鋭いナニカが生えた。

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 シェリーとクレアは同時に唖然と、そして驚愕した。

 あまりにも突然の事だった。

 ミスター・Xの胴体から生えているナニカの正体は、その更に背後にいる怪物の爪である事が分かったのだ。

 ならば、これほど化け物に傷を付ける化け物は一体何者なのか……二人は化け物の背後にいる更なる化け物の姿を凝視した。

 

 そこにいたのは――

 

「パパ……?」

 

 ふと、シェリーから呟かれたその言葉にクレアは更に戸惑ってしまう。

 図らずも二人の窮地を救ったその化け物は、ミスター・Xよりも更に歪で異形な姿をしていた。

 大きな爪を携え、歪に巨大化した右腕。肥大化した上半身、それであるにも関わらずに下半身だけは普通の人と同等の大きさのモノ。

 

「あ……あ……あぁッ……!!」

 

 そしてその胴体の上にあった、まだ人間の面影を残している顔は大層人間らしい声で苦しそうに呻いている。

 爪を突き刺してる方は苦しそうに呻き、突き刺さられている方は未だに無表情のまま標的(クレア)を見つめているという大層シュールな光景がそこにはあった。

 だが、その光景はすぐに終焉を迎えた。

 

『グオオオオオオォオオォオオオォッ!!!!』

 

 ミスター・Xを背後から突き刺していた化け物から、既にあった人の物らしき頭部とは別に、更に新しい、それこそ正真正銘の怪物の顔が現れ、先の人らしいうめき声は鳴りを潜め、獣のような雄叫びを上げ、エレベーターの中にいる二人――正確にはシェリーに狙いを定める。

 

 化け物はそのまま、ミスター・X――タイラントの体を突き刺した爪で、引き裂いた。

 タイラントの胴体は半分が欠損し、そこからおびただしい量の血液と臓物が飛び散る。

 

 

 そう、ここで運命は狂った。

 本来ならば、ここで化け物――“G”はただ目の前の繁殖に邪魔な障害、タイラントを始末し、そこで目も暮れること無くクレアとシェリーに襲いかかる所であろう。

 しかし、“G”は気まぐれを起こした。

 

 それは果たして――

 元となった人間、ウィリアム・バーキンの体を完全に乗っ取った事により、本格的にGの本能に従うようになった怪物が、その目覚めたばかりの生殖本能を暴走させたのか。

 それとも、タイラントの素体となったセルゲイ・ウラジミールのクローンの遺伝子が、たまたまウィリアムに近かったのか。

 はたまた、直前に残っていたウィリアム・バーキンとしての、科学者としての好奇心がそうさせたのか。

 

 タイラントの体には、引き裂かれると同時、その体の中に怪物が生み出した“胚”が埋め込まれたのだ。

 本来、近親者や比較的遺伝子の近い者にしか埋め込まぬ筈のソレを、あろう事かタイラントに埋め込まれた。

 本来ならばここで途絶える筈であった“暴君”の運命が、狂いだした。

 

 

 胴体を引き裂かれたタイラントはそのまま表情一つ変えずに倒れ込み、クレアとシェリーを標的に定めた”G”は、二人が乗るエレベーターの籠に突進する。

 

「パパ、やめて!!」

 

 娘の制止の懇願すら虚しく。

 その衝撃により、二人を乗せたエレベーターの籠はロープから外れてしまい、“G”に跨がられたまま、アンブレラの地下研究所へと落下していった。

 静寂とした空間の中、そこには体を引き裂かれ倒れた無残な暴君の死に体だけが残された。

 

 

     ◇

 

 

『う……オォ……』

 

 あれから何時間と経ったのだろうか。

 一度は途絶えたはずのタイラントの命は、再び盛り返しつつあった。

 同時に、彼の体内には異変が起こりつつあった。

 

 引き裂かれる直前に、体に埋め込まれたGの“胚”。

 その胚から広がるGウイルスは死に体である筈のタイラントの体を無理矢理蘇生し、あろう事か浸食せんとしていた。

 同じ始祖ウイルスベースとなったT-ウイルスよりも遙かに強力なG-ウイルスは、T-ウイルスの一切を無効化する。

 例え胚を埋め込まれた対象がどんな生物であろうと、例外なくG生物と化す。それはGの胚を埋め込まれた者の宿命だ。

 

 しかし、例外が起こった。

 

『ウグゥ……グォァ……!!』

 

 目を覚まし、途端に苦しみ出すタイラント。

 その様子はGの胚を埋め込まれ、遺伝子に拒絶反応を示された人間が苦しむ反応に酷似している。

 タイラントの体を浸食し始めたGウイルスは、やがて引き裂かれた箇所の再生すらも始めていた。

 その再生現象に、問題が発生した。

 スーパータイラント化――想定を上回るダメージを負ったタイラントが、その生存本能から凶暴性を発露させリミッターを自身で解除して暴れ回る現象。

 G-ウイルスが死に体のタイラントの体を蘇生させると同時、しかして修復しきれていなかった欠損部分を更に修復せんと、体内で起こったスーパー化現象によりT-ウイルスが活性化し始めたのだ。

