この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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前回のあらすじ

神が姿を現した。



前回の被害者???:ウィリアム・バロウズ・奥さんをウィリアムテルごっこで射殺した作家。ありとあらゆるドラッグに手を出したドラッグエリート

誤字修正。蜂蜜梅様、五武蓮様、サトウカエデ様、仔犬様、kuzuchi様、sk005499様、アンヘル☆様ありがとうございます!


この歯車の動き出した世界で

「作品を書く上で様々な場所を巡り色々と不思議な体験をしてきたけれども、初めて黒井タクミ嬢に会った時ほどの衝撃は終ぞ感じることは無かった」

「彼女との出会いは我が人生最大の転換点だった。恐らく、他の人にとっても同じ事だろう」

 

~武蔵しげる自伝 ゲゲゲ荘の管理人より抜粋~

 

 

 

「ハロー?」

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 オッスおらタクミなみに適当な挨拶だと思うんだけど、何故かファンからの受けがいいこの挨拶。でも欧州だとまた別の挨拶だよね。グーテンターク? それともボンジュールが良いのかな。

 良く分からないからとりあえず会場のフランス近郊5か国語くらいで言ってみたら全員返してきてちょっとビックリしたわ。欧州の人は近隣諸国の言語も扱えるって本当なんだね。

 

「冒頭からいきなり本場顔負けの発音で色々な国のこんにちわを連呼するライブってのも珍しいわね」

「これまでやった人が居なかっただけでしょ。これからは増えるんじゃないかな」

 

 黒井パッパの代わりにマネージャーになったパッパの元同僚、石川実女史の言葉にそう答えると彼女は「そういうものなのかしら」と首を傾げながらメモ帳に何かを書き込んでいる。何でも黒井タクミ語録というものを作っているらしい。

 そんなん作るよりちゃんとスケジュール管理は大丈夫なのか尋ねたところメモ帳は3冊使い分けているから大丈夫、とのお返事。もう1冊は何だよ。

 

 あ、パッパがマネージャーから外れたのは疎遠になったからとかじゃなく、単純にあの人が超激務になっちゃったから一番管理の難しい私関連の仕事を部下に任せる事になっただけだからね。

 

 何せ諸々の事情で新会社を立ち上げたらすっごい勢いで日本中のタレントが……事務所を失ったタレントが担当しているマネージャーやプロデューサーごと所属しちゃって。規模だけなら日本どころか世界有数って位にタレント数の多い事務所になっちゃったからね。

 

 まぁ、何でこんな状態なのかというと例の騒動の余波でさ。日本の芸能事務所って奴が大手から中小まで軒並みバッタバッタと倒産したんだよね。当然その関連の会社とかも軒並みバッタバッタと倒産して。

 

 バブルになりかけてた日本の好景気はいきなりマイナスレベルの冷や水ぶっかけられて沈黙。バブルなんてなかったんや! って位のお通夜状態になってるらしい。

 

 父さんの会社は倒産しちゃったんだってダジャレが一時期日本の流行語になりかけた、ってパッパから言われた時は紅茶を吹きかけた。二重の意味で笑えんぞ。

 

 で、何でそんな状況でパッパの所が一極集中みたいな形で忙しく働いているかというと単純に961プロダクション以上の好条件な芸能事務所が存在しないんだよね。

 

 現在残ってるというか新規立ち上げも含めた芸能関係の事務所でダメージが一切なく資金もあり、更に一連の騒動の被害者でありクリーンなイメージがある。しかも所属したアーティストへのピンハネなんかは一切やらないと社長が公言してる。こんな役満並の好条件がそろった会社があったら普通願書出すでしょ。

 

 事務所が潰れれば当然所属している芸能人やマネージャー、プロデューサーなんかの真面目に活動していた人たちも投げ出されるわけで。そこをガンガンパッパの会社で掬い上げていった結果、会社を立ち上げてから半年も経たずに母体となったパッパが元働いていた大手芸能事務所の数倍の規模に膨れ上がったらしい。

 

 そして実を言うと出版関係もパッパの会社の方で立ち上げてもらってるんだよね。こっちは母体になるのは小野島さんの経営している小さな出版社になるから、それほどパッパの会社がタッチする部分はないけどさ。資金系統でやっぱり手間はかかるからね。

 

 その分激務になっちゃってこっちまで手を出せなくなったのは痛いけどそこはそれ。手が足りないなら手を借りてくればいい、とかつての同僚でもかなり優秀な人物で、私のケアの助力も出来る女性のみのりんをつけてくれたのだ。

 

