ドアマット系ヒロインが苦難にも負けず頑張ります

なろうでも投稿してます

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苦難に負けない、健気で可憐なヒロインを書こうと思ったんですけど、いつも通り無理でした


第1話

 眼前に見えるのは、魔王四天王が守護する山脈の要塞。

 

 断崖絶壁の山頂にそびえる巨大建造物。

 霧がかった光景、その異質ともいえる存在感に感嘆の溜息を一つ。

 巌々とした自然に挑戦するかのような異界の英知に、私は奇妙な懐かしさを覚えていた。

 故郷の町……古いダムが見える風景との共通点を見出していたからかもしれない。

 そうやって畏敬の念で眺めていたが、あることに気がつき嫌悪感で目を細めてしまう。

 要塞の長い壁には、まるで善悪を知らぬ子供が作った悪趣味なオブジェのように、人と思しき骸骨が連なるように吊るされていたのだ。

 驚きはない、だってあれは邪悪な魔物たちが住まう巣窟なのだから。

 覚えた感動を裏切られたような気分でたたずんでいると、背後から物音が聞こえてきた。

 私からだいぶ遅れて山頂に着いた聖女親衛隊の兵士たちだ。

 

「ぜぇぜぇ……や、闇の聖女さま、親衛隊、げほげほ……ただいま到着しました……」

「……ええ、ご苦労さま」

 

 その名の通り聖女を守るために選ばれた精鋭たち……のはずだけど、登山の疲労で次々と膝をついて座り込んでいる男どもは、とてもそのような上等で上質な者たちには見えない。

 人生ドロップアウトしたような風貌の中年男性ばかりで、装備の統一感のなさからも、寄せ集めの烏合の衆といった印象だ。

 まあ、実際、本当にそうなんだけど……。

 なにしろ私は王国の中でも爪弾き者の闇の聖女。

 兵士も装備も選べるのは六人の聖女の中で一番最後。

 つまり私には選ぶ権利が最初から存在せず、このような物言いは申し訳ないが、集まるのは福のない余りものという有様だ。

 闇の聖女親衛隊は兵士の姥捨て山、もしくは掃き溜めが現状である。

 酷い話だがそれも仕方ない。

 本来、聖女に一人で戦う力はない……聖女の身に宿る奇跡とは、自らに忠誠を誓う者に加護と祝福を与えて戦闘力を増幅し、恐るべき魔物たちと対等に戦える勇者を作りだすことなのだから。

 いうなれば聖女とは、ロールプレイングゲームのバッファーとヒーラーの複合職。

 それゆえに聖女は、自らの親衛隊が有利に戦ってもらうためにも、有能で優れた兵士と魔物から生みだされる強い武器を、他の聖女より一つでも多くほしがるのだ。

 

「闇の聖女さま、これからいかがいたしましょうか……?」

「………………」

 

 やばい、嫌味たらしく溜息をつきそうになった。

 

 魔王がいる魔王城への閉ざされた封印を解くのに……その四つある封印の一つを破壊するため山頂までの長い道のりを歩いてきた。

 険しい山岳を、道なき道を、裾が長くて歩きづらい闇の聖女専用のださいフード付き黒ローブ(初期装備)着けて、魔王四天王が守っているだろうこの巨大要塞まで歩いてきたのだ。

 ならばやることは要塞の攻略以外に、いかがも、へちまもないと思うんだよね?

 しかし言うまい……この部隊に「一番槍は武門のほまれ!」なんて、のたまってくれるような気合いの入った武人はいないのだから。

 闇の聖女親衛隊の隊長とかいう役職の男に視線を向けた。

 彼の顔には、いやだ死にたくねぇ、死にたくねぇ!! ……という気持ちがタイムセールの値段表示のように、はっきりと貼られていた。

 

 不本意ながら気持ちは分かるが、ワテクシ一瞬で萎えました。

 

護衛(・・)ありがとう。あなたたちは念のため街に戻って防衛を……ここから先は私一人でいくから」

「はっ! 闇の聖女さまのお言葉、確かに承りました!」

 

