雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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12.痛み

爆発音で、目が覚めた。

振動が床を通して、体に伝わる。

反射的に体を動かすと、左腕を中心に酷い痛みが走った。

……そういえば、六道との戦いでの傷が開いていたんだったか。

と、どうして自分はこんなところにいるんだろう。何か、やるべきことがあったような気がする。

 

「緑たなびく並盛の 大なく小なく 並がいい──」

 

聞き慣れた歌が、聞き覚えのない高い声で流れる。癖のある声だけど、妙に耳に馴染む。

それで、思い出した。

 

「雲雀は……?」

 

そうだった。自分は、雲雀を助けに来たんだった。

雲雀は助けに来たなんて言うと、頼んでいないだの、借りを作るのは御免だのといっていい顔をしないが。例えそれで恨まれたとしても、どうでも良かった。

俺は雲雀が無事に生きていたのならそれで良かったんだから。

雲雀の歌が聞こえて。あぁ、アイツは無事だったんだ、と勝手に安堵して、それで意識を失った。

……本当に、自分のバカさ加減に呆れてものも言えない。

やるべきことが終わっていないのに意識を失うなんて。こんなところで寝ていたら、殺されたって文句は言えないだろうに。

───ドガァン!!

再び、爆発音が聞こえる。今度は先程よりも近いらしく、音がでかい。更に、近くの壁が崩れていく音がする。本当に近くで爆発しているらしい。

 

「っつ……」

 

どうにかして体を動かそうとするが、全身に走る痛みがそれを許さない。なけなしの痛み止めは、存外効き目があったらしい。

比較的動く右腕を動かす。カランと、杵が指先にぶつかる。右手で、それを掴む。

痛い。でも、これくらいなら耐えられる。

 

「───!」

「────」

 

声が、聞こえる。眼の前の扉の先から、というよりその奥から声がする。

杵を杖代わりにして何とか立ち上がる。ふらついて、体が安定しない。

震える手で扉を開けようとする。だが、一度無理に動かした左腕は、これ以上動くなと警鐘を鳴らしている。

──あぁ、うっとおしい!

眼鏡を投げ捨てた。

 

才能が目覚めた当初、俺は幻覚を意のままに操るということが出来なかった。気を抜くと、好き勝手に幻覚が現れてしまう。

簡潔に言うなら、オンとオフが切り替えられなかったのだ。

当時、まだ十歳になったばかりの俺は焦った。

───どうしよう。このままだと、誰かを傷つけてしまう。

困ったとき、俺はとりあえずウサギを観察した。ウサギは家族であり、師であり、時に弟子である。

すると、あることがわかった。うちのウサギは、普段は(子供や発情期でない限り)大人しい。しかし、杵を持った途端に血気盛んになる。

つまり彼らは、杵を持つ持たないで、オンとオフと切り替えているのだ。

そうか、物を使って切り替えればいいんだ。じゃあ、何を使えばいいんだろう。

そうして家中を探し回り、母の部屋まで入ったとき、俺はようやくそれに出会った。

その時母は、裁縫をしていた。眼鏡を掛けて。

普段、母は眼鏡を掛けていない。だから、余計に目に入った。

───そうだ、眼鏡だ。

人間の全感覚の約八割は視覚が担っているという。当然、幻覚も人間を騙すときは視覚が中心になる。

眼鏡は、フレームやガラスによって、度が入っていなかったしても、裸眼とは少々視界が異なる。

そのお陰か、眼鏡を掛けると、幻覚を無意識のうちに使うなんてことはなくなった。

それから、頭が良さそうに見えるし、顔の印象が変わるし、いいことばかりだということに気づいて、以来ずっと掛けている。

まぁ、今は眼鏡なんてなくてもオンとオフくらい切り替えられるが。

気分的にいうなら、眼鏡がない方が全力は出しやすい。

 

閑話休題。

 

苛ついたので、自分に術を掛けることにした。

幻術は五感を操る術だのと言われているが、実際は感覚というのは五つなんて数じゃ収まらない。

だが、俺達術師は五感以外の感覚をも支配することができる。

つまり、幻術というのは感覚を支配する術なのだ。

痛覚は触覚の一部だと思われることが多いが、実際は別個のセンサーが存在している。痛覚を閉じたところで、触覚そのものがなくなるわけではない。

痛覚を遮断すれば、痛みは感じなくなる。もっとも、痛みがなくなろうと、身体的な障害がなくなるわけではない。

……痛覚というのは人間にとって重要な感覚だ。

痛みは異常を教える。痛みがなければ、自身に危機が迫ったときに対応できない。

それは身体的なものだけでなく、精神的なものにも影響を及ぼす。

痛みを知らない人間は、他者の痛みを理解しづらい。

だから、普段は痛くても痛覚を遮断なんてことはしない。俺は、そういう風にはなりたくない。

 

 

痛みがなくなる。まるで、体が軽くなったみたいだ。けど、それに反して体はぎこちない。

 

「っくそ……!」

 

一度安心してしまったせいで、耐えていた体は、耐えられなくなってしまったらしい。

それでも、なんとか扉に触れ、体全身を使って開けた。

ギィと軋むような音をたてながら、扉は開いていく。

経年劣化した鉄の扉は、痛んだ体には重かった。

 

「ん……?」

 