 くっそ忙しいのにみのりんレベルの人を日本から離して良いのか聞いたら、「本来はお前を最優先にしたいから気にするな。現状の会社の状況は俺と高木の我儘だからな」と男前な解答が来てやだ、うちの義父カッコいい、と電話で褒めまくっておいた。パッパ割と単純だからこれで元気になってくれるはずだ。

 

「分かるわ。切れ者なんだけど承認欲求が強くて褒められるとやる気になるタイプよね、黒井くん」

「そうそう。その癖人前では嬉しいのを隠そうとするんだよね。バレバレなのに」

『なに、タカオの話?』

『そうそう。彼って結構可愛い性格してるのよね』

 

 パッパの名前に反応したのかジェニファーさんがバスの後部から声をかけてくる。やっぱり共通の話題は盛り上がるわな、うん。英語も違和感ないしいいマネージャーさんだ。ただ、内容がちょっと女子女子しすぎてニールさんが苦笑してるのはそろそろ気付こうぜ!

 

『あの、タクミさん。そろそろ着きそうなんですが』

『あ、OK。ありがとうね。皆、降りる準備をして!』

 

 小型バスの運転手をしてくれていた案内人から声が掛かったのでバス内に声をかける。彼は英国で業務提携している芸能関連の会社から国内の案内人としてつけられたジョンさんだ。凄くお洒落な男の人で事務所では本来モデル関係の仕事についているらしい。というか自身もモデルをやったりしているそうだ。

 

 そんな人物がなんでこんな案内人なんてやっているのかというと純粋にこの人が事務所で一番国内の音楽に詳しいかららしい。モデルではあるんだけどそれ以前にこの人、物凄い音楽好きらしいんだ。

 

 なんでそれでモデルやってるのと聞いたら、何でも彼の母親はかつてかなりのドラッグジャンキーだったらしいのだが、とあるロックスターのドラッグ利用による規制の強化を受けて長期間離れ離れになってしまったことがあったらしい。

 

 その時の事が原因で大人になってからもロックとドラッグを憎んでいたのだが、ある時、街中でふと聞いた歌に強い感銘を受けたらしい。

 

『撮影中だったんですがね。置かれていたラジオから流れてくる音楽……”SUKIYAKI”(上を向いて歩こう)を聴いて時間が止まるのを感じました。優しくて……長閑で。心のどこかにある故郷を思い出すような何かがラジオ越しに俺を打ち付けたんです』

 

 まぁ、撮影中に聞きほれてたのは僕だけじゃなかったんですがね、とジョンさんは朗らかに笑う。180cm以上あるすらっとした体躯の美青年に微笑まれるとちょっと眩しすぎておばちゃん目の保養力キャパをオーバーしちゃうよ。有体に言えば目に毒って奴さ。

 

 彼はそこからまるで蒙を啓くかのように音楽関連に手を出していったらしい。すると、まるで水を得た魚の様にどんどん様々な知識が身についていき、たった2年で事務所内でも一番の音楽通と呼ばれるほどの知識を身に着けたそうだ。

 

『といってもここ最近の音楽の流れしか把握してないんですがね』

『それでも大したものだと思うけどねぇ』

 

 ちょっと目を伏せて顔を直視しないようにして世間話に興じる。荷物は一緒に同乗したスタッフが運んでくれるから私は結構暇になるんだけど、ジョンさんはそんな私を見かねてかよく声をかけてくれる。何でも7歳位の娘さんが居て、実際に会った私の余りの小ささに娘を見ているようでほっとけないらしい。

 

 私としては暇が潰れるから良いのだが、案内人として大丈夫なのか、と確認すると今回の会場の支配人とはもう話は通っていて後は実際にボトムズが会場に入り設営を始める段階まで持って行っているらしい。

 

 この人も中々有能キャラでしたか。もしかしたら前世でも聞いた事の有る名前だったのかもしれんな。ジョンって名前心当たりが多すぎるけど。

 

『ま、それは兎も角として。いやーまさか来ることになるとはね。サッカーの聖地』

『ええ。支配人も驚いていましたよ。まさかここでライブが行われる事になるなんて、とね』

『あー……そうだろうね。でも要望を聞いて貰えてよかったよ』

『普通なら音楽のコンサートは少し前にできたアリーナの方で行われますからね。しかし収容人数を考えれば確かにこちらでないとまるで足りないでしょうし』

 

 ロンドン・ロックンロール・ショーが無かったせいで今回のイベントがウェンブリースタジアム最初のライブになるのか。まぁこの世界だとしょうがないんだろうな。でも、今回のイベント的にはこの位の規模じゃないと対応できないんだよね。

 