 彼は喜悦の声で、そう答えた。

 洩れそうになる溜息を意思の力で必死に抑えこむ。

 以前はこう言うと「聖女さまお一人は危険では……?」とか「我らも、お供致します……」なんて、心にもない言葉が返ってきたんだけど、最近では取り繕うことすらしなくなった。

 今ここで「お前らが死ぬほど気に入らないから、私と一緒に万歳突撃しろ」なんて言えたら、どんなに気分がいいことだろうか……。

 まあ、あとが面倒になるので口にしませんけど……。

 撤退の指示を聞いていた他の兵士たちも喜びの声をあげる。

 そして今までへばっていたのが信じられないくらいのキビキビした動きで(きびす)をかえし、私が魔王軍から解放した街へ……安全が確保されているふもとへと全速力で下山していく。

 あんたらさ……いったいなにしに付いてきたんだよ……。

 

 私は、彼らを見送って、こんどこそ溜息をついた。

 

 

 要塞の前まで移動して、モ〇ルスーツが余裕で通り抜けられそうな大きな鉄扉に、挨拶かわりの右パンチを撃ちこんだ。

 打ちこんだではない、聖なる怒りを自慢の拳に込めて、撃ちこんだ……だ!

 魔法的な封印が施されていたらしい錆び鉄色の分厚い扉は、パリンとガラスを割るような澄んだ音と、鉄を粉砕する爆音と共に爆発四散した。

 広々とした要塞内部に足を踏み入れると異形の魔物たちが……私の三倍以上は背丈がありそうな巨人たちが、重い地響きをあげながら一斉に襲いかかってきた。

 私は歩みを一瞬も止めず、左手を腰後ろにつけ、右手を前にだし、迎撃と同時に進撃を開始する。

 最小の動作で巨人の攻撃をいなし、手首を軸として特殊な回転を生みだすカウンターを当てた。

 右手に触れた巨人たちは弾かれたベイ〇レードのように宙を舞い、恐ろしい勢いで壁に激突してバーストフィニッシュしていく。

 生まれてこのかた格闘技など習ったことがない私だけど、運動神経がずば抜けて優れているというわけでもない。

 しかしこの世界にきて、やむを得えず一人で戦うしかなかったため、こんな達人のような芸当が朝飯前で出来るようになってしまった。

 とまあ、そんなたゆまぬ努力の結晶で、残っていた巨人たちも物理的に調伏して改心させた。

 それから迷宮じみた通路をしばらく進んで迷子になり、入り口に戻ってやり直そうとしたら再び迷子になって、壁を破壊しながら直進し続けたところで終点らしき場所に問題なく辿りついた。

 運動グラウンドだろうか?

 野球ができそうな広さを持った部屋の中央に、見合った大きさの何者かがいた。

 それは今まで遭遇した巨人たちよりも一回りは大きい……直立した亀?

 その大きさはおそらく十メートル強……三階建てのビルに匹敵する高さだ。

 平べったい亀にゴリラのような長い腕をつけ、無理やり擬人化して角を生やした……ヒゲ面配管工が主人公の某有名ゲームのボスを細身にしたようなシルエットだった。

 

「ぐはははははは! よくきたな闇の聖女よ。俺がこの山脈の要塞を預かる魔王四天王の一角、大地のオルガスだ! 名高い強者である貴様と、相見えるこの日をどれほど待ちわびていたか!!」

 

 魔王四天王、大地のオルガス……らしい。

 なんというか、バトルジャンキーって雰囲気だ。

 

「さて、このまま貴様と思う存分に戦いを!! と、いきたいところだが……その前に魔王からの頼まれごとがあってな。あやつの望みを貴様に伝えなければならない」

「う、うほっ?」

 

 口を開けて巨大亀を見あげていた私は、反応が遅れ男前(ごりら)な声をだしてしまう。

 昔からあごを上にあげると、自然と口がクパっしてしまう変な悪癖があるのだ。

 そんな些細なことは気にならないのか、あるいはあえてスルーしてくれているのか、オルガスは話を続けた。

 

「闇の聖女よ……魔王の望みとは貴様に救いを与えることだ」

 

 ………………。

 

「魔竜とすら対等に殴り合える、人族とは思えぬ凄まじき貴様の強さ。だが、それ以上にどんな不利な戦場でも諦めずに食い下がり、勝機を呼び寄せる頑強なる意思の力……その恐ろしさは敵である俺たちがよく理解している」