 本来ならばG-ウイルスに無効される定めにある筈のT-ウイルスだが、タイラントの体内に高密度で存在していたソレが更に活性化する事によって、胚により広がるG-ウイルスと拮抗し始めた。

 

『ギィ……アァ……オォ……オオォ、ォ……!!』

 

 Gにより再び目覚めたTが今度は活性化し、タイラントの体内で二つのウイルスが生存競争を始める。

 タイラントの体を浸食するGと、ソレにより再び目覚め、更にスーパー化現象により活性化したTが互いに拒絶反応を起こし合い、結果、歪な傷の修復が成されていく。

 欠損箇所にはタイラントの肌の色とは異色の組織が生まれ始め、TとGの衝突はやがて“電気反応”を生み出した。

 

『嗚呼アッ嗚呼……おオオオッ、オオオォォォオォッ、グァアアァッ!』

 

 苦悶の雄叫びを上げると同時、タイラントの体は異常な変異をし始め、新しく生み出されていく体組織はその周囲に帯電していく。

 激しい帯電反応が巻き起こりながら、異常な再生と変異をタイラントの体は遂げていく。

 

 そして、ソレは生まれた。

 

 見た目はよく見るスーパータイラント化に酷似した形態。しかし、細部には以前に見られなかった変異が窺える。

 特に右腕は何もかもを引き裂く巨爪と化し、Gに引き裂かれた体組織は、G-ウイルス感染者の特徴を思い出させる目玉組織がいくつか形成され、さらにはT-ウイルスとG-ウイルスの衝突による電気反応により、その体は高圧電流によって包まれている。

 

『ゴォアオオオオオオォォオオオォオォオオォッッ!!』

 

 それは、標的を逃した事による無念の慟哭なのか、それとも自身を引き裂いた者に対する恨みの咆哮なのか。

 Gの因子を取り込み、再び目覚めた暴君は、周囲に強烈な電流を撒き散らしながら、復活の雄叫びを上げた。

 

 Gウイルスを取り込み復活の雄叫びを上げたタイラント――――タイラントGは迷うこと無く研究所へと続くエレベーターの扉を吹き飛ばし、下の階層へと続く奈落を眺めた。

 自身の標的であったクレアとシェリー、そして自身の体を引き裂いた怪物も、皆あそこへと落ちていった。

 ならば、タイラントGがそこへ飛び込まない理由などない。

 

 多大なるダメージによりリミッターが解除されたタイラントにとって、命令など最早二の次。彼の頭の中には最早自身がこうなる前に最後に焼き付けた標的の抹殺――それ以外に存在などしない。

 奈落へと落ちていった彼らを追うように、タイラントGもまた奈落へと身を投じた。

 

 

     ◇

 

 時と場所は打って変わり、ラクーンシティ郊外・ロンズデールヤード

 

 ラクーンの地下研究所が爆発し、無事そこから脱出し終えたレオン、クレア、シェリー達。しかし、そこに更にアンブレラの保有する私設特殊部隊U.S.S.の追っ手が差し向けられ、レオン達は救難信号を周囲にばら撒いた。

 その救難信号は無事、ラクーンに展開していた米軍特殊部隊SPEC OPSにも届いたが、同時にU.S.S.の最新鋭たるウルフパックにも受信されてしまう。

 

 その結果、ラクーン郊外にてSPEC OPS、U.S.S.、ゾンビの軍勢による三つ巴の争いが広がり、銃声に悲鳴、爆発音や漂う硝煙の匂いが絶え間なく続く程の戦場が展開されたが、今ではそれが数分前まで続いていたとは思えない程の静寂に包まれている。

 

 戦いの中心であったレオン達は傷つき、その中でもとりわけレオンはとある女スパイを庇った傷が今回の戦闘で祟ったのか、クレアやシェリーよりも一段と力尽きた様子で壁に寄りかかったまま崩れ落ちていた。

 

 アンブレラからレオンやクレアらの生存者の抹殺と、G-ウイルスの抗体を体内に保有するシェリーの確保を命じられていたU.S.Sの新生デルタチーム「ウルフパック」の部隊はこの三つ巴の戦いを制し、見事にこの者達を捕らえて見せた。

 

 ウルフパックのリーダー、コードネーム・ルポと呼ばれる女性は倒れ込むレオンを人質に取り、クレアとシェリーを自分たちの場に誘い込もうとしていた。

 レオンを見捨てることの出来ない二人はこの要求を飲み、ウルフパックのメンバー6人とレオンの元へ駆けつけようとしていた。

 

 その最中、レオンが彼らに言い放った疑問が、彼らの中にあった葛藤を爆発させる事となった。

 

「何故……こんな事をしているんだ? アンブレラの……ためか? 金? 本当に……お前達のためになるのか!?」

 