 何せ全米を熱狂させた全米オーディションの欧州版、その決勝戦がこの会場で行われるんだから。

 

 

 

 会場は熱狂に包まれていた。10万人の観客達が普段はサッカーが行われるこのウェンブリースタジアムに詰めかけ、この半年の間各国で鎬を削っていた勇士たちのパフォーマンスを見届けている。

 

 勿論10万人もの人間全員がステージで行うパフォーマンスを肉眼で確認することは出来ない。その為、この会場ではタクミのアイデアを取り入れて会場の至る所にスピーカーと大型モニターが設置されている。

 

 これらは最前列のチケットを手に入れた幸運な観客には必要のない物だが、このモニターによって後方の席になってしまった観客達もアーティストのパフォーマンスを確認する事が出来るようになった。

 

 この欧州オーディションはそれこそ欧州各国からの参加者が集い、この会場にたどり着くまでの激戦は音楽の最先端を突っ走る全米にすら引けを取らないほどのものだったという。企画段階以降はタクミもタッチしていなかったが、各地の予選を勝ち抜いた彼らは自信に満ち満ちた表情で舞台に集まっている。

 

 これから開会式が行われる。この半年の間欧州を駆け巡った嵐の終着点。最後の祭りが始まろうとしているのだ。

 

『皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました。これより開会式を始めます』

 

 司会進行を司るのは全米オーディションでも司会進行を務めた女性コメディアンのエイダ。小粋なトークとマシンガンのような早口は全米どころか欧州にまで人気を博しており、この半年は全欧オーディションで各地を巡って正にこのイベントの顔とも言える人物だ。

 

 彼女は厳かな表情を浮かべてスーツに身を包んで全てのアーティストが立つ舞台の脇、司会進行用に誂えられた演台に立ち、普段の姿からは考えられない程の静かな口調で粛々と言葉を進めていく。

 

『さて、それでは開演式の言葉をこの私、エイダ・デジェネが行いません!

 

 キリっとした表情を浮かべた彼女の突然の宣言に、観客とステージ上に立つアーティスト達も怪訝な顔で彼女を見る。すると、彼女はそそくさと演台から降りて晴れ晴れとした表情を浮かべて観客達に右手の二本指を立てて敬礼のような動作を行った。

 

 その瞬間。

 

「あらよっと」

 

 ポーン、とばかりに舞台に設置された昇降機から勢いよく飛び出してきた黒井タクミは、自分の身長もかくやとばかりに飛び上がって舞台に躍り出た。

 

 

 

 おっすおら黒井タクミ。今日は熱い一日になりそうだぜ。うん、会場中の人間の眼が点になる中、一人エイダが『Yeaaaaaaaaaah!!』と叫んでガッツポーズを決めている。本当に人を驚かすの好きなんだねあんた。あ、この世界にはガッツポーズって言葉が無いんだっけ、いっけねぇぜ。

 

 この仕込み、発案は私ではなくてこの司会のエイダである。というか基本的にこの番組(あくまでもオーディション番組である)での私はあくまでも審査員であって、今回みたいに会場の設営の手伝いとかまでやる事は通常殆どない。

 

 まぁ今回はこの世界で恐らく初めての10万人規模のコンサートになるから下手にこけられても困るって事で色々と手直しをさせてもらったけど、こんなのは特例。いざ始まる時は普通に審査員席で名前が呼ばれた時に手を振るつもりだったんだ。

 

 そこにエイダが待ったをかけた。彼女はこのイベントを伝説に残したいと。かつてのニューヨークの”伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)”に匹敵するイベントにしたいと言ってきた。欧州を駆け巡り、このイベントに愛着がわいたのもあると思うが彼女はそれが出来ると判断したそうだ。

 

 正直言って盛り上がる分には全然問題ないので何をすれば良いのかというと。

 

 まぁ、これだわな。

 

『ハロー?』

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 10万人の地鳴りのような歓声。会場中がビリビリと震えるようなそれに私は自然と笑みをこぼした。この地鳴りのような歓声。これを聞くとボトムズの黒井タクミになれるんだよ。具体的に言えば最高にハイって奴だ。

 

 後ろの連中もさぞ奮い立ってるだろうと振り返ると、40人近い本選出場者達は皆青を通り越して白い顔色で会場を眺めている。おいおいどうしたスターの卵共。ビビってんのか? 後ろを振り返り、両手をクイクイ、っと動かす。こっちを見ろ。お前らも叫ぶんだよほら、こうやって!