 

「しかし、貴様が守ろうとしている人族どもはどうだ? 一人でも貴様の功績を正当に評価してくれる者がいたか? 様々な戦場を渡り歩き、汚物と泥土にまみれ、血へどを吐きながらも戦い続ける貴様は、それが当然と感謝の言葉すら満足にかけてもらったことがないのではないか?」

 

「それどころか貴様以外の、股座に男を誘うしか能のない下種な聖女(ばいた)どもを女神のように褒め称え、貴様が命がけで手にした勝者の権利、武器や宝具、本来与えられるべき栄誉すらも奪い取って、他の聖女どもの薄汚い身を飾るためだけに当てられているというではないか?」

 

「それもすべて王族や貴族といった人族の権力者どもが、自らの地位を守ろうとするくだらぬ足の引っ張り合いのためだ。なあ、闇の聖女よ、尊敬に値する強者の貴様に問う……俺たちとの生存をかけた戦いですらも我欲として利用する、そんな前すらも見えぬ愚かな人族どものどこに、救いの手を差し伸べてやる価値があるというのだ?」

 

 オルガスは巨体を折り曲げて片膝をつくと、うつむく私の顔をのぞきこむ。

 

「魔王は貴様の存在を知って、貴様の境遇に心を痛め、助けたいと強く望んでいるのだ。あやつなら貴様を正しく導き、相応しい身分と役割を与え、誰よりも寵愛してくれよう……魔王のもとに来い、そしてその腕に抱かれよ、それが闇の聖女である貴様が、この世で得られる唯一の救いだ」

 

 オルガスは喋るのをやめた。

 そうして私の返答を待つように沈黙する。

 …………。

 なんだ……今の気持ちを正直に言うと……。

 

「参ったな……って感じかな」

「…………」

「ああ、うん、本当に参ったね……」

 

 そうなんだよ。

 この前、殺った四天王……海のカンケノに勧誘されたときも思ったんだけど。

 

「王国の内情(スキャンダル)がさ……笑えるくらいに筒抜けになってる」

「なに……?」

「あんた、オルガスだっけ……? 王宮の深いとこまで魔王軍の者を潜入させているのね?」

「…………なぜわかった?」

 

 あら、ブラフってみたが図星のようだ。

 というか、あっさり認めるなんて脳筋すぎないだろうか?

 逆に高等なフェイクじゃないかと疑ってしまう。

 あるいは、ここから私を帰さない自信でもあるのかな?

 

「ん……ま、そんなことは、どうでもいいんだけどさ」

 

 偽らざる気持ちだ。

 

「ただ、私はあんたたちの軍門には下らない」

「なぜだ? 貴様が人族の生まれでも、そこまでの力を持っていながら、搾取しかしてこない者どもに献身的に尽くす理由が思いつかん……それともそれが聖女の慈愛とでも言うのか?」

 

「じゃ、君が、私を……私の故郷に帰してくれるの?」

 

 私は薄く笑いながらオルガスの目を見る。

 嘘か本当か見分けられるようにしっかりと。

 

「故郷? なんのことだ?」

 

 だけどオルガスに対し、そんな難しい判別は不要であった。

 彼の縦長の瞳は、私の質問の意図を理解できず、戸惑うものであったのだから。

 

「私が人族のために戦う理由……望みだよ」

 

 魔王を倒して、王に、神に契約を果たしてもらうために。

 もう一度……に、会うために……。

 ………………。

 オルガスは人間臭い仕草で首を振ると、深い息を吐く。

 

「やはり人族の考えることはよく分からん……だが、そうか、そうだな! ぐははははっ! 交渉は今、決裂したな? ああ、残念だ……非常に残念だ!!」

 

 発言とは裏腹に嬉しそうに弾んでいくオルガスの声。

 恐竜顔に似合わぬ、包容力のあるイケボイスで静かに語りだしたときはキューンときて焦ったけど、やっぱりこの亀さん、戦いが好きなバトルジャンキーなのね。

 

「そうね、それじゃ、ちゃっちゃと、やること殺りま……」

 