 本来ならば、聞くにすら値しない、負け犬の戯れ言であっただろう。

 だが、アンブレラが彼らをこのラクーンシティに派遣してからの仕打ちに煮え湯を飲まされてきた彼らウルフパックには、彼らの心を揺らすには十分過ぎるものであったのだ。

 T-ウイルスの漏洩事件……アンブレラはその責任を自分たちに負わせようとしていたが、これならばまだ仕方ないと割り切っていた。Gの回収任務に失敗したのは事実。さらには直接的な原因は自分たちウルフパックではなく同行していたαチームであるとはいえ、そのαチームも全滅。自分たちに責任の一端が来るのは当然の事であった。

 しかし、自分達のミスが原因ではないアクシデントの責任すら、アンブレラは自分達に押しつけ、さらにはB.O.W.の性能実験として自分達にハンターを、はてにはタイラントすらも投下してきた。

 その後も自分達に釈明するそぶりも見せず、都合よく扱おうとする始末。

 

 彼らの不満は爆発寸前だったのだ。

 

 故に、彼らの意見は真っ二つに割れた。

 未だにアンブレラに付き従おうとする者達、これ以上アンブレラに従う事を善ししない者達。

 それぞれ半々に分裂し、やがて意見が分裂したウルフパックの間に火花が散ろうとしていた。肝心のクレアとシェリーが到着する前であるにも関わらず、ウルフパックが仲間同士で一触即発の空気を放っていたその時だった。

 先にソレに気付いたのは、ウルフパックのメンバーの一人、ベクターだった。

 

「ッ⁉︎ 全員、ここから散れ!!」

 

 その時、あらぬ方向から、強烈な電撃がウルクパックのメンバー6人、そしてレオンに向かって飛んできたのだ。

 ベクターの合図により6人はかろうじてその電撃を避けた。ルポに限っては人質のレオンすらも掴んで電撃の被弾地帯から避難している。

 

 電撃が被弾した場所はコンクリートが黒い墨と化し、粉々に分解されていた。

 もし少しでも遅れていたらああなっていたの自分達であった。

 

「チィッ、一体何が……ッ!!?」

 

 悪態をつくウルフパックのメンバー・ベルトウェイ。

 全員が電撃の飛んできたその方向を見据える。そこにあったのは燃えさかる炎の光を内包した、列車の線路が続いているトンネルだった。

 

 そう、そのトンネルはあのアンブレラ地下研究所へと続いており、レオン達がそこから脱出するさいに使用したルートだ。

 

 ごくり、と全員は息を呑んだ。

 G生物と化したウィリアム・バーキンも、そこに保管されていたB.O.W.やゾンビと化した研究員も、既に研究所の爆発で灰も残らぬ塵となった筈だ。

 爆発に巻き込まれてリミッター解除したタイラントもレオン・ケネディの手により倒された。既に自分達の驚異となる存在はあの中にはもういない筈なのだ。

 

 ……だというのに――一体これ以上、何が来るというのだ?

 

 全員がそんな焦燥と不安を抱いた直後。

 

 炎揺らめく明かりの奥から、一つの影が見えた。

 

 爆発した列車の車両をその怪力により吹き飛ばし、その奥から見えた異様な影は、遠くからでもその異質さを感じ取れる程の異彩を放ちながら、炎のトンネルの中から姿を現した。

 やがて、その怪物の姿が露わになる。

 身体に高圧電流とみられる物を帯びた、その人型の怪物は、確かにウルフパックやレオン達に向けてその殺気を放っていたのだ。

 

『ゴォアオオオオオオォォオオオォオォオオォアアアァッッ!!』

 

 リミッター解除したタイラントと思しき怪物が、思わず耳を塞ぎたくなるような雄叫びを上げ、その怒りとも取れる殺気をウルフパックに向ける。

 

「何だ、ありゃ!?」

 

「リミッター解除状態のT-103タイラント……だが、身体に帯電しているアレは一体?」

 

 目に見えて動揺する巨漢の男、ベルトウェイ。

 目の前の敵に冷静に分析しようとしつつも、動揺を隠せないフォーアイズ。アンブレラのあらゆるウイルス兵器やB.O.W.に関する実践的知識に精通してきた彼女にしても、リミッター解除形態のタイラントはともかく、()()()()()()()()()()()()()見た事がなかったのだ。

 他のメンバーも、レオンも、一色触発であったであろう場に突如として乱入してきた異物に唖然と驚愕を隠さずにはいられなかった。

 

 滅茶苦茶な状況の中で、滅茶苦茶な存在がやってきた。

 

 何が正しく、何が間違っているのかすら分からないこの状況で、唯一分かる事はただ一つ――今ここで争いあっている場合ではないという事だけだった。

 

『ゴォオオオォォォオォッ!!』

 

「来るぞ!!」

 

 ルポの掛け声と共に、レオン、そしてウルフパックのメンバーは一斉に銃を構える。

 

 Gの因子を取り込んだ怪物、スーパータイラント(プラス)Gと、レオン達を含むウルフパックのメンバー達による壮絶な死闘が繰り広げられようとしていた。

 

 




ウルフパック編にも、エコー6編のパラサイトタイラントのようなラスボスクリーチャーが欲しかった(もう一つの願望)


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