 

『声が小さいぞ! ハロー!』

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 再度。今度は先程よりも大きな声で観客達の怒声の様な挨拶が飛んでくる。お前さん達に言った訳じゃなかったんだけどまぁ、良いか。スターの卵共の血の気も戻ってきている。流石は未来の大スター達だ。この一発で気合を入れ直したらしい。

 

 なら、私の役割はここまでだろう。私の前座は高いぜ、諸君。

 

『今日の夜。ここに来た人は幸運だ……伝説を作るぜ。以上、開演!』

 

 私の開演宣言を受けて、会場中が割れるような歓声に包まれる。あ、おい今から歌う奴までそんな雄たけび上げてどうすんだよ。歌えなくなっても知らんぞ……ま、良いか。

 

 

『俺……俺、感動しました。こんな、こんなにも……』

『ああああ、もう大きな大人がそうやって泣くんじゃないよ。ほら、チーンして』

 

 オーディションの後。泣きじゃくるジョンさんをあやすように肩を叩いてあげる。ものすごく感受性の強い人なんだなぁこの人。審査員席の近くで付き人みたいな感じで立ってたんだけど、オーディションが始まった端からわんわん泣き出したりテンション高く頭振り始めたり凄かった。

 

 途中から彼のパフォーマンスを映すカメラも出てきたりしてたし、凄い個性の持ち主だな彼。本当に過去世の偉人だったのかもしれん。

 ジョンさんは私が渡したハンカチを受け取ると、涙をぬぐって鼻をかむ。そのままあげるよ、今回の記念って事で、と伝えるとまたワンワンと泣き出した。泣きたいのはこっちなんだけどなぁ。

 

『タクミ。シドはこっちで何とかするよ。ほら、お前を出演者の皆が待ってるぞ』

『あ、うん。あえ? ええええ? シド?』

『こいつの芸名だ。ほら、行った行った』

「ちょ、ちょまてって!」

 

 ニールさんの指示に従ったスタッフがグイグイと楽屋の方へと私を押していく。全力で押しのける事も出来ず、私は懸命に声をあげるもその言葉も無視され。哀れ黒井タクミは40名近い本選の出場者たちにもみくちゃにされるのであった。完。

 

 

「じゃないわ! うっそシド? シド・ヴィシャスなの!?」

「いえ、彼の芸名はシド・ビジョンだけれど」

 

 あ、何だそれなら良いわって良いわけないわ! あ、いや。でも良いのかな。シド・ヴィシャスって確か70年代にドラッグのやりすぎで亡くなったんだしそれよりは長生き出来てるのか。というかやけに見覚えのあるイケメンだとは思ったんだよ。そうか、この世界だとシドはロックとも出会わずにそのまま長生きしたんだな。

 

「タクミ、彼、貴方にお礼を言いたいって。またイギリスに来たら是非自分が案内するって言ってたわよ」

「うん、オッケオッケー! 今度は娘さんとも会ってみたいな」

 

 みのりんの言葉にそう返して、私は手元の書類をぺらぺらと眺める。

 

 今回の欧州ツアーはバンドとしても個人としても大成功と言えるだろう。個人としてはまず、アメリカで好調なアニメ『X-MEN』の欧州輸出が成功した。特にイギリスでは米国版の声そのままで放送してくれることになった。まぁ、声優豪華だからな。マイコーとか参加しとるし。

 

 この調子で少しずつアニメ文化を根付かせていけばゆくゆくは巨大ロボ旋風を欧州で巻き起こす事も可能だろう。早めにマジンガーシリーズ作らないと。

 

 あとは勿論、バンドとしても最高の結果だった。

 

『ああ、最高のライブだったなぁ、おい』

『本当だよ。私達、伝説になったんだ……勿論今までもそうだったけどさ』

 

 ニールさんはライブが終わってからはずっとこのテンションだし、ジェニファーさんもたまに思い出したようにテンションが上がり出す。日本での鬱憤が晴れたみたいで良かったけど、こまめに抱きしめてくるのはちょっと勘弁してほしい。唯一物静かなキャロルさんも時たま手が動き出してエアベースを弾き始めるしさ。

 

 オーディションの次の日、ウェンブリーの会場をそのまま使って行ったボトムズのライブはキャパシティ限界まで詰めかけた観客によって満員御礼の大成功に終わった。前座として前日のオーディションの優勝者たちを招いて演奏してもらい、途中で乱入して一緒に歌ったりと。今思えば若干迷惑をかけた気がしないでもないが大盛り上がりだったし彼らも喜んでたから良いだろう。

 

 優勝賞品に彼らに返した……そう。返した楽曲も喜んでくれたしね。

 