 工事で使う重機械のような、振動をともなった轟音が生まれた。

 

 すべて言い切る前にオルガスの岩石のような拳が、私の頭上から落ちてくる。

 片膝立ちした十メートルもの巨体が驚くほど滑らかに動いていた。

 時間が引き伸ばされる感覚――戦闘状態(スローモーション)に切り替わる。

 私の体はその巨大すぎる拳の影ですっぽりと覆われた。

 それは不意打ちではない。

 オルガスは、私ならこの程度は対応できると攻撃してきたのだ。

 そしてこの程度もしのげぬのなら戦う価値もないと。

 彼のはかりごとのできぬ目がそう言っている。

 その顔に浮かぶ不敵な笑みが告げている。

 賢人の(さか)しい言葉などいらぬ、原始的なこの行動(ぼうりょく)こそが唯一無二の意思疎通方法(コミュニケーション)だと。

 …………。

 オルガスの、どこまでも武骨で武人(もののふ)な心意気に不思議な感動を覚えた。

 ならば大地のオルガス、闇の聖女はこの身をもってその期待に応えましょう……おお、存分に!

 

 私は右の手の平で、オルガスの剛拳を受け止め……通した(・・・)

 

 

 

 朝日を背に受けながら、ふもとの街にようやく戻ってこれた。

 ここを魔王軍の支配から解放して、すぐに山脈の要塞に向かったので微妙に場所を覚えてなく、少しだけ迷子になって一晩中さまよったのは秘密です。

 三日三晩、寝ないで戦ったので流石に疲労困憊気味である。

 延々と歩いてきたので足もくたくただ。

 街の正門をくぐって、人々が外にでてくる朝の喧騒に紛れながら、溜息とともに振り返る。

 私と同じく、山脈を見あげている街の人々。

 山の頂上から天に向かって真っすぐに伸びる光の柱が存在した。

 人々の「聖女さまたちが魔物を倒してくれたんだ」「なんとありがたいことだ、聖女さまこそ私たちの希望だ」そんな会話に被っていたフードをより目深におろす。

 街の人たちの飾り気のない素朴な感謝の言葉が嬉しくて照れくさかったのだ。

 横から淡い光が飛び込んでくる。

 視線をずらし、その方角を向くと同じように光の柱があった。

 海のカンケノが守護していた水中神殿からだ。

 それは魔王軍四天王が倒されたときにでる、魔王城の封印をとく鍵……だと思う。

 どんな手段を使っても消すことができず、光が有害なモノでもなかったので人族の厳重監視のもと放置されている。

 

 実際あれがなんなのか、残っている四天王を倒せば分かるはずだ。

 

 それにしても、大地のオルガスは強かった。

 ノリノリのキメキメで戦いを始めたがいいが、私の打撃がオルガスには一切通じなかった。

 体格差がありすぎるために関節技が指折りくらいしか決められず、それすらも大地エネルギー的なものを利用した超回復で再生され、危うく詰むところだった。

 最終的にオルガスの必殺技【グランドメテオアタック】使用中に大地エネルギーの供給が0,7秒止まり、そこからさらに0,3秒間、胸部の生体装甲が拳一個分解放されることに気づき、攻撃をあえて受けて剥きだしになった弱点を突くことで有効打と決定打を与えられた。

 あれほど高精度で高密度の右拳連打をしたのは、生まれて初めてのことだ。

 パンチの初速が音速を超えていたかもしれない。

 おかげで、酷使した右手が筋肉繊維までボロボロに炭化して、自己回復(ヒール)でも完治するのに五分以上かかってしまった。

 再生中は陸に水揚げされた魚のように、のたうち回った……死ぬほど痛かったです。

 でも、その甲斐あってオルガスを倒せたのだから無駄ではなかったと思う……これで他の聖女の親衛隊が強くなることができ、魔王軍との戦争もいくぶん楽になるはずだ。

 