潜った先には、コンクリートの残骸が散らばっていた。

床はところどころ赤い染みがついていて、ここで雲雀が捕らえられていたのだろうことを想像させる。

……いや、俺が驚いたのはそんなことではない。

目の前で人が、それはもう綺麗に飛ばされていった。

別に、大したことではない──いや、本来はあるのだろうけど、見慣れてしまったせいか、そう思えなくなってしまった。

主に、雲雀のせいで。

見てしまったのは、雲雀が人間をそれはもう盛大に吹っ飛ばす瞬間である。

そして、足元で倒れている獄寺。待て、お前はなんでここにいる。

 

「お前……なんでここに……?」

「は……?」

「ちょっと、何しに来たの」

「何って、草壁がやられたからお前の安否を確認しにきただけだけど」

「確認しにきただけにしては随分と傷が多いようだけど」

「これは別口なんだよ」

 

そういう雲雀もぼろぼろだ。一見しただけでは細かいことはわからないが、相当痛い目にあわされたらしい。

やっぱり、六道には負けたのか。

 

「おい、どういうことだ。テメーはヒバリとは仲が悪いはずだろ。なんでヒバリの安否なんかを確認する必要がある」

 

そうだった。学校では、俺と雲雀は険悪な仲で有名だった。

正直なところ、俺達の関係はそんな単純なものではないし、そもそも険悪なのかどうかも疑問が湧くのだが。

 

「草壁……風紀の副委員長とはそれなりに交流があってな。彼の心配事を減らしてあげようと思ったんだ」

「ワォ、君がそういうことをする人間だとは思わなかったよ」

「減らず口を叩けるんなら、俺は必要なかったかな」

 

話すと、ついこうなってしまうのは、俺達の悪い癖なのかもしれない。

あぁ、だから険悪なのか。

 

「っいい加減にしろ!俺はこれから十代目のところに行かなくちゃなんねーんだ!テメーらの言い合いに付き合ってられるかよ!!」

 

獄寺が声を張り上げた。その内容に、少し気になることがあった。

 

「……もしかして、沢田を六道のところに行かせたのか?」

「それがどうした」

 

六道の狙いはマフィアのボスである沢田なのは間違いない。だが、多分彼らの考えているものと、六道の狙いは少し違っていると思う。あれは命というより、マフィアのボスという立場そのものを必要としているような……。

 

「早く行け! 赤ん坊がいるとはいえ、このままだと手遅れになるぞ!」

「何言って……!?」

「行くよ」

「ヒバリ!?」

 

雲雀が無理矢理ぎみに獄寺を立たせ、肩を貸す。この場合は、お互いがお互いを支えあっている。

雲雀も成長したなぁ。……単純に、借りを返すためかもしれないけど。

 

「おい、ウサギ食い!」

「まだ食ってない」

 

何という不名誉な名前だ。以前彼らの前でウサギを非常食にするだなんて言ったからついたんだろうが、家族を食うような人間に思われていたとしたら心外……いや、あんまり酷いようだったら本当に非常食にはしたかもしれないけど。うちの経済状況を見るに、非常食は当分は必要ないと思うので、多分食うことはないと思う。

 

「そこのメガネヤローから解毒剤を取って、外にいる黒い奴に飲ませてやってくれ」

「……了解した」

 

状況はよくわからない。彼らがやられる前にやりに来たのか、それとも報復の意味があるのか、あるいはどれでもなくて、ただ六道達を止めに来たのか、そういう諸々の事情は俺にはわからないし、おそらくは関係のない話だろう。

本当は、こんな裏社会のゴタゴタに巻き込まれるのも、雲雀を巻き込むのも御免だ。出来ることなら、雲雀の代わりに俺が行きたい。

だが、雲雀は自分を倒した六道を許せないだろうし。そもそも六道は止めてやらなくちゃいけない。

なにより、痛覚を遮断までしないとロクに動けやしない俺は足手まといだ。

彼らの背中を見送る。雲雀も獄寺も、振り返るなんてことはしなかった。

……さて、俺は自分の仕事をするとしよう。

メガネヤロー……たぶん、このニット帽の──

 

「あっ」

 

見覚えがあった。彼のことは、二度見たことがある。その隣の金髪も、なんとなく見覚えがあるが、こちらは多分はっきりと見るのは初めてだと思う。

懐を探る。指先に伝わる、ガラスの感触。多分、これだ。

外にいる黒い奴というのは記憶に覚えがないが、見たら分かる程度には黒いのだろう。

痛覚遮断は、もう少し必要そうである。

 

 

でも、どんなに肉体の痛みがなくなろうと、心の痛みはなくならない。

心なんてものは、どこにもないはずなのに。ないものは傷まないはずなのに、心は痛む。

俺が痛覚遮断を嫌うのは、そういうところだ。

どんなに要らないと嘆いても、その痛みだけは消えてくれないから。

あの日からずっと、その傷は治らずに痛み続けている。

 




昔、なにかの医療漫画で、痛覚のない兵士というものが出てきました。
彼らは痛みを感じないので、死に対する恐怖が全くと行っていいほどに薄かった。まさしく、バーサーカー。見ようによってはゾンビのようにも見えます。
未だに私は、恐ろしかったということだけを覚えています。

書くにあたって黒曜編を読み返していたのですが、骸さんがツナに対し「僕は痛みを感じませんからね」と言っていたことに気づきました。
骸さん自身に痛覚はあると思うので、憑依した先の体の痛みは感じないということなんでしょうが……。

いろいろと痛みについて考えさせられます。
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