「彼らはスカウトしないで良かったんですか?」

「もうちゃんとした事務所がついてるんでしょ。なら邪魔しかねないし……それにイギリスのバンドはイギリスで活動するのが良いよ。彼らは女王の国のバンド(Queen)なんだから」

 

 長らく古着屋を営みながら、夢を諦め切れなかった彼等。あの全米オーディションをみて、さび付いた弦を取り換え、ギターを磨き上げて彼らは再び戻ってきた。その再出発が遅すぎるなんて事は無い。返した楽曲をどう使うかは彼ら次第だが、きっと何かしらで役立ててくれるだろう。

 

「今年のヒットチャートが楽しみだね、みのりん」

「ええ、本当に。やはり欧州は凄かった……そして、最先端のアメリカではどれほどなのか。今から楽しみだわ」

 

 今回のオーディションで日本と諸外国とのレベル差を思い知ったのだろう、みのりんは目を輝かせてメモ帳に何やら書き込みをしている。まぁ、今回のオーディションは明らかに特異点なんだけどね。出てきてる連中皆全米16傑とだってぶつかっても見劣りしない連中だったし。

 

 イギリスの方で後始末をしているエイダさんも同じ意見だったのか、結構な数のバンドと渡りをつけてた。あの人今度音楽番組を持つって言ってたから今のウチから人脈作ってるんだろう。バイタリティの塊みたいな人だな。

 

 さて、これで入学前に片づけるべき仕事は大まかに終わったかな。今年の夏には私も大学生だし大規模なツアーは組めない。ボトムズの活動も縮小することになるから、今後はそれぞれのメンバーがそれぞれの活動を行いながら、ボトムズのライブや楽曲を出すときに集まるって事になるだろう。

 

 ジェニファーさんには泣いて止められたけど、コンピューター技術は必須なんだよね。大学の方で見るとコンピューター技術自体はかなり発展しているんだけど、それを外に出す、つまり民間で使えるパーソナルコンピューター系列が軒並み育ってない。というかアップル社がないんだよね。

 

 ない以上は作るしかない。と言っても、自分が技術者になって一から作ってるんじゃ時間が足りなさすぎる。今回大学に通うのは自分自身がコンピューターの技術を身に着けるって意味合いもあるけど、それ以上に人を探す意味合いも強い。

 

 マイクロソフトとアップルの合いの子を世に送り出す。その為の人材を探すために私は大学に入るのだ。

 

「幸いなことに日本の方はそのまま置いといた方が早く進みそうだしね」

 

 ボソリと呟いて、私はパッパから送られてきた手紙の内容を思い出す。週刊少年飛翔と名付けられた漫画雑誌は順調に発行部数を伸ばしているそうだ。貸本漫画で口に糊していた漫画家たちもこぞってこの雑誌に参加し、隔週連載や月間連載を駆使して様々な執筆スタイルの漫画家にチャンスを与えているらしい。

 

 次に日本に渡った時は結構な数の単行本が出版されている事だろう。誰かロボット物を扱っていると良いのだが。

 にへへと笑いながら私はまだ見ぬ未来を夢見て、アメリカへの飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

「せんせい、ありがとうございました!」

「はい、どういたしまして」

 

 その医院は大阪のとある町にあった。『手越医院』と書かれた看板に、小さな虫のマークがついたこの医院は長らく町の診療所としてこの町の住民に愛される、名物の様な診療所だ。

 

「そういえばせんせい、せんせいはこれにかかないの?」

「これ?」

 

 院内には院長自らが書き込んだ様々な絵柄のキャラクターが所狭しと並んでおり、まるでこの中だけが別の世界のようだと、長らく通っている町の住民は口にする。これらのキャラクターを好んで、子供たちは小児科医院でもないのにこの手越医院へと何かと通いたがるのが町の親たちの共通の悩みでもあった。

 

「うん。このしょーねんひしょーってご本。せんせいのこたちみたいなこが、いっぱいいるんだよ!」

「へぇ?」

 

 少女が自身のランドセルから取り出した一冊の本。フルカラーの表紙に連載されている漫画のキャラクターが書き込まれたその一冊の本を、院長は興味深げに受け取った。

 

「少年飛翔、か」

 

 院長、手越治はそう呟き、少女に許可を貰ってから1ページ目を開く。

 ここに歯車は動き出したのだ。




誤字修正は起きた時に行います。
今は只眠い……




クソ女神さまのやらかし日記

「この人、学生なのにLSDなんて使って……恥を知りなさい! 一度病院で頭を冷やさせないと!」

「あれ、何か余計に悪化して……」

???
「世界に根付く何か。確かに感じました、我が神グリュコーンよ……」

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