 魔王軍の拠点を落したあとに起こるのは、魔の者が作った宝具の回収、そして魔物の亡骸から取れる、武器や防具の素材を得るための発掘ラッシュである。

 聖女の後ろ盾をする王族などに最初の権利があり、そのあとに有力貴族や有力商人たちが発掘に入る。

 先日落した水中神殿は、未だに発掘が続くほど資源にあふれているらしく、同じ四天王が守護していた山脈の要塞もかなりの期待ができるはずだ。

 まあ、それも王族の後ろ盾(スポンサー)のいない私には関係の無いことだけど。

 今回はすぐ駆けつける味方がいなかったので、要塞のお宝を一部拝借することができた。

 目立たないよう細々とした宝石類だけだけど、酒を奢るくらいの資金にはなるはずだ。

 うん、あれですよ……。

 なんだかんだで親衛隊のみんなには肩身の狭い思いをさせてるというか、私に付き合わせて色々と貧乏くじ引いているから、ささやかな感謝の気持ちということで……ね。

 

 べ、別にあんたたちのことなんて、これっぽっちも、なんとも思っていないんだから!

 

「おい、聖女さまたちが街にきていらっしゃるぞ!」

「本当か!? どこにいらっしゃられるんだ!」

「街の広場だ、急げ! 早く行かないと見逃してしまうぞ!!」

 

 そんな街の人の言葉に、妄想の世界に入っていた私は一緒で引き戻される。

 聖女さまたちって……あれ、闇の聖女親衛隊……のことではないよね?

 私は人の流れに従うように、街の広場へと向かった。

 少し離れたところで足をとめ、建物の壁に寄り掛かりながら身を隠す。

 集まった街の住民で人だかりができており、広いスペースが取られている広場の中央には、規則正しく整列している聖女の親衛隊がいた。

 私の親衛隊ではない……それ以外の光、火、水、土、風の親衛隊だ。

 なんで分かるかというと、それぞれイメージカラーにそったお揃いの装備を着けているから。

 私の隊のイメージカラーはたぶん黒だと思うけど、装備は他の隊のお古を貰っているので一度も揃ったことがないね。

 彼らの中心には五人の少女たち……聖女が見えた。

 私は人混みの中から、ある方角に視線を向けた。

 それは五人の聖女と、その親衛隊たちで行われた一大討伐作戦……四天王の一人が守護する風の迷宮がある場所。

 

 光の柱は立っていなかった…………あちゃぁ。

 

 再び視線を広場に戻す。

 よく見ると親衛隊の兵士たちの装備は例外なく汚れ、一部の者たちが包帯を巻いており、そしていつもよりも人数が少ない感じであった。

 そこから察するに……。

 五人の聖女を投入した討伐作戦は失敗し、この街まで撤退してきたってところかな。

 私はなんとも言えず眉間に指を当てた。

 今までパターンでいくと……私が、行くんだよなぁ……。

 

「皆さん、わたくしたちのために、このような朝早くから集まっていただき、たいへん有り難うございます」

 

 私が心の中で委員長と呼んでいる少女……純白のドレスを纏った光の聖女が話し始める。

 遠くまでよく響きわたるはっきりとした美声は上に立つ者に必須な資質。

 天使の輪ができる黒髪に乗せているのは華麗なティアラ。

 手首や胸元にも宝石のあしらわれた豪華なアミュレットを着けているが、その美しさに負けない容姿を彼女はもっている。

 まさに民がイメージする聖女……だろうな。

 周囲の者たちはたちまち、天上の女神のように美しい、光の聖女の挨拶に引き込まれていく。

 ふぅ……あなたの美人オーラが、ワテクシには羨ましくて妬ましい限りですわ。

 そうやって光の聖女が語っていると、人混みの中から声があがった。

 

「聖女さま! 山脈の魔物を倒してくれたのは、あなたたちなのですか!?」

 

 発言をした男が山脈の光の柱を指さした。

 その質問に周囲が、親衛隊が、そして光の聖女の背後にいた四人の聖女たちが沈黙する。

 集まる視線を一身に受ける光の聖女。

 彼女は少しだけ考えるような表情を見せ、そしてそのあとに、にっこりと微笑み。

 

「はい、聖女(・・)が討伐しました」

 

 ………………おい。

 

 光の聖女の言葉に、街の住人たちが大きな歓声をあげた。

 親衛隊たちは、一瞬戸惑ったような仕草をしたが、すぐに毅然とした態度で姿勢を正す。

 ははっ、見事に調教されてる……。

 光の聖女以外の聖女たちも追従して次々と発言していく。

 

「そうそう、聖女(・・)が倒したのよねぇ」

「ああ、聖女(・・)の力の前には大したことなかったな」

「ええ、そう、聖女(・・)にかかれば問題なかった……です」

「……聖女(・・)なら……余裕……」

 

 うん、君たちは嘘をついていない、確かに、オルガスを倒したのは……聖女(・・)だ。

 そう、闇の聖女が、私が、熱い死闘の末に一人で倒したんだよおぉぉ……。

 だが、そんな詳しい事情は街の人たちには分からない。

 たちまち五人の聖女を称える万歳コールが巻き起こる。

 にこにこと微笑みながら手を振る、美しき光の聖女。

 どことなく気まずそうに手を振る四人の聖女。

 流石だよ……流石に、王国の未来の王妃さま候補は肝の据わり方が違うねぇ。

 

「なあ、聖女さまって六人だろう? あと一人はどうしたんだ?」

「ああ、確か……闇か?」

「噂によると容姿がよくないらしく……それを苦にしてあまり人前には姿を現さないらしい」

「聖女さまはどなたもお美しい方たちだから、それも仕方がないな」

 

 そんな周囲の声に、私は建物の窓を見た。

 汚れたガラスに映る自らの顔……泥にまみれ、目の下にはクマがある凄いブスがいた。

 ガラスの汚さに見合ったブスだった……。

 ええっと、別にブスだから人前にでないわけではないよ?

 確かに彼女たちの横に並べって言われると尻込みするけどさ。

 うん、自分が美人ではないことくらいは理解している。

 ああ、でも、容姿は普通……よりは下くらいなんだよ?

 普段、一生懸命に頑張って、お手入れして綺麗にして底上げしてようやく中の下。

 

 つまり……私の容姿ステータス、素はブスなわけで……へへ。

 

「闇の聖女は今頃、風の迷宮へと向かっているはずです。しかし四天王の相手は彼女一人では荷が重いでしょう……私たちも合流する予定ですが、今日は戦いの疲れを癒すため街に泊まることにしたのです。皆さま、突然のことでご迷惑と思われますが、よろしくお願いいたします」

 

 住民の疑問の声に、光の聖女がご丁寧に答えてくださった。

 謙遜的で慎ましい態度に周囲から感心の声があがる。

 というか、そうか、私は風の迷宮に向かっているところなのか……光の聖女には未来予知の力もあるらしい、凄いな……。

 そうして再び起こる聖女コール。 

 なんだか頭痛がしてきて、私の親衛隊と合流し街の外で野宿でもしようかと考えた。

 酒とか肉とか乾き物を買い込めば、野外でも宴会くらいはできるはずだ。

 彼らには申し訳ないけど、聖女たちと鉢合わせすると碌なことがなさそうだし……そうしよう。

 そして、なにげなく見た人だかりの中に……見知った連中がいた。

 

 最前列で、熱狂的に聖女コールをしている人生ドロップアウトしたような中年男性たち。

 

 いい年してアイドルグループの追っかけをしているドルオタを見てしまった気分です。

 うん、自分の父親と同じ年齢くらいのオッサンたちのあのはしゃぎっぷりは……正直引く。

 そういうバカ騒ぎが悪いとは言わないけど……あれさ……私の部下……だよね、一応?

 ………………。

 私と聖女さまたち(・・・・・・)へのこの対応の違い……。

 か、顔かよ、やっぱ女は、顔がすべてなのか!?

 ブスは聖女しちゃいけないって言うのかよお!?

 お、おのれぇぇぇ……!!

 

 ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 闇の聖女専用のダサイ黒ローブ(初期装備)の懐に入れていた宝石がじゃらっと音を立てた。

 

「よし、一人で豪遊しよう」

 

 もう、あいつらのことなど知らぬ……。

 その声に釣られたのか、すぐそばにいた子供が私を見て「ひっ!?」と悲鳴をあげた。

 おそらく今の私の顔は、無垢な子供が泣きだすほどに阿修羅(ブス)なのだろう。

 鳴りやまぬ聖女コールを背に、私はその場をゆっくりとあとにしたのだ。



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